イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

イクニ・サプリメンタル -幾原邦明作品を消化するための、いくつかの作品ガイド-

・はじめに


マシュマロに寄せられた質問に、ブログで答えるのもまた筋が違うかもしれません。が、ちょっと文章が長くなりそうですし、商品への導線を引くのもこちらのほうがやりやすいため、いくつか分解酵素を助けてくれそうな作品を紹介していきます。

 

・エロティシズム(澁澤龍彦、中公文庫)

エロティシズム (中公文庫)

エロティシズム (中公文庫)

 

 マルキ・ド・サド、あるいはユイスマンスの翻訳者としても知られる澁澤龍彦は、博覧強記の文学者であり、退廃と耽美に強い興味を抱いたデカダンスの学徒でもあった。
彼のエッセイには、一般社会では指弾されるような悪徳や猟奇、変態が百花に咲き乱れ、分厚い知識と確かな見識によって支えられている。
そのクレバーで詩的なスタンスは、幾原邦明の見据える世界と重なり合い、確実な影響を受けている。何しろ沢山書いた方なので、全てのエッセイがイクニワールドに響いていると思うが、発行が早く入手しやすく、また作品内で必ず重視されるエロティックについて述べたこの本を、まずはオススメしていく。
一つ注意点があって、ドラコニア・ワールドは強烈な毒と強い中毒性があるため、ハマるとなかなか抜けれない。服”読”時にはお気をつけて……という所も、ちょっとイクニ的であろうか。

 

ツィゴイネルワイゼン鈴木清順リトル・モア

ツィゴイネルワイゼン [DVD]

ツィゴイネルワイゼン [DVD]

 

 日本映画史において独特の美学を有し、際立った映像美で不可思議な存在感を持つ監督、鈴木清順。この映画はサラサーテの”ツィゴイネルワイゼン”を縦糸に、夢とも現ともつかない不可思議の中を、複数の男女が疾走していく筋立てで進行していく。
時間軸、現実軸が揺さぶられ、何が起こっているのか判然としない酩酊の中で、映像が眼球越しに流し込まれる。そのフラフラとした失見当の中に、一瞬何かを見つけたような快楽が垣間見える。
圧倒的なエキセントリックで人を押し流し、思いっきりぶん殴ってくるイクニ映像美学の根っこは、これとか寺山修司(ATG)

田園に死す

田園に死す

 

 諸作品の影響が、長く伸びているように思う。
まずはとにかく作品を飲んで、その混乱に酩酊せよ。

 

鏡の国のアリスルイス・キャロル、角川文庫)

 ロリコンのアイコン、あるいは無害な子供向け。一般的にアリスは飲みやすく流通しているが、原作を読んでみると言葉遊びにナンセンス、ほのめかしにクイズに意味不明と、相当にエキセントリックで知的であることが解っている。
物語構造にチェスの指し手を入れ込んだり、英文学への分厚い知見を散々に悪用したり、無意味と四つ相撲で殴り合ったり。無邪気なお伽話の奥には、狂気と嘲笑、無意味と美麗が複雑な色をなしている。
そのうえで、ラトウィッジ・ドジスンの危険な少女崇拝は刃のように鋭く尖り、その詩才は精妙に美しいものを縁取っていく。ただ賢く、ただ狂っているだけでなく、譲れないなにかを信じ、そこに言葉を捧げ持つように紡がれた、一つの詩文。
そういうテイストは、青いエプロンドレスのアリスだけを見ていては分かりにくい。目に見えている物語の奥に踏み込む、不可思議な引力。イクニ諸作品を構成するピースと同じものが、アリスの世界を形作っていると知るためには、やはり読まねばならないだろう。

 

パンズ・ラビリンス(ギエルモ・デルトロ、ピクチャーハウス)

 スペイン内戦下の田舎町で、地獄めいたリアルから逃避するために生み出されたお伽話の王国。残酷極まる現実と、その影響を受けてグロテスクに輝くフェアリーランドを、不安定な思春期が疾走していく。
パシフィック・リム”で高名なオタク監督、ギエルモ・デルトロが作り上げた想像力の城は、美しくおぞましく、奇っ怪で脆い。少女の非力では抗し得ない戦争や家族の問題は、捻れた回路を通って夢に影響を及ぼし、妄想は現実にはみ出してくる。
狂うことでしか生存を許されない見にくい世界に、一瞬垣間見た美しい景色。美醜が混在し、その境界線が曖昧になる瞬間を、当然幾原邦明も鋭く見据えている。
幻想文学としても戦争文学としても通用する、虚実の秀逸なバランス。多層に織り込まれた幻想の中で踊り狂う、切れ味鋭いビジュアル。伊達や酔狂でアカデミー賞は取っていない名作である。

 

 ・神話の力(ジョゼフ・キャンベル、ハヤカワノンフィクション文庫)

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

神話の力 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

 

神話学の泰斗、ジョーゼフ・キャンベルの対談集。新和という原・物語構造がどんな力をもっていて、それがどれだけ強く我々に影を伸ばしているかを、分かりやすい筆致で伝えてくれる。
イクニ作品は展開される具象と同じくらい、あるいはそれ以上にその後ろ側にある抽象や象徴への意識が高く、神話的な物語骨格をもっていると思う。それを読み解す時に、物語構造論、あるいは神話学の知恵はなかなかいい杖になってくれる。

 アペンドとしてはプロップの口承文芸学とかも、なかなかいい補助になろう。

昔話の形態学 (叢書 記号学的実践)

昔話の形態学 (叢書 記号学的実践)

 

 

 

リズと青い鳥山田尚子京都アニメーション

 美しく青い季節が、どれだけ残酷に魂の血を流すかを丁寧に追いかけた、天才・山田尚子の傑作。”響け! ユーフォニアム”シリーズのスピンオフとして位置づけられ、原点からより強く抽象と幻想、ピーキーなイマジネーションとファンタジーに舵を切りつつ、青春の切実さ、音楽の儚き美しさは継承され、強化されている作品だ。
この作品のタイトルは、少女たちが選び取ったコンクール曲、その原作となった童話だ。美しい青い鳥との永遠を、自らの意思で手放した少女の寓意に、青春の囚われびとたちは己を重ね合わせ、吹くことに強く悩む。
その”読解”への視座、物語の内側へ織り込まれた物語への情熱は、”お伽話”を強力な表現兵器として使いこなす幾原邦明の手法と、制作会社、性別、年齢の壁を超えて強く共鳴する。
美麗な風景、そこに込められた感情の透明度と熱量もまた、イクニ作品を思わせる美しさだ。山田監督は確実に、イクニチルドレンだと思う。

 

・倒錯の偶像―世紀末幻想としての女性悪(ブラム・ダイクストラパピルス

倒錯の偶像―世紀末幻想としての女性悪

倒錯の偶像―世紀末幻想としての女性悪

 

 19世紀末の美術を通じて、当時の女性(つまりはその対立項としての”男性”)意識を浮き彫りにしていく美術史論。様々な作品やメタファー、テーマに潜むエロティックと性嫌悪の複雑な織物が、美術の領域を超えて生活の、あるいは政治の領域まで侵犯していった様子(逆に政治や生活の中の女性認識が、美術の中に反射していく様子)を丁寧に掘り下げていく大著。
扱う領域がイクニ諸作品と通じているだけでなく、目の前にある図象の中に何を見て、どんな力学がそれを現出させたか考える”読み”のメソッドとしても、分厚く力強い書物である。それを噛み砕いていくことで、複雑怪奇なイクニ美学の味わいを、より濃く楽しむことも出来るだろう。
何しろ入手の難しい書物になってしまったので、購入よりは図書館などで手に入れるのがいいかもしれない。

 

やがて君になる仲谷鳰、電撃コミックスNEXT)

 星のように遠く、だからこそ愛おしかった恋。それが少女の胸に届いた時、甘やかな残酷が鼓動を刻み始める。人を好きになることは、どれだけ醜く恐ろしいのだろう。どれだけ尊く愛おしいのだろう。それを教えてくれるあなたが、私は好き。
ジャンルに一大潮流を投げ込んだ”百合”の金字塔であり、非常に細密で細やかな視座で『恋』なるものを解析していく物語である。有り物の恋愛、有り物の青春に疑念を持ち続け、キャラクターと作品独自の瑞々しい切り口で描き直す。
その挑戦的な歩み、一瞬一瞬を自分独自の筆で語り直す独自性は、幾原邦彦の映像美学と通じあう。二つを並べてみると、同性の愛を、耽美で美麗な戯れを追いかける”表面”へのこだわりも含めて、同じものを別角度から、別の才能が見据えた奥行きを感じるのだ。それは、甘美で豊かなめまいを生み出す。とても心地よい。

 

帝一の國古屋兎丸ジャンプコミックス

帝一の國 1 (ジャンプコミックス)

帝一の國 1 (ジャンプコミックス)

 

 『古屋兎丸幾原邦彦を並べるなら”ライチ☆光クラブ”あるいは”イノサン少年十字軍”
でしょうが!』

ライチ☆光クラブ

ライチ☆光クラブ

 
インノサン少年十字軍 上巻 (Fx COMICS) (F×comics)

インノサン少年十字軍 上巻 (Fx COMICS) (F×comics)

 
インノサン少年十字軍(下)(完) (エフコミック) (Fx COMICS)

インノサン少年十字軍(下)(完) (エフコミック) (Fx COMICS)

 

 という識者のご指摘は、つくづく理解した上で。
耽美の第一人者として、残酷と美麗を閉じ込めた劇的空間を漫画、あるいはアニメに塗り込めてきた二人の作家は、同時にコメディの名手でもある。両方しっかり”笑える”のだ。
帝一の國”は古屋兎丸作品でもっともカルトの気配を抜き、天下のジャンプでしっかり連載を完走し切って、舞台に、あるいは映画にもなった(映画は特に傑作で、作品のコアテイストを活かした再構築、役者たちの好演が見事に噛み合った。アホっぽくて熱くて何故か泣ける。いい映画である)

帝一の國 通常版DVD

帝一の國 通常版DVD

 

 様式美を極限的に張り詰めさせ、過剰な美意識が暴走することで笑いになる。常識や一般論はくそくらえ、本気でやりきるからこそ生まれ得る笑いにはベトついた媚がなく、スカッと気持ちがいい。
そういう”本気ゆえの笑い”がどこか似通っていて、それは幾原邦彦の(そして古屋兎丸の)強力な力だと思うので、この作品を摂取するとイクニ作品は食べやすくなる。
笑いの中に隠された少年たちの青春と純情、バカと暴走。笑いがあればこそ、エキセントリックな世界観と美意識がスルスルと飲み込めて、胃もたれなく消化できる。笑いの強さあってこそ、毒は適度に薄まり、薬に変わる。
そういう不思議を体験する上で、最上の作品だと思う。つーか面白いから見てよ!!