イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

外科医エリーゼ:第7話『追憶』感想

 衆人環視化での、頸部切開気道確保術式敢行ッ!
 王の権威もどこ吹く風、眼の前の命を救うために一切の躊躇いなしなエリーゼを、閉じ込められる檻など無いッ!!
 NO LIMTで突き進む医療無双、イケメン王子も顔出して一体どうなっちゃうの~~な、外科医エリーゼ第7話である。

 『可能な限りあら捜しして、試験受けれねぇようにしちまおうぜ!』というコスい謀略が火を吹いたが、エリーゼの術式があんまりにも完璧であり、確認した医者共も自分の目を裏切れない本物の医療従事者だったので、王様サイドの思惑は見事に粉砕!
 ……ここで『出てはいけない結果』を噛んで含めて、望む結果を引っ張り出しにいかない当たり王様たちも誠実かつ善良であり、このお話らしい風通しの良さだと思った。
 『王室にはぜひ欲しい人材だが、檻に捉えて才能殺してもしょうがないし、可能な限り正々堂々罠にハメる』つう立ち回り、なかなか他に類を見ない面白さがあるので、今後も好感持てるオモシロ悪役(?)を頑張ってほしいところだ。
 ピンチが巻き起こりそうになる度、エリーゼが一切の小細工を投げ捨て真の医者に相応しい仁王立ち決め込むことで突破されていくの、チート能力とはまた違った爽快感があって、妙に面白いんだよな……。
 些事を気にかけ勝つ算段付けて勝つんじゃなくて、徹底的に望んだ自分であり続けることで世界のほうがひれ伏し、門を開けていく覇者の生き様(求める道は”医”なので、貫くと苦しむ人が減る)。
 不退転の侠気を自然とぶん回している力強さが、エリーゼ好きになってる理由かもしれんね。

 

 エリーゼ様の行住坐臥に世界がひれ伏すまでの短い時間を、塔に監禁されて過ごすわけだが、そこに顔出す第二の王子。
 政治的にリンデン閣下と敵対する立ち位置っぽいミハイル殿下であるが、前世の関係を引き継いで大変いい感じの応対してもらった。
 この後兄弟でエリーゼの取り合いになるのか、順当に正ヒロインが勝ち切るのかは解んねぇけども、このアニメらしい濁りのない造形で、なかなかいい感じだと思いました。
 どうやら監禁場所になってたあの塔は、リンデン閣下がむっつり人生楽しまなくなった理由とも繋がってる感じで、ここら辺の地雷をエリーゼの侠気がどう踏み潰していくのかも、結構楽しみだったりする。
 ”一周目”では上手く処理できなかった兄弟対立も、この人生ではふわっと柔らかく着地しそうな気配あるし、全体的に前向きで明るいデビューになってたの、大変良かったです。

 ……エリーゼが一医者の立ち位置から自分を動かそうとしないので、王子や王室がハマっている政治情勢が見えてこないのは、今後を予測する上では結構悩みどころだな。
 医者になるやならざるや、王室の権威を敵に回しての意地の張り合いにフォーカスを合わせて、過剰に世界観の横幅を広げすぎずコントロールするって意味合いでは、今のエリーゼの視野はいい仕事しとるわけだが。
 ここらへんはアニメの範疇をどこまで取って、どこまで描きたいか次第でもあるので、今後の描かれ方を見届けたい気持ちだ。

 

 つーわけで、王権の用意した謀略の檻も何のその、立って勉強してるだけで全部を跳ね返す、エリーゼ嬢の生き様無双でした。
 かの英傑を宮廷に取り込みたい王様の目は確かだし、『より多くの人を助けたいなら、長い腕を持て』つうのも正論なので、どこに着地点を持ってくるかは楽しみだし気になる。
 頭ごなしに誰かを全否定して、主役TUEEで気持ちよくなる作風じゃないのは、見ててやっぱり嬉しいところだ。
 困難を乗り越えマイナスをゼロにする作りではなく、フラットな姿勢でより善い未来を引き寄せていく、プラス山盛りの作りなんだろう。
 医術というテーマからしても、そういう欲張りは結構いい感じじゃないの、と僕は思う。

 素性を伝えず術式だけで、信頼できる医師たちに己の思いを届けたエリーゼであるが、天才実習生が王子の婚約者であると知った、グレアム先生達の反応やいかに!
 『まぁどうにでもなるだろ……この人たち、マジ医療に本気の医療バカだから……』つう、不思議な信頼感が作中人物相手に醸造されてるのを、嬉しく噛み締めつつ次回、どんな話が来るのか。
 大変楽しみです。

異修羅:第8話『新魔王戦争』感想

 戦乱に燃え盛る街で、修羅達は死を踊る。
 群雄それぞれの思惑が戦地に渦巻く、開戦直後の異修羅アニメ第8話である。

 新公国側が開いた戦端が、木っ端のごとく人命を飲み込みながら拡大する中、それぞれの物語が転がっていく感じのエピソード。
 ヒグアレを実験台に、このお話において修羅がどう退場していくか、テストケースを見せられた感じもある。
 死ぬ時はあっさり終わる無常感は、こういうジャンルの大水源たる山田風太郎作品を思わせて結構好きであったが、ヒグアレなかなか面白いロクデナシだったので、惜しい気持ちも少しある。
 捕虜に秒殺グロ死ぶっ込める毒ガス散布が、無条件殺傷権限のトリガー引いちゃったのは不運であったが、やっぱチート同士の潰し合いは具体的な戦力比べというよりは、そこに体現されている概念のぶつけ合いって感じがするね。
 あくまで対人レベルの問答無用だったヒグアレを、紡ぐ言の葉すべて叶うキアと、殺意を向けられたら無条件で殺せるナスティークのチートスケールを越えられなかった……つう決着。

 この戦いの要点は『ヒグアレが殺された』ことでも、『ナスティークが殺した』ことでもなく、『キアが殺せなかった』事かなぁと感じた。
 殺伐レベルが上がってきて、いよいよ”世界詞”のインチキっぷりが暴れざるを得ない状況になってきたけども、彼女はスパイの本性も知らぬまま友達を助けようとするし、力はあくまで自衛のためにしか使わない。
 力ある言葉がキアの意思によってしか紡がれない以上、彼女の認識、彼女の覚悟がその能力の限界であり、それを捻じ曲げるだけの圧力はエレアにはない。
 必要とあらば嘘もつくし人も殺す、理不尽で冷たい現実主義でキアを”運用”しようにも、ごくごく真っ当に優しい彼女は”先生”の思惑を超えて、勝手に正しく動く。
 制御が難しい最終兵器を、どうだまくらかして自分に都合の良い展開を持ってくるのか……エレアの勝利条件達成は握ったチートに比べて、かなり難しい印象だ。
 自身の独力ではなく、謀略で情勢を揺るがさんとする人形繰りにはそれなりの難しさがあると示されたが、沸騰していく情勢の中でどんだけ小細工通せるか、今後が楽しみではある。
 ……少女の自由意志なんていう不確かなモンにトリガー任せず、望んだタイミングで奇跡を生む装置に洗脳なり改造なりしちゃえばいいのに、それをしない(出来ない、するためのチートを持ってない)つうのがエレアの限界なんだろうなぁ。
 いや、この世界観だったら絶対洗脳チートの極限みてーな、都合よく状況作ってくる超厄介な輩いるだろー多分。

 

 一方国境の町はボーボー燃え、ハルゲントのおっさんが英雄志願者らしい威勢を放って、黄都サイドの反撃開始……といった塩梅。
 髙地優位を確保したまま統率の取れた攻撃仕掛けてくる、レグネジィ配下の軍勢が大変厄介だが、アルスという航空戦力が第三勢力として飛び込んできたことで、どんだけ状況が動くのか。
 レグネジィ側の武器が、有象無象を束ねて手足に使う統率力だけだと、集まってきたチート野郎に牙突き立てるにはどうにも弱い感じだし、その統率にもカラクリありそうな気配だしなぁ……。
 ワイバーン狩りには一家言あるらしいおっさんが、復讐に燃える市民をどんだけ上手く使えるかを見てみたいが、志ある群れよりも好き勝手絶頂ブッこく個のほうが、圧倒的に強い……てのがありうる世界でもある。
 因縁濃そうなレグネジィとアルスの対峙は、群れるしかない俗人と逸れるしかなかった異物を対照する鏡になってく……のかなぁ?

 戦争状態を俯瞰できる立場にいるタレンは、魔王亡き後の世界に仁治の余裕はないと断じて、絶対の恐怖による支配を行動理念としている……らしい。
 しかしたかだか古代遺産ビーム一発程度、チートまみれの殺伐世界を治めきるには火力が足りないように感じ、隠し玉あっての態度なのかネタ出しきって吠えてるのか、その内側を確認したくもなる。
 ロクでもないのはお互い様なので、正義は新公国にも黄都にもあるとして、掲げた看板を裏打ちするには意思を通すための実力、他人を物言えぬ弱者の立場に押し込めるだけの強制力が必要になるだろう。
 緒戦を押せ押せで進めつつも、随所に反抗の気配を残すこの情勢、タレンが掲げる『絶対の恐怖による支配』を押し通せる秘策がまだ隠れているか否かは、新公国の底を探る大事な材料と感じる。
 つーかタレンが真っ当な王道諦めるに至った、魔王が撒き散らした荒廃の実情とかその終わり方とかが、未だ伏せられた情報なんであんま読みきれない部分も多いけどね。
 『魔王の死』という結末から始まり、その真相や影響を後から暴いていく転述ミステリ的側面があるお話なので、時系列と作中の描写を整理・再統合する必要が視聴者サイドにある作りなの、今更ながら挑戦的ね……。

 

 こういう大局的な絵を、個人レベルに落とし込んで発火させてるのがユノとダカイの対峙……なんだろうけど。
 メラメラパチパチ吠えるばっかで、噛みつく牙がないユノを舐め腐りきっとるダカイの態度は、まさに共感能力に欠けた生来の強者って感じで、大変良かった。
 ここら辺のメンタリティは、相棒ッ面してぶら下がってるソウジロウも大差はないわけで、許しがたいクズのおまけとして生存を許されている惨めさと矛盾を、ユノがどう飲み込むか……あるいは開き直ってスケールデカいクズになっていくかは、個人的にはなかなか面白い見どころだ。
 アニメが切り取れる範囲で当然、ユノの遍歴が描かれ切るわけではないと思う……つうか、そのサワリも書けるか否かって画角とボリュームではあるんだが、ただの口だけねーちゃんから”やる”存在へと剥ける、一歩目くらいはアニメでも見たい気持ちだ。
 ……いろいろ壮大な群像劇のタネを巻きつつ、壮大だからこそ絶対アニメの風呂敷では包みきれず、描ききれないままはみ出すだろう部分がこの段階から結構見えてしまっているのは、1クール作品としてはなかなか厳しい作りだ。
 『ああこれ、完全にスカッとはしないんだろうな……』という気配が、語り口のスピード、作品世界を切り取る画角から透けるというか。

 まぁ、そこまでひっくるめでアニメは楽しむ腹キメてるので、描ききれないことそれ自体とは自分の中で話がついている。
 大事なのは悲惨極まる戦争というキャンバスに、どれだけ印象的にそれぞれの物語を刻んで、ロクでもなさとか焼き付く思いとか、印象に残してくれるかだろう。
 群像劇が絡み合いながら回りだして、舞台からあっさり退場するものも出だしたこのタイミング、色々気になることも多い。
 そんな物語のタネを、犠牲者の生き血を注いでどれだけ可憐に咲かせるのか、あるいは半ばに踏みつけるのか。
 盤上に乗っかったキャラの数がとにかく多いので、語り切る手腕などにも注目しつつ、戦況とドラマの今後を見届けたい。
 次回も楽しみだ。

ゆびさきと恋々:第7話『Let me introduce you to my girlfriend』感想

 恋が成就し季節は春、遠い貴方を青空に想う。
 折り返しを過ぎて新章開幕、”こたえ”が形になった後の景色を追いかけるゆび恋アニメ第7話である。

 想定を超えるスピードと熱量でもって、初恋成就おめでとうとなったこのお話。
 カップル成立後のダダ甘イチャラブで押してくると思いきや、渡り鳥気質な逸臣さんが東京を離れ、雪ちゃんなりに過ごす時間をどっしり切り取ってきた。
 『会えない時間が愛を育てる』などと古い歌には詠われているし、携帯電話を通じて思いは通じるのだけども、恋とは関係なく……というか恋すればこそ自分ひとりの人生を頑張る少女の姿を、ちゃんと書こうとするのは好きだ。
 キャラの心情としても物語の重心としても、雪ちゃんと逸臣さんが隣になったら磁石のごとくひっつき、ラブが画面に満ちて全てを支配する感じではあるのだが、愛さえあれば全てが叶うわけでも、二人だけいれば十分なわけでもない。
 ステンドガラスの檻から出て、ハンディキャップから目を背けぬまま、両の足で立つ自分でいるためにはどうしたらいいのか。
 あくまで健気に慎重に、雪ちゃんが自分なり生活を頑張り、だからこそ逸臣さんに逢いたいと願う気持ちが春景色にゆっくり刻まれていて、大変良かった。
 ろう者にとって生活やコミュニケーションがどんなものか、大学デビューのワクワク感を交えつつ掘り下げていく筆先が、恋が成就した後も良い手応えを保っているのは、やっぱいいなと想う。

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第7話より引用

 逸臣さんの隣にいるため、バイトに勤しむ……前段階で、色々苦労がある雪ちゃん。
 自分を守ってくれた温かな場所から、健全に巣立とうと頑張っている彼女のスピードに、桜志くんは追いつけずついていけないまま、知らないところで恋戦の決着は付いてしまった。
 逸臣さんがいかに素敵な人か、照らす鏡としてガキっぽく、執着心強く描かれもした桜志くんだが、そういう徒花としての書き方にしっかり、彼なりの想いと彼らなりの時間が確かにあったことを、このアニメは丁寧に切り取る。
 幼馴染として、家族までひっくるめた付き合いがあるのは揺るがし難い事実であり、桜志くんにとっては雪ちゃんと自分を繋げる大事なアンカーなのだろうけど、彼女にとっては望む空へ羽ばたくをの邪魔する重荷ともなり得て、でも切り捨てるには愛おしすぎる。
 なかなか難しい距離感で、雪ちゃんと桜志くんの距離感が成立している様子を、視線の中のタイムスリップで見せてくる演出は良い。

 逸臣さんが知らない、幼く弱い時代の雪ちゃんを桜志くんは良く知っていて、自分の瞳の中の思い出だけが糸瀬雪なのだと、思い込んでいる感じもある。
 自分の足で進み出し、どこで働き誰と恋するか自由に選べる強さを得つつある雪ちゃんにとって、それは遠い過去になりつつある。
 それを遠い過去にする手助けを、爽やかな風をまとった青年が優しく手渡してくれたから、雪ちゃんは逸臣さんを特別な”ぜんぶ”に選んだ。
 桜志くんがそんな雪ちゃんの望みを知らず、助けれず、動けないまま情勢は決まってしまったわけだが、恋に繋げぬのならばすべての関係は無意味になってしまうのだろうか?
 今後物語は桜志くんの燃えてすらいない想いとか、望みにたどり着けなかった辛さとかを描いていくとおもうけど、その前景となる今回の描写が、残酷なだけでなく優しい慈しみを向けていたのが、とても良かった。

 

 雪ちゃんが別の男に盗られると思うと、灰色にくすんでしまう桜志くんの世界。
 『そういう足踏み後ろ向きが、出発前に音速で勝負キメに行った逸臣さんとの、決定的な差なんだよなぁ……』などとも思いつつ、雪ちゃんは純情ボーイが隠そうとする本心を、覗き込もうと身を乗り出す。
 『口元が見えないと、伝えたいことが伝わらない』という、ろう者特有のコミュニケーションをマスク越しの面接で描いた後に、想いを隠してしまう桜志くんと、それを聞き届けようとする雪ちゃんの現状を、豊かに削り出して来た。
 雪ちゃんにとって桜志くんは扱いがめんどくさく過干渉で嫌なこと言ってくる人なんだが、隣り合って大事にしてくれた人であるのも間違いなくて、恋が関わると関わるまいと、かけがえないものを共有した間柄なのだろう。
 そういう相手が自分に求める未来が、別の人間と叶っちゃったからこそ今後面倒なことにもなるとは思うのだが、しかし繋がりが無惨にねじ切れて終わるには、思い出の中現在に揺らぐ幼い二人は、優しい色で描かれすぎている。

 俺は完璧に過ぎる逸臣さんが、取りこぼしてしまう未熟な人間味を桜志くんが背負ってくれているのが、とても好きだ。
 雪ちゃんとの恋が成就することで、逸臣さんの自由で爽やかな生き方はより望ましく、力強く育っていくと思うわけだが、”負けた”桜志くんの人生もまた、雪ちゃんが大事であったこと、それが恋という形にはならなかったことを通じて、より善い未来へと繋がっていって欲しい。
 桜志くんに善い物語を歩いてもらうことで、雪ちゃんと逸臣さんの間で描かれた恋の温かな可能性が、また別の角度から豊かに照らされ、複雑な味わいを生み出してくれる感じもある。
 確かに恋にはならなかったが、恋がすくい上げられない豊かな色が幼馴染を繋いでいると、ここで書いてくれたこのアニメなら、自分の幼さに振り回されつつも誰かを大事にしたかった青年のことも、蔑ろにせず描ききってくれる……と思う。

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第7話より引用

 ここら辺の『負け犬をどう負かすか、そこから彼ら自身の物語を立ち上がらせるか』つうのは、エマちゃんにも言えることだろう。
 メッセージアプリの呼びかけに、一週間答えがないのは逸臣さんなりのケジメなのだろうけど、職場で頑張っている姿など描かれてしまうと情が移り、『もうちょい温もりのある対応を……』などとも、思ってしまう。
 まー爆モテスーパー彼ピをゲットした雪ちゃんとしては、勘ぐる余地のある行動は極力やめて欲しいところだとは思うけど、そもそも広い場所へと羽ばたける可能性を感じたからこそ逸臣さんに惹かれたわけで、独占して閉じた関係になるのもまた違うだろう。
 自分たちがカップルになることで蔑ろにしてしまいかねない、踏んじゃいけない他人の頭をどう捌くか……自分的には結構大事な要素だったりする。

 そもそもエマちゃんとどういう過去があり、今に至ってるかが見えないと、どういう未来に進み出せば良いかも見えてこないわけで、次回心くん交えた過去エピが描かれそうなのは、皆が幸せになっていく物語を期待する自分としては、なかなかありがたいことだ。
 雪ちゃんと逸臣さんが、ノイズも迷い道もない純愛一本道を超速で駆け抜けた物語を柱にして、そんなふうに望むまま恋人同士になれなかった人たちの話に横幅広がっていくの、独特ながら面白い語り口だよなぁ……。
 ここまでただの書割ではなく、好感の持てる生きたキャラクターとしてエマちゃんや桜志くんを描いてきたのは、負け犬なりに思いや尊厳がある彼らの”それから”を、自分たちが語るべきお話として描くための種まきだと思うしね。
 せっかく温かな春に舞台が移ったので、色んな花を豊かに咲かせて欲しいもんだ。

 

 とか言ってるうちに、メインカップルが凄いLOVE風速出してきたんですけど!
 先週店長が感じていた、逸臣さんがLOVEに浮かれている様子が、『オイ浮かれすぎだろ!!』とツッコみたくなる春一番で吹き荒れて、見てるこっちがポッポしちゃうよ……。
 逸臣さんがいない東京で、雪ちゃんなり頑張ってる姿をしっかり描いたからこそ、春の車窓を見上げながら逢いたいと思う気持ちにも素直にシンクロできるし、そう思える相手がいる幸せも、見ているこっちの身に染みる。
 ろう者の世界がどうなっているか描く筆もそうなんだが、清潔感満載で綺麗にまとめつつも、生活に根ざした実感を描写にしっかり宿して、身近に物語を転がせている手触りの良さは。このアニメの武器なのだろう。
 電車での出会いから始まった物語が新章を迎えるにあたって、話の中心に立つ二人が再開する前に再び”電車”を描くリフレインの詩情とかも、大変いい。
 俺は少女漫画原作アニメには詩が上手くあってほしいので、セリフで編んだものも映像で作るものも、両方上手いこのアニメは凄くありがたい。

 つーか雪ちゃんが超可愛く描かれているので、『そらー浮かれるしキスもするよ……』という、羨ま微笑ましい納得はある。
 いつもぴょんぴょん元気で、ニコニコ笑顔を振りまいてくれる透明度激高ナチュラル美少女が自分を慕ってくれる、想いを釣り合わせてくれる幸福って、まーとんでもねぇだろうからな……。
 こんな地上の天使のFirst kissを奪う役、前世でどんな徳積んでたら担当できるか解んねぇけど、突然のキスも”ぜんぶ”が”こたえ”だと確認している二人には、嬉しいハプニングで収まる。
 『同意さえあったら、基本何やっても良いのが”自由”やねん!』つう、極めて現代的なコンセンサス意識が根っこにある話だとは思うので、ここら辺の『二人だからこそ生まれていく特別』が素敵に、見てる側に納得行く形で描かれているのは重要なんだろうなぁ。

 

 

 

画像は”ゆびさきと恋々”第7話より引用

 身体的な触れ合いにしろ、社会的な距離感(『奢る/奢られる』など身近な問題含む)にしろ、あるいは精神的な繋がりにしろ、とにかくお互いが納得し同意し、適切な敬意と愛情で繋がっている、満たされている感覚を大事に紡いでいるのが、このお話だと思っている。
 逸臣さんはちょっとアウトなくらいフィジカルな距離感覚が近く、自由闊達に時に他人を置き去りにしていくが、それこそが心地よいから雪ちゃんは”ぜんぶ”を受け入れ、手渡せると思った。
 それは原則に支配された固定的な事象ではなく、相手や場合、事情によって変化する流動的な事柄で、流れ行く不定形な関係性の中でどう、揺るがないものを掴むかも大事になってくる。
 逸臣さんはここら辺の、何がダメで何をしてほしいかをかなりズケズケ踏み込んで聞いてくる人で、このあけすけな感じが雪ちゃんには丁度いいんだとも思う。
 聴覚にハンディがあって、世の中で当たり前とされている様々なサインを受け取れないことがある彼女にとって、自分が理解できるかたちでメッセージを出し、受け取り、交流してくれるってことはとても大事だろうし、ぶっきらぼうで無神経に見えてその一線を守ってくれてるから、逸臣さんを愛しく思うのだろう。
 手話を積極的に学んでもらえるのもそうだけど、ありきたりの言語セットでやり過ごすんではなく、糸瀬雪専用の暗号を一個一個学び取って、丁寧にコミュニケーションしてくれてる実感が、モテの秘訣なんだろうなぁ……。
 ここら辺の相互尊重、的確なメッセージの送受信が、携帯電話と繋がる掌でもって象徴的に、適切に描かれているのは、凄くこのアニメらしい場面だった。

 逸臣さんとしてはマブダチである心くんに、一番最初に最高の彼女を紹介したいわけだが、それは自分の気持で勝手にやって良いことではない。
 第一印象がベロンベロンの大虎だったので、雪ちゃんにとっては苦手な印象の心くんであるが、アレは惚れた相手と親友の板挟みで、どうにもならない気持ちを酒でごまかした果ての乱行ではあってだなぁ……。
 つーかこんだけのクールボーイがあんだけ乱れるのは、エマちゃん相手だからこその特別ではあって、そこら辺の降り積もった思い合ってこそ、親友が紹介した”彼女”がエマちゃんじゃなかったことに、瞳揺れたりもするのだろう。
 マージで心くんは人生の荒波、色恋の波濤を全身に浴びる苦労人&防波堤ポジション過ぎるので、逸臣さんが真っ先に届けたいと思った真摯なメッセージが良いところに落ち着いて、幸せな一歩を春に刻んで欲しいよ……。
 つーか友だちになったら気持ちのいい男だと思うから、雪ちゃんも心くんの良いところ沢山教えてもらって、楽しく一緒に過ごしてね!!
 こういう気持ちで恋愛群像劇を見守れるの、マジありがてぇ話よ……。

 

 つうわけで、冬の後に動き出す春の序章でした。
 色々良いところがあるアニメなんですが、季節感の切り取り方、描き方、活かし方に図抜けたものがあると感じてきたので、寒いからこそ伝わる温もりを印象的に描けた冬を終えて、春の物語をどう書くか。
 そこに期待したくなる、良いスタートでした。

 逸臣さんを一回画面の真ん中から外したからこそ、恋に背中を押されてもっと高く飛ぼうとする雪ちゃんの頑張りとか、まだまだ物語の種子が埋まったまんまの群像の諸相とか、色んなものが良く見えた。
 同時に作品のエンジンであるピュアラブっぷりも超絶元気で、春風に負けじとビュービュー恋嵐が吹き荒れておりますが、さてそれが暴くのはどんな過去か。
 ずーっと知りたかった三人の過去を、ようやく見れそうで次回も楽しみっ!

うる星やつら:第29話『コタツにかけた愛/ラムちゃん、ウシになる/涙の家庭訪問 華麗なる面堂家編』感想

 全くもって奇妙奇天烈摩訶不思議、コタツが走り宇宙から押しかけ女房がやってくる友引町に、極彩色の愛が降る。
 ボケっぱなしのオフビートな味が冴える、令和のうる星第29話である。

 前回はいかにも”うる星”、テンション高めのドッタンバッタン騒がしいエピソードであったが、今回は奇妙にしんみりと不条理、このお話の別の顔をじっくり眺めるような話数となった。
 何故こんな事になっているのか、ツッコミを置いてけぼりに状況だけが転がっていく不思議な味わいは、今回急に生えてきたわけではない。
 そもそもの始まりからして、虎柄ビキニの宇宙美少女が唐突に当たり前の日常をぶち破り、ダーリンのありきたりな日常を自分側に引き込むところからスタートなわけで、条理を蹴っ飛ばしてとにかく面白い方へと突っ走っていくスタイルは、作品の通奏低音でもあるわけだ。
 落ち着いて”生活”なんぞやっとる場合じゃないのに、コタツがある日常、あるいはラムちゃんとテンちゃんが過ごす日々のスケッチが丁寧に積み上げられて、異常事態に誰も吹き上がらない異常性が、より際立ちもする。
 その静かさが、ラムが牛になろうが一緒にいようと、ラブコメとしての”答え”を明らか出すべきじゃないタイミングであたるが吠えちゃう場面の感動と、奇妙な化学反応を生む回でもあった。
 どう考えてもウルっと来るタイミングではないのだが、ずーっと逃げて追いつきスカシて交わし、ラブコメの”LOVE”に腰を入れないで進んできた物語の主役が結局、奇妙な同居人にかなり本気だと解る瞬間は、やはり心に響く。
 俺はあたるが年相応に純情ボーイである所が好きなので、ズレてイカれた状況であってもそういう、ピュアな一面が表に出てくると嬉しいのだ。

 

 つーわけで第1エピソード、あんま主役になることのないコタツネコが極めて奇妙な追いかけっこに、ヌルヌル動く炬燵と勤しむ回である。
 令和うる星は色んなこと頑張ってくれてる大変良いアニメだが、今回は作画面での奮戦が血圧低いエピソードと面白く噛み合い、セクシーですらある”動き”でもって炬燵の猫足が暴れる絵面は、大変良かった。
 動くはずのないものが動き、その奇妙さをツッコみつつも世界が正気に変えるわけでもなく、むしろもっととぼけた方向に全力で突っ走っていく、心地よい理不尽。
 コタツネコという主演のチョイスから始まり、まーたイカれた要素の発生源として便利に使われている面堂家とか、奇妙奇天烈な”炬燵橇”のオチとか、徹頭徹尾イカれていて、しかし奇妙に心地よい味の在る、良いエピソードだった。
 るーみっくなSF的発想力……てのともまた違う、どっか落語っぽさのあるトボケがふわふわ浮かび続ける気持ちよさは、前回のような血圧上げているエピソードの底を支えている、作品全体の空気感とも通じるものがある。

 妖怪から宇宙人まで、面白ければ理由原因問わず何でもあり。
 そういうバーリ・トゥードな世界設定は、面白くもない生真面目で八方破れな作品世界をほじくり回さないからこそ生まれている部分があり、デカすぎる猫と走る炬燵の奇妙なやり取りは、どんな異物たちをも『面白いからOK』で許容する、懐の深さあって始めて成立する。
 トンチキでも、ヘンテコでも、皆そこにいて良い。
 そういう鷹揚な優しさが、やりたい放題アイデアを投げ込む笑いの闇鍋には確かにあるなぁと、不思議な納得を得る回だった。
 ある種パレード的というかカーニバル的というか、正気を保った場所ならばはじき出されそうな異形達がごくごく普通に、ぼんやり過ごしていられる心地よいヌルさが、俺は好きなんだろうな。

 

 

 

 

画像は”うる星やつら”第29話より引用

 そんな不条理で奇妙な優しさが、第2エピソードでは凄まじい気合で暴れまくっていて、大変に良かった。
 牛に噛まれて牛になる。
 まったくイカれたスタートであるけども、ラムちゃんにとってもあたるにとってもマジのマジの大騒ぎであり、それが恋であるのか、ラベルは横において愛は確かにそこにある。
 『友引町にこんな場所ねーだろ!』という、スーパーおしゃれ&ロマンティックな雨景色のなかで、ヴィヴィッドな色彩が溢れ出す感情を包んで、ドタバタ置いかけっこしている時はなかなか見えない、ダーリンの純情が濡れそぼる。
 海外中心に一大ムーブメントになっている、80’sリバイバルのある意味震源ともいえる”うる星やつら”本家が、改めてあの頃の色彩、表現を今の自分たちの筆で描き直すならどういう形になるのか、しっかり示した回としても、結構大事かなと思う。
 いやー……めちゃくちゃ良いよ、ここの色彩と撮影……。
 ラムちゃんが隠してた秘密が、スローモーション雨垂の中に囚われて暴かれていく瞬間のドラマティックもいいし、そうして思いが溢れた街の鮮やかな原色と、溢れる涙も熱い。

 ちょっと離れたところから俯瞰で見れば、全く馬鹿らしい思い込みとすれ違いの産物でしかないのだが、当人にとっては欠片も洒落にならない永遠の別れであり、そういうモンが目の前に突きつけられた時、諸星あたるは何にしがみつくのか、結構シリアスに描かれてもいる。
 ラムの尋常ではない様子に居住まいを正し、空に飛んで逃げようとする恋心をガッチリ無様に捕まえて、どんなに姿が変わろうとも同じ心を、覚悟とともに抱きしめる。
 なんだかんだあたるにとってラムはもうとても大事な存在になっていて、彼はそういう相手に結構マジになれる少年なのだと、笑い話が土砂降る中でも笑えぬ純情が、五色に眩しい。
 たいへん”うる星”らしい、ボケボケな展開の中に凄く体温のある、キャラの真心を力強く刻むやり方が、またこのお話らしいロマンティックだなぁ、と思ったりする。

 こんなに熱く抱擁しても、庭に牛小屋立てるほどの本気を見せても、話数が変わればダーリンはいつもの浮気な顔を取り戻して、迫りくるラムからスルスルと逃げる。
 ラムもここで示された本気はあくまで例外とばかり、自分たちの間に確かにある”答え”を作品に打ち込んで、お互いを不自由に束縛することはない。
 一瞬の気の迷い、理不尽の中の生真面目、あってはならぬ本気。
 終わらない祝祭を延々と続けるこのお話において、この涙雨はそういうモンだと思うけど、しかし確かにここに在るのだ。
 思い込みだろうが気のせいだろうが、洒落にならない永遠の別れは確かに二人の前に立ちふさがって、そいつを前に主役とヒロイン、一体どうするのか。
 そういうモンが見れるから、僕はこのお話好きなんだろう。
 作品世界を破綻させかねない、洒落にならない感情と関係を、かなりの剛腕で洒落にした第26話に対し、一話限りの美しい夢として終わるからこそ、洒落じゃない思いを眩しく描けるエピソード……とも言えるか。

 

 つうわけでふよふよ掴み所がない導入と、奇妙で温かな心地よさが同時に味わえる、大変”うる星”お話でした。
 全体的にテンション低く進むせいで、テンちゃんがぼんやり日常を泳いでいる姿がたっぷり見れて、そういうの大好きな自分としてはありがたかった。
 令和のテンちゃんはクソジャリ味が薄めになって、どっかぷわぷわ浮世離れした、妖精さんみたいな味するの嬉しい……。
 今後も姉とぼんやり仲良く、どーでもいい日常を過ごしているカットを過剰供給し、俺の心に潤いを与えて欲しいもんだ。

 あとねー……やっぱあたるがマジになる回はええなッ!
 ラムが追ってあたるが逃げる基本形で成立している物語が、ラムが逃げてあたるがしがみつく逆転を切り取るってことはまぁまぁな一大事であり、そんなシリアスさから主役が逃げず、大ボケに振り回されているとしても当人は常時真顔という、ズレた構図にも熱さと面白さがあった。
 プレイボーイを装いつつ、宇宙から来た居候がなんだかんだ大好きなあたるが、俺はやっぱ好きだ。
 次回も楽しみッ!!

僕の心のヤバイやつ:第19話『僕らは溢れ出る』感想

 嫉妬、焦燥、比較……色んなモノに背中を押されながら、あくまで自分の足で、自分たちの歩幅で、眩い場所まで一歩ずつ。
 お互いの気持にそれぞれの行いがなかなか追いついていかない、もどかしくも愛しい春を描く、僕ヤバアニメ第19話である。

 前回卒業式に宿るエモーションに背中押され、かなり決定的なアレソレがズバンと決まった……と思いきや、京ちゃんと山田のもどかしい間合いはなかなか縮まらず、先輩おらずとも学舎の時間は先に進む。
 部活の打ち上げを思わずストーキングしたり、原宿Wデートにヤキモキしたり、ホワイトデーのお返しをズバッと決めたり、京ちゃんなりのフラフラした足取りでもって、自分が今どこにいるのか、山田杏奈をどこから見つめていたいのか、手づかみ確かめるようなお話であった。
 『もう……出てるだろ”答え”がッ!』と、外野から観測していると言いたくもなるが、心も体も不定形な季節を揺らめいている少年少女にとって”それ”に踏み込むのはなかなかに難しく、しかし確かに手応えはあって、初恋はなかなかに距離感の難しい難問である。
 心が逸るあまりのキモ暴走とか、恋人にはなり得ない異性との対話とか、デートとかプレゼントとか、ここまでの物語でも幾度かあり、しかし今回のようではなかったイベ


ントが積み重なった先に、待っている”答え”。
 ウロウロ迷いながら、確かにそこに近づいていると感じさせる輝く熱量と、まだまだ遠いと思わされる甘酸っぱい迷いが、同時にあって、とてもこのアニメらしかった。 
 前回に比べると肩の力が抜けた日常スケッチだったのもあって、ラブコメの”コメ”が強いのも良かったな……。

 

 

 

画像は”僕の心のヤバイやつ”第19話より引用

 というわけで論を立てる前に、山田杏奈スーパー百面相をまとめてみたッ!
 感情の起伏が激しく、嫉妬や激情をなかなか制御しにくい幼さを、もはや京ちゃん相手に隠そうともしてない山田の色んな顔が、今回はたくさん見られて面白かった。
 モデルとして仕事している時、あるいは家族にすら(家族だからこそ)見せない顔ってのも沢山あるわけだが、そういう自分に出会えることもまた、彼女にとって市川京太郎を好きになった大きな喜びなのだと思う。
 独占欲はつえーわ人の話は聞かないわ、結構めんどくさい人ではあるのだが、根が善良で育ちが良いのでそういう黒い部分が悪い芽の出し方しないというか、周りが事前に摘んでくれるというか……色んな意味で、山田杏奈は幸せな子どもである。
 京ちゃんも山田に出会ってから、自分も知らなかった自分の顔を引っ張り出され、それを気恥ずかしく思いつつも見られて構わない……むしろ見て欲しいと思える特別な誰かが、自分を照らしてくれる体験を重ねてきた。
 万華鏡のごとく光の中、クルクル移り変わる喜怒哀楽は彼らに、自分の心がどこに在るのか、誰とどんな未来に進んでいきたいのか、教える鏡になっていく。
 泣いたり笑ったり圧出したり、色んな顔をする自分たちを、山田杏奈は結構好きだと思う。

 

 

 

画像は”僕の心のヤバイやつ”第19話より引用

 『光学と恋の物語』と書くと大変ゲーテ的だが、前回の送辞にもあったように京ちゃんにとって……というよりこのアニメにとって、光は大変重要なモチーフだ。
 ”陰”キャだった彼は図書館での触れ合いを通じて山田と親しくなり、だからこそバスケ部男子と何をするものか、気になって後をつけ暗い場所で隣の声を聞く。
 しかし孤独で暗くてヤバい場所から、ヤバい一撃を勝手に投げ込むような距離感は既に通り過ぎていて、結構近かったリア充共の眩さに背を向けているようでいて、足を運んで馴染めぬ自分に気付き、住処たる暗さに彼の光を呼び込んだりする。
 山田が明かりのない、がらんと広い京ちゃんの居場所に踏み込んだ時、一人で盗み聞きしていたときよりも部屋が少し明るく感じるのが、心理を具象に反射させる心理主義の演出で、やっぱり好きだ。

 このお話において光は常に主観で描かれ、人生が明るくなったと感じられる場面において、現実よりも強烈な眩しさでそれは瞳を焼く。
 ドッタンバッタン大騒ぎな原宿Wデートを終えて、ちょうど同じ場所で真心を送りあったヴァレンタインデイの続きをする時、世界はロマンティックに眩い。
 山田の気持ちを込めたマフィンと、同じだけの釣り合いで差し出された”お返し”に埋め込まれた、ロマンティックな仕掛けが表に出てくる時、『山田なら犬、犬なら骨だろ!』と京ちゃんなり考えて贈ったアクセサリが、キラリと輝いているのが好きだ。
 眩い光と出会ってしまって、それによって照らされる自己像に向き合い続けて、眩しい何かを愛しく思っているのは、(既に幾度か確認したように)京ちゃんだけではないのだ。

 

 このお話は光との出会いを通じて、暗く思え遠くに打ち捨てたはずの幼い自分と出会い直し、柔らかな願いを未来へ引っ張っていく成長譚でもある。
 京ちゃんにしても山田にしても、”幼さ”というのはとても大事なものであり、それが反射する鏡としてお互いの身長、体格差はかなりの胸キュンポイントとして、大事に演出され続けている。
 抱きしめる/抱きしめられるという関係性が一方通行ではなく、長い体を折りたたんで……あるいは必死に追いすがるように背伸びをして、歩み寄りながら断絶が埋まっていく様子も、ここまで幾度か描かれてきた。
 山田杏奈の恋心にリードされているタイミングでは、少女はまるで巨人のように少年から遠い場所に立っているのだけど、今まで確かに積み上げてきた体験とか、今日という日を楽しく過ごした手応えとか、消えたように思えてまだまだ元気な自意識の囁きとかに背中を押されて、京ちゃんは引っ込めようかとも考えていた”お返し”を、自分の手で手渡す。
 この時二人の身の丈は平らに均され、あるいは逆転し、溢れ出す思いを導き抱きしめる側へと、京ちゃんは立ち直していく。

 そうやって入れ代わり立ち代わり、自分が眼の前の相手に何をしてあげたいのか……そう考えることで、どういう自分になりたいかを確かめさせてくれる相手の尊さを抱きしめて、一歩ずつ光の在る方へと進む。
 そういうことをずっと続けていたお話であり、これからも続けていくわけだが。
 夕焼けに眩い虹が、少し背伸びして思いやる距離感が、今の自分たちなのだと噛み締めて今日を終えていくまで、迷ったり嫉妬したり比較したり、等身大の笑えるモゾモゾも山程在るのが、楽しくて良い。

 

 

 

 

画像は”僕の心のヤバイやつ”第19話より引用

 渋谷での初デートでは、そらー散々な強がりと背伸びに引っ張られて楽しむどころじゃなかった京ちゃんが、今回の原宿Wデートでは力みを抜いて、周りに立つ人の顔をよく見れている姿が、僕には嬉しい。
 過剰な自意識でもって自分を縛り、頑なで突飛な行動に出る”ヤバいやつ”だった京ちゃんが、恋愛相談まで出来てしまう異性の友達と自然な距離感でもって、豊かに向き合えているのは大きな変化だろう。
 そうさせてくれる手助けを原さんはしてくれていたし、わざわざヤバいやつの人生にかずらって見届けようと思える何かを、京ちゃんは小さな勇気を振り絞って自分の中から引っ張り出しても来た。
 傍から見ていればバレバレな恋愛事情や、雪深いあの日に犬のストラップがなくなり、好きな人のために力強く自分を前に押し出す姿を、原さんはときめきつつ見届けてくれていたのだ。
 そんな、山田杏奈とはまた違った向き合い方と蓄積があって、私服可愛い原さんをごくごく素直に見届け、暖かく隣り合う関係も生まれている。
 そういうモンが、色んな角度と繋がり方で物語にあるのが、俺は好きなのだ。

 この複雑で幸せな人間関係の編み方は、『おめ~マジよ~』と言いたくなるヤバさを炸裂させている神埼くんにも向いている。
 素直で直球すぎるがゆえに、メリハリつかず本気が伝わらない彼のスタイルは、奥ゆかしくも慎重に山田杏奈との距離感を図り、時折キモくなる京ちゃんとは真逆である。
 そこに”男として”の劣等感を煽られたりもするが、素直に尊敬できる気持ちも持ち合わせて、黒い感情渦巻きつつも笑える感じで昇華されていく休日は、あくまで明るく楽しく転がっていく。
 隣り合って本音で喋れる友達が、京ちゃんに出来たのも山田きっかけで生まれた変化の一つであろうし、誰か一人を好きになって、それに向き合える自分でいるために色々頑張るってのは、心地よい副産物を生むものだと、このお話は描く。
 そういう恵みは主役たちに独占されるものではなくて、原さんも神崎くんも京ちゃん達の行いをその目で見て、心を動かされて、誰かをもっと好きになっていく。
 山田と原さんがニコニコ、楽しく原宿を歩いている姿が見れたのは、今回とても嬉しかった。

 

 

 

 

画像は”僕の心のヤバイやつ”第19話より引用

 同時に原さんとの心地よい敬愛に満ちた……しかし特別な光として彼女を選ばないからこそ成立している適切な”遠さ”が刻まれることで、山田杏奈にしかしない、出来ない”近さ”も際立ってくる。
 手を引く/引かれる、手渡す/手渡される、触れたいと望む/望まれる、溢れる気持ちを間近に伝える/預けられる。
 京ちゃんと山田はもはや”友達”に収まらない様々な交流を、相互侵犯的に……また極めて公平に繰り返し重ねていて、お互いの立ち位置を複雑に入れ替え、明け渡しながら向き合っている。
 四人での原宿から二人のホームタウンへ、進み出す時は山田が京ちゃんの手を引っ張り、『何度あっても嬉しい』二人きりが更に親密な距離感へと、勇気を振り絞って手渡してくれたものに報いようと踏み出すときには、京ちゃんがその手を導く。

 直接その掌で、あるいは心を込めてラッピングしたプレゼントでもって、豊かに体と心を叩く間合いの近さは、山田杏奈だけに発露する。
 色んなものへのガードが低い山田だが、触れて良い相手は確実に選んでもいて、誰よりも親密に特別に選んで欲しい相手として、京ちゃんは彼女の瞳に、いつだって眩しい。
 これ以上傷つけられたくないと、心を閉ざした”ヤバいやつ”になることで自分を守っていた京ちゃんが、無防備に素直な気持ちを溢れさせるきっかけは、いつだって山田だ。
 そういう特別な相互照応の中に彼らはいて、世界は光で満ちている。
 それがあんまり眩しいから、山田は京ちゃんの前で良く泣くのだろう。
 思わず泣きじゃくってしまう弱さや柔らかさを、心の奥から溢れ出るものをせき止めなくていい幸せを、引き出し抱きとめてくれる誰かに出会えたのは、やっぱり稀有な奇跡だ。

 

 でもそれは高く遠い天上にではなく、手を伸ばせば触れる身近な実在として目の前にあって、だからこそどう触れあえばいいのか、もじもじと迷いながら一歩ずつ進んでいく。
 そういう二人の距離感が、今週もロマンティックに描かれていて、凄く良かったです。
 時に卑近な笑いも交えつつ、それがすごく透明で眩しいものと同居し、混ざり合ってるからこそ楽しいのだと伝えられるのは、ラブとコメディが隣り合うジャンルだからこそ作れる、とても凄い面白さだと思う。

 小さく、精一杯の勇気と誠実さを振り絞って、前へ前へ。
 まだまだ、京ちゃんと山田の……彼らに隣り合う人たちの青春は続く。
 次回も楽しみだ。