真夜中ぱんチ 第5話を見る。
夜と昼の狭間で、彷徨い触れ合う人と鬼。
おバカな無人島サバイバルでドッタンバッタン大騒ぎだッ! …と思いきや、吸血鬼たちの悲しみと人間の役割を、メロウに描き切るエピソードとなった。
正直もっと騒々しい話になると思っていたわけだが、蓋を開けてみるとこのお話らしい生真面目が随所に香り、大変良かった。
真咲の期待に応えるべく、慣れないプロデュース業務に奮戦して『普通の動画』を作ろうとするりぶちゃんが、健気で哀しくて可愛かった。
やっぱあるがままでは昼の世界に生きられない、夜の種族の悲しさと真っ向向き合い続けている、正統派現代伝奇だぜ…。
というわけでYoutuberの定番限界企画、無人島サバイバルをマヨぱんらしく変奏する回である。
社会から隔絶された孤立環境に吸血鬼共を投げることで、真咲が隣りにいてくれる街の中ではあんま目立たない、彼らの弱みが表に出てくるエピソードだった。
血を吸わないと吸血鬼がどうなるのか(省エネモードはコウモリ可愛かった)とか、相変わらずナチュラルな異能を表に出せない寂しさとか、破天荒に見えて”普通”に縛られてるりぶちゃんの優等生っぷりとか、いつものハイテンションが維持できないヤバ状況が、色んなモノを照らしてくれた。
騒々しいのが隣りにいないことで、シコシコ裏方仕事頑張ってる真咲の生真面目も際立つ。
絶海の孤島に主役たちが分断される今回は、圧倒的な異能を誇りつつ人間社会の寄生虫として生きるしかない吸血鬼たちの在り方が、色濃く際立っていたと思う。
ちょっと本気を出せばサバイバル要素ダイナシ、一瞬で立派な家を建てれてしまう吸血鬼の異能は、日光に焼かれ血に乾く弱点と隣り合わせだ。
人の理を無視できる超越者のようでいて、人から離れた途端脆さをさらけ出す、矛盾した存在。
りぶ達は人に混じれず人になれず、それでも人と隣り合うことを選んだ優しい怪物で、真咲がアダプターとなることでギリギリ、人間社会に並び立てる。
昼に働かなくても、自然ドタバタしてしまう性を表に出しても、普通じゃなくても。
むしろそういう欠落と本気で取っ組み合う悪戦苦闘こそ、最高のコンテンツになる動画配信業。
りぶちゃんは真咲の期待に応えようと、人間が勝手に作ったアリモノの”普通”をなぞろうと頑張るけども、歴戦の動画配信業者である真咲は既に、そんなモノに価値がないことを知っている。
何もかもハチャメチャで、過剰なパワーと重たい枷が否応なく自分たちを縛る吸血鬼の生き方は、動画飽和時代だからこそ刺さるネタになりうる。
演者本人は無自覚な強みを、しっかり理解し絆されてきてるプロデューサーの、頼れる所も濃く出てくる回だった。
シコシコ地道にやっとったなぁ真咲P…そういう所好きだよホント。
無人島にほっぽりだして全部任せたからこそ、今回はりぶちゃんの健気で可愛い所が全面に出てて、大変良かった。
ワーワー騒がしいようでいて、リーダーに相応しい責任感、愛する人の期待にちゃんと応えようとする生真面目さが、りぶちゃんにはある。
仲間が次々倒れフラフラになりながらも、『普通の動画』を作ろうとする姿には哀しみが濃く、あの子のことをもっと好きになってしまった。
人を食う化け物になっちゃえば楽なのに、人間のフリを頑張って続けようとする強がりが、メチャクチャチャーミングだよなぁリブちゃん。
大食い好きもキャラでしかなく、人間性を捏造するための偽装行為だって、既に語ってるしなぁ…。
そんなりぶちゃんに現場仕事を全部任せて、自分は野放図な自由を謳歌する…と見せかけて、メチャクチャ地道に裏方やってる真咲。
環境整備に編集作業、演者がやらないこと全部こなしている激務を改めて描かれると、そらー精神ギリギリにもなるわなぁと納得。
仲間ぶん殴っちゃった時とか数字に呪われている時より、多分こっちのほうが真咲の”素”で、でもそうやってナチュラルに生きられない不自由が、頻繁に彼女に襲いかかってくる。
それはありのまま生きてたら動画全NG、陽の光を浴びれば自動炎上なヴァンパイアの生き方と、ちょっと似ている。
あるがまま自然に生きることの、なんという困難…。
りぶちゃん達の面倒を見て、ワーワー騒がしい共同生活を送ることで、一回自分でぶっ壊しちゃった”素”を真咲が取り戻している描写は、ジワジワ積み重なっている。
ウザい同居人を孤島に投げ込んで、久々の自由を謳歌していたはずなのにどんどん寂しくなっちゃって、生きるか死ぬかの大ピンチを自覚したらゆきに泣いてすがって。
世間の荒波に負けない強い自己像を捏造って、鎧って縛った傷つきやすい”素”は、奇妙な同居人との騒々しい日々の中で、静かに再生を始めている。
この限界女生き直し物語の構造が、死してなお蘇る吸血鬼モチーフと重なっているのはすごく好きだ。
人食いの怪物から、愛を抱えた奇妙な隣人に化けるまでの旅。
人間臭い吸血鬼であるりぶちゃんと、悪しき吸血鬼に為りかけてた真咲という人間の足取りは、暗い闇と微かな光の淡いで重なっている。
プロデューサーとしてりぶちゃん達と向き合うことで、ひどく不自由な彼女たちを助けることで、騒々しい日々を共に暮らすことで、真咲は自分自身の人間性を回復し、”素”を取り戻しつつある。
夜にしか生きられない、自然に生きてても何もかもハチャメチャになっちゃう怪物達と、自分が同じ顔をして同じ場所で生きているのだと、だんだん自覚しつつある。
その共鳴が、ひどく生きづらい破天荒女をちったぁ息がしやすい場所に連れて行くだろう。
共に暮らすことで社会適応と自己実現を果たしていく歩みは吸血鬼側も同じで、吸血鬼たちだけだったら動画もとれないし生きてすらいけない現実を、りぶちゃんは無人島に思い知る。
人として”普通”に生きていくことは種族レベルで不可能なのに、社会と隔絶されれば何も出来ず、”素”のまんまじゃ使えない素材ばかりが上がってくる、極めて厄介な異物。
言うこと聞かない仲間に翻弄され、血の乾きに苛まれながら、りぶちゃんはそういう自分たちを思い知らされる。
ハチャメチャぶりを笑うべきだろうハイテンションな序盤から、その異物感が哀しくて哀しくて、笑うに笑えなかった。
吸血鬼、マジ生きにくい…。
動画に使える優等生な人間のマネは、吸血鬼たちにとっては”素”を捻じ曲げたひどく不便な生き方だ。
枷なく生きれるなら空も飛べるし岩も持ち上げられる、圧倒的な特別さを持っているのに、それを示せば社会に駆り立てられる。
ありのままの凄さをデチューンして、人間サイズに縮めることでしか生きることを許されない不自由を、このアニメの吸血鬼たちはずーっと背負わされている。
それでも人間の”普通”に合わせて、規範に従って生きていかなきゃいけないんだという欲求は、”真夜中ぱんチ”のメンバーでりぶちゃんだけが持ってて、だから彼女がリーダーなのだということも、良く分かる回だった。
この規範意識は、その血の芳香に惚れ込んだ真咲が色々言ってくるから、強化され内面化されている感じもある。
肉欲と恋の入り混じった衝動に押し流され、好きな人に褒めてもらえるよう生きることで、りぶちゃんは怪物ではなく人間になろうと頑張れる。
でもそれはなかなか叶わない夢で、日光と血の渇き、怪力と魔翼が”普通”であることを妨げてくる。
んじゃあそういう、逃れがたい”素”を抱えたままでどう真咲の願いを叶え、人間に混じって暮らしていけば良いのか。
シャレになってない生きるうえでの困難を、吸血鬼たちは抱えている事実が、今回改めて描かれた。
ギャンブルに暴力に、欲望にストッパーをかけない十景の生き方こそが、もしかしたらヴァンパイアの”普通”なのかもしれない。
やりたいことをやりたいようにやって、協調性皆無の野垂れ死に上等。
生来アウトローとして生きるしかないエゴの強さは、りぶちゃんにおいては一本気な吸血衝動として具現している。
真咲の血を吸いたい。
その欲望一本に縛られ導かれて、りぶちゃんは健気にプロデューサーの願いに応え、想い人が望むままの自分であろうと必死に頑張る。
その根底にあるのは優しい博愛…ではなく、相手を吸い殺しかねない動物的な欲求だ。
あるいはその愛とエゴは背中合わせの双子で、切り離せないのかもしれない。
生来の業が生物としての在り方すら決めてしまう、吸血鬼というエゴの動物を主役にすることで、このお話は社会と繋がりうる広範で”正しい”感情と、手前勝手で危うい”間違った”願いが、思いの外分断できない事実を掘り下げてくる。
やりたいように生きていくことはあまりに難しく、自分が大事にしたいものを自分の手で壊してしまう事にもなるけど、そういう衝動がなければ自分は自分でなくなってしまう。
では譲れない己と繋がれない世界を、どう結びつけてより自分らしく、”素”でいられる環境を作っていくのか。
吸血鬼との共同生活、動画配信成り上がり物語は、そういうバランス取りをガッチリ視野に入れて展開している。
無人島と晩杯莊に主役たちを分断することで、動画素材撮影と編集作業、それぞれの大変さが個別に見えやすくなったのも、面白いポイントだ。
ノリと勢いで押し流しているように見えて、動画配信という”お仕事”の何がキツくて頑張りどころか、丁寧に描いている所がこのアニメの良さ。
編集一つで最高のネタにも捨てるべきゴミにもなってしまう吸血鬼たちの”素”を、世間に叩きつけてバズを狙う”真夜中ぱんチ”の冒険は、表立って目立つ演者よりむしろ、編集とプロデュースを担当する世慣れた裏方の力にかかっている。
ここら辺、自分でボーボー燃やしはしたが配信黎明期から、必死こいて仕事してきた真咲の強みが出てて良かった。
素材を繋ぎ合わせ、新たな意味を付与して社会に手渡す、編集者という真咲の仕事。
それはりぶちゃんが呪われている人間の”普通”なんて全然面白くなくて、ダメダメだと思っていた無茶苦茶こそ…彼女たちの”素”こそが、世界に面白がってもらえる強みなのだと教える。
普通のことが普通に出来ない自分たちと、必死に取っ組み合って自分だけの強みを出してくる様子に、視聴者は共感する。
”はりきりシスターズ”時代、実際そうしてもらった体験があればこそ、真咲Pは己が導く愛しいバカどもを、”素”のまんま社会で生きていける存在へと”編集”する決意を見せる。
それは目の下に大きなくまが出来るほど、大変な業務だ。
時折キレつつもそれを頑張ろうと真咲が思うのは、カメラの向こう側必死に頑張ってる吸血鬼たちにもう、愛しい共感を覚えているからだ。
コイツラを望み通り、人間らしく活かす仕事が自分にしか出来ねぇってんなら、バリバリ機材準備して、そのままじゃお出しできない”素”を編集しまくって、社会に流通する形にしてやる。
バズって世間を見返すエゴも勿論ありつつ、真咲はそういう誰かのための頑張りを、自分のものとして捕まえつつある。
この愛と頑張りがねぇ…真咲のために”普通”頑張ろうとした、りぶちゃんとシンメトリーなのがロマンティックで最高。
下世話に見えてピュアなんだよなぁ…このアニメのメインカプ。
世慣れたふりで自分を守ってきたヤサグレガールと、ピュアで健気な怪物のドタバタな触れ合い物語だからなッ! 大好物だッ!!




社会を満たす陽光は吸血鬼を焼き、闇の中なら無敵の怪物はそれでも、光に惹かれて人間のマネをし続けている。
夜と昼の境界線は致命的に明白なようでいて、真咲は常識外れの同居人たちをずっと待ちわびているし、りぶちゃんは陽光の温かさを求め続けている。
光と闇の境目を乗り越えて、行ったり来たりしながらお互いを繋げていく歩み寄りは、難しいけど無理じゃない。
そういう”編集”の仕事に、真咲は自分が為すべき責務として手を伸ばし、闇の中で『”普通”が出来なかった』己を責めてる女の子を抱きしめる。
それこそが今の彼女に出来ることで、するべきことで、もしかしたらしたいことなのだ。
優しい吸血鬼の花嫁と見初められ、昼と夜の間をつなぐ唯一の人間となった真咲は、素人共を導き動画で勝負を仕掛けるプロデューサーでもある。
誰かを引っ張り抱きしめる強さは、誰か一人の占有物ではなく、色んな境目を越えて流動し、交流し、混ざり合っていくものだ。
それが簡単ではないとコミカルに示すように、陽光でボーボー燃えたり、渇きのあまり省エネモード(という、戯画化された死)になったりするけど。
それでも人間味溢れる吸血鬼と吸血鬼めいた人間のチームは、動画配信という新しい”仕事”を通じてもっと自分たちらしく生きられる”素”の場所へ、素材を編集しまくりながら生きていく。
そういう思いの外泥臭い、普遍的な人生サバイバルの物語であることを改めて描く、無人島奮戦記でした。
やっぱ真咲が吸血鬼たちが人間社会に繋がるためのアダプターとして、絶対必要な存在であると示されたのが良かった。
昼と夜を繋ぎうる存在であることは、野望のための材料だし、好きになってきた連中を助けるという願いだし、愛とエゴはいつだって背中合わせ、混じり合いながら流れ出していく。
その在り方が、真咲のために”普通”を頑張ろうとしたりぶちゃんと重なっていたのが、美しくも切なかった。
吸血種の愛は、花嫁を殺しかねない危ういものだからなぁ…否応なく暴力的になってしまう本性と、今後向き合うことになろう。
仲間のためにシコシコ裏方やってる真咲は、数字に呪われている時より全然生きるの楽そうで、りぶちゃん達のために苦労することがその実、真咲自身の救済と再生を導くのだなぁと、改めて感じた。
表舞台に立てば燃え、血が無ければ飢えて狂う。
吸血鬼の生きづらさとはまた別の、ひどくありふれた真咲の難しさがしっかり描かれていて、それが人間社会に交わらぬ異物をケアする中、”編集”されていくのが好きだ。
異質な怪物を描くことで、凄く普遍的な人間の在り方を浮かび上がらせていくという、クリーチャーホラーの本質に極めて真摯な話だと思う。
どうやっても変えられない”素”に苦しめられつつ、社会と繋がりたい願いを適切に”編集”して叶えていく、マイノリティの自己実現物語としても、誠実さがある書き方である。
吸血鬼が血を吸わなかったら、一体どうなるのか。
僕ら視聴者も知らなかった事実を、踏み込んで聞き届けなかったがゆえに今回の危機は生まれた。
生き延びて幸せに近づくためには、取り繕った人間の外装の奥にある本性と弱点を、ちゃんと伝えるべき相手に伝え、理解を深めることも大事なのだ。
そう出来るだけの関係が”真夜中ぱんチ”と真咲Pの間になかったからこそ、起こった悲劇…とも言えるが、今回の騒動を通じてりぶちゃんはPの苦労を、真咲はプロデュース相手への愛を、お互い知った。
だから今後はもっと、相手を知って自分を伝えていくことに素直になれると思う。
それってとても大事で、良いことだわな。
溢れかえる欲望に抗えず、人生の崖っぷちに突っ込んでいってしまう厄介な動物たちが、ひとつ屋根の下に集っての動画配信業。
ワーワー騒がしく極めてトホホなお互い様で、抱え込んだ生きづらさを”編集”して社会と繋げ己を探していく真夜中の旅は、まだまだ続く。
やっぱ吸血鬼が持つ超越性と弱さ、脆さを、最新鋭の画角から新たに削り出していく新現代伝奇としての筆が冴えてて、ビタっとハマるなぁこのアニメ…。
そこに怪物共がそれでも人を愛する純情なるアガペが、時折照らされるってんだからたまらねぇ。
りぶちゃんの健気が今回濃くって、そういうの見たかった自分には最高でした。
次回も大変楽しみですッ!!
・追記 怪物とは生来、公共なるものから切り離された存在である。
生きづらさを抱えたマイノリティとして吸血鬼を描きなおす、極めて現代的な物語だと作品の顔がだんだん見えてきたわけだが。
存在を許されない怪物であるがゆえに、りぶ達を社会が補佐するどころか迫害している状況で、真咲個人でその難しさ全部背負う形はなかなか厳しい。
真咲が繋いでくれる動画をへその緒に、社会とギリギリつながってる状況で、真咲個人の善意と資質に頼ったサポートがなくなるとマジヤバいと、今回描かれた。
その負荷が結構頻繁に真咲を限界にするとも分かったわけで、個人レベルの機動性と自由さは確保した上で、社会も人間頑張ろうとする吸血鬼に優しくして欲しい。
ワンオペ社会参画だからな……そらー潰れかけもするよ。
まぁその不自由と対立こそが、吸血鬼の物語を一大ジャンルたらしめる足場なので、そうそう吸血鬼性に理解ある社会をかけないのも解るのだが。
素の自分でエンタメ出来ない不自由、血と陽光に縛られた脆さ、それを抱えてなお”人間”やろうとする健気を見てると、『家の外から助けてやって!』ともなる。
あるいはそこに突破口を拓き、個人レベルで世界を変革しうるパワーの持ち主として、動画配信業を描くセッティングなのかも知れないが。
ここら辺、今後画面の向こう側のヘッズの反応と影響力が描かれだすと、また鮮明になるかも知れない。
オレはこのアニメを、個人と社会のせめぎあいとして見始めてる