イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

時光代理人 -LINK CLICK- 英都篇:第8話『迷宮』感想ツイートまとめ

 アリアドネの赤い糸が、時を超えてテセウス達を縛る。
 迷宮の奥待ち受ける、怪物の名前は未だ、深い闇の奥。
 マジで謎が深まる、時光代理人 英都編最終話である。
 こーれで三期日本でやらねぇってなったら、マジ承知しねぇからよー!

 

 つーわけで、始まったときよりワケ分かんなくなって終わったぜッ!
 この感覚自体は二期もそうだったので、別に良い…つうか待ってましたなんだけど(謎解きマゾヒストの感想)。
 トキと同じ能力を持ち、ヒカルと同じ発想で盤面に上がり込んできたかーちゃんの存在と、最後まで底知れなかったリウ・シャオ、サイキック心停止でおっ死んだかと思ったら最後の最後に蘇ったヴェインと、叩き込まれた謎の量が多すぎる…。

 

 自分なり咀嚼するにしても、引っ掛かりすらない状態で結構な時間放置されそうでもあるので、とりあえずこの感想で足場を作っておきたい。
 日本版視聴者の未来がどうなるかは、能力者ならざる僕にはサッパリ判らんが、ついに多重能力者ミステリとしての構造がほんのり見えてきた今、面白くなってくるのはこっからだろうしな…。

 …全容が全く見えず、矢継ぎ早に叩き込まれる惨事と巨大感情に振り回されていた時より、もっとスゲェモンがやってくるんだろうか?
 少なくとも英都編は、ルックの圧倒的な仕上がりと張り詰めたクオリティに助けられ、新鮮な気持ちで見れたなぁやっぱ。

 

 

 

 

 

 

画像は”時光代理人 -LINK CLICK- 英都篇”第8話より引用

 つーわけで唐突なモデル撮影で死ぬほどイチャイチャし、その眩しさに灼かれたフェイがスパイ稼業から手を引き、ついに父の手がかりに手が伸びたと思ったら、さらなる謎が母親の顔で襲いかかってきた。

 いやー凄い…ある程度振り回されるだろうと予測してたが、一話に詰め込む量じゃない急展開がバンッバン襲いかかってきて、なのに各々抱くデカい感情は繊細に描かれていて、最後に”時光”をたらふく食わされた感じがある。
 二期見てるから、童話調にグロテスクな真実を隠してねじ込んでくる演出には、かなりガード上がるんだよなぁ…。

 

 ほーんとこのアニメは、残酷な世界で生きていくには柔らかすぎる感性を持ち、だからこそ愛すべき青年たちがマジで傷ついてる表情を書くのが上手くて。
 罪悪感に耐えきれず、シャオに仕事降りることを伝える時のフェイとか、急変する状況を飲み込みきれぬまま、ようやく母に抱かれてすごく複雑な感情を抱くトキとか、マージで良い顔している。
 因果や心理を操作出来る能力が、各々の思惑を抱えて複数介入している、極めて複雑な盤面に翻弄されつつ、不思議とストンと作品全体は飲めているのは、こういう感情を描く筆があまりに豊かだからだと思う。
 何がどうなってるのかは分からないけど、何を感じてるかはめっちゃ伝わるというね…。

 時光代理人の始まりを描く英都編、とにかくトキが優しく魅力的な男で、ヒカルがクールな顔の奥でそいつにゾッコンな事が、幾重にも描かれていた。
 そういう思い出が山と積まれてるから、ヒカルは自分が課した禁忌を破って運命に介入し、愛する人を死から守る道を探った。
 結果としてヴェインは息の根を止められ、彼が「最後」と告げる挑戦は別の道に入ったかに思えるが…唐突にポップアップしてきた新たな運命改竄者の存在が、気楽な予想を跳ね除ける。

 

 いやー…これは間違いなく荒れるよなぁ。
 というか既に、かーちゃんに荒らされた獣道をそれと知らず、辿ったからこその物語なのかもしれない。

 トキの憑依・過去知覚にしてもヒカルの運命改変にしても、通常のロジックで動いてるミステリの基本ルールを揺るがす、すごく強力な力だ。
 一期始めはこれを主役が独占し、力ゆえの縛りと切なさにさんざん翻弄されつつ、小さな救いを掴む物語に見えた。
 しかし話が転がっていく内に、複数の能力者が別のプレイヤーとして存在していることが解ってきて、ついにこの英都編の終わり、二人の力を併せ持つ(上に、因縁と動機も一部共有してる)かーちゃんが表舞台に立った。

 

 運命を変え父を救う介入が、いつどの段階から、どの物語を書き換え、トキとヒカルはどの程度、その影響を受けているのか。
 あまりに能力が何でもありすぎて、どうとでも可能性を考えられる複雑怪奇な状況が、最終話一気に溢れ出した感じがあり、いやー困った困った…。
 かーちゃんと同等な介入力と胡散臭さを感じさせるシャオも、超意味深な暗喩を映画館でチラ見せして、全然底を見せてくれないまんまだしな。

 ヴェインの謎めいた蘇生、フェイの失踪と合わせて、マージで訳解んない状況であるけど、俺はなんだかんだ”時光”を信じているので、ここで蒔いた種が芽を出す日を信じて待つ。
 ニョキニョキ伸びてくるのは希望の花どころか、怪物めいた因縁と暴力の魔樹かもしれねーが、まーしょうがねぇそういうアニメだガハハ!

 

 まぁ俺が”時光”見続けるのは半分、そういう悪魔の樹に絞め殺されちゃったティエンシーちゃんの遺骸に、一体どんな意味があったのか見届けたいからだけどね…。
 英都編でなんらか目鼻がつくとは欠片も思っていなかったが、サブタイ通りより深い闇に突き進んでいく感じになって、あのクソ兄貴がどう生き抜くかを見届ける日は、更に遠くなっちまった感じだ。
 ただお家に帰りたいだけだったあの子の死が、どういう意味を持つのかはオメーの生き様に全部乗っかってんだから、もし再登場したら光にしろ闇にしろ、全速力で突き進まねぇと許さねぇからな…。

 

 閑話休題、心理テストの形で投げかけられた問いかけは、結構色んなモノを照らしていたように思う。
 トキは「犯人はいない」という彼らしい優しさを答えにしたけど、んじゃあ殺意をヴェインに問われていたヒカルはなんて答えたのか、とか。
 森の火災が語学学校消失事件のメタファーであるのは間違いないとして、そこに踏み込まれそうになったワン・チンは何故、対話を打ち切るような対応をしたのか、とか。
 「ここに謎がありますよ!」という、かなりわかり易いサインは出てたと思う。
 まぁ考えても手持ちの材料少なくて、なかなか答えなんて出ねーんだけどなッ!!

 色んな人の因縁の始点になってる、語学学校火災の裏にどんな謀略があったのかは、今後の物語を牽引する大きな謎になりそうだ。
 というかなるからこそ、わざわざ特別編を作ってまで事件の輪郭をたどり、重要人物の顔見世をした…って話なんだろうけど、チラ見せなんでぜーんぜん分かんない!
 事件の真相はそのまま、トキを捨てた両親の真意にも繋がっていて、明るいペルソナの奥に寂しさを抱え続けた彼が、人間として挑むべきドラマに食い込んでいるのが、これまた複雑である。
 ここら辺はもうちょい切開してもらわないと、マジなんとも言えない感じである。
 ”時光”わっかんねーーーー!(全32話見終わった感想)

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は”時光代理人 -LINK CLICK- 英都篇”第8話より引用

 そんな鳴き声を上げている間にも、異能と殺意の混合気は危険領域にまで膨れ上がり、スゲー濃度の暴力が一気に押し寄せヴェインが死んだ。
 仇を睨むヒカルの瞳がマージで良くて、よくもまぁこんだけの泥を仮面の奥に隠したまま、運命が予定した脚本を唯々諾々と飲んでいたよなぁ…と、改めて思う。

 かーちゃんとヴェインが共に求めていた、隠された手記に何が書いてあるかがかなり大事だと思うが、それが判明するより早く、ワン・チンの青い異能が完全犯罪ぶっ込んだからなー…。
 いやー、証拠が残らない殺人ってマジで怖いねッ!

 

 もう一人の時光代理人であるかーちゃんが、唐突にヒカルの時空を越えたリベンジに乱入してきた結果、スゲー状況がわかりにくくなって来てもいるが。
 かーちゃんとワン・チンは面識があって協力してるのかとか、ワン・チン自身の異能はサイキック心停止でいいのかとか、あの苛められっ子がスーパー精神科医になった裏事情とか、知りたいことは山盛りある。

 あとかーちゃんがカンフー強かった理由とかなッ!
 やっぱ運命改変なんぞ企むからには、ステゴロ強くなきゃ話にならないわけで、唐突にクンフーマスターに修行付けさせ、メレー技能を強化したのは正しい判断だったねホント…。

 

 ここでヴェインが死んだことで、未来彼にトキが殺される未来は無事回避…と思いきや、思いっきりラストに蘇生したので、全く油断できなくなってしまった。
 そもそもあの蘇生が何由来かも、なんの思惑で死を捻じ曲げたかも分かんねぇので、混乱に拍車がかかってる感じも凄い。
 ヒカルと思惑が対立する、別の運命改竄者(リウ・シャオ? まだ顔を見せてないプレイヤー?)がヴェインを蘇らせたとすると、「死を超越する」っていう願いを叶えられる存在が別にいるって話になり、トキ生存のための闘いも別の局面に突入するってのが、これまたややこしい。
 やっぱ運命改変系ミステリ、変数多すぎて演算難しいよ~。

 

 

 

 

 

 

 

画像は”時光代理人 -LINK CLICK- 英都篇”第8話より引用

 そういう寝言はさておき、母と会話して一応の決着を付け、自分たちの在り方を我が家に刻んで、トキとヒカルの英都探検は一段落。
 …とか思ってたら、フェイは失踪するわヴェインは復活するわ、何も終わってねぇぜマジ!

 いやー本当に凄い。
 「二秒あれば、サスペンスの盤面はいくらでもひっくり返せる」とは言うけども、それを成立させるだけの緊張感と牽引力をしっかり保って、新たな爆弾をバンバンばら撒いて次なる物語に強引に引っ張っていくの、辛いけど気持ちいい…。
 ハイ! 私は時光代理人に夢中です!!(白昼堂々、コンテンツ奴隷宣言)

 

 かーちゃんという新たな介入者が、「これ以上盤面揺らすな」と釘を差してきて、ヒカル自身も自分の能力が時の大河を前に、蟷螂の斧かもしれないことを思い知っての最終話。
 何が凄いって、ここはあくまで物語が動き出す前にすぎず、作中最新の時系列ではトキはヴェインにぶっ殺されていることだ。

 それをひっくり返すために、さんざん必死にあがいたわけだが…果たしてこの旅が何を生み出すのか、この最終話は全然書いてくれていない。
 この未解決こそが、「謎ばっか増えて全然終わってねー!」という印象を、見てる僕らに刻み込む主因だと思う。
 そしてその不安は、作り手が狙ったど真ん中なのだろう。
 ヒリつくぜぇ…マジ気持ちいい。

 

 というわけで最後に特大の疑問符を連発されて、無事(!?)英都編全8話終了であります。
 いやー…なんだかんだ面白かったなッ!

 

今までの”時光”をおさらいするようなスタートから、華やかな異国で描かれる二人のアーリーデイズも眩しく、不穏なサスペンスも山盛り。
 常時バキバキにキマり続ける画作りと、眉目秀麗な男たちが抱え込む巨大感情の連発を、たっぷり堪能することが出来た。
 血生臭く悲惨な二期をなんとか乗り越えたことで、”時光”がどういう物語なのか、見てる僕のレセプターが広がっていたのが、楽しく見れた理由かなぁ。
 受け身が取れる角度で作品にぶつかるの、マジ大事。

 とはいっても二期のダメージは大きく、最初は探り探りの再会だったけども、拡大特別版第1話が、”時光”でやること全部を贅沢に盛り合わせた作りで、心地よい振り返りさせてもらったのは大きかった。
 あそこで「ああ、こういう話だったね…」という感覚を蘇らせた上で、異国で紡がれる二人の原点、そこに宿る複雑で巨大な感情をたっぷり味わい、とてもいい気分で見終われた。
 やっぱ画面のあらゆる場所、あらゆる瞬間がバッキバキにキマり続けてるの、最高に気持がいいし、本朝の”作画アニメ”ともまたちょっと違ったクオリティのぶん回し方してるの、心の底からシビれるんだよなぁ…。

 

 俺はクールボーイがその硬い殻をぶち破り、特大の熱い感情をぶっ放す瞬間が死ぬほど大好きなので、英都編はヒカルがどんだけトキ大好きなのか、ド濃厚に感じられて大変良かった。
 その愛が血飛沫で裏切られた結果、ヒカルは観測者から干渉者へと立場を変えたわけだが、感情を押し殺して必死に運命をなぞる旅路がどのような結果を生み出すかは、三期始まってみないと解らない。
 間違いなく超ロクでもないことになる覚悟はできている(”時光”だから)けど、より過酷さを増すだろう残酷と美麗の果てに、彼らの幸せが待っててくれると良いな、と思う。
 なんだかんだ、俺はあいつらが好きだし可愛いんだよ…。

 トキとヒカルのオリジンを描いてくれたおかげで、この感情が鮮明に蘇ってきたのは、ファンとして凄く嬉しいことだなと思っている。
 なんだかんだあいつらは愛すべき奴らで、だからこそ悲劇に負けず幸せになってほしくて、でも複雑に絡み合う因縁や異能、思惑や欲望が、それを感嘆には叶えてくれない。
 そういう物語の基本構造が、改めて浮き彫りになる特別編だったと思います。

 

 

 こっからどういう物語が転がるにしろ、まず日本で放送されることを祈らねーといけないわけですが。
 「やっぱ”時光”…マジオモシロッ!」とさせてくれる全8話だったので、続きはマジで見たいです。
 心の底から楽しみにしてます、ありがとう!

シャンピニオンの魔女:第12話『黒魔女の弟子リゼ』感想ツイートまとめ

 かくして少年は、己が何者であるかの始原に立つ。
 1クールかけてスタートライン…だがそれでいいッ! な、シャンピニオンの魔女第12話である。
 大変良かった。

 

 「そらまー実質の主役が出てくるまでで半分使ってんだから、”本筋”といえる部分は動かんわなッ!」とは思う、リゼが自分自身を定義する最終回である。
 己が何者であるかを見定めるのは、自己探求のスタートラインであり、この後様々な試練やらバトルやら経て、何事か成し遂げた手応えを積み上げていくってのが、フツーの話の歩調なのだろう。
 だが僕から見たこの話は童話であり英雄譚でありサーガなので、近代エンタメが定める早めのBPMに乗っかって進む必要を感じないし、むしろ物語の核心(とされてしまうもの)へ進み出す道のりにこそ、全てを示す兆しが色鮮やかに瞬いているべきだ。

 そしてこのお話は、自分が何者でありどこを目指すのか、このスタートラインにたどり着くまでに全て語っている。
 キノコが霧を得て胞子を伸ばすように、ルーナとリゼの未来がどこにたどり着くべきかという暗示、その途中にある困難はしっかり示され、迷い道の中で幾度も乗り越えられ、二人の欠落と強さはちゃんと描かれた。
 だからこそ、最終話でようやくスタートする語り口が僕はすごく好きで、とても正しいと感じている。

 

 最終話、凄まじい勢いで風魔がその存在質量を跳ね上げ、「こ、コイツが終わりを担当するなら…任せても良いッ!」と思えるところまで突っ走ったの、本当に凄いけど。
 「それはクロードがやる仕事じゃ…」と思わなくもないが、きのこの家の部外者であり、だからこそ辛辣な分析も切ない共犯も手渡せる風魔がやらないと、問題が解決しすぎるブッコミだったと思う。
 マジで「俺は自分の恋心を風化させた」は、文句ばかりの人格破綻者が凄まじいハードボイルドだったとぶん殴られ、キノコで世界を侵す毒を浄化してたルーナにも通じる応用力を見せつけられ、スゲー持ってかれた。
 マジ一瞬で空気切り替わるの、かなり独特よねこのアニメ…。

 風魔が部外者の気楽さでズケズケズバズバ言いまくることで、リゼのキモい所がかなり深く切開され、自己憐憫と恋の哀れみに溺れてたクソガキに、荒っぽいカウンセリング施してくれた感じがあった。
 きのこの家でルーナと母子共犯してると、どうしても見落とすヤバさに光を当てて、根っこから認識入れ替えて大人にしていく処方は、やっぱ街に出て他人に触れないと出来なかったな、と感じる。
 黒い森で揺籃に守られている時間が結構長かったので、最終三話でしっかり、あのシェルターであり聖域でもある場所の外側へ、出ていく意味と価値を削り出したのは良かったと思う。
 優しき母の胎と風厳しい外界、両方あって世界なのだ。

 

 

 

 

 

 

画像は”シャンピニオンの魔女”第12話より引用

 つーわけでルーナを変質させる恋に決着がつかぬまま、汚染物質を雑な処理して世界を乱す輩との話し合いが始まる。
 「リゼじゃなくてもため息だぜ…」って感じだったんだが、紫色に汚された戦士の肌が顕になったあたりから一気に空気が変わり、風に吹かれながら男同士の会話をする中で、一気に風魔の輪郭が鮮明になっていった。

 いかにも漫画っぽい濃い口のキャラ付けから、ドバッと重苦しいシリアスが飛び出すの、本当に凄いなと思う。
 まぁ魔女狩り上等の最悪世界なので、ノンキに見えてみんな地獄抱えてるよな、そら…。

 

 リゼが登場して以来、作品の視点はナイーブで幼い彼が担当しており、描かれる世界も彼の感覚で色づけられている。
 その目から見るとガミガミうるさいクロードくんや、共感性に欠ける風魔は遠ざけておきたい異物であり、母であり師であり想い人であるルーナは欠けたところのないマドンナになる。
 過剰ともいえるモノローグとともに、そういう一人称的視線を浴び続けてきたわけだが、しかし風魔のクレバーで冷たいツッコミに晒されて、それがどんだけ歪で甘えた視線だったかが見えてくる。
 それはキノコの家に守られていては、見えなかったもう一つの世界だ。
 冷たく息苦しいが、確かにそこにある事実だ。

 恋が己を歪める毒足りうることを、実体験として知っている(が、リゼのように他人を傷つける免罪符にはしない)風魔は、ルーナがどこに閉じ込められているかを良く見ている。
 緑色の窓辺から世界を見るルーナは、一見今まで幾度か描かれた、優しく家の外側を見守る守護者のようだけど、改めて外側から見つめたことで、恋と運命の虜囚としての色合いを強くしている。
 初恋にのぼせ上がり、高邁な使命と哀しい定めを背負っているアンリくんにすら、暗い感情を向けてしまうリゼからは、けして見えなかった母の脆い横顔。
 それを、シビアでドライな風魔はしっかり見つめている。

 

 風魔の共感性皆無な厳しさは、世界を侵す毒にすら共感できてしまえるルーナの対岸にある。
 真逆に思えるものだからこそ、家の中に閉じこもっていては絶対に手渡せなかった視点を、リゼと作品に手渡すことも出来る。
 恋の痛みの当事者として、それを力に変える白魔女の王子として、リゼは絶対にルーナへの恋を手放せない。

 しかしそれがどれだけ世界を歪め、為すべきことを妨げる毒になるかを、ルーナに命を救われ続けている戦士は良く知っている。
 つーか風魔がルーナ好きすぎなの、唐突なんだが全ての疑問がハマる妙手過ぎて、一息に飲み込んじゃった…。
 ぜんぜん風化してねーだろオメーの恋ッ!

 

 リゼから恋の茨が伸び、ルーナを縛り傷つけるイマージュを描いたことで、塔に囚われ窓辺に世界を夢見る”ラプンツェル”に、まの眠りに囚われた”茨姫”まで加わったの、たいへん良かったけども。
 様々な美青年に慕われつつ、たった一つ自分が殺した愛に未だ操を捧げるルーナは、リゼを守る優しすぎる母であり、同時に永遠の乙女でもある。

 そんな彼女が世界に忌避される魔女でもあることで、”女”なるものを描くトリムルティの肖像画が、形をなした感じもあった。
 女が持つ三つの顔、そのどれが本当なのか決める…あるいは、どれもが本当であると心から言える日は、物語が終わる瞬間だからずーっと来ないんだろうな…。

 

 やっぱ風魔が容赦なく吹き荒らす客観と正しさの風が、リゼのキモい湿り気を吹き飛ばし、残った祈りに生身の風魔が自分を晒し手を差し伸べる流れは、最高に良かった。
 それは家の外側にでなきゃ描けなかったものだし、ちゃんと帰るべき家があるのだとリゼが思えなければ、耐えれずたどり着けなかったゴールだと思う。
 バリッバリに殺害視野に入れて、リゼの資質と成長を見定める審議官でもあった風魔が、一切の忖度も容赦もなくリゼの本性を問いただしたのは、ルーナの家族主義では為し得なかった成長を呼び込む。

 ルーナ達はどうしても、リゼに彼が”呪いの仔”だと告げられなかったが、風魔は世界が暗く染まるにしても教えた。
 成れ果ての残骸ですらどんだけ世界を腐らせるか、城にたどり着くまでにしっかり描いていたこともあって、風魔が担う外野だからこその厳しさには、芯の入った正当性があった。
 それを一個人の好悪と感情で拒絶しようとするリゼの甘えも、風魔の厳しさは吹き飛ばし、深く強く問いただす。
 そのうえで拒絶の闇に沈んだリゼを、ちゃんと対話のフィールドに引っ張り上げていたり、自分自身の傷を見せて共犯者として繋がったり、正しいだけで終わらない優しさも見せてくれた。
 話の最後を担当するキャラクターが、風魔で良かったなと思えたのはありがたい。
 いやホント、一話で捲りすぎだって!

 

 

 

 

 

 

画像は”シャンピニオンの魔女”第12話より引用

 風魔がリゼに吹き付けた厳しさは、過酷な未来を生き延びれる資格を試すためだ。
 だからリゼが迷いを越え、自分自身の在り方を示し共犯者となった後は、全霊で支える誠を見せてくれる。

 家の外にヘンテコで厳しい協力者を得たこと、その風に真実を教えられたことで、リゼは彼自身の魔導書を手に入れ、これから貫くべき信念を刻み込む。
 母の優しさに成長と痛みを奪われる子どもから、自分の足で立つ青年へと変わっていく。
 それの変化が、窓の向こう側に居場所がないルーナが立つことの出来ない世界を、彼女に見せれるのかは、まだまだ先の物語だ。

 

 サブタイトルにある「黒魔女の弟子リゼ」とは、本来物語がそこから進み出すべき始点だ。
 12話かけてスタートラインたぁ随分悠長であるが、「始まりには終わりまでの全てが宿る」という魔術的思考からすれば、むしろそこまでじっくり時間を使って描いてくれたことが、テーマとの真摯な取り組み方を示している気もする。
 つーかスッキリ分かりやすい一本道の成長物語を求めても、メルヘンの本道を静かに進むこのお話は応えてくれないし、そういう歩調で魔法と子どもに向き合う物語が今、深夜アニメとして流れている豊かさが、俺には嬉しい。
 このアニメはそれで良いし、それが良いと思う。

 

 リゼはルーナを密やかに恋する自分を、風魔の共犯者である自分を、あるべき己として物語の最後に定めた。
 それは暗い森での冒険で、傷ついた烏をこれ以上傷つけないために背を向けた、白魔女というルーツに立ち返る道でもある。
 恋を力に変えれる白魔女と、恋が毒に変わる黒魔女の狭間に立ち、残酷な世界で不屈の戦いに挑む。
 実はアンリくんが、ルーナとの恋を奪われてなお自分を突き動かしたどり着いた場所と、リゼは全く同じ道に進もうとしている。
 こういう相反しつつ繋がっている感じが随所にあるのが、魔法をネタにした物語らしくて好きだ。

 ルーナから最初に託され、慈しむ優しさの象徴だったリゼのキノコが、彼が魔女になっていく証であり、失われていく記憶を留める受け皿にもなったのも、たいへん良かった。
 リゼの濃厚なモノローグを咀嚼すると、相当エゴイストで身勝手な人格が見えてくるわけだが、そういう人間味を保ったまま、聖女たるルーナの優しき美質を継承することが出来るのだと、キノコの魔導書は示してくれている。
 無論グラグラ揺らぎ自己憐憫に溺れるヤバ人間なので、ルーナほど清らかな道は進めないだろうけど、でも師から受け継いだものがこの後も、形を変えリゼ道連れになるのは希望だ。

 

 というわけで、シャンピニオンの魔女全12話が完結した。
 とても良かった、ありがとう。

 元々メルヘンと魔法は強い興味をもっている領域であり、童話調の美しい筆使いにも惹かれ見始めたら、想像をはるかに超える過酷な世界に面食らった。
 それが純粋さを世俗の汚れで満たして悦に入る、趣味の悪いシニカルなどではけして終わらず、過酷な試練を課せばこそ人間の不思議な真実が見えてくる、正統派のファンタジーの足場であることが判るまで、時間はかからなかった。
 要所要所の幻想をしっかり絵にして、美しい魔法をちゃんと書いてくれたのも、凄くありがたい。

 

 前半をルーナの物語、後半をリゼ英雄譚序章に分割し、「いよいよ本格的に、約束の王子の旅が始まる!」つうところで放送範囲が終わるのは…俺は大満足だよッ!
 凄くじっくり、キャラの苦悩や美しさ、世界が持つ残酷と美麗、日々を彩る呪いと魔法を掘り下げてくれたことで、画風に相応しいゆったりとした余裕が作品に溢れていたし、魔女の物語が描くべき沢山の不可思議を、過不足なく語れていたと思う。

 恋の奥に傲慢が、厳しさの裏に正しさが必ず宿ってしまう、矛盾に満ちた世界。
 それをより深く知り、人を救うための魔法が、汚れた呪いとして忌避される間違いだらけの世の中を、それでも呪わず壊さず活きるために、何がいるのか。

 

 恋を力に変える白魔女と、毒にしてしまう黒魔女の出会いと絆を描く物語が、ルーナの初恋で始まりリゼの初恋で終わる構成も、魔法的ロマンスとして凄くしっくり来る話運びだった。
 誰かに庇護されなければ生きていけない幼子の身体と、嫉妬や傲慢が絡みつくエゴイスティックな恋心の対比はグロテスクだが、そのキモさこそが恋なるものの本質を抉ってる感じもあって、俺はキモいからこそリゼが好きだ。
 風魔が殺すほど心配していたように、間違いなく彼が選んだ秘めたる恋はルーナを侵し傷つけていくんだろうけど、まーしゃあない、そういう穢れと対峙するのも人生だッ!
 …アイツ、本当にヤバいと思う。

 前半ルーナ自身もまた、傷つき守られるべき少女であると描いておいたことで、赤ん坊に戻ったリゼを彼女が庇護し、母という立場から何かを学んでいく物語も、興味深い進展を見せた。
 それは破綻を約束された不自然なのかもしれないが、生来の優しさを抑え込んで厳しく接しようとする背伸びも、それでも溢れてしまう優しさでリゼを包み込むのも、ルーナにとって得難い経験だ。
 そういう日々が彼女に何を芽生えさせるのか、一個決定的なエピソードが欲しかった感じもあるが…それは原作を読め! って話なんだろう。
 可愛い可愛いミノスくんも含め、キノコのお家のみんながどんな未来に進むのか、見届けてぇ~マジ。

 

 魔法の表現がバトルに役立つ暴力で終わらず、コミュニケーションやケアを助け、あるいは世界のあり方を歪める強力な呪いとして、多才に描かれていたのも良かったです。
 ペイガン・エコフェミニズムと児童心理学、無茶苦茶研究してお出しされてる作品だと思うんですが、あくまで不思議で素敵なファンタジーとしてしっかり形作られ、魔法が持つ祝福と呪いを様々な角度から描ききったのは、本当に素晴らしかった。
 やっぱ幻想が絵になり言葉になることに格別の興奮を覚えてしまう視聴者なので、そのど真ん中を力強く射抜く、魔法の物語であり続けてくれたのは本当に良かったです

 

 

 というわけでアニメ”シャンピニオンの魔女”、本当に良かったです。
 二話ぶち抜きのスタートで、ルーナという少女が背負う定めと優しさと痛みをしっかり解らせてから進む、美しくて切ない日々。
 運命の導きが彼女とリゼを引き合わせ、全てを奪われた幼子が様々なものを学び、自分のあるべき未来を見定める後半戦。
 そのどれもが、人のあるべき姿を祈る真摯さと、それを試す現実の厳しさ両方をしっかり見据え、魔法という絵筆で書き上げようとする意識に、しっかり支えられていました。

 この先に続く二人の旅をアニメで見たくもありますが、今はお疲れ様を言いたい。
 本当に素晴らしかったです、ありがとう!

東島丹三郎は仮面ライダーになりたい:第24話『俺は今日 死んでも良い』感想ツイートまとめ

 ブチ込め、持ちうる全てを。
 ライダー以外なんにもねぇ中年が歓喜の頂点へたどり着く、東島ライダー最終回である。

 

 つーわけで全編ほぼバトルバトル、長かった修業の成果を存分に、この世のルールを飛び越えた超常存在へ叩き込む回である。
 蝙蝠男の怪力が暴れまくり、何かと機材がぶっ壊れまくるド派手なバトルは、最終話に相応しいスケール感でとても良かった。

 家族ぶっ殺されてる島村兄弟とか、色んなモノを奪われ取り戻した中尾ではなく、第一話で既にある程度完成されていた東島がケリを付けるのは…書かれてみると結構納得した。
 やっぱアクションシーンでの大暴れだけが生み出す、フィジカルな説得力ってのはあるね。

 

 

 

 

 

 

画像は”東島丹三郎は仮面ライダーになりたい”第24話より引用

 物語は基本東島VS蝙蝠男をみっちり描くのだが、それに踏み込む前にどうしても、中尾があっさりぶっ潰されたことに触れたい。
 俺はあの腕ボキボキの惨敗で、彼の旅路が完成したんだなと感じたのだ。

 

 自身に宿った特級の暴力を持て余し、「盲腸みたいなヤクザ」であることしか出来なかった彼は、本物ショッカーに出会い改造され、舎弟に守られ弱さを知った。
 それを補うべく中年半裸合宿に飛び込み、非合理な特訓に汗を流し、鍋作って女に惚れて、必殺の44マグナムを生み出した。
 でも44マグナムは、あんま勝てない。
 ライコワンパンしてもそれが決着じゃないし、蝙蝠男にも通じない。

 むしろ後半は思いっきりボコられること、非合理な拳のやり取りを引き受けることこそ、中尾のキャラ性になっていたような気がする。
 それは正気だった時代のライコが体現した「受けの美学」を、彼女に惚れ込んだバカが全力駆動させてるとも言える。
 それこそ自分が蝙蝠男にされるように、一方的に冷たくボコすのではなく、思いを込めて拳を受け止め、そのズタボロにメッセージを宿すことが、彼の生き様になった。
 そんな気がする、初手玉砕であった。
 蝙蝠男がどんだけ暴力の化身か、キッチリ見せつけバトルに緊張感を出すうえでも、アレはとても良かったと思う。

 

 

 

 

 

 

画像は”東島丹三郎は仮面ライダーになりたい”第24話より引用

 蜘蛛男さんが高みの見物を決め込む中、東島はかつて刃が立たなかった怪物を相手に拳をめり込ませ、血を流させる。
 「ここで蝙蝠男に加勢させないために、八極ラーメン屋とアイドルに感化されなきゃいけなかったんだなぁ…」などと思いつつ、蜘蛛男さんの立場はちょっと、”ライダー”の生き様を遠くから見守る、幼き視聴者に重なってる感じもある。

 東島がかつて深夜の公園で輝かせた、心の奥底から湧き上がる黄金の輝き。
 それに出会ってしまった蜘蛛男さんは、また面白いものが見れないかと、暴力から距離をおいて生身のフィクションを見守る。

 

 この物語の戦いがずっとそうであったように、東島と蝙蝠男のバトルは卓越したエゴのぶつけ合いになる。
 効率的に鍛えた、超常の力がある。
 そういう賢い理屈をぶっ飛ばし、どんだけのものをそれに捧げられたかという、不合理への献身こそが強さの薪になる、ハチャメチャなロマンティシズム。
 これで実在する超人をぶっ飛ばすためには、人間らしい絆が必要だと、東島も聖典に向き合って理解した…はずなんだが、物語は凄い勢いで主役以外を振り落とし、超ぶっ飛んだパワーのぶつけ合いへと加速していく。
 そこでは蝙蝠男は余裕をなくし、血を吐く生身をさらけ出す。
 洗脳も権力も、金も女も歪な矜持も、そこでは無意味だ。

 地位も金も女も、現世で望みうる全てを横からかっさらったバケモンが、東島が身を置く裸一貫(+愛)のみの世界に引きずり込まれて、ルールの押し付け合いで負けた…とも言える。
 ド底辺のライダーワナビが、自分を一切譲らないまま大逆転をカマした成り上がり物語…として読むには、東島が得たものが少なすぎるように思えるけども、ショッカーが実在した時点で東島はある意味”勝って”おり、鍛え直した拳がしっかり突き刺さるこの激闘は、それを掴み取るというより確かめる闘いだった気もする。
 立ち上がるための回想も、一話でだいたいブッ放しちゃった奴だしなぁ…あんま、物語を通じての変化が少ない(というか極端な)キャラだわな。

 

 東島は殴り倒すべきショッカーに、善悪を越えた震えを抑えられず、顔中の穴という穴から体液を垂れ流し歓喜する。
 他人の家族ぶっ殺そうが、無辜のアイドル洗脳しようが、彼にとってショッカーとは、今までの日々が無駄ではなかったことを証明してくれる、空想/妄想の世界からの報いだ。
 本来なら存在するはずがない妄想に、自分の全部を注ぐしかなかった男が、偶然行き合ってしまった、自分の生きざまを証明できるチャンス。
 蝙蝠男を前に、異様なテンションで「本気のライダーごっこ」に興じる彼は、一般的な善悪も、生きるか死ぬかに拘泥する常識も、置き去りにして必死に遊ぶ。

 そういう異様な精神性のとっつぁん坊やが、最後の自己実現としてアリーナぶっ壊しまくりの超常バトルに身を投げる是非は、まー普通の感覚では判断しきれない。
 終わってみるとつくづく、ノれるノレないの選別が激しい物語だったと思うが、膨れ上がった心が顔面から溢れ出る、ヨクサル印の汗臭いロマンティシズムは、僕にとってはずっと楽しいものだった。
 なので心底楽しそうに、命すら軽やかに盤面に乗っけて、殺し合いを遊ぶ東島の姿は凄く良かった。
 河原での敗戦では全然使っていなかった、怪人の異能をなりふり構わずぶっ放しまくるところとか、アクションが蝙蝠男の心理を語ってて、良い演出だったと思う。

 

 死闘の末、東島はお面に半裸な現実を超越し、敵にすら”ライダー”を幻視させるほどの境地にたどり着く。
 ここで”ライダー”を見上げてしまった時点で、蝙蝠男の勝ちはなくなったわけだが、あるいは東島がたどり着いた”絆”とは、自分をライダーといして観測してくれる誰かが、同じ温度で隣り合ってくれる関係だったのかもしれない。
 そのめっちゃオタクで閉じた関係性が、マジでヤバイ社会逸脱者集団サークルでグツグツ煮込まれて…しかし東島と仲間たちは、どこまでいっても無邪気だ。
 金の心配はしないしテンションの赴くままやりたい放題だし、他人の目は気にしない。
 幼い、といってもいいだろう。

 子どもが子どものままでいられる山奥の楽園で、延々半裸で鍛え抜いてた裏側で、蝙蝠男が好き勝手絶頂我が世の春を謳歌していた流れが、混じり合うこのラストバトル。
 「結局ド付き合い、どっちがつええ?」という、極めてシンプルな暴力比べによって、蝙蝠男が「我超人なり」と驕る足場がどんどん崩れていくのは、やっぱ面白かった。
 ここの無様なカタルシスを描くためには、社会的成功を高く積み上げる必要があり…そこに最後の一撃を入れ、賢い逃亡を防ぐ仕事を、蜘蛛男さんの煽りが担当しているのは面白い。
 「エゴ一個で強くなったんだから、それを捨てるはずがないよな?」は、あまりによく効く毒だな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は”東島丹三郎は仮面ライダーになりたい”第24話より引用

 かくして命の比べ合いから安全に逃げ、一方的に相手を蹂躙できる強みだったはずの「翔ぶ」という能力で、蜘蛛男は東島に負ける。
 物理的にも精神的にも暴力的にも、すべての意味で東島が蝙蝠男の「上をいった」と判るライダーキックで決着がつくのは、とても良いバトル構成だったと思う。

 実はこのアニメ、ワンパン決着多めなのであんまバトル自体に語らせるってことは多くない印象だけど、流石に最終回、今までの全部を燃やし尽くす闘いを編み上げてくれたのはありがたい。
 ラーメン屋との修行で、人間のオモシロさに目覚めた蜘蛛男さんの問いかけもな!

 

 ここでショッカー撃退の見果てぬ夢を問われて、背筋をピンと伸ばし「はいッ!」と答えられる男だからこそ、蜘蛛男さんは東島との殴り合いに奇妙な光を見て、アイドルとラーメン屋で開花させた。
 …まーじで種蒔くだけ蒔いて、発芽にも採取にも何も主役関わってないの本当に凄いと思うけど、ここでケタケタ蜘蛛男さんが笑えるのは間違いなく、当島の生き様が何かを貫いたからだ。

 その成果として、思いの全てが溢れ出したひっでぇ顔を一緒に笑ってくれる、仲間ができたのはやっぱ良いなと思う。
 やっぱ一葉と東島のヘンテコな友情、俺は好きだなぁ…おじさん達が自分たちなりのやり方で、お互い労ってるの見るのが好きなのかも。

 

 東島は第1話の段階からかなり完成された狂人で、その芯がブレることはない。
 蝙蝠男に勝てなかった現実を乗り越えるのも、別に仲間の助言に助けられてとかいう、フツーのヒューマンドラマではなく、聖典を改めて読み込み、そこに書かれていた答えに立ち戻っただけだ。

 でも実在するショッカーと対峙し、世界がトンチキな角度でガバっと広がり、情熱を等しくするボケ共と出会ったことは、確かに新しい何かを彼に付け足した。
 みんなで飲む酒の上手さだったり、野菜だけの鍋が妙に美味かったり。
 まぁそういう下らないけどとても大事なことを、永遠の少年が学び、肉体で証を立てた。
 畢竟、そういう全24話だった気もする。

 

 乗り越えるべき壁として、堂々背中を向けるべき栄達の権化として、蝙蝠男が好き勝手絶頂暴れ尽くしてくれたおかげで、そんな狂った自己実現もしっかりと、走るべき道を駆け抜けてくれた。
 極めて狭く歪んだ場所で、イカれた連中が身内でしか通用しない価値観をグツグツ煮込むという、極めてカルトな味の濃い作品ではあるのだが、血管ブチギレそうなテンションと不思議な可愛げを大事にしてくれたことで、あんま苦みなく飲み干せた。
 …まぁそれは俺がヨクサル毒素へのワクチン接種を既に済ませていて、”ライダー”への理解と信仰が薄いからかもしれねぇけど。

 蝙蝠男が簒奪したアイドルへの熱狂と、東島たちのライダー愛はどっか似てる部分があって、だからこそ違う。
 銭も全然稼げず、消費活動を通じた自己証明にも興味がない。
 生き様それ自体をコンテンツと重ねる狂気一本で突っ走る、古臭いオタクどものアクセル全開は、しかし不思議に面白かった。
 それはやっぱ、自分の中にも東島がいて、だからこそこんな文章長々書き連ねているから生まれる、歪な共鳴ゆえだと思う。

 

 アクは強いし臭みは凄いし、とにかく世間一般に受け入れられるネタじゃあないかもしれないが、それでも己を譲らず延々、異様なテンションで”好き”をぶっ放し続ける。
 その不格好が、俺は好きだ。

 熱く研ぎ澄ませすぎて、社会と反りを合わせることすら拒絶するような、凶暴なロマンティシズムが、金も女も全部手に入れた巨悪に突き刺さる展開は、まー狂人に甘すぎる。
 でもその狂った夢を成立させるべく、毎回男女平等に顔面崩壊させ、鼻血と涙とその他液体をドバドバぶっ放しまくった、過剰な力みは適切だったと思う。
 「こういう描き方なら、まぁ狂っててもいいか…」という”アバタもエクボ”を成立させた時点で、俺はこのアニメに負けていたのだ。
 そしてこの敗北は、とても気持ちがいい。

 

 

 2クールの長きにわたり、テンション高い物語を届けてくれてありがとうございました。
 お疲れ様、楽しかったです!!

正反対な君と僕:第11話『修学旅行!(後編)』感想ツイートまとめ

 三者三様に彩られた、三都制圧襲学旅行も後半ッ!
 特別なイベントに照らされた、あまりにも青く透明な季節が眩しい、正反対な君と僕第11話である。

 大変良かった。
 修学旅行後編、色んな奴らがイチャイチャしたり青春したりヘロヘロしたり、このお話が持ってる陽のポテンシャルが全開であった。

 

 鈴木-谷/西-山田/東-平の、3チーム6人を舳先に立てて進んでいくこの群像劇、人格の明暗も組ごとにそれぞれ異なっており、お互いの陰陽にも結構複雑なグラデーションがある。
 山田と鈴木はお互い陽キャの権化のように見えて、みゆちゃんがめっちゃ周りのこと見てしまう考えすぎガールなのは、皆さんご承知の通りだ。

 そういう内的な陰りを表に出さないことで、クラス内部に構成されたヒエラルキー(という言葉が持つ、陰湿な政治性は極めて慎重に、作品世界から排除されているわけだが)を泳がなきゃいけない、結構難しい季節。
 平くんなんかはかつて身を置いていた、社会性と自意識のネバついた沼から自分を出し切れてなくて、ふとした瞬間に影に沈むわけだが…そういう場所から、尊敬できる友達の横顔に引っ張られる形で、自分を引きずりあげている姿も、ずーっと追いかけられている。
 浮かれないよう自分を戒めつつ、修学旅行という特別なイベントにどうしても浮かれてしまう、若者のフワッと浮かぶ心が、見ていてとても微笑ましい。

 

 修学旅行という大きな箱を舞台にすることで、三組三様の繋がり方や温度感を、横断して描けたのは良かったな、と思う。
 残り一話、素晴らしかったアニメもそろそろまとめなければいけないタイミングだし、この群像劇の主役たちがどういう存在で、今どういう場所に立っているかをちゃんと切り取っておくと、作品がスッと心のなかに収まる。
 そしてこの現在地は、ここから更に変化していく未来へのスタートラインでもあり、色んな陰りや悩みと取っ組み合いながら、若者たちは自分たちの世界と好きな人たちを、日々より善くしていく。
 「人間には、そういう事ができる」という祈りは、やっぱ実態というより理想を焼き付けてる印象がある。

 僕はこの話がラブコメ定型にあんまハマリすぎず、キャラそれぞれの願いと難しさに向き合いながら、ジリジリ進んでいくところが好きだ。
 第9話ラストからの流れを引き継げば、修学旅行&遊園地デートという一大イベントで唇同士の触れ合いまで踏み込みそうなもんだけど、谷くんと鈴木はそういう流れには乗らない。
 浮かれポンチなカップルカチューシャは付けないし、素直に狂うには抵抗があって、でもそういう足踏みもまた自分たちらしく、幸せに楽しんでいく。
 そういう、視聴者大興奮の分かり易いマイルストーンを刻むより、あるがまま恋と愛と性に向き合ってる子どもらの物語を、大事に進めてくれる。

 

 西さんにしたって恋の自覚からグッと進んで、告白にまで踏み込んでも良さそうな感じであったけど、あえて悶々と身を捩る恋愛未満のトロを、たっぷり堪能させてくれた。
 まー超音速のカップル成就は第1話でやっているわけで、こっちはジリジリまどろっこしい温度で煮込んでいく過程それ自体を、丁寧に食べさせる作りでもあるわけだが。

 ともあれホンちゃんの強力アシストなんかも受けつつ、出会ってしまった少年と自分自身の心に、西さんが向き合う日々はまだまだ続く。
 その行きつ戻りつ、でも確かに前に進んでいる姿は可愛いと同時に頼もしく、「みんな凄いなぁ…」と、幾度目の感嘆を漏らしてしまう。

 

 んで凄く精神ポテンシャル低いところから始まった、平&東の旅路も恋になりそうな気配はありつつ、まず「思っていたより、同級生っぽい」と認識するところまでである。
 締まらないコーラブッシャーに「へ?」でドン引きな、どーにもキマらない凸凹が平くんらしくて、とてもいいなと思う。
 彼も一足飛びに、明るくて見通しがいい場所まで飛び上がってしまうと、あまりに眩しさに目を焼かれて何も見えなくなってしまいそうなので、しばらくは無明の闇に迷っていてくれ…(ジジイ亡者の呪詛)
 実際平くんを縛るネガティブな怨嗟を、どんだけ解かしていくかの匙加減は極めて難しいと思う。

 とはいえ考えすぎな檻にガッチリハマってる平くんも、元々色んな人の素顔をちゃんと見れる人ではあり、口を開けてよく笑うようになった東の変化もしっかり見届けている。
 「その変化はよぉ…オメーがあの時、駅のホームで叩きつけた”熱”で点火してんだよッ!」と、画面の外で大声だしちゃったけども、そういう変化の起爆剤になれる自分を、平くん自身が全く信じれていないのが難しい。
 しかしまぁ、そういう狭い主観から離れた視点でもって、どんどん変わっていく東を見させてもらうことで、平くんが自分が考えてるより大した奴だってことを、僕らに教えてくれているのはありがたい。

 

 谷/鈴木組が初手一話でカップル成立、山田/西組が出会いから恋心の自覚まで、平/東組が敬意を抱きつつ恋愛未満の距離感。
 主人公を三組起き、それぞれの速度と深度で恋と青春に潜っていくことで、多才な群像劇を立体視させる作劇が、一つの形にたどり着くのがこの修学旅行かな、という感じもある。

 1クールかけた物語の歩みとしては、最後にエピローグを残してとても巧みだし、収まりも良い。
 色んな奴らがいて、思いもしなかった自分が触れ合いの中に弾けて、どんどん世界も自分も変わっていく。
 そういう、幸せな運動体としての青春はまだまだ続くが、一旦次回で幕引きだ。
 一話早いけど、お疲れ様、ありがとう。

 

 

 

 

 

 

画像は”正反対な君と僕”第11話より引用

 というわけで青春三篇、トップバッターはモヤモヤ少女西さんッ!
 可愛らしい百面相とドキドキ身悶えをブッ込みつつ、大変いい感じの所に自分を持ち上げていた。
 はー凄い、はー可愛い…。

 山田くんの真っ直ぐなアプローチをどう受け取ったもんか、後退りするケツをホンちゃんがしっかり蹴り上げていて、決意一発告白まで駆け抜けた鈴木とはまた違った、隣に誰かがいてくれる恋路の善さがよく際立つ。
 モリモと山田くんのイチャイチャとかもそうだが、別に恋しねー連中もすごく気持ちのいい奴らであり、「コイツラがいるから思春期楽しいんだッ!」と思える描き方はありがたい。

 

 心臓が破裂するほど高鳴っているのに、それに従って自分を前に出せない西さんの、ハタから見てりゃ考えすぎな足踏みはしかし、彼女にとってとても切実な、痛みすら伴う身体感覚そのものだ。
 進み出したいけど立ち止まってしまう自分を、西さんは変えたいと思い続けて変えられなくて、でもふとした出会いから恋が動き出し、図書館のモブからもう一人の主役へと、自分の立ち位置を変えてきた。
 まぁ画面の端っこにいたときだって、西さんの物語においてはずっと西さんが主役だったわけだが、恋心の芽生えからその自覚まで、丁寧に追ってきた物語は不定形の感情が少女をどう変えていくのか、解像度高く追いかける。

 色々考え、考えすぎるから踏み込めないのは西さん、実は鈴木と根っこが同じで。
 第1話では「鈴木が好きになった谷くんらしさ」に、顔向けできる自分でありたいという願いが周り見過ぎガールの背中を押したわけだが、西さんの場合は一人では一生モヤモヤ部屋にこもっているので、ホンちゃんがケツを蹴らないといけなくなる。
 ここで「行けッ!」と強制してくれる、唇ホワホワ観察勢でいたいのに立ち止まっていられない女が隣りにいてくれるのが、西さんの幸運ではあろう。
 …そうなるまでの道のりが、実はスゲー複雑な屈折含みだとパなしてくるんだから、やっぱ紅茶先生はスゲェよ…(原作勢の勝手な感慨)

 

 西さんは山田くんが口にした「今は」を、すごく気に掛ける。
 「今」じゃなければ二人きり歓迎な、疾走ボーイの意図を必死に汲もうとして、考えすぎの檻に陥り、しかし確かに自分の中にあるき持ちに名前をつける。
 この発見…今まで彼女を惑わせていた観察力の、適切な使用体験がどこに転がっていくかは、こっから先の話であるけども。

 でもそうやって、なかなか手綱を付けれなかった自分らしさに、恋と友情の力を借りて向き合って、納得できる何かを掴み取れた事実は、凄く西さんの助けになると思う。
 俺は恋のドキドキの中に、そういう横幅広い成長が刻み込まれているのが、とても好きなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

画像は”正反対な君と僕”第11話より引用

 そして第二幕、ぐにゃぐにゃボーイと諦めガールの奇妙な旅路!
 先週、東が中学時代を回想する時の冷たい灰色がとても印象的だったけど、平くんの思い出はそれよりもっと極彩色な、不定形のドロドロである。
 地元を離れてもその影は長く伸び、勝手に東のことも自分を脅かしかねない過去の刺客と思い込んでいたわけだが、今自分を包みこんでいる楽しさに素直になってみると、その素顔も見えてくる。

 あるいは、堂々口を開けて笑うようになった変化も。
 マジでねー…東がそういう場所にいても良い自分を見つけ解き放ったのが、この作品で一番刺さる変化まであるからッ!

 

 今回のエピソードは、主役三組を修学旅行という大きな箱の中で横断し、その変化を綴る構成になっている。
 西さんが考えすぎで踏み出せない自分が、確かに山田くんに恋している事実を見つけたように、平くんはみんなといると素直に楽しくて、酔った谷くんを心配してコーラ買う自分の”今”に、ヒネた距離感のまま向き合っていく。
 それは正反対だと思っていた誰かと出会い、繋がる中で見えた新たな自己像であり、ずっと望んでいながら自力では達成できなかった、ちっぽけでとても大事な夢でもある。
 そういう意外でありながらしっくり来る自分に、出会うこと…出合わせてくれる誰かと出会うことが、思春期ではとても大事だと思う。

 「待ち時間と運転に、人間の地金が出るッ!」という、経験から学んだ哀しい教訓。
 そういう陰りに適応し身を守っていた東が、なんでこの修学旅行ではめっちゃ素直に笑い、自然体の己を隠さなくなっているのか。
 そら東が自分の望みや現在地をしっかり考え、湧き上がった疑問をノリで受け流さない知恵があるからなんだが、それだけじゃあ彼女は変われなかった。
 いたからだろッ…平秀司という青年がッ…!
 「東だけがすり減ってんじゃん!」と、抑えきれず心から飛び出した爆弾がどんだけの事態を引き起こしているのか、当人が全然自覚できてねーところがチャーミングではあるが、まぁ生きるの難しいよねその視界だと…。

 

 平くんが谷くんのことめっちゃ尊敬して、ぶっきらぼうながらその繋がりをスゲー大事にしている様子が、俺は本当に好きなんだけども。
 ここで「イヤでも、あからさま気にかけてる風なのキモいか…?」と自問自答に足踏みするより早く、コーラ買ってダチが苦しいのなくしてやりたかった”速度”がでてくるの、東じゃなくてもアラアラアラなんだよなぁ…。

 多分平くんは元々、そういう大事な人を大事にできる自分になりたい子で、でも環境とか性格とか色んな噛み合いで、今まで上手くいってこなかった。
 その経験が更に、内にこもる形質を強化もしてきたわけだが、そういう殻をぶち破り、陰気ボーイがちょっと変わる契機は確かにある。

 

 結局ラブラブオーラに追い出されるし、七転八倒の挙げ句コーラはブッシャー吹き出すし、「同級生っぽい」という気付きは「はぁ?」で切り替えされ、なんもカッコよくは決まらないわけだが。
 でもそういう滑稽な表層の奥に、平くんがなりたかった自分、欲しかった世界がちょっとずつでも近づいてきてる事実が、チャーミングに瞬いている。

 そこに至近距離で寄り添って、一緒にアハハと笑ってくれる東がそこにいるのは、平くんが「キモいかも…」って思ってる、真っ直ぐで熱い君自身がちゃんと、東の悩みに届いたからだ。
 そういう響き合いが、悩んだりそれを取り繕ったりしながら転がる当たり前の青春に、ちゃんと素敵な音を出している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は”正反対な君と僕”第11話より引用

 そういう共鳴が、既にカレカノ表明小社会の中にぶっ込んでいるカッポーだとどういう味になるかというと…メチャクチャ甘いッ!
 USJデートマージですんごくて、脳髄ぶっ飛ぶかと思うくらいにイチャコラしててほんと凄かった。
 普段はクールな谷くんに翻弄されがちな鈴木が、陽キャの本丸USJで地の利を得て、彼ピをからかう側になってるのが可愛くてよかった。

 こういうフラットでフェアな距離感に、初々しい二人がたどり着いて…まだまだ人生という物語は続く。
 頼む…このまんまの座組で、ぜってぇ二期やってくれ…ッ!!(一話早い切望)

 

 浮かれ騒ぐよう設計されたテーマパークの空気に、イマイチ乗り切れない谷くんではあるけども。
 決定的な変化(唇同士のKISS含む)に踏み出せなくても、”正反対”な鈴木との交際を通じて、思いもしなかった自分と出会う楽しさは既に、骨身に染みている。

 想像もできない自分に出会うのを恐れず、むしろ楽しんで噛み締めて良いのだという体験を、交際相手が手渡し続けている/手渡し返しているのは、とても実りの多い恋愛だなぁ、と思う。
 凄く無私にピュアに、見返りなんて求めない恋で繋がってんだけども、だからこそ人間にとってめっちゃ大事なものを、沢山プレンゼントしあえてる間柄なんだよな…。

 

 僕はこの修学旅行の締め、おそろいカチューシャを谷くんに被らせなかったのがとても好きだ。
 ともすれば「人生充実しまくりの陽気なリア充さんたちに、陰気な弱者が回収され包摂されて一発逆転!」つう話にもなりそうなんだが、谷くんはここで陽気さのユニフォームを纏う自分に違和感を抱き、周りもその異物性を受け止める。
 それは人生勝者が上から余裕を手渡しているというより、ひたすら率直に彼らが形成する人間たちの空間が、そういう最上の価値観を共有して至る身体と思う。
 幸運にして幸福なことに、鈴木たちの繋がりは他人を侮らず、決めつけず、力みのない自然さであるがままを受け入れれる人たちだった…というか。

 そういう場所に隣り合っていたからこそ、谷くんがぶっきらぼうな態度の奥に隠している飾りのなさを、鈴木は周りをキョロキョロ伺いつつしっかり見れたし、それに恋して駆け出そうとした時、仲間たちは嘲笑うのではなく本気で応援してくれた。
 そういう繋がりと場所に助けられて、谷くんは空気を読まない異物のまま、自分が受け入れられる心地よい”正反対”に幾度も向き合い、色んな人に影響を与えていく。
 それは、面白くもねぇ現実だとめったに生まれ得ないファンタジーだ。
 それでも、だからこそ、そういう最上の青春を描く意味はあるし、凄く大きいとも感じている。
 …最上じゃない青春は、四月から”氷の城壁”でやるしな…。

 

 

 

 時に茶化し時に笑い、時にすごく真摯にお互いに向き合いながら、子どもたちは青い季節を進んでいく。
 凄く明るく濁りのない筆致で、その一歩一歩を楽しく描いてくれた物語も、次回で一旦の幕。

 元々スゲー大好きなお話だったんですが、アニメは本当に全領域で頑張ってくれて、とても素晴らしい11話でした。
 最後のエピソードがどんな甘さと暖かさで綴られるのか、とても楽しみにしています。

 

 はー…みんなまじ可愛かったなぁ…。
 そういうチャーミングな強さをぶん回しつつ、骨格の太い思春期を多角的に描くことも怠けないで、本当に良いアニメであり、アニメ化だった。
 最高の気分で、最終回を待てるぜ…。

メダリスト:第22話『開幕』感想ツイートまとめ

 正解などない氷の上で、それでも自分たちの道を選ぶ。
 挑む者たちの肖像を豊かに切り取る、メダリスト第22話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は”メダリスト”第22話より引用


 つーわけでチームあひるを筆頭に、全日本ノービスに挑むライバルたちの姿をスケッチして、劇場版に続く! という回である。
 やっぱ前回四回転を飛んだところで、いのりちゃんの物語としては一つのピークに到達しており、今回はエピローグにしてプロローグ…という感じ。

 それでも見知らぬ天使たちが凄い勢いで押し寄せてきて、最後はライバル運命の邂逅でビシッと締めて…劇場版がマジ楽しみです!
 頼むぞENGIくんッ!!

 

 中部大会で鮮明に描かれたように、このお話は司くんといのりちゃんを話しの真ん中に起き、挑戦すればこそ勝ち負けが焼き付けられる厳しい世界で、それでも眩しく輝く人間の意志を描き続けている。
 人が人である以上色んなモノが多彩で、特異な表現からコーチとの繋がり、過酷な戦いに挑む理由や望む夢は、どれも色んな顔を持っていて、豊かな価値を持っている。
 そういう多様な輝きを描きつつ、「全員一等賞!」的なヌルい平等も、「勝ったやつだけが偉い」という勝利至上主義も遠ざけて走るためには、極めて独自な話し方をする必要がある。
 出てくる女の子、軒並み最高かわいい感じに仕上げるとかなッ!

 「僕の答えを読もうとしちゃダメだ」と告げて、いのりちゃんがアスリートとしての未来を自分で選べるよう、ある意味突き放した司くんと対象的に、洸平くんは美玖ちゃんがどう全日本に挑むかをコーチとして決定する。
 ジュナがいうように、確定した正解など一つもない氷の上、選ぶべき道は選手によってそれぞれであり、どれを選んだとしても選択は自分たちのものだ。
 無論結果は選んだ挑み方と時の運によって大きく別れていくが、それでも決意を込め重責を担い、何かを選び取ったことには、それ自体尊さがある…はずだし、そうあるべきだ。
 そういう描き方を、このお話は選び続けている。

 

 世界が自分を見る目が変わっていくことを当然とし、むしろそれをジャンプボードに高く飛ぼうとするいのりちゃんと、これを最後にフィギュアを辞める美玖ちゃんは、キャリア選択においても真逆だ。
 続ける/辞めるの分岐路に立ちつつ、フィギュアに全てを賭ける少女たちの純粋さと情熱は共通で、初めて出会った二人には確かに、対立を超えて通じ合うものがある。

 主役と真逆の歩みをしてるライバルを、潰して正統性の足場にするべき素材ではなく、独自の道を誇り高く進む”もう一人”として書けているのは、やっぱ良いなぁと思う。
 つーかアニメで動いて声がつくと、スラッと手足が長くて美玖ちゃんむっちゃ美少女力上がるな…。

 

 ここら辺のライバルキャラの立て方は、お調子者に見える…ていうかガチでお調子者なジュナが、洸平くんと対立すらして自分なりのコーチング理論をちゃんと持っていると描いたり、その洸平くんがかなりジトッとした感情を(選手を大事に思えばこそ)持ってたり、コーチ陣にも上手く伸びていた。

 一回「このキャラこういうやつ!」と思い込ませておいて、意外性で足払いを食らわせてもっと好きにさせる手腕がこのお話上手いわけだが、それで山のようなキャラが出てくる大型群像劇を、楽しく成立させている部分も大きいよな~。
 物語的な腕力がバキバキだからこそ、真っ直ぐなメッセージが深く刺さるのよね…。

 

 後半のまだ見ぬライバルたちの顔見せは、こういう心地よい反転の種を蒔くフェイズでもあり、いやー…マジで色んな子出てきたねッ!
 白花ちゃんの瞳とか、亜子ちゃんの髪の毛とか、アニメでフルカラーになってビックリすることも多いけど、物語のうねりが劇場版に向け、ギュギュッと収束しているのを感じられた。
 そこから絵馬ちゃんが弾き落とされるのもスゲー話運びだが、あの子が観客席に背筋を伸ばして立つことで、氷に運命を賭けれる選手とはまた違った視線が加わる。
 そういう複数の視線が、翔ぶこと、挑むこと、負けること、勝つことの意味を、豊かに立体視していくのは間違いないだろう。

 異様なゆるふわ感を漂わせる、ライリー先生とスターフォックスSFCがその実、どういう競技(教育)集団であるかとか、劇場版見届けても全然分かんねぇわけだしな…。
 やっぱ競技のトップレベルに飛び込んだ、二期の描き方もとっても良かったので、ここから更に加速していくいのりちゃん達の物語を、アニメで見届けたい気持ちは凄く強い。

 

 つーか岡崎いるかの本領をアニメでどっぷり味わいてーって言ってんのッ!!(唐突なファンの発作)
 ハァハァ…取り乱しました申し訳ない。
 見届けたいもの沢山ありすぎて、劇場版へのハードルが無限に上がっていくが、今のENGIくんならやってくれる!!

 

 

 物語が始まった時交わされた、無謀過ぎる約束を追いかけて、遂に全日本の舞台で出会い直す、いのりちゃんと光ちゃんでアニメ二期は幕を閉じる。
 一期は遅咲きの花が泥まみれ、新米コーチと二人三脚で開花していく泥臭さが魅力であったが、いのりちゃんが結果を出した後の二期は、より競技性に接近した描写が濃かったように思う。
 それでも点数を稼ぐ機械ではなく、フィギュアを己の真ん中において生きる魂たちとして、少女たちとそのコーチを多角的に、立体的に描く筆は一切衰えず…というか競技の高みを峻厳に描けばこそ、より際立った感じもある。
 厳しさの刃が鋭く迫るほどに、ヒリついた切実さと尊さが、グッと輝くのだ。

 一期から二十数話、マイナスから全国トップクラスまで駆け抜けてきたいのりちゃんの奇跡を、ちゃんと見守らせてくれたことで、彼女が氷上に祈りを具現化する瞬間、僕らも強く拳を握れる。
 でもその強い感情が、蹴落とされるライバルたちへの侮蔑や憐憫ではなく、一個の人間としての尊厳と熱を間近に感じ取り、その全てを愛しく見守りたくなる気持ちと両立するのは、やっぱりいい作品だなと感じる。
 フィギュアシーンの表現を全般的に頑張ってくれたことで、ここら辺の実感が分厚く裏打ちされ、「み、みんななんて立派なんだ…こんなに凄いことを成し遂げるなんて…」って毎週思わさせてもらったのは、本当にありがたかった。

 

 中部ブロックで無謀な賭けにあえて挑み、未来への扉をこじ開けたからこそ生まれた難しさと、掴み取った新たな翼。
 血湧き肉躍る勝負のピークを過ぎて、全日本という大きな頂きに駆け上がっていく準備段階で、TV放送は一旦幕を閉じるわけだが、むしろ新潟への旅こそが本命といえるほど、しっかり描いてくれたのも良かった。
 やっぱ諏訪湖に描かれた光と闇の幻想が本当に美しく、小学六年生が一生の思い出として刻むだろう眩さと、その無邪気が救う痛みと涙が、これ以上ないほど鮮明だった。
 やっぱああいう、人間一人の魂がググッと形を変える場面が、すごく穏やかで温かい幸福と一緒に描かれているのを見るのが、俺は好きだ。

 それぞれの決意と選択を背負い、全国の舞台に挑む戦士たちの横顔を切り取って、劇場版への盛り上げは正に絶好調。
 来年まで待てないほどに期待も高まっていますが、それをちゃんと受け止め高く高く飛ばしてくれるアニメであることは、ここまで放送された物語が既に証明していると思います。

 

 

 TVシリーズ二期9話、放送お疲れ様でした。
 大変楽しませてもらい、大好きな原作がしっかりアニメになってくれる喜びを、今噛み締めております。
 いのりちゃんと司くんが突き進んだ、挑戦の旅一つのピークとなる全国ノービスを、どのように描ききってくれるか。
 心から楽しみにしつつ、今はとにかくありがとう!