薔薇王の葬列を見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月2日
兄王エドワードの”狩り”に付き従うリチャードは、羊飼いのヘンリーと再開する。
静かに雨が降りしきる中、お互いの素性も知らぬまま夜は更けていく。
雨音を伴奏に語られる、悪魔の子の物語。
恋色の木苺は待ち受ける運命を、その甘さで隠していく。
そんな感じの狩猟場の逢瀬、薔薇王の葬列第4話である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月2日
魂の居場所を求める主人公に遂に安らぎの地が! と思わせておいて、相手は王冠を争う宿敵であり父の仇…おまけにその軟弱な優しさが乱の源という、なんとも因果なロマンスが展開していた。
並走して進む兄王の恋も、内乱の火種だしなぁ…。
リチャードは冒頭、血の滴る肉を口に運びながら、己を満たすものについて考える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月2日
狩場で覗き見たセックスは生臭く、殺戮こそが空虚な自分を埋めるのだと、この時には考えている。
誰かが作った冷たい食事は、そのままリチャードの虚無感と荒廃を反射した味わいである。
これがお互いの家名を外し、ただのリチャードとヘンリーとして雨を凌ぐ段になると、手ずから作って暖かく美味しい”家庭の味”ともなる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月2日
血と荒淫の味わいの肉と、幸福な温かみがあるシチュー。
そのどちらが真実なのか、リチャードは今回の雨宿りの後、厳しく試されることになる。
古典を原案に取りつつ、その主役を性別違和に苛まれる存在として捉え直すことで、現在に通じる息吹を取り戻させる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
歴史伝奇として、シェークスピア・ルネサンスとしてかなり面白い試みをしている作品だと思うが、時代と家名、母の拒絶に阻まれて、リチャードは己の性を肯定できない。
男でもなく女でもない(つまりは男でもあり女でもあれる)身体を悪魔の烙印と罵り、悪魔ならざる己の子ではないと拒絶し呪いをかけられたことで、リチャードは性を持つ自分をどこに置き、誰に預けていいか完全に解らなくなっている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
どうせ、誰も分かってもらえない。
リチャードという名を分けて抱きしめ、名誉と勝利という”男らしい”トロフィーを通じて男性としての彼を肯定してくれそうだった父王は、戦乱に頭を晒してしまった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
頑迷なキリスト教的倫理が支配的な時代、リチャードの身体をあるがまま肯定する足場は、社会にもない。
さらしで押しつぶしても消えない胸は、おぞましく秘すべきものでしかなく、そんな身体への嫌悪がそのまま、精神的、社会的自己への憎悪、孤立へと繋がっていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
そして父王から継承した(兄王が熱愛に蔑する)家門の栄光を考えれば、あるがままの己を晒すことも出来ない。
雁字搦めの檻の中で、リチャードは肉を暴力とセックスの結晶体と捉え、口に運んでは嘔吐する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
この身体嫌悪、性(≒生)嫌悪が、健気に恋文を運ぶアン・ネヴィルと絡み合う未来でどう発火するか、今からかなり不安である。
結果として親の仇にもなるしなぁ…地獄みたいにネトつきそー。
次兄ジョージは”狩り”の内実に想像も及ばない純心…あるいは愚鈍な存在であり、そういう意味でもリチャードは孤独である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
兄王は当時の”男”のスタンダードに照らして、弟が雨の中女を食って”男”になったと、放埒な狩りを楽しんだと、勝手に受け取り共犯を寿ぐ。
しかし蓋を開けてみると、そこには男女の区別すら未だ明瞭ではない…明瞭に分けてしまえば、それがリチャード生身の身体と精神を斬り殺してしまうような、微細な距離感が息をしている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
おまけに、逢瀬を重ね救済を感じた相手は家門の仇、父殺しの主因である。複雑怪奇ッ!
リチャードはヨークでも男でも女でもない『ただのリチャード』として、王でも親でもない『ただのヘンリー』と触れ合い、お互いを救いと感じる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
しかしその素朴主義は、息子への、王子への、国家への、家門への責務を放棄し、錯乱した隠遁者として逃げ出した嘘に、常に包まれている。
何もかも逃げ出し、ただ心のままに。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
言葉にすると綺麗だが、ヘンリー六世の(史実通りの)意志薄弱は、緑川声で飾ってもなんとも軟弱で、無責任に写る。
『オメー実の息子のプライドも愛も土足で踏んでおいて、なーにが”羊飼い”だボケ』という感覚は、まぁ素直な反応だろう。
こうして考えると、エドワード・オブ・ウェストミンスターもリチャードとは別の形で家族に苛まれ、誰かの首を取ることで親の愛を掴もうとしている、哀れな迷い子の一人なのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
愛を人質に苛烈な使命を我が子に課すマーガレットも、否応なく”男”を演じる犠牲者…とも言えよう。
兎にも角にも複雑に愛憎が乱れ、息苦しく生きにくい娑婆。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
雨宿りの東屋はそんな煩わしさから逃げ出した楽園に思えるが、王冠の向こうにある栄光と同じく、そんな場所に救済はない。
父王を愛し呪われたリチャードは、果たして”羊飼い”のように家門から、使命から逃げ出せるのか?
そも、なんかいい感じに甘酸っぱいイチゴ味ロマンスは、股ぐらの中の秘密を未だ明かしていないからこそ成立する、嘘の上の楼閣なのではないか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
おまけに、二人共『ただのリチャード/ヘンリー』ではないことを明かしてはいない。
家名…あるいは王としての”〇世”の鎖は、飾りでも付随物でもない。
王冠の栄光を望み、あるいはそれを重責と跳ね除ける政治的身体は、否応なく戦争の血みどろに飛び込んでいく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
リチャード自身が、その殺戮の中に虚無の充足を見出し、何者にもなり得ない己の救いを、東屋の逢瀬と同じくらい強く、赤く求めている。
父王を戦乱に呼び戻した、悪魔の予言の子ども。
その邪悪な風貌もまた、後に悪逆の王とイングランドに君臨するリチャードの、もう一つの真実なのだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
嘘と弱さに彩られた雨の中の逢瀬は、そういうリアリティを背負いきれていない。
だから命を助けてくれた相手を、その父と勘違いして、まーた状況がこじれるのだ。あーあ…。
東屋で育んだ木苺の味わいは、宿命の苦味を強めるスパイスにしかならないのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
それとも血と腐臭の漂う肉ではなく、人間的な味付けの温もりを口に運べた思い出として、リチャードの中で息づくのか。
未来は、一切の予断を許さぬまま震えている。
ぜぇってーメチャクチャなことになるー!
この時代、婚礼と性、その先にある出産は個人の自由になるものではなく、家名を背負った極めて社会的、政治的な行動であった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
『ただのリチャード』として恋に素直になることは、すなわち社会のスタンダードから外れ、果たすべきと期待される責務から逃げることに繋がっていく。
そも、男でも女でもないと己を判断し、社会にもそう扱われるだろうリチャードは、どのような角度から性の政治的役割を果たすのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
あくまで個人的であるはずのセックスが、生殖義務と政治的策略に否応なく結びついてしまう立場は、己をどんな存在であると規定する歩みを、より複雑にもしていく。
身体的性の介在しない心の交わりだけで満足するには、リチャード等身大の疼きは”健常”であるっつー描写も、随所にあるからなぁ…。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
性的アイデンティティがお仕着せでは処理できない人の、性欲(を通じた自己規定)をどうしてくのかっていう、かなり現代的で普遍的な問題でもあるか。
どっちにしても、いかにも素朴で甘酸っぱい雨中の逢瀬は、社会的動物であるリチャード・ヨークの問題を、個人的なレベルでも、より広いレイヤーでも解決し得ない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
それは逃げであり、嘘であり…それでも一滴、真実の安らぎが混じってしまうことが、なんとも難しく複雑である。
さて、黄金に囲まれ宝飾にふけるエドワード四世は、”真実の愛”に素朴に直進し、ウォリック伯の面目を全力で叩き潰す。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
”狩り”で育まれた褥の愛情が、夫殺しの復讐を願う毒婦の嘘だと見抜けぬまま、内乱の予感は王宮に芽吹いていく。
ほんまアホやが、史実だからしゃーないネ。
『ロマンスに素直であることが、山盛りの死体を国に撒くこともあるぞ!』と、兄王を通じて描く回でもあろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
吐き気をもよおす”肉”以外の糧を求めるリチャードだが、木苺では腹は膨れない。
では魂を満たすべき安らぎは、一体どこにあるのか。
答えはまだまだ、物語の果てで待っている。
年表に刻まれた大きな運命のうねりと、一青年として性と生に悩み、殺戮を救済とうそぶきつつその危うさ、虚しさに気づいてもいるリチャードの体温が、このお話らしくて面白かった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
天下の悪役と記号化されている存在を、奇想で捻って人間の顔を彫り込んでいくの、伝奇の真骨頂て感じがする。
木苺が毒薬でしか無いことは、歴史の舞台を俯瞰で見る後世の観客だけが知る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
口に含んで噛み締めてみなければ、己が救いだと感じたものの意味は、リチャードの体に染み込んでいかない。
それは戦争の味、裏切りの味、燃える愛の味。
あるいは、そのどれとも違う、名状しがたき人生の味わいか。
そこら辺を、”狩り”に夢中なアホ王が投下した爆弾が燃え広がって、来週以降教えてくれるでしょう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年2月3日
メンツを潰されたウォリック伯との、血で血を洗う戦場。
そこでリチャードは赤い充足を感じるのか、それとも…。
次回が大変楽しみです。
性、暴力、愛憎と権力…マージでロクでもねぇな!(歓喜)