イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

しゃばけ:第4話『あいじょう』感想ツイートまとめ

 思い起こされるのは、なんの境目もなかった揺籃の日々。
 まさかまさかの過去回想をぶっぱなす、しゃばけ第4話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は”しゃばけ”第4話より引用

 

 いやー…ここでしゃばけ/ZEROをぶちかましてくるとは、全く予想してなかったので驚いた。
 でも仁吉と佐助に距離を感じたからこそ、二人と若旦那の始まりに立ち戻って根っこの部分を描いてきたのは、なかなかいい手筋だと思う。
 どっしり構えすぎてちょっと不安にもなるが、ここであえて一話贅沢に使ったことがどう効いてくるのか、今後を見守りたい気持ちである。

 障子の向こうに遠のいてしまった気持ちが、出逢った頃のように同じ場所に戻ることはあるのか。
 あえて過去に立ち戻り、関係性が構築された最初の事件を描いて見せたいのは、やっぱり優しい真綿にくるまれて息苦しい、若旦那の”今”なんだろうなぁ、と思った。

 

 5歳の頃の若旦那は、今に負けず劣らず真っ直ぐな御人で、幼く病弱な身の上など何も考えず、殺されそうになった誰かを助けるために声を上げる。
 その純粋さは河童たちの真っ直ぐさに少し似ていて、だからこそ世の中に満ちる悪意に耐性がなく、便利に利用されたり土足で踏みにじられたりする。
 あやかしよりも人間が怖い、欲にまみれた大江戸八百八町。
 天使が生きていくには危うすぎる街から、託された純真を守り切る。

 そういう心意気でもって、兄やたちも若旦那を守ろうと張り切っているわけだが…それが過保護に感じる頃合いでもある。
 今も昔も寝床に伏せる若旦那は、恵まれた(つまりは自分で勝ち取ったものではない)立場で好きなだけおぜぜを使える。
 でもそういう物質的な充足は彼にとっては当たり前で、ガキさらって己のやらかしを埋めようとするどす黒い欲望なんぞ、解りようがない立場にある。
 世の中の大半の人が炙られている世知辛い炎から、安全に遠ざけられている立場だからこそ、弱い一太郎も生き延びられている。
 仁吉たちの庇護は、荒野を生き延びるには脆すぎる少年には必要な枷だ。

 

 最初は渋々だったお守り役も、実際に一大事が起こってみれば一心不乱、反りが合わないと思っていた相棒とも思いの外、心の底で通じ合っている。
 狐の兄さんたちに水くぐらされて、河童との思わぬ出会いをたぐって事件の真相にたどり着いてみると、仁吉たちの心にあるのは若旦那の真っ直ぐな気持ちへの心酔であり、押し付けられた任務への責任感だった。
 ここらへんが事件を追う中顕になって、妖怪兄さんたちが悪い人じゃあないと解ったのは、前回の不穏さを綺麗に晴らす、良い話運びだったと思う。
 事がうまく進んでくれれば、妖怪も人も皆笑っているあの夕暮れに、みんなで戻れるかもしれない。
 そう思える、原点の活写だ。

 しかし10年時が行き過ぎて、若旦那だって五歳の子どもじゃあない。
 自分なりいろいろ考え、世知辛さの意味も少しも見えて、しかし誰かに守られなきゃ確かに死んじまうし、この恵まれた揺り籠から出て一人で生きていけるかも分からない。
 そういう宙ぶらりんな季節に差し掛かって、一太郎の悩みは生ぬるくて深い。
 どんな形も願うまま、出会ったときから精神は成熟してた犬神と白鐸には、一歩ずつ歳を重ねて自分を変えていく、人間の当たり前が多分しっくりこない。
 それでも境目を越えていこう、歩み寄ろうと頑張ってくれている様子が今回見えて、巧いところに収まると良いなぁ…とは思えたわけだが。

 

 童形に似合わぬ兄さんたちの頼もしさ、時に荒っぽい手段も使う世慣れた感じを見るにつけ、そういうモンをずーっと代わりにやってあげて、箸の上げ下げまで助ける生き方を、一太郎が飲めるものかと不安になった。
 15歳の今、命を付け狙う難事件を今度は自分の力で乗り越えて、思いの外死が近いこの世界を生き延びていく資格を、ちゃんと証明しなきゃあの子の背筋は伸びない。
 そういう類の助けを、恵まれすぎているがゆえに迷っている若旦那は求めているんじゃないかな、と感じた。
 まぁその悩みも、親身に優しくしてくれる人がたくさんいてくれるからこその、贅沢な懊悩ではあるんだが。

 今回幼児誘拐と殺傷、子供らが大事にされてる背景としての疫病での早死が描かれて、やっぱ死が近しい時代だなぁと感じた。
 死が軽いってわけではなく、疱瘡神に連れて行かれてしまった子ども達を思えばこそ、若旦那も過剰に保護されているわけだが。
 こんだけ剥き出しの死がゾロゾロ歩いていたら、仁吉たちの態度も過保護とは言い切れず、しかし自分で何も選べず掴み取れもしない生は、果たして生きていると言えるのか。
 「言えねェ~ッ!」って心のどっかで感じているからこそ、一太郎もなかなかに息苦しいって話ではある。
 …めっちゃグレそうな環境なのに、「いい子」で居続けれるのが彼のニンであり、苦しさの根っこなんだろう

 

 そういう難しさを遠くに置きつつ、今回兄やたちの原点が描かれたことで、彼らの至誠はよく解った。
 「おぎん」なる存在(一太郎の祖母?)の命を受けての側仕えに、裏心はない…からこそ、歳経て変わっていく人間の心の難しさに、なかなか寄り添えない難儀。
 家鳴とかの純粋さは、別角度で一太郎の宙ぶらりんを支えるには真っ直ぐすぎて、やっぱ若旦那自身がどうにか、周りに助けられつつ答えを見つけなきゃいけないのだろう。

 それは主役が主役の本懐を果たすってことで、さて謎も深まる棟梁殺し、江戸が舞台のジュブナイルにどう関わってくるのか。
 次回、改めて動き出す”今”をどう描くのか…とても楽しみです。