イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

葬送のフリーレン:第14話『若者の特権』感想

 僧侶ザインを仲間に加え、フリーレンたちの旅路はさらに賑やかに……って感じでもない、まったりペースのフリーレンアニメ第14話。
 最年長でありながら一番幼くもあるフリーレン、絶賛思春期ど真ん中のフェルンとシュタルクと、”大人”がいないパーティに降って湧いた育ち終わり人間が、どういう空気を持ってくるか。
 じっくりスケッチする回でした。
 四人の旅がどういうテンポと空気感で進んでいるのか、誕生日に衝突したり馬車を襲われたり、小さなイベントが沢山ある中で良く解るエピソードでもあって、すっかり一行の旅をホッコリ見届けたくなってる視聴者としては、嬉しいサービスでもあった。
 お馬さんがずーっと足をコキコキかきつづけているのが、かわいそう可愛かったな……。(アニメの中の動物の”仕草”を見るのが好きマンの意見)
 全体的には大人と子供、芽吹く恋と芽吹きそこねたが確かにそこにあった愛を描くエピソードだった……かなぁ?

 

 生態としては長い時間を生きつつ、そこから何を学びどう変わるかという意味においては、フリーレンを人間の尺度で測るのは難しい。
 無邪気な子どもが色んな経験を経て、芯の部分は変わらないまま社会的立場、精神的立ち位置が変化していって、立派な”大人”を演じ切るようになる。
 破戒僧ハイターの若き冒険と、聖者ハイターの円熟した老年期を同時に描くことで、これから先フェルンやシュタルクが一歩ずつ進んでいく道、ザインが既に道半ばまで進んでいる道、永生者であるフリーレンが真実歩みを重ねることはない道が、次第に浮かび上がってくる。
 ”大人”がどういう存在であり、何を内側に秘めて何を守ろうとしているのか、種族特性としても個人的な性質としても永遠に幼くいられるフリーレンには、本当の所は分からない。
 しかしヒンメルとの別離を契機に、否が応でも他人と関わり影響を与えてしまう(受けてしまう)自分がどうあるべきか、エルフなりに考え人間に近い道を、おっかなびっくり歩くことにした。
 その結果ハイターにフェルンの未来を託され、母親なんだか娘なんだか良く分かんねぇ関係性の中で、マフラー結んでもらったりむっすーしたのをなだめたり、仲良く愉快に旅してきた。
 一般的な人間が寿命を瞬かせる中で、普遍的に学び取る変化とは違っているのだろうけど、フリーレンは彼女なり独特のやり方で、”大人”であろう不器用に頑張っている。

 これが非常にトンチキで歪な在り方だということが、年なりナチュラルに”大人”やってるザインを隣に置くと鮮明になってくる。
 精神的ガキンチョ三人でのオモシロ愉快旅では、最年長のフリーレンがガキ共と同レベルではしゃぐことが多く受け止める役がいなかったわけだが、ザインは常時若者の特権を自分から遠い場所において、同質化しないことで”大人”であろうと努めている。
 老いていく体の実感、学び取り積み重なってしまった体験が、若く弾む季節に当事者として身を置くことを許してくれないし、そうやって離れて見守ることで守れるものがどれだけあるのか、”大人”は思い知って”大人”をやり続ける。
 ここら辺、辺境の村で腐りかけていたダメ大人とは思えない成熟っぷりだが、同年代の子どもとどう接したら良いか、上手く学べてない不器用ベイビー二人を間近にして、一気に育った部分……なのかもしれない。
 年相応に”大人”をやってるザインも、諦めかけた夢を追って旅に出た若人の部分があるし、永遠の幼子に思えるフリーレンも年経た賢者、優しい年長者の顔をすることがあって、大人と子どもの境目は世間で思われているほどガッチリ固まっておらず、いきいきと揺れ動くからこそ大事なものだと描いているのも、豊かな筆致と感じるね。

 

 ザインが”大人”をしてくれることで、フェルンとシュタルクの間に生まれつつあるモノがただの仲間意識ではないことも見えてきて、さてこのラブコメオーラ一体どうなっていくのか……って状況でもある。
 10年の旅において人格赤ちゃんだったフリーレンが、ヒンメルの秘めに秘めたる愛に結局気づくことなく色々無下にして、その死に涙して生き方を改めてなお、それが色恋だったことには気づけないという、決定的なズレを抱えている以上。
 芽生えつつある恋の花、を”大人”の掌で包んで育む役はザイン親父の担当になる。
 ……んだがラブコメって作品全部を塗り替えるくらいに強いネタなので、どんだけ自然にいい雰囲気になってても、二人が自覚してしまえば一気にそっちに、話が引っ張られてもいく。
 ここら辺の調整はなかなか難しいところだと思うので、『ザインという大人ががいる旅』の形をどう扱っていくのか、今後の転がし方が気になるポイントではある。

 それにしたって珍道中の中、あらわになったヒンメルの純愛は相変わらずマジでピュアであり、『オメーがそういう生物だってのは理解ってるけどよー、酷い酷いぜフリーレンッ!』って叫んじゃった。
 ヒンメル自身が特別な生き方せざるを得ない美しい少女に、自分の思いと人生全部捧げてもいいほど惚れ込んで選んだ道なので、外野がガタガタ抜かす話でもないんだが。
 コミカルに味付けしつつ、フリーレンはヒンメルに『指輪ありがとう』と伝えるのは(旅の終わりで待つ天国に行くまで)不可能なわけで、永生者と勇者の宿命的すれ違いはなんとも切ない。
 この切なさが、『現在進行系のフェルンとシュタルクは、是非とも上手く行ってくれよ!』という気持ちと、それを後押ししてくれるザイン親父への好感度にも繋がってくるわけで、やっぱ過去と現在、そして未来を繋いで紡いでいく物語としての運びが上手い。

 

 ザインのコミカルな振る舞いが、が大人であること、大人になれることの意味を際立たせてくれる中で、まだまだ子どもなフェルンとシュタルクが、その幼い可愛さを失ってほしくない気持ちも、ガンガン強くなっていく。
 目の前の人間とどう向き合えばいいのか、答えを探り探り体でぶつかっていく二人は大変に可愛く、同時にこの人間修行時代も振り返ればあっという間、時の流れに押し流されて終わるものかと、視線を上げると少し切ない。
 ここら辺はフリーレンの時間感覚を上手いこと作品に焼き付けて、視聴者の視線とシンクロさせているからこその感慨だと思う。
 永生者が生きてる世界においては瞬きでしかない、人間の子どもが子どもで要られる、掛け替えのない時間。
 それが長かろうと短かろうと、学び取ったものは人が終わるまでの支える大きな柱になって、それを誰かから手渡されるからこそ人間は人間の、大人は大人の形を保てる。

 最後まで立派に”人間”をやりきった、ハイターやヒンメルの人生がオーバーラップすることで、ワイワイ面白く思春期を駆けている二人、それを見届ける”大人”なザインの”今”が、いきいきと輝く構図と言えよう。
 この眩しさから少し遠い場所、誰も追いついてきてはくれない場所にフリーレンは立っていて、いつかシュタルクやフェルンが”大人”になったときも、彼女は幼く瑞々しい心のまま、今と変わらない姿のまま、永遠を生きているだろう。
 しかしそれが停滞ではないことは、ここまで14話積み上げた旅路自体がしっかり証明しているもので、時と死を超えて手渡される宝物の意味を見つけ直し、新しい生き方に踏み出すことで、エルフだって人の隣を歩くことは出来るのだ。

 

 人間社会に絶対馴染めない異物としてエルフを描きつつ、同じく異物である魔族とは違って己を改め世界と人間を見据える心を持っているから、隣人としてかけがえない価値を共有できると描く筆致は、同時に永遠に変わらないものを覚え続けてくれるフリーレンを鏡にして、人間にとって何が大事で、何が変わって何が変わらないかを切り取ってもいる。
 時間と人間性を巡る物語はしかし、大上段にテーマを構えて説教カマしてくることがなく、楽しい珍道中にゲラゲラ笑い、年と在り方が異なるからこそ生まれる人間の面白さを噛みしめる中で、じんわり描きたいことが染みてくる。
 ザインが加わった後も、作品が持つ独特の滋味は損なわれることなく、むしろいい塩梅にコクが出てきてると確かめられるエピソードでした。
 馬車直したりプレゼント選んだり、色んなことが起こる”生活”としての旅をじっくり描いてくれると、このお話で食いたい味がジワーッと染み出してくれて、しみじみ嬉しいなやっぱり……。

 天国を目指す旅は人生のように長く、まだまだ続く。
 そこで起こる厄介事も衝突も、人が生きる中での掛け替えのない証なのだと豊かに受け止めながら、四人はゆっくりとした歩調で、一瞬一瞬を共に進んでいきます。
 それって……やっぱいいなと思えるアニメ、ありがたい。
 次回も大変楽しみです。