あの頃描かれた未来は、どのような顔で僕らを睨むのか。
”攻殻機動隊 THE GHOST IN THE SHELL”第1話を見る。
とても面白かった。
91年の原作単行本から始まり、95年の”GIS”、02・04年の”SAC、”04年の”イノセンス”、13年の”ARISE”に20年の”SAC2045”と、アニメだけでもメチャクチャな本数綴られてきた、鋼殻サーガの最新版。
後に続く作品の方向性を決定づけたGIS…押井守監督の影響から抜け出し、漫画原作への回帰を強く志した35年目のリバイバル…というには、かなりアニメ独自の味を感じた。
そういうのが必ず宿るのが、”アニメ化”ってものなんだと思う。
例えば”サイバーパンク エッジランナーズ”や”うる星やつら(22年版)”などでも元気だった、最新の表現技術をあえて古く使う90'sリバイバルテイストを継承し、作品を彩る味わいは多彩かつ高品質だ。
原作の異様な情報濃度を一切圧縮せず、猥雑で過剰な味わいも調整なし(と感じられる、精妙なコントロールのもと)アニメに乗っけているのが、斟酌なく高速で叩きつけられる時生まれる、ジェットコースターのような視聴感覚。(欄外解説を”まんま”で流す蛮勇!)
これをアニメ独自の表現と呼吸で、過剰さに溺れる気持ちよさを残したまま一つの話にまとめあげているのは、個人的にかなり楽しい体験だった。
第四次非核大戦と電脳化技術により、社会倫理も人間の定義も揺れ動く、悪徳にまみれた高度資本主義社会。
主人公・素子は激しく揺れ動く情勢にもまれながら、独立独歩のメスゴリラとして自分で判断を下し、自分なりの決断を生きていく。
それは彼女が身を置く現実へのダイブであって、覗き見してるこちらにわかりやすく再形成されたドラマではなく、素子だけが把握している前提条件や諸知識は、あまり解説されないまま物語はガンガン加速していく。
不親切で過剰で、そのオールドスクールな味わいに誇りと愛着を持って、堂々クセの強いお話を投げつけている感じがあった。
サイバースペースとジャックインという概念の起源を、”ニューロマンサー”に求めるにしても42年前…もはや「歴史」である。
しかし原作刊行当時未だ瑞々しい輝きを放ち、未来を切り取った幻想でありながら極めて同時代的な感覚を宿していた「(溺れる可能性も含めて)ネットに潜る」という体験を、この不親切な作中現実への潜航は、面白く再生させているように感じた。
そう思えるのは思考共有の表現からアクションのメリハリ、グロ表現から萌えまで横幅広い楽しさの味付け、小西遼の音楽など、「あの頃」には無かった未来の表現技術をフルに駆使して、しっかり飲める新しさを密かに…そして確かに混ぜ込んでいるからこそだ。
テザービジュアル発表から、期待とハードルを上げてついに本放送…最初に「おっ」と思ったのはサックスの音色だった。
自分が知っている…知っていると思わされている”攻殻”が、実は押井守を源流とする特定の解釈によって脳みそに貼り付けられた、ある種の疑似体験だったのかもしれないと、メリメリ認識が改まっていく気持ちよさ。
「思弁的でハードなSFアクション」というフレームに収めきるには、情報量も話の作りも画面の書き込みも、何もかも過剰な作品が改めて綴られるにあたり、選ばれた音楽がそれをまず生み出してくれた。
それは…とても意外で心地良い体験だった。
懐かしくて新しい、野心あるリバイバルだ。




思考や精神が電子化され共有可能になってしまった、加速された世界。
政治は腐敗し弱者が蹂躙されるのが当然の世界で、素子は速すぎる流れに逆らって独自の倫理を掲げ、それを実力で押し通していく。
彼女とその仲間たちが見る世界は、作中の2028まで二年となった僕らの現実においても見慣れる不思議さと、見知った暴力の炸裂が降り混ざって存在している。
その景色は時にコミカルで親しみやすく、時にシャープで美しい。
デフォルメの効いたユルい表現と、この苛烈なる美麗が同居し共に加速していく感覚は、作品世界に飛び込む良い手がかりになってくれた。
炸裂する血しぶき(悪徳の街の風物詩)をグリッチ表現で覆い隠したり、プロ同士の命のやり取りに奇妙な…しかし真実味のある美しさがあったり、ただ原作をトレースするだけではない、力の入ったアニメ独自の表現が、的を絞って適切に叩き込まれていたのも、独自のテンポを生んでいた。
作品のトーンが真面目一辺倒でもギャグ極ぶりでもなく、その間を揺れながら加速していく感じは、オタク的物語消費の最前線にいた(からこそ、世界的なムーヴメントとなり得る強さがあった)原作の味わいであり、同時にアニメとしてそれを動かし直す時、改めて選び取られ生み出された、宝物のような独自の呼吸だ。
浴びてると、とても気持ちがいい。
電脳化技術と非核大戦…二つの大きな嘘が「現実」なるものを捻じ曲げ、より猥雑で刺激的な色に染め直した場所でも、人は生きている。
桜も見れば不正義に憤りもするし、軽口も叩けば恋愛もする。
莫大な背景設定と思索に支えられ、生み出された仮想世界の一切を親切に説明なんぞしない、振り落とされたらそれまでの作風に、自分の感覚をチューニングする足掛かりとして、特に解説もされない日常(の延長線上にある政治と暴力)がバババッとスケッチされるのは、かなり面白い足掛かりだった。
ワケの解んねぇことが不親切にぶっ飛んでいるが、しかしそこに確かに生きてる者の息吹はあるのだ。
素子と九課メンバーが置かれている高度に政治的な情勢も、特に説明することのない当たり前の日常として、視聴者の眼前を通り過ぎる。
モニタの中で起こってる地道でプロっぽい諜報戦と、それが破綻し生まれる激しい衝突の裏側に、どういう事情があったかは明言されない。
画面の中で起きてる全てを納得し、キッチリ脳内に収めきりたい願望を裏切る造りではあるけども、しかしそれが素子たち当たり前の現実であるなら、(原作がそうやったように)アニメのそのように描いていくべきなのだろう。
この過剰で荒々しいスケッチをすこしでも飲みやすくするため、色々アニメ独自の整備してくれてるのはありがたい。
素子は複雑な政治の力学と、現場でのハードな制圧任務両方を泳ぎ、縦断飛び交う銃撃戦と脳を焼きあう電脳戦、両方をこなす事件解決のスペシャリストだ。
政治と現実、銃弾とプログラムの境目はシームレスに展開され、加速を続ける物語のBPMそのままに、スピーディーに展開していく。
この越境する感覚がまた情報量を上げ、ガボガボ溺れる原因にもなっているわけだが、しかしそういう過剰さに流されない、素子の泳ぎ手としてのスマートさも上手く伝わってきた。
俺たちが訳分かんねぇまま面食らっているものを、この話の主役は全て把握し、自分の意志で道を定め泳いでいる。
それは、ちゃんと分かる第1話なのだ。




スーパーヒロイン草薙素子のお披露目でもあるこの第1話、彼女は本当に多彩な表情を見せる。
萌え方面にも全力でアクセルを踏み、あざとさすら感じられる味付けにきっちり仕上げてきたのは、大変いいと思う。
きりっとクールな肖像画ばかりが目立ってきた彼女だが、デフォルメ効いたギャグ顔から萌え萌えな赤面まで、色んな表情と感情があり、とても「人間らしい」人なのだと、改めて思い出せた。
ここら辺は田中敦子の遺志を継ぎつつ、新たな作品に相応しい表現を掴み取った坂本真綾の、奮戦のたまものでもあろう。
コロコロ表情が変わる素子を見つめていると、高速で情勢も焦点も切り替え進んでいく物語で、彼女を見ていれば自分の位置を掴めるという、奇妙な安心感があった。
タフな状況に流されず、軽口混じりに悪徳に挑む彼女の揺るがなさは、特定の状態に固く静止しているというより、様々な顔を必要に応じて引っ張り出しながら、適応し変化し…しかし自分を見失わない柔軟さに支えられている。
そんな硬軟同居する主役の魅力を、原作が持っていた表情の振り幅に反射させて増幅させる狙いは、しっかり果たせていたスタートだった。
可愛いよね、2026素子。
己が何者であるか、作品がこちらに挨拶してくる第1話が、洗脳施設との闘いだったのは、今思えばとても印象的だ。
ほぼすべての人間がメディアと政治と経済に押し流され、意志なく流される加速した時代において、彼女は自分だけの良心と理想を保ち、あらゆる悪徳に溢れた現実に牙を突き立てる。
そうして挑む相手が、雇用主であり権力者でもある政府そのものである時点で、秩序の維持者でありながら構造の紊乱者でもある素子が、どういう人間であるか(つまり彼女を主役とする物語が、どういうお話か)は既に鮮明だ。
世界は泳ぎきれないほどに猥雑に加速していくが、それでも泳ぎ方はある…はずなのだ。
そんな草薙素子の奮戦スケッチを24分見届けた後、一番印象に残るのが彼女の可愛さとバイタリティなのは、とてもいいなと思った。
35年前に思い描いたネット、国家、民族の在り方とはまた違った未来に、僕らはたどり着いてしまったけども、しかし素子を中核として原作が描いていた人間の形は、今でも通用する普遍性と速度を確かに有している。
旧いからこそ新しいヴィジョンを、この物語以上にワケ分かんねぇ加速を続けている2026の現実に蘇らせることで、改めて感じ入るものも多かろうと、思える再会になったのは、本当に嬉しい。
そうなるよう、アニメを構成する全部を磨き上げてくれたのは、とてもありがたいことだ。
思索の足場になる科学知識や、技術の表現には古びて追い抜かれてしまったものもある…というか、”攻殻”に脳みそぶん殴られたクリエーターどもが山のようなトリビュートを捧げた結果、原典を追い抜いて加速されたからこその現象なんだけども。
しかし描かれ方を新たにすることで、あの時”攻殻”に宿っていた鮮烈な光が新鮮に眩いのも、それに照らされて普遍的な面白さや可愛さ、混迷と加速に関する鋭い視線を、新たに味わえるのは素晴らしい。
モダンの次に来るポストモダンすら終わり果ててなお、クソみてーに古い権力とメンツと妄執があらゆる場所で火を吹いているこの時代、素子が向き合ってるクソには普遍性と同時代性があるね…。
正直言えばあって欲しくはなかったけど、世に盗人の種は尽きまじ、悪との闘いは人類不滅の題材なのだ。
ユルい日常と緊迫した政治劇、ハードな武力衝突とクールな理想論を、境目なく行き来する振り幅の大きい作風。
これに振り落とされそうになりながらしがみつけるのは、シーンごとの雰囲気とそれを繋いで生まれる緩急が、独特かつ魅力的だったからだと思う。
劇伴が生み出す豊かなイメージにも助けられ、「これ」と断言できない魅力的な猥雑さに、しっかり橋がかかっていた。
ここら辺の橋渡しがなされないと、沢山ある顔のどれにフォーカスしていいか迷っていたと思うので、多彩な面白さの全部をしっかり際立たせ、なおかつその全部がつながっている感じを出せていたのは、とても偉い。
ここら辺、モコちゃん監督のセンス…かな?
かつて無いほどに原作通りやってるアニメ化なんだが、やっぱメディアが移り変わる以上かぶりついた時感じる味は変わるし、変わるべきだ。
そこに作家のエゴではなく作品への献身と愛…それに徹すればこそ匂ってくる、実際に手を動かしこのお話を造ってる当事者の独自性が、ちゃんと在ったのは嬉しい。
26版独自のリズムと味わい合ってこそ、原作にあった善さがみずみずしく蘇ってくれてる感じも強いので、原作とアニメスタッフが幸せに手を取り合った、いい「アニメ化」だなぁと感じました。
どう読むか、どう描くかに関して、かなり独自の努力と野心を感じれて、そうい「アニメ化」のが好きな自分はとても嬉しかった。
いつの時代も人間のやることは最悪で、技術はそれを加速させる。
しかし己の身体と精神を同じ最先端技術で強化し、悪徳の淵へと落ち込んでいってしまう世界に力強く抗う素子は、とてもパワフルでチャーミングだ。
そんな彼女の、銃弾と陰謀とエロティシズムに満ちた日常を、これからも見守っていきたい。
そう思わされる、とてもいいスタートでした。
この情報量と速度に追いついていくバイタリティが、35年分年を取った自分に残っているかが一番心配ですが…面白れぇから問題ないだろッ!
こっちを溺死させるほどに溢れる猥雑さと、混迷を射抜く確かな意思を、どんな表現と語り口で描くのか。
次回も、とても楽しみです。