イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

リコリス・リコイル:第12話『Recoil of Lycoris』感想ツイートまとめ

追記 All that glitters is not gold

プレイレポート 22/09/29 ストリテラ『放課後サンドリヨン』

昨日は初めましてな方を交えて、ストリテラを遊びました。

シナリオタイトル:放課後サンドリヨン システム:ストリテラ 

ジョンさん:”時の迷宮(モラトリアム)”久世黒乃:18才女性:学園のスター/王子様 理事長の娘にして生徒会長として、燦然と輝く名家の星。永遠に終わらない棺を求めて、命がけの決闘ゲーム”舞踏会”の維持運営に執着する。羽ばたくときを恐れる蛹。

FREAKさん:”特許申請中(イッパンジン)”小門創:多分17才女性:転校生/観察者 超お嬢様学校に迷い込んできた、ブースターとアンテナが付いてるだけの普通の女の子。機械の純粋さで、”舞踏会”に渦巻く人の業を見つめる。

中野くん:”合切撃砕(ノットステイシス)”成宮歩:18才女性:転校生/改革者 六年前の約束を果たすべく、巨大学園に転校してきた火の玉娘。身勝手なエゴを自覚しつつ、停滞した檻を砕くべく邁進する。

コバヤシ:”百貌なる虚無(カレイドスコープ)”正親町白檀:18才女性:学園のマドンナ/我欲の権化 相手の望む姿を差し出すことで、様々な人に慕われる聖母にして魔女。いつの間にか心に巣食っていた虚無の寒々しさを、”舞踏会”に集う欲望を観測することで満たしている。

こんな感じの面々で、お嬢様学校で夜な夜な行われる秘密の決闘儀式のお話を遊びました。楽しかったです。
ジョンさんとFREAKさんが僕と初対面&ストリテラはじめましてという事で、やや硬い感じに立ち上がったセッションでしたが、ストリテラのポテンシャルに助けられて楽しく遊ぶことが出来ました。
ストリテラは手軽なシステムに見えて、相当な物語の地力を問われるピーキーなシステムでもあるので、『俺は楽しかったけど、その楽しさを他の人に伝えられたのかな……』みたいなところは正直、ちょっと不完全燃焼でもある。
俺は喋りすぎるPLだし、コントロール思考が強い上に今回はシステム・シナリオ習熟度が一番高い”強い”立ち位置にいたので、有形無形に影響を及ぼしすぎて、他の人の考える自由、喋る自由を縛ってたのかな……などという反省もある。難しい。
このシナリオ、オフィシャルが付けてる安全装置をあえてぶっ壊して自由度を上げて、最大速度を引き上げるチューニングをしているので、最初に乗っかるには難しかったのかもなー、とも思う。

とはいえ遊び方が解ってきてからはコール&レスポンスにも熱が入ってきて、このキャラクター、このメンツでしか出来ない物語を紡げたという実感があった。
そういう手びねりの物語生成、合意形成に特化したシステムではあるので、やっぱりストリテラのポテンシャルは高いなぁと、それに助けられ楽しい時間を過ごせた身としてはありがたく思った。
そういうオリジナルな楽しさはTRPGやる上では大事なので、それが得られたのはとても良かったな。

というわけで、楽しいセッションとなりました。
同卓していただいた方、ありがとうございました!

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”劇場版 呪術廻戦 0”感想

”劇場版 呪術廻戦 0”を見返したので、劇場公開当時書けなかった感想を書きます。

 

久々に見返すととにかく画面がリッチな作品で、TVシリーズを場外までかっ飛ばしたルックの良さ、画作りのセンスが105分の尺にみっちり詰め込まれ、クオリティで殴られる体験がまず際立つアニメだと思います。
呪術廻戦のアニメで一番凄いのは色彩設定と撮影だと思ってるんですが、様々な色合いの光(それによって照らされる闇)の多様さは、ともすれば透明度の高い”新海色”一色にまとまりがちな劇場版アニメのフレームから離れた個性を、強く発揮しています。
例えば憂太と里香ちゃんが光に満ちた思い出の中触れ合う場面とか、導入を終えてOPクレジットの後ろで展開される呪術高専の風景など、”綺麗”な絵作りは勿論しっかり上手くて。
それに加えて、暴力と性欲が入り混じったイヤーな色合いを見事に掬い取った出だしの色合い、呪霊に侵食された現実に滲む深い闇と、負の感情を反射した光の表現が図抜けて上手く、”呪術”というテーマを綺麗に切り取っているように感じます。
風通しの良い青春群像劇と、湿り気の強い日本的呪術物語が混じり合いつつ並走するこのお話、場面場面のカラー……それが相互に侵食し合う匂いを的確に演出できているからこそ、複数の題材を欲張りに切り取る描き方が成立しているように思います。
ここら辺は画角とカメラワーク、各種デザインやテクスチャを破綻なくまとめ上げ、様々な面白さを矢継ぎ早に意識下に刷り込んでくる絵の強さ、センスの良さの勝利……という感じもありますね。

あとアクションの気持ちよさは大変元気で、手際よく物語を転がして余った隙間で何かとバチバチ殴り合わせる、サービス精神旺盛な話運びを後押ししてくれます。
巨大な異形を蹂躙するところから始まって、よく知らない同級生と死地に心を通わせるタッグバトル、人サイズの強敵と高速で殴り合う殺陣の心地よさ、人の領域を遥かに超えた圧倒的スケールのスピード感と、見せ方のバラエティも豊富。
ここら辺の特徴はTV版から継続の強みでもあり、劇場で見た時『見たいもの見れてるなぁ……』と心底満足したのを、今回思い出したりもしました。

タイムテーブルの進み方とチャンバラの圧力がしっかり比例してて、後半になるほどアップテンポで密度の濃い戦いになるよう、ちゃんとメリハリついてるのが巧いですよね。
なんだかんだデカいだけ、ビームブッパするだけの呪霊とやり合うより、人間ゆえの手練手管を競い合わせ、限界を超えて極限にたどり着くようなバトルのほうが見てて楽しいわけで。
そういう”人間が見える”バトルを、五条VSミゲル、パンダ&狗巻VS夏油、憂太VS夏油と、後半矢継ぎ早に畳み掛けて一気に血圧を上げる(ついでに解説ゼリフの量も一気に増える)傾斜がかかってるの、105分を食わせる工夫としていいな、と感じます。
超人の圧倒的バトルを描きつつ、何やってるかギリギリ見てる側に認識できる見せ方をして、必要なら台詞でやってることの補足も入れて、速いけど置いてけぼりにはしない殺陣をバラエティ豊かに作り上げたのは、とても良かったです。

 

漫画としてみると”東京都立呪術高等専門学校”はのちの大ヒット漫画”呪術廻戦”のプロトタイプであり、この実績を足場にジャンプでの連載が始まります。
しかしアニメでは、原作の勢いをMAPPAが加速させる形でTVアニメ”呪術廻戦”があり、興奮冷めやらぬファンをベストタイミングで掬い上げる投網として、”呪術廻戦0”が劇場に投げかけられる。
結果日本映画史二位の動員数を誇る怪物映画に育ったわけですが、同じ画材を扱いつつ始点と発展、真逆の立場に漫画とアニメはあります。
2クールの物語で作品にもキャラにも思い入れは生まれていて、ファンが求める”呪術廻戦らしさ”に応えつつ、想像を超える映像体験で殴りつけ、満足を超えて夢中にさせる勝負に勝つには、どうしたらいいか。

そんなミッションを、この映画は上手く成し遂げていると感じます。
もともと原作は全4話、単行本一巻に纏まるシャープな作品です。
100分超えの映画で描き切るにはちょっと素材が足りなくもあり、そこに山盛りのアクションと大量の補足、原作には存在しねぇ色んなキャラの山盛りサービスシーンをたっぷり盛り込んで、質と量、両面から『皆が食べたかった呪術廻戦』を叩きつけに行ったのが、満足度の高さの理由かな、と思います。

これを可能にしているのは手際の良いスクリプト進行で、普通ならOPになりそうな”一途”をエンドロールに動かしてまで、最初の24分(TVアニメ一話分)を凄く手際よく進行させていきます。
主人公が物語の舞台に立ち、メインキャラの人柄とお話の背景設定がだいたい見えて、アクションが動き出すまで約10分。
序盤は実はファンだけでなく、これが呪術初見という人にも『あ、この話大体こういう感じなんだ』と理解らせるスムーズな情報圧縮が随所で光る、見事な進行となってます。
やっぱ最初の不良が憂太に詰め寄るシーンのねっとり重たい情欲の色合いが秀逸で、明らかに学生のヤンチャレベルを超えたヤバさに憂太はビビらず、むしろその身を心配している異様さが、見てる側をグッと掴む。
『四人の男がロッカーに詰め込まれる』っていう呪いの発現もショッキング(つまりはキャッチー)で、『この話は異様なことが起こるんだ』『このシンジ顔でシンジ仕草でシンジ声の青年は、見た目通りのひ弱ボーイじゃないんだ』ということが、すっと入ってくる。
そこから清廉な呪術高専の暮らしがややゆったりと展開して、揺らされた心が落ち着いた所で学園コメディが軽く挟まり、特級過呪怨霊・祈本里香のおぞましい登場でグッと揺らされ、物語が動き出す。
ここまでの圧縮率とスピード感が、手際よく作品を理解らせる気持ちよさ、映像と世界設定に感情を揺さぶられる快楽を上手く加速させて……とにかく掴みのいいアニメになってます。
ここで無駄な足踏みしないことで、後半山盛りアクションを詰め込む隙間を確保も出来てるしね。

 

感情の揺さぶり、という意味では、作品のヒロインである里香ちゃん(幼女形態も呪霊形態もかわいい)と憂太の関係は、激しい異能バトルにロマンスの色合いを加えて、大変良いものです。
どーみても初号機大暴走な学校での惨状(『エヴァで魂焼かれたクリエイターが、魂の血で描いたラブレター』という見方もできる映画で、何かとシンジっぽい台詞をシンジっぽい言い方で緒方さんに言わせる以上の、純愛エヴァヲタっぷりを観測できるのも、面白い作品だと思う。憂太死刑会議のぶっちぎりゼーレ感とか、映像全体が『でも俺ら……旧劇2億回見てアニメータになったから!!』って喋ってる所とかね……)を描いた直後に、凄まじいキラキラで画面を埋め尽くす過去シーンが挟まり、怨霊でありながら少女、制御不能暴力装置であり呪いの被害者でもある里香ちゃんの複雑さが、しっかり見えてくる。
ここら辺の多様性を花澤さんが見事に演じてくれて、”世紀末オカルト学院”でゾンビに取り憑かれてダミ声絞り出し『殺じでやぁ~る~』と言ってた頃から好きな自分としては、ヒロイン力高いざーさんもコワいざーさんも堪能できて、大変ありがたい映画でした。

さておき、おぞましくも可憐な里香ちゃんの力を借り、あるいは制御する形で憂太は呪術師になっていきます。
彼女を祓うという目的を手に入れたことで、ウジウジ悩むフェイズはかなり短く済んで、学友との心の交流も気持ち良いタイミングでスパスパ入る。
パンダも真希ちゃんも棘くんも良いやつで、呪霊との戦いは危険なだけでなく、友情を育み希望を掴む、青春のゆりかごとしても機能してくれる。
(ここら辺の輝きを、後に夏油が感極まった本音の感動でいい具合に煽ってくるの、結構好きな話運びです。あれマジモンの本音で、五条との青春がねじれにねじれ殺し合いにもつれつつも、そこにあった輝き自身は未だ本物なのが良く分かる)

回想では里香ちゃんはちょっとおしゃまな女の子で、憂太との婚約も彼女からいい出し、常にお姉ちゃんとして幼い憂太をリードする立ち位置にいます。
しかし死が成長を阻み、怨霊となったことで人らしい変化から取り残されたことで、憂太は里香ちゃんを置き去りに大人になってしまい、ワガママばかりの永遠の子供をなだめ、脅し、制御する立場へと追い抜いてしまう。
ここら辺の関係逆転が実は、『里香が憂太を呪った』のではなく『憂太が里香を縛った』という真実判明でさらに反転し、幼年期の檻に幼い少女を閉じ込め、正しく死ぬことを許さなかった罪が暴かれる構造になってるのは、かなり好きです。
子供のままの里香ちゃんをお世話しているようでいて、その死から魂が前に進めないままの憂太少年が必死に”お姉ちゃん”にしがみついているという構図は、闘争が終わった後怪物から少女へと脱皮し、子供のサイズに身体を折りたたんだ憂太を抱きしめる里香ちゃんの姿で、見事に可視化されています。
里香ちゃんが人の形と魂を取り戻し呪いが解けるのは、憂太が自分の歪みと呪いを認識し(それに先んじて、”純愛”を自分に取り付いた災厄に捧げる決意を固め)たこと……里香への愛に呪われた過去を乗り越え、一人前の呪術師として己を祓ったからこそでしょう。
そういう内面の成長が、ど派手なバトルを経て感動的なヴィジュアルでしっかり表現され、自然腑に落ちる描かれ方をしてるのが、やっぱり良いなと思います。
里香と憂太という、愛と死によって時計を止めてしまった二人の子供を軸に据えることで、『成長とはなんのか』というジュブナイルな芯がしっかり入って、お話をシンプルに纏めているのが強いところだと思います。

 

しかし同時にこの主軸にまとまりきってない要素が、ラスボスとして立ちはだかるねじれもこの作品の特徴で。
ぶっちゃけ、主人公である憂太がラスボスである夏油にモチベーション薄いんだよね……(夏油は青春概念に呪われた動死体なので、逆の情念は濃いんだが)
なので止めを一番情念が濃い五条が担当するのも、その展開を補強するようにキラキラ青春ダイヤリーが補足されるのも、自然な流れではある。
『俺はお前にモチベがないが、しかしお前をぶっ殺さないとヒロインに顔向けできない!』とは、憂太もちゃんと言葉にしとるしな。
ここら辺の乖離をなんとなーく流さず、『無いものは無いがともあれ殺す!』としっかりまとめてあるのも、なかなか良いところじゃないかと思う。
事態の決着に”殺す”という選択肢を迷わず滑り込ませつつ、人間として歩くべき道筋をはみ出さない強靭さを兼ね備えているのは、”殺す”という選択肢を意識して人生から遠ざけ、そうしなければ歪んでしまう自分を強く認識してる虎杖くんと、新旧主人公面白い対比よね。
プロトタイプであり前日譚でもあるこの映画、虎杖くんと学友が呪いまみれの青春突っ走る本編と重なる部分もあり、演者の違いで大きく異なる部分もあり。
頼れる先輩になったかつての”呪術高専一年”が、どんな新入り時代を過ごしていたのかを感じ取るって意味合いでも、いい映画だったな……現二年組、仲良しで爽やかだから見てて楽しいしね。

 

この映画はTVアニメ第一期から続く劇場版であると同時に、TVアニメ二期への架け橋でもあります。
コンパクトな原作を手際よくアニメにした結果、余った尺を傑と悟の思い出ボム披露宴に使い、その余波でバチバチ行ってる感情の結末(途中経過詳細不明)を印象深く描いたのも、詳しいところがTVでやるから……てのが大きいと思います。
夏油ファミリーのロクでもない家族生活を丁寧に描いたのも、そんな過去編を越えた先にある運命の闘争を、裏打ちする意味合いが結構濃いんじゃないかなぁ。
この映画で『あー……超ろくでもないけどアイツラなりに理念も情もあって、家族ではあったんだな……』て思えると、渋谷事変で大変なことになった時、印象は全然変わるわけで。

なんか無茶苦茶因縁深かったっぽい、主人公の恩師とラスボスがどんな青春送ったのか。
紆余曲折ありつつ良い結末にたどり着けた憂太とクラスメート、過酷な運命を乗り越えヒロインとのハッピーエンドにたどり着けた映画の対局に、ここで一つの終わりが描かれた二人の運命に逆行していく、TVアニメ第2クールが待っている。
そろそろ放送が近づいてきたこのタイミングで見てみるとそんな導線も感じ取れ、クオリティに溺れずシリーズをどう視聴者/消費者に体験させていくか、強かで適切な計算が見える気がします。
俺はこういうクレバーな勝負大好きだし、映画のクオリティは机上の計算を圧倒的アニメ筋力で成り立たせるに十分だったので、凄いし良いなぁ……と思いますね。

五条が憂太に諭した『愛こそ呪い』てのは、彼自身夏油との因縁を念頭に入れて絞り出した、魂入った言葉だと思います。
憂太は自分のすべてを婚約者の怨霊に捧げる決意を固めることで、愛が呪いに変わってしまう宿命を乗り越えハッピーエンドを掴んだわけですが、非術師を猿と蔑むことでしか生きる道を見出せなかった夏油は、親友に殺される結末にたどり着いてしまう。
婚礼を前提にした男女の絆と、最強のふたりとして青春を駆け抜けた男と男の愛……形は違えどその質感と重さは似通った二つの物語が、真逆の結末で終わる映画でもありましょう。
今正に幼年期から巣立とうとする憂太と里香ちゃんが、輝きの中たどり着けた結論に、かつて青年でありそれを残酷に終わらせた五条と夏油は、けしてたどり着けなかった。
それもまた、作品世界が出した一つの答えなわけです。

呪術世界のルールはあまりに厳しく、この映画でたどり着いたハッピーエンドはあくまで通過点でしかなく、過酷すぎる運命は登場人物たちを新たな未来へと強制的に投げ出していきます。
そんな大きなうねりの中で、愛はやっぱり呪いに変わってしまうものなのか。
人間の業は、下向きに堕ちる引力に引きちぎられるしかないのか。
これは現在連載中の物語の中で、現在進行系で問われているテーマだと思います。
呪いと愛がせめぎ合うドス黒いロマンスが、どっちの天秤に傾くべきなのか。
憂太主役の物語としてはしっかり結論を出しつつ、作品全体としては問いの深みを残した決着になってるのも、結構好きです。
(しかしこの『愛と呪いの相転移、呪いという汚濁が人間性の煌めきからこそ発する矛盾』てのを、生来嘲笑する存在である一部の呪霊は全く理解も共感もしてなくて、この業への無理解が奴らの怪物性、異質性、それ故のリアリティを支えているのは、また面白い構造だと思う。
人間サイドの敵にも愛が呪いになるタイプと、愛を介さない……ように見えて自己愛以外の愛の形がない(事を自覚してない)タイプがいて、それは現実人間の区分として機能するポイントだとも思うので、やっぱり興味深いな、0で書かれていること)

というわけで、公開から約九ヶ月、なかなかタイミングが掴めなかった映画の感想を書きました。
見返してみると……やっぱ面白い映画だったね!
劇場で見たときとは違った意味合いが、TVシリーズ第2期公開が迫ったこのタイミングだと立ち上がってきて、(それが遅れを正当化するわけじゃないけど)自分的になかなか面白い感想執筆ともなりました。
圧倒的なヴィジュアルが持つ破壊的説得力と、それを的確にぶん回すプロデュース能力を確かめた所で、この傑作を引き受けて期待がいや増すTVシリーズが待ってます。
なかなか凄いモンがまた見れそうで、そういう新鮮なワクワクを思い出させてもらう意味でも、良い視聴、良いアニメでした。