出会いと変化の光が、後ろ向きな暗い絶望と入り交じる。
どん詰まり青年は運命に流された先で、いったい何を釣り上げ腹に収めるのか。
ネガポジアングラー、第2話である。
チャラい態度の奥に異様なまでの頼りがいを秘めた貴明くんに助けられ、当面の家と職場…そして新しい趣味を手に入れた常宏くん。
他人の視線に怯え扉を閉ざし、家が更地にされるトコロまで来てしまった彼と真逆の、超自由人釣りキチ少女。
想定していたよりヒロイン力が高い、鮎川ハナちゃんとの出会いが眩しい第2話であった。
主役のネガと周りのポジが、どう反応していくかを釣りベースで見ていくアニメ…って感じだな。
視聴者視線で見ると、常宏の周りにはありがたすぎるお節介をわざわざ手渡してくれる、優しい人との出会いに満ちている。
とにかく貴明くんが面倒見良すぎで、しかし主人公はそのありがたさに目を開けず、むしろ他人に怯えて扉を閉ざし、絶望することでこれ以上の絶望を塞いでいる感じだ。
荒れた自室の様子を見ても、セルフネグレクト傾向が強く自分を大事にできないパーソナリティなんだと思う。
それが巡り巡って、得難い他人の好意を無下にし、未来を諦めたフリで最後の一線を守る生き方にも繋がっている。
この初期好感度の低さ、はやりの作劇とは真逆でチャレンジブルだなぁ…。
俺は好きだな、低い所からアガる話。




常宏の人生模様のアゲサゲは、常に天候や明暗と連動しながら進んでいく。
家をぶっ潰された雨降りのどん底から、人が良すぎるチャラ男に温かいミルクをもらい、生活の場を提供してもらって外に連れ出され、明るい空の下で新しい可能性と出逢う。
人生晴れたり曇ったり、文字通りネガとポジが行き来する明暗の去来は、現状常宏本人ではなく、釣りを励みに(少なくとも外見上)明るく楽しく生きている他人が主導権を握っている。
自力で人生を泳げないどん底回遊魚が、今の主人公の立ち位置だ。
得難い流れに身を置いていることに、自覚も感謝もない。
他人が手を引っ張ってもらわないと、影に沈み込んでいく自閉の外側に出れないどん詰まりに、なんで常宏が追い込まれてしまったのか。
釣りキチパワーで光の方向へ進んでいく人生の影が、どっから来ているかは今後語られる部分だと思うが、そういう引力を跳ね除けて赤の他人を光の方へ引っ張り上げてる、貴明くんの存在がとにかく眩しい。
この人もこの人で、色々あった挙げ句ピカピカ光ってるのは、常宏がボソリとこぼした「そろそろ死ぬし」へのリアクションから、微かに匂う。
俺は善良なチャラ男が背負っている、洒落になんない重さの人生荷物がそいつの背骨を真っ直ぐにしている様子が大好きなので、この奥側も知りたいね…。
見知らぬ文化と出会い、自分と真逆の人間に触れ合う。
この物語は、主役をどん詰まりに引っ張り込む自閉したネガをぶっ壊す可能性を、軒並み”釣り”に預けている。
それはクセーし疲れるしモツ処理するの怖いしな、キレイなばっかりじゃない生きた趣味であり、上手くいかず良く分からないからこそ面白い、挑戦に開けた活動だ。
見えない水の奥を想像し、自分とは別の命と取っ組み合い、手ずから捌いて命の糧にしていく。
暗い影の奥、常宏に見えない/見ないようにしている、他人に包囲され影響しあって転がっていく、明暗共存する人生の反射板として、この話で”釣り”が背負うものはとても大きい。
ここら辺の重たさを、魚類作監をわざわざ立てる気合、それが生み出す活き活きしたお魚さん作画、魚とファイトする面白さをじっくり追いかける魅せ方から感じ取ることも出来る。
やっぱメインテーマになるものを、臨場感とワクワク感満載でしっかり仕上げてくれる頑張りは、作品が伝えようとしているものを歪みなく、見ているこちらに伝えてくれてる手応えを宿す。
菊谷知樹の劇伴がかなり良くて、場面に合った鳴り方で人生のペーソスを、あるいはファイトの興奮をしっかり形作ってくれるのが、アニメの足場を支えてもいるね。
音楽と”動く絵”が組み合わさって生まれる、総合芸術としてのアニメの全領域がかなり元気なの、見てて嬉しいポイントだよなー。




常宏が一人でいる時、”釣り”の何が面白いかは分かんないし、上手くもいかない。
負けん気の強い釣りキチハナちゃんが、自分が大好きなモノ悪く言われたまんまじゃいられないから近寄ってきて、色々教えてくれる中で、常広の世界は光を取り戻していく。
自分が竿を握っていなくたって、タモ任されて大物釣り上げる助けをするのもとても難しいし、面白いものなのだ。
自分なりに工夫をして、魚に挑むこと。
話が通じない異物の生き方を想像して、竿を立てること。
”釣り”の醍醐味を無意識に感じ取り、それを楽しめる常宏の資質…それが刺激されることで、彼の人生が善くなっていきそうな気配も、二度目の釣り、初めての共同作業に悪戦苦闘する中で顔を見せてくる。
釣り上げた魚を食材に変えるために必要な、臓物ぶっこ抜きシーンを逃げることなくしっかり書いたの、僕は凄く良いと思う。
さっきまで活きていたものが、かぶりついてみるととびきり美味いメシに変わる時、省略できない生臭い工程が確かにある。
今は目を背け嫌っているその生臭さは、常宏が暗い場所から這い出して自分なりの人生を照らす上で、ガッチリ組み合わなきゃいけない難題だ。
釣って食って楽しんでな日々に、元気な変人なたちの手で引きずり込まれていく中で、常宏は魚の命を奪い、自分の命を美味しく繋ぐ自分に、多分否応なく向き合う。
このアニメがいつでも、”食材”として魚を見ているのが僕は好きだ。




自分を心配して声をかけてくれたクラスメイトすら、灰色で塗りつぶし攻撃性を妄想してしまう常宏は、明らかに周囲を気にしすぎている。
周りの視線をなんも気にせず、裸足で大物とファイトし釣り上げたら悦びを叫ぶハナちゃんの、真っ直ぐな生き方とは真逆の屈折。
人生の最前線で”好き”と取っ組み合う喜びに勤しむハナちゃんから、遠く離れた暗い場所に、今の常宏は自分をおいてしまう。
そしてその暗い淵から、強引に手を伸ばして引っ張り上げてくれる誰かは、確かに彼の隣りにいるのだ。
ヒネた視線で「そんなの下らない…」と跳ね除けている、趣味に夢中すぎて他人の視線期にしてる余裕なんぞ無い釣りキチの笑顔は、ひどく眩しいものとして青年の鬱屈を貫く。
ここでハナちゃんの笑顔に見惚れられる心の柔らかさが、まだ常宏に残ってるのが救いだな、と思う。
それにしたって、満点笑顔のハナちゃん可愛いな……。
借金と病苦にまみれ、気づけば真っ暗などん底に流れ着いていた常宏だが、その心には大好きなモノにただただ夢中な輝きを、憧れ見上げる気持ちが確かにある。
しかしせっかく釣りを好きになれそうな予感(あと微かに甘酸っぱい恋の色)と出会えたのに、自分を気にかけてくれる味方と出会った瞬間、常広の世界は灰色に染まり、腹を抱えて逃げ出してしまう。
常宏が見ているだろう世界の暗さと、クラスメイトの自然な善性が噛み合っていないのが、主役が追い込まれている場所の生きづらさを語っていて、なかなか重たかった。
どうやったって自力じゃもう、暗い場所から抜け出せないけど、ホントは心底抜け出したい。
経済と健康というリアルな課題が絡んで、なかなか厄介な鎖を、”釣り”…を通じて出逢う他人と世界が、どう明るく変えていくのか。
そうして光を手渡してくれるものを、どうやったら常宏は真っ直ぐ見れるようになるのか。
「今後こういうお話をやっていくよ!」つう例示が、なかなか鮮明な第2話でした。
周りは得難い幸運と善意で満ちてるのに、それが全部捻れた影に変換されちゃう。
常広の認知の歪みは結構根深くて、希望の光がさしたと思えばすぐ暗く陰る。
でもその影ばっかりが世界の真実でも、常宏が望んでいるものでもないから、釣り竿と一緒に優しいお節介が、彼のもとにやってくるのだ。
明らかに人が良すぎる貴明くんとか、ノーブレーキで”好き”を疾走させてるハナちゃんとか、奇妙な縁で繋がった見知らぬ魚たち。
彼らが泳いでいる自由で明るい海を、自分の居場所だと主役が思えるまでには、まだまだ時間がかかりそうです。
しかし見知らぬ存在、思わぬ体験との出会いが開いてくれる扉の向こうに、道は広がっている。
こういう心地よい異物との出会いの一環として、”魚”と対峙する行為が配置されてるの好きなんだよな。
”釣り”を人間側に寄せすぎず、魚を魚として見ながら称揚している感じがある。
今後もこの塩梅で頼むぜ!
明暗行ったり来たりの流され人生、一体何処へ行き着くのか。
次回も楽しみです!