イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

乱歩奇譚:第8話『パノラマ島綺談(後編)』感想

悪意のドミノ倒しに探偵たちが挑むアニメ、今週はパノラマ島始末とアケチ探偵のオリジン。
やっぱパノラマ島編は根本的にアケチ探偵の説明をする回で、事件自体はかなりサラッと展開・描写されてました。
尺は短かったですが、効率的に胸糞悪くなる被害者=犯人の描写と、既に拡大しつつある二十面相という現象を描いていて、そこら辺の手際も良かったです。

ヒガシコウジさんにとって重要だったのは、二十面相の持つインパクトとそれが自動的に引っ張り込む注目であって、正義のための殺人という理念は既にどうでもいい。
そういう存在ですら二十面相を名乗り、仮面を被って拡大に加担するほどのキャッチーさが、アケチとナミコシの生み出した二十面相という現象にはある、ということでしょう。
色々と小難しいことを積み重ね、計算に計算を重ねて産まれた存在なので、意味合いを失って拡散・拡大していくことも計算なのかなぁ。
どちらにせよ、ヒガシコウジさんを殺人者にしたのは被害者二人だったとして、ヒガシコウジさんを二十面相にしたのはアケチであり、彼が怪事件に乗り込んでいくのは過去への後悔と生産がモチベーションなわけです。
なので、二十面相が絡まない人間椅子事件は、コバヤシ少年に解決させたりしてる。

アケチが探偵になったのはナミコシの自死からなので、犯罪行為と関係する前からアケチは犯罪の目の前で踏みとどまる存在、倫理的な人物だったと言えます。
コバヤシ少年と同じように木偶としてしか他者を認識できない世界観を持っていながら、常識と人倫を足場にして真っ当に生きようとする姿勢は、ハシバくんに近いわけです。
コバヤシ少年の危うい猟奇への接近が、ナミコシの堕落と被る意味合いもあって、アケチ探偵にとって二人はかつての自分、かつてのナミコシなんでしょう。
二人の過去がすんごい露骨にBL的演出がなされていることを鑑みると『受胎不可能な少年愛の成果としてニ十面相という『子供』を望んだからこそ、ナミコシはその中絶を拒絶し、二十面相と心中した』という捻れた見方もありかなと思います。
同じ後悔をさせたくないので、話が通じるハシバに正面からエールを贈るところなど、これまでのスカした中二っぷりとホモ臭い過去が吹っ飛ぶような、清々しい先輩っぽさでした。

今回明らかにされた二十面相の過去は、過去のアケチ-ナミコシの関係が現在のハシバ-コバヤシと露骨に絡む以上、ハシバとコバヤシの未来でもあります。
コバヤシ少年はアケチのように倫理的なブレーキがなく、火に焼かれる虫のように猟奇に惹かれていってしまう性質を持っている。
彼がナミコシのように焼かれないように、事前に釘を打ったわけですが……凡人であるハシバくんは、どこまで踏みとどまれるかな。


主役メンバーの描写はこんな感じだったのですが、事件は事件として起きています。
『被害者は加害者であり、加害者は被害者でもある』という交錯性はこのアニメの犯罪、全てに共通するところですが、被害者であるパノラマ島設計者は社員を過重労働からの自殺に追いやり、強姦とリベンジポルノの公開を加害者に対して行っています。
二十面相が『死んで当然のやつを殺す』という私刑執行者である以上、殺される人も『まぁ死んでも仕方ないよね』という役割を担っている、ということでしょう。
今回はそれ以外にも、圧制の中での唯一の反抗手段として殺人を選ぶ、捻れた広報活動の側面もありました。

パノラマ島事件は企業所有者という経済的パワー、男性という性的パワー二つを所持した狂人が、被害者の友人を殺し、被害者自身を強姦し、歪んだ日の理念としてオブジェ化し、公開するという、パワーによる圧殺が前提としてあります。
強姦された上で全世界に裸身を公開され、何億回も辱められる女ヒガシコウジさんは、機器保全≒ホスピタリティの発露という"女性的"な行為を悪用することで計画殺人を企て、二十面相という現象の持つ広報性を巧みに乗りこなして、自分と仲間たちが置かれている状況を告発しました。
これは『常に上に乗っかられている』女からの反乱であると同時に、作品内部の文脈への反乱、親文脈である乱歩作品へのカウンターでもあるように、僕には読めました。


乱歩奇譚で行われた殺人について考えると、人間椅子事件は先生に引き寄せられた女達が被害者/加害者であり、ワタヌキの殺人は力を持たない少女を食い殺してきました。
自発的、もしくは強制的という差異はあっても、基本的に女性は犠牲者で、状態をコントロールする主権を握ってはいません。
先生の殺害者であるホシノが殺人に至るのも、先生『から』別れを切り出されたことが原因であり、内的な殺傷欲求が彼女を突き動かしたとか、能動的な動因によるものではない。
乱歩奇譚において、基本的に女は受け身だったわけです。

ヒガシコウジさんも受け身(何しろレイプ被害者なわけで)なのですが、同時に男たちが創りだした妄想の産物を叩き壊し、自分の主張を世間に知らしめ、友人の復讐を成し遂げるという目的を、能動的に達成しています。
今回食い物にされた女が行った殺人は、これまで作中で行われてきた犯罪(特にワタヌキの殺人)のパワーバランスを、あくまで被害者である女の立場は変えないままひっくり返す巧妙なものであり、ちょっと小気味よさすら感じるような殺人(酷い文言だ)だったと思います。
彼女の行為に漂う正当性は、マネキンでうめつくされたパノラマ島のビジュアル、皮膚感覚的な気持ち悪さが大きな仕事をしていて、視聴者が感じるソレは即ち、ヒガシコウジさんが受けた辱めが希縮された感覚であるという構造が、『小気味良い殺人』の背景にある気もしますね。
同時に『小気味良い殺人』を認めると、二十面相という現象を向かい入れる姿勢に繋がってくるので、上手い罠でもあるのですが。


乱歩作品全体について語ると主語が大きすぎですが、この話の原案である『パノラマ島』は多分に男性優位な話で、人見の妄想を実現可能な菰田の財産は、未亡人である千代子から不当に簒奪されたものです。
財産を継承してしかるべき千代子は結局人見によって殺され、それを暴く北見も男の探偵なわけです。
千代子も捻れた欲望を抱く主体ではあるのですが、それが現実に形を結ぶより早く、人見は妄想を護るために現実を殺す。

今回ヒガシコウジさんは過重労働によって肉体的に、強姦とリベンジポルノの公開によって精神的に殺されかけたところで、ヒトミとコモダを先手を打って殺す立場にいます。
ここでも、受け身の立場から能動的に殺人を行うことで、文脈は逆転させられている。
猟奇的欲望にほしいままにされる被害者が、ただ黙って欲望にされるままではないというプロテストは、かなり有効な批評だと個人的に思いました。
それが殺人としてしか発露出来ないのは、猟奇殺人アニメというこの作品の枷なのか、過度に正義が失われた作品世界の必然なのか、確言は出来ませんけども。

猟奇趣味と殺人という、原案からこのアニメが受け継いだ要素の中で、圧殺されがちな女たちの『キモチワルイ』という叫び声。
それを救い上げ、主題に据え、しっかり切り込んだ殺人だったと思います。
トリックの解説が適当だとか、事件はアケチの人間性開示の添え物かよとか色々異見もありますが、必要な要素をスマートに並べ、ビジュアル的なインパクトもしっかり用意した、毛並みのいいエピソードだったと思います。
個人的には、ワタヌキの殺人で笑いも喋りも出来なくされた女の子たちの代弁者として、影男より適任者が出てきたのが良かったですね。


通しで考えると、これまで影が薄くどんな人間なのかわかりにくかったアケチが、クッキリと顔を見せたのはとても良かったです。
有り余る能力を有し退屈な日常を忌み嫌いながら、過去を後悔し犯罪を憎み、常識と人倫を大事にする青年。
このエピソードで見えたアケチくんの肖像は思いの外爽やかで、僕は彼がとても好きになりました。
二十面相という現象との対決は勝ち目のない闘いかもしれませんが、応援したくなる気持ちになった。
それって、お話を気持ちよく見る上では、とても大事なことだと思います。

そしてアケチとナミコシが間違えた過去を、ハシバとコバヤシが辿ろうとしているおおまかな筋立ても見えてきました。
突飛なインパクトでお話を牽引してきたコバヤシくんではなく、その添え物だったはずのハシバに気づけば感情移入しているのは、中々驚き。
キチガイ最高!! ゴーゴー猟奇!!』という気持ちで見ていたこの作品を、いつの間にか『猟奇もいいけど、フツーも大事だなぁ……』という立場からも見れるようになったのは、アケチとヒガシコウジさんという二人の常識人に深く切り込んだ、今回のエピソードがあってのことでしょう。
立場が増えれば作品を立体的に見ることも出来、それは単機能な視聴よりさらにおもしろいと、僕は思います。
だから、そういう足場を与えてくれたパノラマ島編、とっても良いお話でした。