シャドーハウスを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
エミリコはケイトの部屋を出て、生き人形達の社会へと踏み出していく。
家と主人に仕え、何も考えず役目を果たすことこそ生き人形の喜び。
そう繰り返しても、消えない煤が胸から溢れる。
この家は、積み上がる煤の奥に何を隠しているのか…。
そんな感じの超☆不穏当! 謎めいた館に天使が舞い降りる系サスペンス、絶好調の第二話である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
前回はケイトの部屋に限定されていた物語がグワーッと広がり、一見明るく朗らか、しかしどう考えてもヤバさしかない明暗が、随所にちらつくエピソードとなった。サスペンスの作り方巧いなぁ…。
話が部屋の外に転がる前段階、アバンの描写は凄く示唆的である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
ケイトは自分から湧き上がる煤を嫌い、しかし自力ではこれを払底できない。
ランプを持ち込み扉を開け、部屋を掃除してくれるのは常にエミリコである。
彼女こそが闇の中の光、無垢なる導きであると、画面と笑顔が語りかけてくる。
後にミアとサラが庭であった時に確信に変わるが、ケイトとエミリコの対等で相補的な関係性は、この屋敷ではむしろ例外的である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
霧に閉ざされた屋敷には良くないものが充満し、シャドーと生き人形に分割された階級には不可逆の支配が伸びている。
"お祖父様"の存在を考えると、多分シャドー内部にも。
ケイトがその立ち居振る舞いに覗かせる気高さと公平さ…良い意味での"貴族らしさ"が腐敗したものがおそらく、この屋敷には満ちている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
あるいはそうやって人の悪しき側面を擬した、あからさまに人ではないものの異様な秘密が。
そこは、今後ジワリジワリと顕になっていくものだろう。
感情の激発(例えば、大事な手作り人形を壊されたとか)で噴出する煤は、シャドーの宿命である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
彼らは世界を汚し、己の足跡を屋敷に転写し、あるいはカーボンコピー用紙のように誰かを複写する存在なのだろう。
”シャドー>生き人形”という、館の中で当然化されている権力の勾配。
それが覆い隠している視聴者自然の感覚…『顔のない怪物に、まともな人間が搾取されている』という直感と、ケイトの煤への嫌悪(それを払いうるエミリコの唯一性)は上手く繋がっている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
この家は、何かがおかしい。シャドーは、何かが異様である。
エミリコのピカピカ笑顔で、押し流されそうな違和感
それを冒頭のケイトは、己から溢れ出る煤…シャドーの証明への嫌悪という形で形にしてくれる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
ここら辺の誘導の巧さは、作品のサスペンス要素をエミリコが『考えちゃいけないノート』にまとめ、視聴者に釘刺ししてくる話運びからも感じる。
素敵なお屋敷の、あまりに幸福な日々。
その(おそらく強制された)多幸感が支配的になりすぎないように、異質さを随所に強調しながら話は転がっていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
一つ気にかけたいのは、エミリコはケイトという鏡がなければ、その多幸感に疑問を感じない、ということだ。
幼く純粋であることは、与えられた環境への当然の疑問をも漂白する。
主人の”顔”として振る舞う、非人間的/道具的なミア。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
生き人形だけの社会である掃除シーンにおいては、とても人間的な優しさや快活さを見せていた彼女は、生き人形本来の仕事を果たす時自我を投げ捨て、主の”顔”になってしまう。
それが、この屋敷のスタンダードである。
しかしケイトは、エミリコが自分の鏡”ではない”ことに強い価値を感じている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
ケイトは自分の大事なもの(自分で作り上げ、自分だけが獲得した人形)が、壊れたら直らないと思い込んでいる。
しかしエミリコは自分なりに考え、積み上げた技術を使って破壊されたものを修復する。
湧き上がった怒りにエミリコを巻き込まぬよう、お風呂に引っ込むケイト様のアンガーコントロールもなかなか良い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
ケイト様は非常に”人間らしく”色んな感情を顕にするが、それをエミリコが反射すること、照射にエミリコを巻き込むことを良しとはしない。
目の前にいる存在が、自分とは別であること。
だからこそ自分が思いもつかなかった”修復”という可能性を、自分の大事な人形に及ぼしてくれるありがたさを認識している。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
これがケイトの唯一性なのか、他にも”マトモ”なシャドーがいるかは、もう少し世界が広がり色んなキャラが描写されなければ分からないけども。
とまれ、そんな異質で優しいケイト様に見守られつつ、エミリコは文字を学びパンを食べ、自分だけの煤コートを抱きしめる。ほんま可愛い…もっとパン食べな…。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
私だけに出来ること、私だけの大事なものを獲得していく過程で、彼女は疑問を記す筆記、セカイの扱い方を学ぶ識字を獲得していく。
”大事なもの”であるパンくんの人形のように、これもケイトから与えられたものである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
屋敷のスタンダードに違和感を感じ、苛立っているケイトの賢さに照射されることで、生き人形は知恵と独立性を獲得する。
私だけの大事、私だけの考え…生き人形には不要とされるもの。
それをケイトが(むしろ積極的に)エミリコに照射することで、エミリコはケイトにはない強みを自分の中から引っ張り出し、あるいは世界に対する違和感を”考えちゃいけないノート”に書き記していく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
それは与えられた世界を当然視せず、自分と世界の輪郭を切り分けていく力だ。
(幸運にも)それが人間の基本的な権利だと認められた僕らの世界から見れば、ケイトとエミリコが相照らし合うこの関係は、健全で幸福に思える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
しかしそれは屋敷の中では当然ではなく、生き人形は道具として虐げられる…だけでは、多分終わらない。
もっとファンタジックで、グロテスクな仕掛けがある
おそらくゴシック小説的であろう”仕掛け”が開示されるときが、また楽しみであるが。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
とまれ、エミリコは持ち前の純粋なる幼児性で賢いケイトを照らし、救いつつも、世界と自分を当然視しないケイトの視線に啓蒙され、出来ることを増やし、大事なものを獲得していく。
部屋に備え付けだったドールは壊れて廃棄されるが、少女たちが自分で作った人形は修復され、間近に置かれる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
この異質な館でも、自分の腕で、自分だけが掴み取るものにはそういう、特別な意味が宿るのだ。
黒い煤が全てを塗り込めているように見えても、そこには人間性の光が消えずに残る。
あるいはそれは危うくて、パンくんを追いかけてエミリコは地へと落ちて(そこで、屋敷のスタンダードを反射するミア&サラと対峙)しまう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
自分だけの大切は、時に奈落へのいざないともなりうるわけだ。
今回は傷少なく終わったが、屋敷の闇に踏み入る内、おそらくもっと大きな危険が迫るのだろう。
しかしそうなったとしても、ケイトの”顔”でありながら全くエミリコ的に、勝手に最高の笑顔で笑い続ける彼女の天性が武器となるのは、間違いない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
あんなにピカピカ最高に見えるものが、クソみてーな抑圧に無力であって良いはずがねぇんだよなぁ…エミリコ無敵ッ!!!
幸い、彼女の敬愛するケイトはエミリコの光に救いを見出し、煤に取り込まれない彼女の異質性を守ろうとしてくれている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
エミリコがケイト的になるとしても、それはエゴの押しつけと侵食ではなく、敬愛ゆえに学び取り、憧れに自分の表情を近づけていく歩みの先にあるはずだ。
すでにそういう相互作用の気配は随所に漂っていて、エミリコがケイト様大好きであること(世界唯一の真実、飾り立てられた冥府を導く光)で、彼女は文字を学び、失敗の取り返し方を、心地よい繋がり方を学び取っている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
ケイトと共にあることで、エミリコは世界を無条件に受け入れる子供ではなくなる
同時にケイトはエミリコと共にあることで、己から湧き上がる煤に飲み込まれず、より強い光で自分と世界を見据えられる輝きを受け取ってもいる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
それはエミリコから照射されるだけではなく、気高く優しいケイト自身から放たれる光でもあると思う。ホンマ優しいから…。
何も考えず、道具としてのあり方を全うする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
部屋の外に出て出会った仲間が(真相はどうあれ、表面上は)肯定するあり方を、エミリコは白紙の記憶に刷り込まれ、日々の復唱で強化され、棺めいたベッドで眠る度に焼き付けられるだろう。
しかし、人の幸福はそこにはないと、ラストのミアの部屋が教える
煤で汚れ、誰かの足跡が刻まれたあの部屋に、ミアが一体何を隠しているのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
主人の鏡(表情、対面)としての仕事を見事に果たした彼女が、その顔の奥に秘めているものはなにか。
そこをラストに配置するということは、そこにこそ物語を動かす力点がある、ということだろう。
あからさまに不穏で異質で、しかし当然で幸福だということになっている、シャドーハウス・スタンダード。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
生き人形の犠牲を屋敷が要求することは、高すぎる梁に安全対策無しで上げられている掃除の異様さを見ても判る。
人形は死なない。ただ壊れるだけだ。だから、それでいい。
しかし生き人形が何も感じない道具ではなく、自分だけの大切を掴んで喜び、一個ずつ何かが出来るようになって微笑む”人間”であることを、僕らはここまでのエミリコへのクローズアップで、嫌というほど思い知っている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
少女の活き活きとした姿をアニメートする筆の豊かさが、言外に描くもの。
それはエミリコ個人に留まらず、生き人形皆がそういう当たり前の心を持ち、シャドーハウスに適応してそれを黙らせ、あるいは傷つき、秘密を隠しているのだと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
そこを、今回広がった世界がどう切り取ってくるのか。エミリコとケイト以外の住人が、何を考えどう動いているのか。
そこも、楽しみになるエピソードだった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
おそらく作中最も人間的で、普遍的な価値に近い二人をまず描いてから、その真逆を当然とする館にカメラを広げていく。
そこに、様々な不穏さや謎、疑問を配置して、物語を追いたくなる面白さを届ける。
この手付きが、非常にスムーズかつ魅力的だった。
異様なスケールと雰囲気の館は、筋立てを追いかけながら”探検”したくなる魅力に満ち、出会った人々もその奥を覗き込みたくなる面白さがある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
せっかくデカい屋敷を舞台にしているのだから、群像劇としての面白さ、それぞれの価値観と決断が絡み合うドラマも楽しみたいよね。
そういう願望に答えてくれそうな広げ方であり、『ここが大事な疑問、これがすがるべき答え』とさりげなく、的確に示唆してくれる演出もまた力強かった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
興ざめするような説明を極力省き、作品世界にどっぷり浸りつつも、スマートに作品構造を飲み込める手際は、本当に凄いね…。
まー、エミリコを鏡にどんどん優しくなっていくケイト様と、ケイト様に導かれてどんどん賢くなっていくエミリコを信じれば、まず間違いはないッ!!! …はず。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
自尊、敬愛、公平、成長。
屋敷がどんだけ押しつぶそうとしても、消えない人間の中にある宝石を、二人は既に抱きしめている。
ホンマなー、ドジっ子エミリコたんが一個ずつ、なんか出来るようになっていくほんわか成長物語としても、楽しく見れるの強いと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
それはゴシックサスペンスを覆うカバーなんだが、同時にけして嘘ではない彼女だけの人生の物語でもある。そう思えるように、手応え込めて書いてくれている。
庭でサラにそうされたように(その暴虐に異議を答えないことで、ミアが加担してしまったように)、エミリコとケイトが進みたい道は厳しく試されるだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
だからこそ、彼女達が体現する優しさと賢さ、鏡合わせではないからこそそれらが響き合う美しさは、本物だと証明されていく。
『あんまヒドイことにはならんでくださいよッ!』と思いつつも、これから待ち構える屋敷の闇、少女たちの冒険が楽しみです。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年4月19日
色んな面白さが既に描写から溢れてるので、どういう方向に舵切っても”強”そうで、ホント何書いてくるか楽しみなんだよなー…いいアニメだねッ!(周回遅れ後乗りマン)