青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない 第6話を見る。
張り詰めた献身で己を傷つけている赤城郁実の真実に近づくために、不可思議探偵・梓川咲太が様々な人と語らい、触れ合い、意外なヒントにたどり着くまでを描くエピソード。
話の起伏としてはこのお話しらしいストイックさで穏やかなのだが、咲太に自分の内奥を見せない(くせに妙に挑発的な)郁実との距離感と、これまで彼が助けてきたヒロインたちとの間合いが見事な対比で描かれていた。
やっぱ情景に心理や関係を託して、低めの音域で語るべきを語るこのアニメの筆致…俺は好きだな。
起きている現象自体は花楓と似ていて、しかし透明な悪意に引き裂かれているというより、自分から厄介事に飛び込んで切り裂かれている感じがある、郁実の思春期症候群。
かつて梓川家を襲った空気に勝てず、その後悔を引きずって今、過剰な献身で自分を傷つけている彼女が、どういうトリックで不可思議な現象に巻き込まれているのか。
その背景にある忘却は、一体何なのか。
既に自分自身の事件(もしかすると”思春期”それ自体)に決着を付けてしまった咲太は、だからこそ育んだおせっかいと優しさと賢さを携え、自分の過去と郁実の内面に潜っていく。
それは物理的な歩みである以上に、心理的で社会的な逍遥だ。
もともと低体温で空気読まないブタ野郎の世界は、世間を震わすノリや勢いと縁遠く、じっとり重たい思索やじんわり育まれる絆に満ちていた。
#夢見る やら霧島透子フィーバーやら、彼がもたない携帯端末ごしに広がる不定形の…しかし世界や他人を動かしてしまう熱をもった空気を遠くに睨みつつ、咲太の歩みはあくまで人間主体で進んでいく。
これまで出会い、大事な人になった存在と話を交わし、手を触れ、そこで得たヒントに導かれて新たに出会い、また踏み込んでいく。
そのフィジカルな歩みがじっくりと描かれていて、今回のエピソードは作品の根っこにあるものを新たに思い出すような、心地よい手触りがあった。
急に空気を読めるようになってしまった卯月の悩みに隣り合い、三崎あたりをゆるりと歩いた第2話でもそうだったんだけど。
咲太はとにかく自分の足で誰かの隣まで進んできて、生身の顔や傷を自分の目で見届けて、空気に流されず実感を宿して、誰かの痛さに隣り合おうとする。
このフィジカルな実体主義が、ブタ野郎のハードボイルドなあり方を静かに補強もしていて、彼が好きな自分としては好みの描線でもある。
大学生編になって、かつて妹を殺しかけた”空気”への敵愾心にも手綱が付いて、世を満たす不定形に自分なりの距離で向き合えている様子が、生身の歩みに反射しているのも良い。
咲太は凄く着実にライフステージを一歩一歩前に進めていて、それは今回梓川家にするりと潜り込み、復活を果たした母の味を隣で学び取ろうとする麻衣さんの、圧倒的お嫁さん力からも見て取れるわけだが。
「こんなのもう…結婚して家族を育み、無理のない返済計画に基づいて自分たちの家を作るしかないじゃん…」と、無条件で思わされるパートナーとの分厚い絆に支えられて、ブタ野郎の人生計画は同年代の頭を通り越し、堅牢かつ着実である。
優しさを届けられる人間になり、大事な人をそれで守る。
かつて不可思議な嵐に翻弄され、家族も自分もズタズタにされてなお夢見た未来を、ブタ野郎は自分の手で掴み取り、叶えてきている。
このどっしりした手応えを、時間を使って自分の足で歩き、人と語らう描写から感じ取れるのが、今回のエピソードの醍醐味であろう。
それはひどく不安定な歩調で、誰かのためとうそぶきつつも満たされない自分を埋めるべく差し出される、郁実の献身と対比もされている。
年上のパートナーとの関係を既に壊してしまっている彼女は、自分が何に急かされて思春期症候群を発症しているのか解っているのに、自力ではそこから抜け出せない。
だから咲太を挑発し、彼が無視できないキーワードを突き出して、自分の側へと引き込む。
追いかけ、謎を解き、事件を解体してと誘惑する。
ロマンス方面では麻衣さん一強のまんま続いているこのお話が、思春期症候群の被害者を無視できない咲太を動かすエンジンとして、美少女たちを翻弄する事件を用いているのは面白い。
咲太のブタ野郎っぷりはある種の芝居であり、眼の前にいる存在の魅力を称揚するむしろジェントルな仕草なわけだが、桜島麻衣に捧げた恋心とはまた別の炎で、ダルさを装う咲太は自分を事件の真ん中に投げ込み、誰かを助けていく。
その足掻きが生み出した絆を確かめるように、今回色んな人の間を歩いていく姿が見れて、大変良かった。
事件が解体された跡も残る、生身の絆こそが不可思議な事件を乗り越える、一番強い足場なのだ。




というわけでいよいよ深く踏み込むことになる、赤城郁美の不可思議は暗くて深い。
僕は上里さんがずーっと咲太と相性悪くて、ピリ付いたノイズを交えつつも縁が切れずときおり顔を出すのが、凄く好きなんだけども。
そういうザラザラした関係だって人生にはあるし、その暗い緊張感を入口に、御簾の向こう自分の真実を隠す(くせに、謎の存在自体はシルエットとしてみせる)少女の内側へ、踏み込むこともあるのだ。
ファスナーを自力で下ろせない郁実の側に寄って、咲太はその肌に刻まれた傷を見る。
解決するべき不可思議はそこにあるし、救うべきヒロインは傷ついている。
郁実は自力では、思春期症候群を生み出すこんがらがった糸をほどけないことが解っていて、宙ぶらりんな事態から抜け出したいから咲太をカーテンの内側に入れる。
しかしそれは咲太によって解かれなければならない謎で、自分で全てを語ることが出来ないからこそ、元凶でもあり被害者でもある少女は暗い影の向こう側、何もかもが見えきらない御簾の向こう側に自分を置くしかない。
極めてめんどくさい状況と心理が、咲太の前に置かれていることを張り詰めた美術がよく語っていて、凄くこのアニメらしかった。
やっぱこのとにかく背景に喋らせる、美麗なるストイシズムは好きだな…。
自分で自分を縛って動けない郁実に対して、咲太は空気を無視してガンガン進み、色んな人の間を渡り歩く。
双葉との不思議な友情、後輩への思いやり、自分を幾度も助けてくれた大人との語らい。
それは郁実を巡る重たい影から離れ、暖色の柔らかな手触りで綴られていく、ブタ野郎のトロフィーである。
彼女たちを救うべきヒロインとし、あるいは助力者として共に歩いた日々があったからこそ、咲太は一人で閉じこもることなく、抱えた厄介事を気楽に手渡し、赤城郁美という謎に近づいていくことが出来る。
そんな軽やかさに救いを見出して、郁実は咲太に甘えているのかもしれない。
…歴代でも相当面倒くさいヒロインだな、赤城郁美…。
何かと色恋を持ち出す同年齢の少女たちに比べて、友部さんは挫折と後悔が根底にあるのではないかと、シビアな洞察を持ち出す。
花楓を筆頭に、人の心が背負う複雑な傷に向き合ってきた大人の助けを借りることで、咲太は症候群の核心に近づき、生身の郁実を見つめるヒントを得ていく。
郁実が投げかけた謎を解きほぐすにあたって、色んな人と向き合う今回。
人ごとに解決への寄与が違っていて、でも再会はそういう実利とは無関係に朗らかなもので、不思議なグラデーションがそこにあったのは、僕にはとても面白かった。
咲太を取り囲む世界は、そういう色合いなんだなぁと思えた感じ。




友部さんとの縁をたぐる形で、咲太は冒頭の接触よりは明るく開けて、郁実を生身で触ることが出来る間合いへと入り込む。
そこでは思春期症候群の具体的な症例が現れ、かつて彼女の隣りにあって、上手く機能しなかった個人的な関係の残滓が追いかけてくる。
確実に、郁実が引き起こす現象/その源泉たる心に近づいてきているけど、その核心には踏み込みきれない、曖昧な調査期間。
そこに割り込んでくる謎めいたミニスカサンタとの距離は、不気味な陰りに覆われて遠く、こっちの謎は長く尾を引きそうである。
元カレの証言は、郁実の献身が彼女自身を救わず、色んなモノを破綻させてしまう危うさを立証する。
#夢見る に振り回されて、誰かの役に立つことで虚しい己を満たそうとするナイチンゲールは、その実不可思議な傷だらけだ。
膚に刻まれた文字は”連絡”という色合いが濃く見えて、やっぱ花楓を苛んだ無形の刃とは違う感じだが、心象の具現というより次元の混乱…あり得たかもしれない自分との混線が、今回の症候群のトリックなのかなぁ?
私と貴方と世界のバランスが崩れることで、あらゆる思春期症候群が発症するルールだと僕は考えているので、郁実のフラフラ加減が描かれた今回、色々腑に落ちるものがあった。
おそらく意図して、物語の始まりに出会ったバニーガールと対比されてる、謎めいたミニスカサンタ。
霧島透子を名乗る存在は、今後も(もしかすると劇場版まで?)追いかけるべき大きな謎なのだろうけど、今向き合うべきはまず、赤城郁美の思春期症候群である。
様々な人の間を通り過ぎ、家に帰り来て卒業アルバムを見つめて、因果を捻じ曲げるトリックに気づく咲太。
ここでかつて乗り越えたはずの過去…アルバムに刻まれた自分自身と再開することで、推理が決定的に前に進むのは面白い。
問題解決の決定機は彼自身が取り戻した家族と、そこに保存されていた自分自身にこそあるのだ。
花楓を引き裂いた嵐に自分自身もズタズタにされた咲太は、翔子さんとの出会いに導きを得て、すがるようにギリギリ思春期を生き延びた。
そうなる前の地獄が刻まれたアルバムに、彼の信念となる”優しさ”は書かれていない。
少なくともここではそういう物語が紡がれてきたし、そうなった自分を選び取ったからこそ、ブタ野郎は今ここに立っているわけだが。
しかし郁実が漏らす証言は、こうして検証してみると不可思議な矛盾を生む。
一足早く翔子さんと出会い、運命が大きく変わってしまった物語がありうることは、時空と因果を不思議に捻じ曲げてもきた、ここまでの物語が既に語っている。
事の真相は次回解るだろうし、トリックを暴くことよりそこに絡みついた心に触れることのほうが、この異能ミステリにおいては大事なんだけども。
今回様々な人達の間を歩いた咲太が、最後にたどり着いた他者が「かつての自分」なのはとても面白かった。
中学時代の嵐に未だ縛られ、危うい正義の味方を続けている郁実に対して、咲太はとっくに嵐を乗り越えそれ故の充実を掴み取り、立派に成長しているように思える。
しかし本当に、それは終わったことなのか?
郁実の謎を追いかける旅は、クールな低体温で己の人生を踏みしめるブタ野郎に、改めて問いかける。
どんな世界であったとしても、翔子さんと出会い、彼女を通じて空気との付き合い方、生きる指針を学んだことが、咲太がタフなブタ野郎になって生き延びる契機なんだな…という思いもあるが。
どんだけ多重に世界が重なっているとしても、今の咲太になったキッカケは確かにあって、それは多分咲太が割り切ってるよりも赤く、生身の血を流し続けている。
今回色んな場所を巡ってたどり着いた大きなヒントは、そこにもう一度目を向けるべきだというサジェストを、咲太に手渡す。
それは…凄く良いなと思った。
全てを解決する探偵役だけでなく、考え悩み、何も終わっていない当事者として、咲太はこの物語にいて良いのだ。
同時にブタ野郎が時空を股にかける大冒険を経て、立派に家族を取り戻し人生を掴み取ったのも事実なわけで、郁実を縛っている嵐は既に過去ではある。
ここら辺、郁実は未だ高校生編に取り残されていて、咲太は大学生編へと順調に(あるいは勝手に?)進んでしまったという、メタな物語構造を反映した距離感だなぁと思ったりもするが。
かつての自分にどっか似ている、そしてブタ野郎が背負わなかった過剰な献身に縛られているヒロインを前に、咲太は何を見つけ出し、手渡すのか。
そこに青春ブタ野郎の”今”が結実しそうで、ナイチンゲール編最終章、どうなるものかとても楽しみです。