ぼっち・ざ・ろっく!を見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
後に伝説となる文化祭ライブを駆け抜け、ぼっちの青春はまだまだ続く! という最終回。
物語のクライマックスとして十分以上な圧力を持つライブで終わりきらず、楽器のメンテをしてブツブツ文句言いつつバイトに行って…という、On goingな後藤ひとりの毎日で終わる。
それはあの狭く暗い場所から這い出して広い場所に出たぼっちがこの12話で何を掴んだのか、その先に何を掴んでいくのか、広がりと奥行きの終わり方だったと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
大きなイベントを終えてもなお、ぼっちと結束バンドの日々は続く。
関係性と感情を変化させながら、まだまだ音楽は続く。
あいも変わらず激ヤバで、しかし確かになにかが変わった後藤ひとりの現状。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
それを、変わる前の激ヤバを優しく見守ってきた家族、そんな状況で唯一の救いだった動画活動の思わぬ贈り物に注力して届けることで、今までの歩みもまた無駄ではなく、それがあって未来に続いていると思える。
そういう、誰にでも当たり前にあって、だからこそ大きな価値がある場所へ帰還して終わっていく(つまりは続いていく)形になったのは、僕はとても好きだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
もっとエキセントリックに、ぼっちのヤベー所ぶん回して終わっても良かったと思うけど、最後はBPMを落とししんみり、今までの情景を思い返しつつ
それは人造的でド派手なきらら的楽園の楽しさを貪欲に取り込みつつも、ありきたりな青春とロックのリアリティをとても大事に、人間たちが音楽を通じてどう変わっていくのか追いかけてきた作品らしい、良いエンドマークだった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
まーぶっちゃけ二期あるだろ…こんだけホームランかっとばせば。
というわけで初手から出し惜しみなし、いきなりのライブシーンで殴り付け、”ぼっち・ざ・ろっく!”最終回の幕が開く。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
下を向いて演奏に没頭し、だからこそかすかな違和感に気づくぼっちと、晴れ舞台だからこそ客席にウィンク決めれる喜多ちゃんの天性。
(画像は”ぼっち・ざ・ろっく!”第12話より引用) pic.twitter.com/hxd5qI8Cqp
そんな明暗の落差も色濃く匂いつつ、気合い充分なライブ作画に飲み込まれて、体育館を埋め尽くす熱狂と視聴者がシンクロしていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
良く立った音の粒と、各パートを適切に描き切り取る作画がしっかり噛み合って、臨場感のある音楽体験がアニメになってるのはやっぱスゲー。
そしてベロンベロンに乱れてなお、後藤ひとりの視界と一人シンクロする廣井きくり。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
やっぱこの女(ひと)の、酒で鈍麻させなきゃ生きていけないほど鋭敏な感覚が、奇妙に覚醒(さめ)つつ特別な熱のある視線が、後藤ひとりを射抜いてる瞬間を、見るのが好きだ。
『なんか、ヤバいな』
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
大熱狂のいい演奏の中でその感覚を掴んでいるのが、ぼっち一人なのか。
バンドのメンバーも、嵐の気配を感じ取ってはいるのか。
そこがちょっと不鮮明なところも好きだ。
同じ舞台で音楽を奏でていても、見えないものは見えない。
それが、人間の当たり前だ。
その上で廣井きくりの視線と才能はそういう”当たり前”を貫通してくるし、通じ合おうが合わなかろうが、バンドは危機を超えてロックンロールを繋げる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
思いがけずぶっ飛んだ弦にギターヒーローが動揺する中、ソロを打ち合わせなしで受け取った喜多郁代。
(画像は”ぼっち・ざ・ろっく!”第12話より引用) pic.twitter.com/ueUxbgUJvN
その丸まった背中は音楽に徹底して没入できる師匠に似てて、彼女が指先を固くして積み上げてきた日々だけが可能にする、スペシャルなプレイだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
”そこ”に踏み込ませる資格は、隣でうずくまってるクソぼっちが毎日の練習に、付き合ってくれたからこそ生まれた。
その特別さは、自分が一番良く知ってる
そんな熱量の籠もったウィンクは、全校生徒に愛される”明るい喜多ちゃん”のそれとは少し違った、薄暗く湿った気配を宿す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
そんだけ、喜多郁代にとって後藤ひとりは重いのだ。
最後の最後で、猛追仕掛けてくるなぁ…。
ぼっちの才覚に置いてけぼり、背中を追うだけの距離感はイヤなんだね、好きだから
喜多ちゃんがぼっち的な影に、それ故生まれたソロ・ギタリストとしての力量と特別さに飛び込むのに押し出されて、後藤ひとりは光の中に飛び出していく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
迸る瞬動のインパルス、まさかまさかのボトルネック奏法。
後藤ひとり、”疾い”演奏をする女。
(画像は”ぼっち・ざ・ろっく!”第12話より引用) pic.twitter.com/wBmKb1ZXk7
普段は考えすぎて足が動かないのに、いざ一大事となった瞬間、その場で出来る最適解をノータイムで掴む。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
もしかすると卓越した演奏技術よりも、このパフォーマーとしての反射神経こそが、後藤ひとり最大の才能なのかもしれない。
その凄みを間近に感じているから、”結束バンド”はぼっちを面白がる。
演奏をやり遂げて顔を上げた時、さんざん目の前を塞いできた長い前髪は跳ね上がって、世界が良く見える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
思いの外盛り上がっているステージと、想像より遥かに高く呼ばれている自分の名前。
ギラギラ空虚ないつもの妄想とは違うけど、血の通った確かな成功体験。
後藤一人が、ずっと欲しかったもの。
それを掴み取って、圧倒的な反射神経がよくねー方向にブッ繋がる!
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
超テンパった脳内データベースが、この土壇場で”廣井きくり”を選ぶ所が、俺は好きだ。刺さってんなー…。
ぼっちの飛翔を心底笑うリョウはホント終わってて、最高にいい。
(画像は”ぼっち・ざ・ろっく!”第12話より引用) pic.twitter.com/3f2O50awnq
かくして結束バンドのライブは、空飛ぶハプニングすら伝説に変えて大成功を収める。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
喧騒が収まった保健室、喜多ちゃんがぼっちを見つめる視線がアツい。
思い切っての名前呼び…”詰める”つもりか、喜多郁代。
この頂点捕食者のにじり寄りに、ぼっち気付いてないの面白いな。
ぼっちは半ば病的に自我が肥大しているので、それに塞がれて自分がいる世界の実像も、そこで自分を見てる他人の視線にも、疎い部分がある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
学園祭ライブはそんな狭さにかなりクローズアップしていたと思うが、バンドを通じて出会った人たちは、そんなぼっちの殻を突っつき、時にカチ割る。
カチ割られた罅からにょろりと這い出して、社会やら他人やらと思いの外触れ合いたい自分に、ぼっちはまだ気づいていない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
可能ならバイトは辞めたいし、喜多ちゃんの名前呼びにどんだけの想いが宿っているのか、まだピンときていないだろう。
そこにピンと来た時、後藤ひとりはどう変わるのか。
その変化が、”結束バンド”をどう変えるのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
ギターヒーローに憧れてるだけの女の子で我慢できず、後藤ひとりの戦友としてその危機を引き受けれる自分に踏み込んだ喜多郁代が、じっとり宿す湿り気と熱は、その一端をしっかり見せてくれた。
感動で他人を変化させる触媒力が、ぼっちは思いがけず強い。
かくして物語は少しペースを落として、穏やかに転がる日々を切り取っていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
やっぱキャラの顔が簡略化されるぐらいのややヒキの構図で、リアリティと一拍の休符を画面に差し込んでいく能力の高いアニメだなー。
(画像は”ぼっち・ざ・ろっく!”第12話より引用) pic.twitter.com/7ntmMVntVo
ここで家族とキャッキャする場面見れたの、後藤ひとりの家族思いな所、家族の後藤ひとり思いな所が好きで作品に前のめりになった自分としては、とても嬉しかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
あの激ヤバ人間が、ギリギリ人間の形を保っていられた理由。
少し世界が広がった今でも、大事なぼっちの足場。
ふたりChangと忠犬ジミヘンが、ダディに遊んでもらうと一生まとわりついてる所とか多幸感まみれでぶっ飛びそうだし、ギターヒーローとして思春期にもがいてる娘の歩みを、ちゃんと知ってた所も良い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
世間的には後ろゆびさされ、ヤバイヤバイと噂され…まぁ、確かに相当ヤバいんだが。
しかし愛娘のやることにアタマ突っ込んで口は出さず、好きにさせてた家族の愛、しめて三十万円なり。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
何かとお金がかかるバンド生活が描かれてきたからこそ、ここで降って湧いた臨時収入が嫌味なく、家族の愛とぼっち奮戦の成果と受け止められるの、かなり好きな書き方だ。
まぁそんなあったけぇマニーは、スーパーぼっち人になるほどバイト辞めたい後藤ひとりと、愉快な仲間たちの青春の薪になっていくんですがねッ!
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
ぼっち覚醒の良い作画が、直後のしょんぼりへちょ絵のいい前フリになってるの、クオリティ活かしてんな…。
(画像は”ぼっち・ざ・ろっく!”第12話より引用) pic.twitter.com/6iOwGHoSWx
ぼっちのおもしろ百面相を、色んな表現を駆使してたっぷり伝えてくれたことで、この作品を好きになった部分も僕には多々あって。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
楽器屋の聖地、御茶ノ水探訪がそういう『僕の好きな”ぼっち・ざ・ろっく!”』を最後に沢山リフレインしてくれるのは嬉しい。
フォトジェニックな美術も最高だぁ…。
ラストエピソードは特に変わったこともなく、ワイワイにぎやかな”結束バンド”の日常として、モブで終わらせるには存在感ある新キャラなども顔を見せて終わってく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
賑やかで、楽しくて、とどまることを知らぬまま転がって、気付けばなにかが変わっている
(画像は”ぼっち・ざ・ろっく!”第12話より引用) pic.twitter.com/4XtU4w1fKN
ぼっち人形を背後から糸繰る、喜多ちゃんの感情に深く入り込んだディストーションに戦慄しつつ、まぁ全体は”いつもの結束バンド”だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
楽器が壊れたら新しいのを買って、みんなで楽しく歩いて、アタマの上には青とオレンジ、不思議な色合いの空が広がっている。
まだ、歩みは続く。
そういう場所に踏み出せたのも、虹夏ちゃんがぼっちの手を強引に引いて”結束バンド”に引き入れたからだし、たちの悪い冗談みたいな運命の絡み合いで、コミュ障ヤバ人間のまんま後藤ひとりの音楽は続いていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
ちょっとずつ音色が変わって、新しい音符が増えて。
そんな話が、そんな風に終わる。
僕はクソヤバ奇人がクソヤバのまんま、そのヤバさを面白がり、しかし遠巻き安全圏で嘲笑いはしない仲間たちを手に入れて、なんかちょっとずつ自分だけの楽しさを、自分と自分に繋がる誰かと、そこから見えてくる世界を好きになっていく話が好きで。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
そういう話だから、このアニメが好きだ。
基本的には明るく前向き、ヤバさも笑いの燃料としてボーボー燃やして強火に突っ走るテンションの高さを、大事に取り回しつつ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
要所要所でトーンが落ちて、そんな騒々しい日々の中でも確かに燃えてる才能とか、友情とか、感情とか、青春とか、そういうモンのシリアスな手触りを、忘れず射抜く。
笑わせる時と笑わせない時の落差、ボリュームバランスとテンションの制御もとても良かったし、コメディにしても青春群像劇にしても、基本を抑えつつありきたりの表現は選ばなかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
後藤ひとりと、彼女がメンバーである”結束バンド”が繋がったことで、何が生まれて変わっていくのか。
その全部を大事に進めてくれた物語が、そう終わってくれるのは凄く良い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
あの閉ざされた場所から、踏み出して気の進まないバイトに進む歩調は、しかし言うほど重たくはなく、あの時の空と同じ複雑な色で、金沢八景の海はキラキラ揺れてる。
(画像は”ぼっち・ざ・ろっく!”第12話より引用) pic.twitter.com/O1RemmQnH2
そんな眩い特別なキラキラが、自己卑下に呪われた生粋のネガティブ人間を既に包囲していること…シコシコギター引いて、ゲロ吐きながら人と触れ合って、他でもない後藤ひとりこそがそれを引き寄せている実感は、まだぼっちには鳴り響ききらない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
その、半端で切実で生きた残響音を、最後に聞く。
ぼっちが鏡を前に笑うのは、そこに写った自分の姿が悪くないからで。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
それは作中一度もぶん回してきた、浮ッついた成功妄想とは違う、あるがままの自分、”結束バンド”の一員である後藤ひとりの実像だ。
そんな風に笑って、ギター抱えて外に歩き出せる””今”が、後藤ひとりの現在地だ。
そこに引っ張り出した仲間や家族たちも、引っ張り出された後藤ひとりも、とても良いなと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
八方破れかぶれなハチャメチャギャグも、生っぽい質感で描かれるそれぞれの青春も、全部が必要な音符で、一つの曲を奏でている。
”ぼっち・ざ・ろっく!”は続くのだ。
そんな最終回だった。素晴らしい。
というわけで、超激戦区となった22冬クールで見事己の存在感を示し、”ぼっち・ざ・ろっく!”が終わりました。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
とても良かったです。
アバンギャルドな攻めた演出をたっぷり見れて、しかし実験作に振り切らない手堅い見せ方も随所で暴れ、新鮮な面白さと確かな手応え、両方をたっぷり堪能できました。
相当な気合が注力された、多方面でハイクオリティな作品ながら、その仕上がりを空転させることなくしっかり面白さに繋げ、意義ある挑戦、意味ある質の高さを形にしてくれていました。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
コメディとシリアス、作品の全領域で一切怠けることなく、常時勝ち続けようと挑んで成功してたの、本当に凄い。
最初は正直、激ヤバ人間後藤ひとりのエキセントリックを嗤う作りかと勝手にビビってもいたんですが、しかし話が加熱し加速していくほどに人間の体温がやどり、激ヤバだからこそ切実に、ロックンロールで生きていく確かな感触がお話に宿っていったのは、見ごたえのある視聴体験となりました。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
キッチリ固めて客を入れない作りに思わせて、しっかり奥行きを広げて見る側との対話を大事にしてくれる作りでもあって、そういうお話がありがたい自分としては、毎週楽しく、心揺さぶられながら楽しみました。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
キラキラ輝くロックな青春に、時折硬い質感で挟み込まれる美しい業。
少女たちの瞳に、それぞれが身を置く光と影の色合いに、結構重たく芯の強いものが、そうとは簡単に気づかせずしっかり息づいてる気がして、そこが(そこも)好きでした。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
キッチリやるところは、とにかくキッチリやる。
その決意が、ポップでありながらみっしり満足できる仕上がりを生んでたと思います
最終回、半分しかライブやんないのが好きです。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
血圧アガるクライマックスを越えてもぼっちの音楽は続くし、それはずっとこのお話が見つめ、切り取ってきた物語。
ヘンテコでトンチキな出会いと日常の中で、さんざん身悶えしながらちょっとずつ、自分も気付いてない夢へと、仲間と一緒に踏み出す。
そういう、凄くベーシックな青春のお話としての地金を大事に作ってきたお話と自分たちを、信じた終わり方だったなと思います。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
楽器がぶっ壊れることもあれば、それをリカバーして演奏を繋げて、新しい楽器をみんなで買うことだってある。
後藤ひとりの人生には、色んなことがある。
あって良い。
そういう目線で、洒落にはされてるしなってるけどもふと思い返すと、相当な難しさを抱え生きてる少女の未来を、結構優しく見つめて進んできたアニメでした。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
俺はね、そこがやっぱり好きだよ。
色々大変だけど、ぼっちのロックは面白い。
面白くなるし、面白くて良い。
そう信じて、かなり特別で強烈で広範な影響力を及ぼせる後藤ひとりの才能を、描いてくれた話でもありました。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年12月25日
最後に描かれた一歩が続く先を、是非アニメで見たい気持ちですが、今はお疲れ様でした。
良いアニメ、楽しいアニメ、好きになれるアニメでした。
ありがとうッ!!!