イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

後宮の烏:第8話『青燕』感想

 我ら皆籠中の鳥……されど高き天を求め、星を仰ぎ見る者なり。
 後宮の烏、第8話である。
 夏の王と冬の王の因縁を巡る物語が一段落し、霊界探偵のスタンダードな事件簿が展開された。
 しかしテーマとする対象がこれまでとはちょとズレていて、華やかな妃たちとはまた違った後宮の囚われ人、宦官たちにフォーカスした物語が展開される。
 男性機能を剥奪され、躾のために杖刑は当たり前、鳥一匹殺せば死罪という過酷な状況に、否応なく身を置く埒外の男たち。
 広大過ぎる宮廷……あるいは世知辛い世間の歪な歯車として使い潰される彼らにも、数多の苦しみがあり、未練があり、誰かを思う心がある。
 そんな彼らを慈悲をもって憐れみ、心を寄せて手を添える存在として、寿雪が見初められるお話である。

 

 

画像は”後宮の烏”第8話から引用

 見よ、この憂いを秘めた瞳。
 見よ、身分の檻を越えて差し伸べられる手のひら。
 寿雪は傷ついた衣斯哈を見かねて手ずから薬を塗り、同郷の幽鬼を哀れんで己の心身を、宦官としての立場を危うくした実直な少年の依頼を、快く引き受ける。
 迷妄に囚われ生者に言葉も届けられぬ幽鬼を多くの人が恐れるが、その声を聴く異能……あるいは宿命と共に過ごしてきた寿雪にとって、彼らはまず憐れみ、手を差し伸べるべき弱者である。
 死んでしまって未練を晴らすことも出来ない亡霊の代理人として、現世に埋もれた謎を解き因縁を解きほぐし、死者が安らぐべき楽土へと解き放ってやる。
 自身、人面鳥身の異形に見初められた運命の囚われ人でありながら、当代烏妃は悲しみと未練に囚われた存在を空へと解き放つ、自由の導き手なのだ。

 これは幽鬼にのみ適応されるわけではなく、死せるものに強い思いを抱いて苦しむ生者もまた、烏妃の謎解きによってより良い未来へと、進むことが出来る。
 衣斯哈の優しさを無下にせぬよう、先輩宦官のいびりを止めさせ、霊威をもって真実を射抜く頼もしさと、行くあてのない迷い鳥を己の懐に匿う優しさは、顔の傷より深く刻まれた温螢の苦しみを癒やし、過去を乗り越えさせる。

 (『私はお前の名前を知った』と告げる行為が、後輩イビリを止める釘として機能するのは寿雪が、真の名を知れば式を編み呪を発するのも自在な、優れた呪殺師なのだという証明でもある。
 瞳の奥に宿った烏漣娘娘の威容を借りて、隠し事を吐き出させる探偵としての凄腕は、相手の名前を聞き出し、その生死を自在にする霊的足場を整えもする。
 皇帝すら簡単には変えられない因習の檻を、超常的な力で正していく霊的執行官としての側面も、烏妃は持ち始めてる感じだなぁ……実行部隊となりうる、宦官達の信頼も厚いし。
 長年自分を縛ってきた後悔を自分の過去に引き寄せ『苦しみながら生きろ。私もそうしている』と語りかけ、あまつさえ自分の妄念と一緒に亡き友の魂まで開放してくれるの、熱烈に信奉する以外ねーだろアレ……。
 借り物の異能に驕ることなく、力を正しく優しく使うために己を常に戒め、人の幸せに寄与するように智慧を働かせている慎ましさまで兼ね備えていて、掟を破って人と交わるようになった寿雪には、ディープな支持が集まっていると思う。)

 今ここに、自分と同じ苦しみにあった同胞を憐れんでくれる人がいる。
 『宦官とは皆、弱者をいたぶって恥じない存在か』という義憤を、当の宦官の前で溢れさせてしまう危うさに立ち止まり、己を鑑みることが出来る貴妃を前に、過酷な記憶に苛まれてきた温螢はどれだけ救われたのか。
 悪習に縛られた世の難しさ、その只中で気高く振る舞う困難をしっかり見据えしっかり悩む少女に下げた頭には、とても重たいものが宿っている。
 その手触りを感じ取れる人だからこそ、寿雪も身分違いの土下座に膝を曲げ、切実に震える真心に手を伸ばすのだ。

 

 貴妃の笑う顔がもう一度見たいと、エスカレートしていった少年の行いは二度目のチャンスを与えられることなく、即座に斬首で片付けられた。
 これが後宮のルールであり、宦官の扱いであり、世の習いである。
 しかし烏妃の慧眼は秘められた真実を探り当て、その霊能は己の浅ましさに苦しむ一人の男と、生命を弄んだ罪に囚われた幼き亡霊を、共に解き放っていく。
 後宮から出れぬ女達だけが、囚われ人なのではない。
 賤民として命が軽く、悪習の檻から出ることなく同じことを繰り返し続ける宦官……その過ちを正せない世間自体も、巨大な檻なのだろう。
 寿雪の慈悲と異能はその鎖を解きほぐし、死者も生者も、貴人も弱者も区別なくより正しく、安らかな場所へと導いていける強さを持っている。
 そんな彼女自身が、宿命に呪われた作中最大の囚われ人なのが、皮肉でもあり物語的ダイナミズムの源泉でもあろう。

 高峻が夏の王のみが政治の表舞台に君臨する現体制を正し、歴史の真実を闇から引きずり出して世界を変えようとするのも、より自由な高き空へと彼の国を、大事な友達を解き放とうとする、志の現れだ。
 人を理不尽に縛り、死に至らしめてなお未練に捉える様々な鎖を、悩みながらも引きちぎり、より自分らしく、正しく生きようとする。
 過酷な宮廷闘争、重苦しい因習と因縁を濃く描けばこそ、主役二人の涼やかな高潔は際立ってくる。
 やっぱ少女としての瑞々しい魂を宿した寿雪が、国を超えた雄大な宿命に囚われた烏妃でもあることが、運命という極大と人間という極小を上手く繋いでいて、スケール感に優れた作品だと思う。
 友と触れ合い難題を解決し、人として寿雪が成長していくことが、彼女が囚われた檻を越えていく助けとなる構造だ。

 

 温螢が地に伏して絞り出した声は、過酷な運命に苦しむ宦官全ての赤心なのだろう。
 簡単には揺るがぬ因習と身分の檻、それを超えて国家の根底を縛る歴史の鎖。
 烏妃がその名を捨て、ただの寿雪として後宮を出るためには、様々な人を苦しめる大きな理不尽に、決意を込めて立ち向かう必要がある。
 清らかな水が自然に湧き上がるように、寿雪を正しき行いへと突き動かす、慈悲と英名。
 それは時を超え、生死の境を超えて、様々な人を救っていく。
 その行いが、あまりに優しくあまりに不自由な少女と、彼女を愛する人達の助けになることを祈りつつ、次回を待つ。

 露骨伏線っぽくアバンに挿入されてた、反魂を願う想夫香の女。
 彼女に安楽な救いを約束せず、自分にできること……すべきことを率直に告げる姿勢は、寿雪がどれだけ自分の異能に誠実に向き合っているかを語る。
 その後に訪れた衣斯哈には、傷を癒やし依頼を聞き、死者の声を解き放つ役目を率直親切に差し出していた。
 絶望を早とちりして烏妃に背を向けた女も、妄念に自身を捕らえ、それ故死者を現世に縛り付けている一人の囚人なのだろう。
 ならば百合の花の香りに報いるのは、冬の宮に唯一咲く牡丹の薫香。
 優しき霊能探偵の名推理を、楽しみに待ちたい。