アイカツスターズを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
かくして船が出て、全てが終わりに向かう。ローラの未来が確定し、S4戦が決着し、三年生は進路を定める。ざっくりいろいろ片付けつつ、ゆずリリの結末を描くエピソード。
これが二海堂ゆずの結論かと思うと、納得もするし、悲しくもある。
というわけで、S4戦はダイジェストなのラス3である。うん、まぁ積んでねぇから描いてもしょうがねぇので、ぶっ飛ばすのは当然だな。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
元々赤服に大した意味はないので、こういう扱いにもなろう。一年目で追った要素を、二年目と巧く接合できなかった結果が、あのダイジェスト…ですらない省略である。
スターズはどうも『公』というものを巧く扱えていないように思う。それが『公』を軽んじていた結果かは、エスパーじゃない僕には分からんけども、一応組トップとして背中に背負う立場として描かれたS4は、それを獲得した二年目、何かを背負うことはほぼなかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
結果、順当に現S4が勝利し、赤服はハルカルカに払い下げられる。そのお値段のやすさは、自分たちが一年積んで、次の一年で軽んじた帰結だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
描いてきたものに嘘はないが、描くべきと選び取ったものには疑問が残る。
今回のエピソードは、僕がスターズに感じるちぐはぐな感覚を、強く反映する。
『それは大事なものだから、ゆめは追いかけたんじゃないですか?』と聞きたくなるが、大事じゃないからこの描写なのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
それを開けて作ったスペースで、何を描いたか。どんな価値があったか。何かがあるのだろうけども、色々あって作品にコミットできなかった僕には、よく見えない。
『みんな』の規範となり、導くS4。一年目のゆめが星を探して走り抜けた道を、二年目のゆめは走らない。価値観は接合されず、与えられたものを返す公平さは描く隙間がない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
座ってみたら別の景色だったと言うなら、その違う景色を一回描いて欲しかった。差異もまた、大事なものであろうし。
そういう接合点なく、公器としてのS4は空中分解し(たように僕には見え)、ゆずは自分の気持に素直に、海外留学を取りやめる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
ざっくり要素を拾って海外に飛ぶローラとの対比でもあろうし、そこには『やりたい気持ち』という共通点がある。いつでも願うままに、気持ちに素直に。
ゆずがリリィを背負って崖を上るシーンは、タチの悪いアイカツのパスティーシュであり、苦笑いの源泉であり、彼女たちの素直なスケッチでもあった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
ゆずが赤福を着て背負ったのは、最終的に好きな女ひとりなのだ。その才に惹きつけられ、『組』となった人たち、それを支える学校は視界に入らない。
その躍動する感性こそが、二階堂ゆずの輝きであったことは判る。だが、才に惹きつけられたヒトの重たさを感じず、背負わず走り抜ける在り方は、先週洗い直したエルザのスタイルと、同じではないのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
二階堂ゆずの世界はS4を続けても特に変わらなかった。まぁ、画面から消えてる時間も長かったしな…
原点に戻ったとも言えるし、獣に堕したとも言える今回の結論。心の律動を第一とする動物主義は、ゆずが一番色濃く出したが、スターズ全体に伸びる規範な気もする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
一番身近に私を感じる、私の感覚が一番大事。
それは正しい。外側に用意されているものなんて、嘘っぱちの飾りだ。
だがその飾りは、理解り会えない人と人がなんとか繋がって、お互いを解ろうとするツールでもあると、僕は思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
重苦しさと不自由さはつきまとう『公』はしかし、切なる祈りみたいなもので折られてもする。その切実さを踏みにじる形で、『私は私』を吠え続ける存在を、僕はやっぱり尊敬できない。
ゆずの残酷な才覚、幼いミーイズムがその限界を抜いて、より大きなモノに繋がる瞬間を、僕は見たかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
結果着てしまった赤服の意味するところに、身勝手なゆずのままたどり着くような相転移の瞬間を、正直目撃したかった。
でもそれは、幾度も言ってるが僕の勝手な妄想だ。そんな星座はないのだ。
一年目で沢山の荷物を積み込み、それを処理しきれなくて下ろし、VAという新しい荷を背負う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
その過程で、『二年生の仲間』じゃないゆずはかなり出番を省略されていたし、変化のチャンスを摘まれても来た。だから、初期状態に帰還してしまうのは自分が描いてきたものに嘘のない、一つの結論だ。
それでも。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
第42話で見せた残酷な才覚の差とか、第67話で見せた天真な強さとか、そういう部分も引っ張り上げて、新しい景色が見たかった。見せてあげて欲しかった。
まぁこういうキモい思い入れは、語ってる側には邪魔なんだろうけども、それでも浮かぶのよ、お話見てると。
動物主義に帰還するゆずも、結局背負われてしまうリリィも、エルザによく似た不自由さに囚われているように、僕には思えた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
キャラクターを規定する限界点を突き崩すのではなく、そこで足踏みさせて収まりの良い結論を捉えに行く姿勢。児童が児童を越えたなにかに羽化できるチャンスを許さない世界。
その残忍さがあの崖登りとアニマルステージにはこもっているように見えて、キツくて仕方なかった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
ゆずは永遠にリリィから離れられないし、離れる必要もない。リリィも一生勝てない敗北感を抱えつつ、愛する女の背中に乗り続ける。
それを『美しい』『尊い』と呼ぶ感性は、僕にはない。
癒着を引き剥がす気配を時折のぞかせつつ、結局密着した二人の後に、離れていく二人の物語が来る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
ローラがざっくりと、『拾ってください』と太文字で書いてあった伏線拾って海外に出る話をしている時、ローラとゆめ以外は座っている。離別の当事者ではないので、納得している。
次回は今回以上に、一人の女が一人の女を見つめ、背負う狭い情景が描かれるだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
スターズ映画が夏の幻のように浮かぶ。あそこで手に入れたはずの強い繋がりを足場に、より高くて広い場所に飛ぶ未来を夢見ていたけど、そういうことはなかった。予感は妄想、期待は身勝手なエゴイズムだ。
S4戦に負けて、きっちり終わり切ることすら出来ないローラ。彼女の決断がどんな意味を持っていて、それをゆめがどう受け取るかを、このアニメはラスト一個前の忘れ物と定めた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
それは、S4戦よりも大事なのだと、描くべきシーンの選択で断言した。
ゆずとリリィよりは時間をもらっていた二人のお話が、どういう決着を見せるのか。おそらく、積んできたものには嘘がない作りになるだろう。スターズはずっと、そういう話だからだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
その真実の瓦礫を足場にして、なにか新しいものが見たい願いは、やっぱ湧き上がる。星座を勝手に編むのを止められない
まぁ…ローラ最後の花道となるだろう次回、これ以上あんま酷いことしないで欲しいなというのが、彼女が好きな自分の想いである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2018年3月20日
赤服も着れず、明瞭に勝つこともなかったこの一年で、ローラが何を手に入れたことになるのか。それを見届けなければ、僕の勝手な夢も終わりはしない。
楽しみですね。