イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ダンダダン:第11話『初恋の人』感想ツイートまとめ

 オカルトな青春にチャラ男が乱入仕掛けてきても、愛に向かってひた走れ!
 呪いの家と因習村に飛び込む一歩手前、人体模型が愛の爆走をブチ込む、ダンダダンアニメ第11話である。

 

 オタク、ギャル、自己愛強すぎる厨二病美少女。
 スクールカーストの境界線をぶっ飛ばして、色んな連中が仲良くなっていくオカルト青春奇譚に、新たなメンバーが追加される回である。
 自分とは真逆のチャラ男登場にオカルンがガン凹みし、勝手に暗くなり距離を取ろうとした所で、杉田智和の怪演が燃えるスカタン人体模型が場を賑やかにし、本当に大事なものを教える。
 敵であるはずの怪異が、敵意で現実を染め上げる単色ではなく、青春と日常の色であるフルカラーの中で教えてくれるモノによって、ギークボーイの顔が上がり目が開かれる。

 この展開は前回のジャージーデビル親子と同じであり、遠巻きに消費するエンタメではなく、必死の愛(オカルン自身気づいていない、彼の強さの根源)に一人ひとりが生きている隣人なのだと、オカルンにとってのオカルトが変化しつつあるのを感じる。
 オカルト以外救いがない、冴えないクラスの端役から、大冒険物語の主役へと進み出ていく、少年の成長。
 その一つの現われとして、「人間っぽい怪異に影響を受ける」があるのは、結構面白い。

 

 オカルンを支配する陰キャオーラはなかなか大したもんで、自分も他人も世界も暗く塗りつぶし、客観的な判断をするのがなかなか難しい子である。
 その下向きの引力を引っ剥がし、明るい場所へ強引に連れて行ってくれるパワーが、モモちゃん緑色のサイキック・ハンドにはあるわけだ。

 クラスの日の当たる方と日陰でジメジメしてる方、対局に見えた場所が実は繋がっていて、心の底から掴みたい守りたいと思える愛が相手と自分を繋いでいる事実を、純情オタク少年はなかなか真っ直ぐ受け止めきれない。
 しかし何しろ”高倉健”、不器用ながら真っ直ぐ生きることを宿命付けられたオカルンは、異質な相手の中にある魂の輝きに、グダグダ迷った挙げ句目を向けるよう魂が出来ている。

 前回はジャージーデビル、今回は人体模型の太郎、そして次回は恋敵に思えたチャラ男(超絶オカルト被害者)に、分厚い眼鏡の向こうから真実の瞳を向ける旅の、オカルンは真っ最中である。
 すげーぶっ飛んだ超絶バトル、ゲラゲラ騒がしい下世話ギャグの派手な味わいも良いんだが、音量の背後にある悲しい事情とか、敵と思えた異物が抱える人生の機微とか、色んなものを非日常から持ち帰り、クラい性格を前向きに作り直していくオカルンの小さな成長が、ちゃんと積み重なるお話な所が好きなんだよなぁ…。

 

 

 

 

画像は”ダンダダン”第11話より引用

 というわけで奇妙奇天烈魔訶不思議、オカルト事件で繋がったトンチキ集団に新たな仲間が参入!
 ジジは徹底的に軽いノリで生きてる…と思いきや、背負った因縁はガチ中のガチだし、仁義守るべきところではしっかり誠実に向き合ってる様子も既に描いていて、なかなかいい塩梅の顔見世である。

 霊能者が取り殺され、得体のしれない怪物が己を覗き込む現状は、実はレギュラーメンバーで一番正統怪異譚してて、シャレになってない状況でなお必死に笑っていようとする、チャラ男の矜持を感じたりする。
 そしてここら辺の芯の強さ、自分の本性と響き合う相性の良さを、オカルンは現状見れてない。

 

 何かと暗い方へと自分を引っ張っていくオタクくんが、芯に秘めた心の強さと真っ直ぐな生き様。
 それはジジにも共通していて、彼はかつてモモちゃんを傷つけた過ちを謝罪し、降って湧いた脅威から体を張って守ろうとしている。
 甘酸っぱい恋がどこに行くかは別の話として、怪異事件に魅入られた男の子たちは似たもの通し共鳴する部分もあるはずなのに、オカルンはジジの良いところを全然見れていない。
 そこを俯瞰で見れるよう、オカルンの沈み込む内面をしっかり画面に焼け付けつつも、客観的な描写を間に入れ込んで物語の全体像を把握させようという、精妙な位置取りが映える回でもある。

 異能バトル、青春群像劇、音量人情物語、下世話なギャグ。
 あらゆるモノを貪欲に取り込み、高速でカットアップし混ぜ合わせながら展開していく物語が、どこ楽しんで良いのか解んない不鮮明なカオスではなく、その全てがお互いを引き立てるリッチな娯楽体験として機能するために、必要な底力。
 観客に何を見せてどう感じてもらうか、しっかり考えて画面を作り映像体験を創る、アニメの基本的な力が高いからこそ、ある時は日常と非日常をショッキングに隔て、ある時はそれらを混ぜ合わせ不思議な感慨を生む、自由自在の演出も可能になる。
 こういう下地の強さあってこその、ハイテンションな爆走といえる。

 

 

 

 

画像は”ダンダダン”第11話より引用

 例えば冒頭、ジジの乱入にちょっと気まずい感じで背中を丸め、オカルンは暗く陰った自分の居場所へと進みだそうとする。
 自分を強く保ち、背筋伸ばして世間と戦うパワーを燃やしているモモちゃんから発する光に、引き寄せられながら遠ざけてしまう、オタク少年の二律背反。
 そこに甘酸っぱい恋心が確かに燃えていて、二人を繋いでる…のに、気恥ずかしくてなかなか素直になれないチャーミングも、カメラはしっかり捉えている。
  「また明日」の順番にこだわるモモちゃん、ピュアピュア過ぎてまじかわいいね…。

 下向きに固定されたオカルンの視線は、目の前にある現場ではなくネガティブな想像へと伸びる。
 自分には縁遠い、いかにもチャラチャラしたリア充にモモちゃんが盗られてしまう幻想をノートに書き綴り、グチャグチャとかき消して否定する仕草の、なんとも陰気なことよ…。
 しかしまー、クラスの湿った場所で病葉食って生きていくのがお似合いと、自分を卑下して守ってきたオカルンにとって、人生楽しそうに明るく生きてるジジの光は、あまりに眩しすぎる。
 モモちゃんが発する同種の”陽”に、焼かれ惹かれてる自分を知っているからこそ、自分よりお似合いだと思っちゃうのも無理はない。
 オタクだからな!

 

 

 

 

 

画像は”ダンダダン”第11話より引用

 この下向きの引力を引きちぎり、勝手な思い込みで作ってしまっている結界を越えて、ジジがどんだけ怪異に悩まされ苦しんでいるかを、我等がヒーローはちゃんと見ないといけない。
 しかし持って生まれた気質、クラス内カーストの中で発酵した後ろ向きってのは、早々簡単に消え去るものでもない。
 メガネに反射し、脳みそを支配する「モモちゃんとジジはお似合い」という幻想は、彼を光の当たる場所から遠ざけ、薄暗いかつての場所へ引っ張り込もうとする。

 

 その引力をぶち破るのが、愛の大爆走人体模型・太郎、そしてその速度に引っ張られターボババァの力を借り受ける我らが主役よッ!
 見よ、難しいこと振りちぎって非日常へ飛び込む…ダークヒーローの真っ直ぐで鋭い視線を!
 さっきまで「どうせ僕なんて…」とヘニョヘニょしてたオタクくんを、オカルト退治にまっしぐら、難しいこと考えねぇバトルマシーンへと書き換えるだけのパワーが、怪異が引き起こす非日常にはある。

 それは命懸けのバトルであると同時に、鬱屈にまみれなかなか自分らしさの檻から抜け出せない、日常の戦いをどっかへすっ飛ばす、強烈なブースターでもある。
 このお話の子ども達は、生きるか死ぬかの怪異予備校で強烈な補修を受けることで、真実の自分を見つけ、あるいは面白くもねぇ思い込みをぶっ飛ばして、世界と他人のあるがままを見れるようになっていく。

 

 無論トンチキでねじれて厄介な”自分”ってのが、一回の事件で全部書き換わるわけじゃないけども、一歩ずつより望んだ自分に近づいていくのは、間違いない。
 ここら辺の地道な蓄積を、結構丁寧にやってるアニメでもあって、モモちゃんのツレが「モモはオカルンとデキてんだって!」つう認識だったり、前回までは恥ずかしがっていたトレーニングをモモちゃんに見せれるようになってたり、思春期の子ども達に積み重なる小さな…だからこそ大事な変化を、ド派手な展開の中しっかり積んでいる作品である。
 その一端として今回、太郎追走の中、ジジもしっかり背負えるオカルンの描写があるわけだな。

 前向きになったと思ったら暗い引力に惹かれ、元のウジウジ自己評価最低マンへと戻っていってしまう。
 オカルン等身大のしょーもなさは結構強く、幾重にもしつこく描かれているわけだが、人体模型が街を爆走する異様なシチュエーションは、そういう地道な面倒くささを引っ剥がすだけのパワーがある。
 変身前はあんだけウダウダ後ろ向きだったオカルンが、ババァ憑依後は四の五の考えずモモちゃんを掴み、共に走り、ジジごと背負って突っ走れているのは、怪異が非日常であるがゆえの強みだ。
 そういう異常事態にこそ、モモちゃんをしっかり守ろうとするチャラ男の仁義が瞬いているの、かなり好きだぜ…。

 

 

 

 

 

画像は”ダンダダン”第11話より引用

 

 ワケのわからねぇ全力疾走を決めた、お騒がせ人体模型はなぜ、どんな困難にもめげず走ろうとしたのか。
 たどり着いたゴミの山、夕日の輝きが真実を照らそうとする時、自分を覆い隠すフードをモモちゃんが外す仕草がしっかり入っているのが、このアニメのベーシックの強さといえる。
 それは世間体を気にする心とか、バケモンの寝言に耳を貸さない姿勢とかを、引っ剥がして眼の前の事実を見ようと、ギャルが怪異に歩み寄った瞬間だ。

 端から見りゃゴミの山でも、そこに埋められた愛を太郎は聞き届け、ひたすらに走った。
 それは灰色の影を消し飛ばし、眩い黄金に輝かせる。
 なんのてらいも恥じらいもなく、ひたすらに愛を吠える太郎の言葉は、オカルンに自分自身の過去を思い出させる。

 クラスの中にある壁なんて関係ない。
 確かにその出会いが灰色の世界を、眩しく輝かせてくれる愛なのだと思い出させてくれる、イカれたバケモノの純愛を目の当たりにして、オカルンの瞳は曇りを晴らし、湧き上がる感情に思わず潤む。
 愛する人達を守れない己の非力を嘆く、ドーバーデーモンの涙を目にしたときと同じく、バケモンだろうと心から溢れる真心を前にしたら、感じ入って思えわず前のめりの”仁義”こそが、オタク少年の一番いいところ。
 主役の強み、モモちゃんの惚れどころが良く分かるヒキである。

 

 このゴミ溜めの告白でもって、怪異を駆り立てる正義のハンターだったはずのモモちゃん達が、実は真実の愛を邪魔する障害物だと解ってくる、逆転の面白さもある回だった。
 バケモノにもそれぞれ事情はあって、しかし人間はなかなかそれを見つめられない。
 偏見の境目を越え、怪物たちの本性を見抜く賢さが学生退魔師達には必要になってくるわけだが、さてジジを悩ます非日常には、一体何が待っているのか。

 よくよく考えりゃ誰も傷つけず、ひたすら愛する人の元へ走っただけの太郎のような無邪気なフルカラーだけが、怪異の色ではないことは、既に描かれている。
 最終話、一体どんな色の闇と輝きが見れるか。
 たいへん楽しみです!