イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

メダリスト:第5話『名港杯 初級女子FS(後)』感想ツイートまとめ

 一人の勝者の足元に、百万の敗者の涙が埋まる場所で、それでも譲れない自分を本当にしていくために。
 名港杯女子初級決着! の、メダリストアニメ第5話である。

 

 今回描かれるミケちゃんの負けっぷりは、前回バリバリの気合で紡がれたいのりちゃんの初勝利の、対になるものだと思う。
 (司くんが思い描いた通り)この勝利を足がかりに、勝負の世界を破竹の勢いで突き進んでいくいのりちゃんの物語には、今後沢山の敗者が生まれていく。
 勝つものと負けるものを峻厳に分ける容赦の無さがあってこそ、作品が話の真ん中に据えるテーマの価値も成立しているわけだが、では負けたものは無価値なのか。
 勝利にしか、価値がないのか。

 メダリストという高い頂きを本気で目指せばこそ、個人的な人生や幸せを掴み取っていくいのりちゃんの眩しい道と、真逆でありながら隣接している、暗い光を宿す勝利至上主義。
 こっちを光ちゃんと夜鷹純が担当するからこそ、Bパートは彼らが話の真ん中に来るわけだが、高みに眩しく輝きいのりちゃんを導く”目標”とはまた別の、競り合い手を繋ぎ、ライバルだからこそ親友な間柄の1つ目として、敗残者であるミケちゃんをどう書くか。
 かなり大事なポイントだと思うが、いのりちゃんを突き放さざるを得なかった頑なさの理由もしっかり描き、ナッチンという”大人じゃない”大人のありがたみも刻み込まれ、大変良かった。

 

 いのりちゃんが勝利に値する努力と挑戦によって、大好きだった母親との繋がりを望むままに取り戻したように、ミケちゃんは敗北…の飲み込み方をギュッと手渡してくれるナッチンの存在によって、敵だらけだった世界を変えていく。
 勝たなきゃ自分を証明できないから、負けにつながる失敗は今までの全部をやり直したくなるほどに辛い。
 そこまで自分を追い込んでしまうミケちゃんの歪みこそが、最後は一人で飛ばなければいけないスケートという競技において、彼女だけの強みであるとコーチは告げる。
 それを嘘にしないために、より強くたった一人で飛ぶために、ちゃんと世界や他人と手を繋いで、一緒に飛ぶのだと。

 大好きな友達を鋭い視線で睨みつけ、激しく遠ざけなければ生きていけない場所から、この敗北を通してミケちゃんは動き出して、いのりちゃんにギュッとしがみつけるところに戻ってきた。
 2歳下の甘えん坊さんに、勝負が終わっておずおず寄り添い自分から手を差し伸べるいのりちゃんの成熟にまたホッコリであるが、ビキビキ張り詰めた勝ち負けが実は凄く普遍的で当たり前な…だからこそ大事な時間に繋がっているのだと、示す回でもある。
 いのりちゃんのスケートはそういう、笑いと幸せに満ちた温かな日常に繋がったまま滑走を続ける。
 だからといって、光ちゃんと夜鷹純が身を置く影が、無縁というわけでもない。

 

 コーチも選手も内心ダダ漏れなミケちゃんの演技に対し、光ちゃんは完璧な演技の中に思いを隠し、完璧だからこそのミステリアスを体現する。
 スケート以外の全てを捧げなければ勝利はないとする、影の濃いスケート哲学。
 それは選手の直接対決より先に、憧れのレジェンドに堂々宣戦布告する司くんの決意を、燃える火種へと変えていく。
 しかし否定するべき”敵”とするには、光ちゃんの演技はあまりに圧倒的であり、人間味や独白されるべき気持ちが遠くに見えないからこそ、謎めいた美しさを宿す星のように眩しい。
 この否定しがたい高みへと、何も捧げないまま手を伸ばすことは可能なのか?

 遅咲きの夢が世界の頂点へと駆け上がっていく物語の、中核にある問いを削り出すのに、見るものの言葉を奪う光ちゃんの演技には、分厚い説得力があった。
 二回転降りるのに大騒ぎな初級の必死さを描いたからこそ、高難度ジャンプを軽々とこなし、難度と表現力が調和した審美競技の極点の凄みが、良く伝わる構成だとも言える。
 いのりちゃんの挑戦も含めて、色んな選手が必死に氷に挑んでいて、それぞれの勝利と敗北が様々な価値を宿していると、幅広く示しているところが、やっぱり良いなぁと思える名港杯でした。
 主人公のスポ根成り上がり物語をぶっとく打ち立てつつ、群像劇としての魅力を磨き上げるのを怠けないの、貪欲で好きだ。

 

 

 

 

 

画像は”メダリスト”第5話より引用

 というわけでライバルの奮戦に気合十分!
 それ故思わぬ失敗に足を取られるミケちゃん、涙涙の挑戦である。
 最初のジャンプを転倒しても諦めず、ブロークンレッグでの加点を果敢に挑んだいのりちゃんと、連続ジャンプ失敗をリカバリーできずにプログラムを破綻させてしまったミケちゃんの明暗が、残酷に対比される…という描き方は、今回選ばれない。
 勝ち負けは確かにあるとした上で、では敗北の涙は誰にどう受け止められ、そこから立ち上がってより多くのものを掴み直せるものがどう笑うのかに、今回の重点はあったように思う。

 いのりちゃんを激しく遠ざけたミケちゃんの態度は、味方になってくれない大人たち、そんな大人の顔色をずる賢く伺う子ども達に満ちた、世界からの防壁だった。
 尖った態度で覆い隠し、守ってきたものが失敗に暴かれた時、ミケちゃんは顔も見ず逃げ出そうとし、敬語の”良い子”を不格好に演じ、ずっと流さなかった涙と弱音を吐き出す。
 その全部を元気に笑い飛ばし、膝を曲げて丁寧に震える手を取って、ナッチンは自分を「いらない」と告げた女の子が間違っていないことを、必死に告げようとする。

 

 勝者と敗者、いい子と悪い子。
 対極に見えて、いのりちゃんもミケちゃんもその戦いに手を添え、抱きしめてくれる誰かが隣りにいる。
 ピアスバチバチの尖りっぷりで、お行儀いコーチの枠に収まりきれなかったナッチンにとって、ミケちゃんは最後の生徒だ。
 「一人でいい」と突っ張ってたどり着いてしまった敗北から、二人で片手を繋いで進んでいく今後の勝利が、世の中に後ろ指さされがちなアウトサイダー師弟の正しさを証明していく。

 後に夜鷹純を相手取り、人生二つ分の挑戦を叩きつける司の決意が描かれるけども、それとはまた違った…しかし根底にある絆の強さと思いの熱さは同じな”コーチと選手”が、そこにはいる。
 勝つための答えは一つでなくていいし、沢山の輝きがあればこそスケートは面白いと描く上で、こういう”敗者”の描き方はやっぱり大事だと思う。

 

 最初は立ったまま、生意気ネコチャンに気圧されないポジションを維持して片手を繋いで始まった関係が、強がりの奥から溢れてくる弱さや悲しみ、痛みを全部すくい上げるように膝を曲げて、包み込む手つきになってるのが好きだ。
 ここに至るまでの数ヶ月、ミケちゃんがどういう子でどういう努力をしているのか、何を譲れなくて何が強いのか、ナッチンは見てきた。
 その良さを敗残の辛さに投げ出しそうになっている時、当人より三家田涼佳の可能性を信じ、手渡せるのがコーチ…あるいは大人という存在だ。

 ナッチンは選手として、最後は一人で飛ぶ氷の厳しさを良く知っているからこそ、世間が見放す幼子の独立心を、眩しくかけがえなく思う。
 でもそうやって突っ張って、勝利で己を証明する生き方を貫ききれない辛さも、当事者として良く思い知らされている。
 泣きじゃくるミケちゃんを抱きしめる、無敵の大人に見えるナッチンも、ミケちゃんと同じ痛みをかつて知っているからこそ、この敗北を惨めなだけでは終わらせないのだ。
 世間から爪弾きにされる辛さに耐えかね、敬語の”良い子”になろうとしたミケちゃんの”敗北”を、二人で進む勝利に書き換えれたのは、ナッチンが見た目ほどムチャクチャな人間じゃなかったからこそだと思う。
 そういう人がミケちゃんの隣りにいて、気恥ずかしさに背中に隠れようとする弟子をいのりちゃんの方に押し出してくれたのは、やっぱ良い。

 

 こうして決着がつくと、一回しか教えてないブロークンレッグに果敢に挑み、貪欲に勝利をもぎ取ったいのりちゃんの挑戦は、ミケちゃんの激しさを間近に浴びたからこそかなぁ、と思ったりもする。
 惨めな記憶に引きずられ、大人の顔色をよく読む”いい子”だったいのりちゃんは、司くんの思惑を飛び超えて今なすべきことを一人で選べる、独立独歩の気概を演技に示した。
 そういう強さって大事だなと、繋いだ手を跳ね除けられてなお思える心がいのりちゃんの中に育っていたからこそ、ミケちゃんが土壇場で発揮できなかった”ミケちゃんらしさ”を引き受けて、花咲かせた勝負なのかなぁ、と。
 そういうライバル…やっぱ良いじゃないですか。

 おまけにそんな二人が親愛ケンタウロス、ようやっと素直になれた反動でガチッリ連結して、戦いすんだ後の時間を仲良く過ごしているなんて…この世の楽園ですよッ!
 あのミケちゃんの過剰なベッタリは、ツンツン尖って溜め込んでいたものがドバっと溢れた激情家の生き様であり、「本来この間合いで仲良くしたい子があんなにツンツンしてたんだ…」という発見もあり、小3と小5の間にある年齢差を感じもして最高。
 ちっちゃい子に抱きつかれるの当たり前なの、間違いなく実叶お姉ちゃんが、自分を常時抱きしめてくれたから生まれてる認識なんだよなぁ…。
 本気で戦ってなお仲良しでいられるのは、甘さじゃなく気高さなのだ。
 いのりちゃんが初めて挑み果敢に掴み取った勝利が、お母さんとミケちゃん、大好きな二人との繋がりを蘇らせ取り戻させてるこの決着が、作品が勝利の果てに何を描こうとしているのか、鮮烈に示してて好きだなぁ…。

 

 

 

 

 

画像は”メダリスト”第5話より引用

 そういう暖かな光を飲み込むように、氷上に舞うノービス女王は圧倒的だ。
 10点台でどんぐりの背比べをしているより遥に上、90点台の高みで可憐に舞う光ちゃんの凄みは、いのりちゃんが勝ち負けの世界に足を踏み入れたからこそ、より鮮烈に映る。
 モノローグや盤外解説を極力廃し、フィジカルな表現力で全てを包み込む支配力を強調した演出が、今後主役が追いかけるべき星の高みを、よく描いていた。
 華やかなジャンプだけでなく、表情を作り手先で魅せる表現芸術としてのスケーティングを、大事に演出しているところはとても好きだ。

 「ENGIくん…マジ感謝(サンキュ)な…」って気持ちになりつつ、ただ華やかに見せられただけでは終わらないスケート残酷絵巻ッ!
 明らか闇が濃すぎる舞台裏で、ようやっと携帯電話投げつけ激ヤバお兄さんの本性に触れるわけだが、こいつ金メダリストの自覚も大人の我慢も、全くねーッ!
 司くんやナッチンがどんだけ、子どもの本気に恥じない大人であるために気合い入れてるかを描いてたのが、作中最強コーチである夜鷹純の異質性を際立たせてもいる。
 ともすれば光ちゃんより全然ガキだし、そのくせ最強になってしまった人だからなぁ…最強の壁にして、作品のテーマ的に絶対救わなきゃいけない迷い子担当。

 

 圧倒的な結果を出してしまった現代のレジェンドに、「お前は勝てない」という呪いを突きつけられるのが、どういう意味を持つのか。
 夜鷹純に憧れて、不利を承知で夢に挑んだ司くんだからこそよく解っていて、だからこそ大それた望みを背筋を伸ばし、冷や汗一つ浮かべながら告げる。
 それは「メダリストになりたい」と、その難しさも辛さも知った上で本気で望んだいのりちゃんの位置まで、司コーチが並んだ瞬間だったのだと思う。
 最後に一人で飛ぶ選手だけでなく、その孤独へ背中を押すコーチの戦いも大事にしているのがこのお話の良いところだが、それが炸裂する瞬間と言えるだろう。

 司くんは光ちゃんとの絶望的な距離、夜鷹純の怪物性を知らぬまま、無謀な挑戦を言葉にしたわけではない。
 それを誰よりも解った上で、金メダリストが幼いスケーターに突き刺した残酷な刃に立ちふさがり、共にその呪いを超えていく決意を、自分の中から…あるいは隣で震えている運命共同体から引っ張り出した。
 そういう勝負に挑む時、勝算は関係ない。
 どうすれば1%でも勝利の可能性を引き上げられるのか、全霊を振り絞って目標に近づき…なおかつ、捧げさえすれば奇跡が叶うのだという、甘えたストーリーを手放す。
 勝ちに貪欲なのは皆同じで、どこか狂っているからこそ強くなれて、それでもなお、光を諦めない。

 そういう道へと自分が、手を取るいのりちゃんが、二人を主役とする物語が進んでいくのだと、改めて宣誓するシーンで今回のお話は幕を閉じる。
 光ちゃんと夜鷹純という、遠く暗く眩しい星を追いかけて、遅咲きの花が眩しく輝いていく物語のギアが、また一つ上がる瞬間でした。
 大変良かったです。

 

 作中初めての”勝負”となる名港杯の演技を、三者三様大変いい感じに描いてくれたことで、体と心の限界に挑みながら華麗に飛ぶフィギュアの魅力と怖さが、グッと具体性を増した感じがありました。
 この説得力を足場に、今後も物語は加速していく。
 コーチ側の物語も決意の宣戦布告で加熱し、次回待ち受ける新展開が楽しみッ!