憧れと理解のカクテルを、唇に塗って秋晴れを待つ。
ジンランにより生まれた化学反応が、ゆっくり広がっていく上伊那ぼたん第7話である。
前々回郡上先輩といぶきの可能性を断ち切り、前回ジンランを影の中に置き去りにすることで、いぶきとぼたんの特別な繋がりはより距離を縮めてきた。
相手に近づき、触れ合い、解りたいと願う気持ちは美酒によって後押しされ、上気した体温が至近距離で混ざり合う。
そんな間合いをいぶきと作りたくて作れなかった郡上先輩の至近距離に、スルリと台湾姑娘が滑り込む流れが、エロティックな熱を風呂場に沸かせながら展開していった。
第1エピソードで武甲山に漂っていた清浄な気…あるいは「ハイッ! 僕たちは13年前に始まり4年前に幕を閉じた、別の会社のアニメに脳髄灼かれるくらい狂い続けていますッ!」と吠えるデケー声を遠く聞きつつ、ようやっと先輩の臆病な優しさの奥に踏み込む人が出てきて、自分としては一安心である。
ある意味負け犬同士の傷の舐め合いともいえるが、いぶき相手には踏み込めなかった/踏み込ませなかった間合いを、鮮烈に恋が破れた後だからこそ開け放って、自分たちだけの特別を手に入れていくのは、このアニメらしい進み方だと思う。
大学生ともなれば、ゴールの先にもまだまだ道がある場所に、己を置き始めているのだ。
恋の相手として特別に選ばなくても、掛け替えない時間を共有できる関係は常にそこにあって、それとパラレルに…あるいは緩やかに絡み合いつつ、狭く湿度が高い関係性は確かに存在している。
ジンランという変化の触媒であり、番たちのバランスを取るカウンターウェイトでもある存在が作品に混ざったことで、ぼたん達が身を置いている多角形がどういう構造なのか、改めて見えてきた感じもある。
こういう急速な変化、あるいは可視化出来なかった本質の開示こそが、物語に新キャラ投げ込む最大の作用だと思うので、留学生が大変いい仕事をしているわね…。
お風呂見られても取り乱さない、ジンランの無垢なる淫蕩にグイグイ迫られることで、郡上先輩がようやく「善き酔っぱらい」になれてきているのが、今回一番嬉しかったかもしれない。
このお話における酩酊は、暴れたり壊したりな最悪の部分を丁寧に濾し取り、普段言えない本音を伝え縮まらない距離を後押ししてくれる、最良のコミュニケーションブースターと見立てられている。
幸福なるバッカスの祝福を一身に浴びて、極音速でいぶきとの距離を掻っ攫っていった酩酊の天才に対し、郡上先輩は酔う才能がなかった。
それは何事も引いて見れる知性と臆病が、臆病になってしまったいぶきの及び腰と噛み合わず、響き合わなかった結果だ。
しかし化粧せずとも肌プルプル、パーフェクトナチュラルパワー…に見せかけて、結構周りを見ながらどこに踏み出すべきか考えてるだろうジンランの、淫蕩ですらある積極性に踏み込まれる形で、郡上先輩も己を解き放ち誰かと繋がる、アルコールの口づけを受け取れるガワになってきた。
このまんま酩酊の才能がない負け犬として、あの賢く優しい人が終わっていってしまうのは耐えられなかったし、彼女を描くこのアニメの筆に嘘をつくことにもなってたと思うので、今回ドカンと上手く酔えたのは大変嬉しい。
この沸騰を起爆剤にして、二人の関係がどう煮立っていくかを、今後も見守らせてもらいたい。




というわけで第1エピソードは清廉なる武甲山を舞台に、コンテ担当山本監督の「好きなんや…ヤマが…」という叫びが、強く強く木霊していく。
やっぱ雄大な自然をアニメーターの視界で再解釈し、指先で再構築して綴られる絶景は何度味わっても良く、見ていてとても気持ちの良い映像だった。
話としては寮でも特級のインドア系ないぶきが、最初ブーブー文句言ってた山の実相に近づき、不思議な出会いを経て「ヤマにいる自分」を見つめる、フィジカルなネタのはずなのにかなり内省的な構成である。
「お神酒」という、新たな酒の一面が顔を出すのも印象的。
山あっての水、水あっての酒、酒あっての人。
透明な陽光にあぶられながら山に踏み入った頃には、まだ各々の繋がりがよく解っていなかったいぶきだが、先輩の鹿騒動(異種との邂逅)から世界を満たす光が黄色みがかってきて、蔵王権現の垂迹だろう老婆との語らいへ繋がっていく。
山のことは良く判らんが酒のことは判るいぶきは、その中間を繋ぐ水を自分の背に引き受け、再び澄んだ光が照らす人間の世界へと戻っていく。
その時、かつては苦痛でしかなかった大地の感触は今自分がここにいる実感へと変わり、ヒネた内面から解き放たれた爽やかさで、足下の景色を広く見通すことになる。
三人で来た旅ながら、物語はいぶき個人の内的変化を豊かな自然に反射しながら転がり、触れ合いを通じて彼女に見えているもの、受け取る感覚が変わっていく様子を、丁寧に積み上げていく。
なにかとネガティブに閉じこもりがちないぶきが、決定的に山と水と酒…そこに連なる己の新たな一面を知る決定機は、もちろん神霊との語らいにある。
しかしそういう不思議な面白さが武甲山にあり、尋常ではない色合いの世界に自分を置いてもいいかなと思うキッカケは、郡上先輩のチャーミングな勘違いと、秩父の神使たる鹿との出会いだ。
見知らぬものとの出会いを忌避し、挨拶を嫌っていた序盤との対比が、簡勁に効いている回といえる。
新たなものに触れ、変化し、己の中に取り込んでいく。
今までもこれからも、酒を人間関係の溶媒として活用しているこの物語のメインテーマといえるが、第1エピソードにおいては山がその仕事を果たしている。
最強のインドア系として心を閉じ、眼の前の景色と自分の声を聞けなかったいぶきは、鹿と郡上先輩に心の扉をノックされ、不可思議な存在に山と水と酒の繋がりを教えられ、実は結構楽しんでいた自分に出会い直す。
そういう旅路はこれまで主に、ぼたんとの対峙によって紡がれていたわけだが、ここで彼女を遠ざけてなお新たな変化が生まれているのは、風通しが良くて好きだ。
郡上先輩が、結構デカい仕事してるしね…。




そして「でもやっぱりこの作品は”上伊那ぼたん”ですぅ~~ッ!!」と、全力で振りかぶって殴りつけてくるのが、第2エピソードである。
墨田の夕焼けからプラネタリウムの暖かな闇へ、武甲の風をより深く進展させるようにカラーコードが切り替わり、黒い縁取りがより狭く、「中/内」へと切り込んでいく二人を狙い撃つ。
橋と河が生み出す緊張感あるレイアウトに、二人の関係性を圧縮していく物語が、微かに汗を浮かばせた宇宙の酒の横並びで象徴化され、星空へと解き放たれていく。
オープンエアな武功の風通しと、湿って閉鎖的だからこそ特別な密着。
ともすれば相反しそうな空気を繋ぐのは、「理解」というキータームである。
ぼたんは己の故郷の話をし、いぶきは星空瞬く山梨で創られた酒を、会話の潤滑油として差し出す。
これから二人が踏み出す偽物の夜を、特別な本物にするための心遣いを反射した、今日だけの特別なお酒。
それに唇を湿らせて、ぼたんは眼の前の女をもっと解りたい自分をさらけ出し、いぶきはその接近を許し己を開け放つ。
触れ合い、混ざり合い、解り合う距離感は武功山のそれとは異なっていても、知りたいという願い、変わっていく喜びはどこか通じ合っている。
そういうモノをこのお話はずっと寿いでいるし、酒はそれに捧げる供物であり続けている。
やっぱちょっとコミカルで洒脱な夕焼けの対話から、いぶきをもっと知りたいという湿った欲望をぼたんが突き出し、画面の空気がグッと切り替わる瞬間…を逃さず、「中に入りませんか?」という提案/誘惑が飛び出すのが絶妙だった。
それは風をしのげる屋内であると同時に、お互いの隠すものがない心の中であり、それを確かめるために身体を近づけその内側に入る、エロティックな許可も暗示する。
爽やかで実りある関係を繋ぐだけでは終わらない、眼の前の相手を特別に選べばこそ生まれる、湿り気を帯びた唯一絶対の絆。
そのウチに入る許可と誘惑を突き出す時、大気は熱を帯びて湿る。
ビールも声色も、あるいは女たちの身体も。
俺はこのアニメの身体論が極めて観念的で、「身体かかるべし」という理想に導かれてフィジカルな描写が紡がれている所が好きだ。
どっか足穂みたいな匂いがする、現実の雑味を濾し取って純化された、エロティシズムへの視線。
こんなに透明な身体はどこにもないからこそ、どこまでも追いかけていくユートピア探求は、アセトアルデヒドの呪いを遠ざけ幸せな祝福だけを宿した、ぼたん達が口づけるアルコールの描写にも似ている。
この理想論が現実的な雑味と混じって生まれる、絶妙な濁りがまた面白いわけだが、豊かで幸せなモラトリアム…の中のさらなるモラトリアムとして描かれる、恋人未満な触れ合いはどこに転がっていくのか。
恋人同士になればこそ為す行為を匂わせ睨みつけつつ、その眼前で焦らし純化させていく手付きに、バタイユの薫りを勝手に幻視などもしつつ、すごくエロくて良かったです。
乱れる…というには指向性がカッチリ保全され、効く相手・効かせたい相手にのみ酔態を曝け出している、ぼたんの飲み方。
これがいぶき特効だったからこそ始まったお話は、決定的に何かが変わっていく予感と確約を積み上げながら、内圧を上げていっている。
これが炸裂するのがいつになるのか、心地よい焦れったさとともにゆったり飲めているのは、極めてありがたいセッティングだといえる。
トロトロ飲むのも、まぁ良いじゃないの。




ほいでもってそういう風に決定的にお互いを選びつつある二人の隣で、開始っちまってるわけよ、新しい邂逅が…ッ!
デコルテも顕なジンランの無防備が、真なる無邪気から発せられているのか相手を絞っての誘惑なのか。
難問に頭を悩ませつつも、花のように動かず先輩が動いてくれるのを待つたくましさに、むしろ頼もしさを感じた。
クローゼット前の定点観測所を有効活用して、いぶき相手の時より積極的に境目を越え、己を差し出してる先輩の姿が、良く見えてくる回だといえる。
第1エピの色彩変化、第2エピの黒縁もそうだが、演出のアイデアが多彩で手数が多くて的確だ。
いぶきからもらった古酒の味わいを、前々回昼と夜が混ざり合いきらない場所で恋を処刑された先輩は、まだ良く解らないと告げる。
時が経てばこそ味わい深くなる傷の意味は、一人孤独に置き去りにされるのではなく、裂け目に共に触れてくれる誰かがいればこそ、解ってくるものなのかもしれない。
自分がいぶきに選ばれなかった意味、いぶきを選べなかった意味。
それが言葉になるより早く、静かに待ち構えているのに猛烈に引き込む、ジンランという少女型の渦に郡上先輩は飲み込まれている。
アタマで考えすぎた結果機を逸した先輩にとって、思考を置き去りに体熱が湧き上がるくらいのほうが、ちょうどいいのかもしれねー。
いぶきは郡上先輩から吸い差しの煙草を受け取り、吐き出す煙が届ききらないことで、残酷な未選別を叩きつけた。
ジンランはリップバームを指につけて、己に近づき触れることを望んで、一気に距離を縮めてくる。
いぶきを先輩から遠ざけていたトラウマは、天真爛漫に膚をさらけ出す台湾小悪魔にはなく、何かが決定的に終わってしまったことを己の聡さで解っているこのタイミングも、新しい酒が染み込むにはちょうどいい。
偶然と運命が混ざり合って生まれる爆鳴気が、小指に凝って女たちを繋ぐ。
やっぱタイミングと勢いだな人間関係ッ!!
あとそれを見極める、酩酊の中の冷静な知恵ッッ!!!!
ここでジンランの誘惑に乗っかり、瞳ハートに染めながらフィジカルな接触に踏み込んだ裏には、そういうのが欠けてたから大事にしたかったものを取りこぼした、花畑の傷跡が疼いているのかもしれない。
先輩はいぶきを相手取っていた長くて優しく、決定的に何かを動かし得なかった足踏みとは違う歩みを、ジンラン相手には成し遂げようとしている。
あるいはジンランという触媒は、そういう変化を先輩に生み出しうるだけの適正と相性があって、なにか特別で唯一なものが、二人の間に/中に生まれていく。
理解したいという願いと、理解されたという実感が、混ざり合ってカクテルになる。
とても良い、喉越しと熱だ。




んでもってそういうのを各々形作ってる最中の四人とは、ちょっと違った距離にいる二人の補論が、EDでビシッとお出しされる。
本編に薄かった存在感を90秒でフルチャージするんで、やっぱ怖いっすね吉成鋼は…。
第4話で印象的だったペディキュアというフェティッシュを最大限活用し、やえかの終わってしまった夢、そこからまだ続いている縁と、新たな特別への繋がりに広げていくのも、とても素晴らしい。
あかねの語られざる過去を掘り下げた、第4話EDとも響き合ってて、90秒で生まれる分厚さじゃねーのが本当に怖い。
自分が諦めたバレエの道を進むべく、足先を血に染めて踊っていた友。
そんな彼女との思い出を、あかねとお揃いのペディキュアに飾って舞うやえかが差し出すペアチケットは、他ならぬたった一人を既に特別に選んでいる女が握る、物質化された約束だ。
それは(ペディキュアと同じように)ぼたんには明け渡されないし、差し出されもしない。
そういうモノを手渡せる相手がいればこそ、自分の身体を別の色の幸福に染めてくれる誰かがいればこそ、結構色んな事があったやえかの”今”は、幸せに弾んでいるのだ。
色が混ざりあった先にある安らぎを、こういう形で描いてくれるのも素晴らしい補足だと思う。
つーわけで今回も、大変素晴らしい四連作でした。
ジンランというパワーのある異物が作品に飛び込み、色んなところで波紋が生まれ…しかし作品の魅力である透明度と喉越しは濁らない。
嫉妬と諦観を振り千切り、己の中に湧き上がる湿り気と熱に浮かされながら、目の前に立ち上る新たな可能性に踏み出していく。
そこに宿る理解への渇望を、美しく描いて群像を繋ぎ合わせた、見事な語り口でした。
程よい風通しと繋がりを維持しつつ、特別に選んだたった一人との距離感が、グツグツ煮立ちだしてるこの状況。
こっからどういう変化を描いていくのか、後半戦も楽しみです!