若き天才監督は如何にして巨匠を志し、周囲の人達の”初恋”を奪っていったのか。
1クール折り返しのタイミングで、ナツ子が現世でいかに周りを巻き込み突っ走っていたのか、パワフルに描く全修。第7話である。
めーちゃくちゃ良かった。
ここまでファンタジックな世界で新たなナインソルジャー、凄腕召喚師として奮戦してきたナツ子の戦い。
そんな彼女の生前がどんなもんだったか、垣間見えていた人となりの裏打ちをするような展開は、彼女に”初恋”を奪われた数多の人たちの証言を繋ぎ合わせて構成されている。
アニメに本気過ぎて他人に興味がないのに、人を狂わせる引力が確かにナツ子にはあった。
不幸撒き散らし系手弱女ヒロインだったデステニーちゃんを、鍛え上げた己の腕で孤児を抱えられるタフ&ビューティフルな人間に書き換え、永生に疎んでいたメルルンの憂いを希望に輝かせ、負け犬ジャスティスに新たな翼を与えた、ここまでの旅。
それはナツ子が”初恋”を奪われ、ワケわかんねぇからこそ面白いと思えた作品に立ち返る中で、生み出した変化だ。
人間ではなく作品に、それを生み出す技芸に取り憑かれた奇人だからこそ、自分の人生捻じ曲げた物語を確かに生きている”推し”を守り、変えていく熱意を嘘っぱちに抱く。
ナツ子の視線は生きても死んでも、虚構と現実の境のない場所で常に凶暴に燃え上がっている。
その異様な熱量は大概の人を遠ざけ怖がらせるが、しかし確かにその生き様と作りだした作品に惹かれてしまう奴らはいる。
それはナツ子の作り出したフィクションだけでなく、ナツ子自身に奇妙で真摯な魅力があるからこそ生まれる関係なのだが、彼女はそれを重んじない。
あるいは重んじているのかもしれないが、人生賭けるほどの”初恋”に比べたら大したことはなく、結果人の輪に入れず、自分の内側に他人を入れず、孤立しながらも結果を出し熱狂され、出口のないどん詰りに行き着いてしまった。
死地は即ち自分の故郷でもあり、終わればこそ新たに始まる正統派の冥府下りを、ナツ子は今まさに折り返している。
そんなナツ子の”生前”が、ハチャメチャなパワーと異様な熱量…そして狂わされつつも幸せそうな、ナツ子がとても好きな人達沢山の証言で綴られているのは、凄く良かった。
ここまでナツ子に感じていた、前髪の奥にある誠実な熱量はたしかに、このフィクションの中以外にもちゃんと届いていて、見てくれている人がいたのだと安心した。
自分がそういう幸福な狂気を生み出して、色んな人の人生をかき乱してしまっている事実を、ナツ子はあんま気に留めない。
とにかく”滅びゆく物語”に焦がれた思いに突き動かされ、それに恥じない自分を作るために、異様に描き、観察し、若くして才能を開花させる。
そんな我道驀進の颱風娘に関わった人は、あるいは幼い日の良き思い出に泣き笑いし、あるいは置き去りにされた初恋にトホホとなり、あるいはその才能に呪われて大学八年生のワナビーとなった。
しかし銭の気配に目を輝かせつつも、確かにナツ子の顔を視ている社長含め、みんなナツ子と関わり狂わされて、明るくハッピーに見えた。
そういうポジティブな価値を確かに生み出せる人なのだと、確認できる折返しだったのが、凄く良かったなと思う。
過去において、自覚せずとも他人を幸せに狂わせられていたのなら、これから先訪れるだろう絶望の先にも、誰かと繋がって幸せを作り出すことは出来るだろう。
生と死、希望と絶望、連帯と孤独、虚構と現実、過去と未来。
真逆に見える概念の境界線上を行ったり来たりし、間に彷徨えばこそ見えてくる真実を掴み取って未来へ進み出すことが、冥府下りの物語…あるいはファンタジーの根本的な意義だとするのならば。
話半分使って”滅びゆく物語”に幸せな笑顔を取り戻したこのタイミングで、彼女の過去にもまたドタバタ騒がしい幸せが確かにあったと描くことは、未来への約束でもあるのだろう。
あるいは思い出の中確かにあった他人との繋がり、強烈過ぎる影響を、才能を開花させる中で見落としていたとしても。
ルークと進み直すこの第二の人生で、その意味を取り戻せるのかもしれない。
ナツ子は誇り高く己のことを語らない人なので、どんだけ努力しどんだけアニメを愛して、だからこそ追い詰められてハマグリ弁当で死んだのか、いまいち見えにくかった。
魔法のタップを握った後生まれる奇跡と、それを生み出すために…誰かを守り鼓舞するために”アニメ”創る時の顔見てれば、大体は推測(あるいは期待)出来ていたわけだが、今回アニメーター・広瀬ナツ子がどんだけの奇人であり怪物だったか、四人の視点から立体的に描かれていたのもありがたかった。
いやー…「栴檀は双葉より芳し」というが、”初恋”に報いられる己になるために注ぎ込んだ情熱が、当然の帰結を掴み取っての若き天才だったわけね…。
見定めた目標のために、脇目も振らずひたすら突っ走れるナツ子の視界は、他人をあまり視界に入れない。
まだアニメに呪われきっていない小学校時代は、自分と一緒にいるミドリちゃんが笑っていたのだと頭に焼き付けていたが、才能を伸ばすほどに他人を視界に入れなくなり、常人を置き去りにする速度で突っ走っていく。
しかしその身勝手な独走は、恨まれるより憧れられ、憎まれるより笑える思い出として描かれていた。
”滅びゆく物語(全修。ver)”で定められた運命を書き換え、色んな人の生き方を変えた彼女の引力は、転生したから与えられたチートではなかったのだ。
存在質量がデケーやつは、否応なく他人を巻き込むからな。
そういう己の才能に無自覚だからこそ、他人を頼ることを知らずに追い詰められていったわけだが、それこそが今のナツ子に必要なのだと、銭ゲバ狐顔でお気楽に接しつつ、しっかり見守る社長の存在も良い。
杉田智和の熱怪演が、世のオタクを軒並み狂わせる天才アニメーターの存在感をイヤってほど教えてくれる、蒼井先輩もテンション爆裂過ぎて最高だった。
俗人が人間に向ける興味を全部、アニメへの”初恋”に捧げた女はしかし、色んな人の色んな”初恋”を否応なく奪い、愛される存在だったわけだ。
そんな恋が一方通行にならないためにも、どうにか生きて帰ってもう一個、最高の作品を作るしかないわけだが…さてここからどうなるか。
メシ食って戦って生きて死ぬ、人間の営みが虚構の中の現実に確かにあると、様々なシーンで描いてきたこの物語は、ナツ子第二の生を生前成し遂げられなかった、幸せなコミュニケーションに満ちた聖域…あるいは逃げ場としては描いていないだろう。
英雄が冥府への旅に赴くのは、還ってきて新たな戦いに勝ち残る力を得るためであって、そのまま死の眠りに安らぐためではない。
となるとやはり、どうナツ子の”初恋”たるこの物語から醒めて、自分を狂おしく見つめる人が数多いる現世に戻って来るかが、大事にもなろう。
この”帰還”の重要性は、やっぱスタンダードな異界行、あるいは冥府下りの正統後継者である証明かなと改めて思う。
ナツ子は流されて行き着いたこの世界で、積極的に他人と関わり、誰かのために必死に闘い、描き出したイメージで夢を作り上げてきた。
アニメーターを目指す内長く伸びて、他人の顔を見えなく/他人に顔を見せなくしていた前髪を、ユニオが奮戦の果てに折った角を簪にして上げ、チャーミングで幸せな笑顔を見せてくれている。
そうやって笑えるのは、定められた絶望を跳ね返し、みんなで美味しくご飯を食べれる”生”を掴み取るべく、持ち前の誠実な熱量を人間に向けたからだ。
そう出来たのは、目の前にいるのが人生捧げるほど狂った”初恋”の相手だからか…それとも面白くもない生身ではなく、絵に書いた嘘っぱちだからなのか。
フィクションには本気になれるのに、自分の人生とその登場人物たる他者には親身になれない、オタクの奇妙な二面性。
そこら辺をどう転がしていくかも、今後気になるポイントである。
アツい再生譚に冷水ぶっかけてくるクソ鳥が、既に死せる監督の転生、虚無感の代弁者、あるいは定められた運命の執行者であるのは多分間違いがないんだが、ではナツ子はどうやってそれをひっくり返し、自分だけの物語として”滅びゆく物語”を語り直すのか。
そうして歩んだ後に刻まれていくのは、あっけなく死んだ奇人が死に際に見た虚しい夢なのか、それとも新たな生命を己と世界に吹き込むファンタジーなのか。
元々メタ・フィクション性が非常に強い(そしてその難しさと懸命に取っ組み合っている)作品なのだが、今回ナツ子の”現世”が描かれたことで、虚構と現実の間にある断絶、入り交じる熱量がフォーカスされてきた感じがある。
物語全体を俯瞰で見る視線と、その内側に飛び込んで主観で飲み干す立場が両立できるのが、物語を受容するという(ともすれば最も人間的な)行為の凄みであり怖さだと、僕は思う。
否応なく全てを物語化してしまう動物の、一番尖った才能(あるいは本性)を、ナツ子が具現している様子をコミカルに描いたこのエピソードの先で、どういう風に物語を紡ぎ、終わらせ、継いでいくのか。
めちゃくちゃ楽しみです。




というわけで広瀬ナツ子人生劇場、小中高社会人4つの時代のオムニバスでお送りします!
ナツ子と”滅びゆく物語”の出会い(彼女自身の”初恋”)がどんなもんだったかとか、ナツ子に報いる自分であるためにアスリートにまでなった二宮くんの初恋を、どう蹴り倒したかとか。
色々楽しく見えてくる回なのだが、ミドリちゃんがナツ子の揺るがぬ生き様、一心不乱な情熱に惹かれ、ナツ子もまたそんな彼女の笑顔をちゃんと見て絵に描き、手渡して泣き笑いさせた小学生編が、一等良かった。
ナツ子はその作家生活の開始から、他人を笑わせ泣かせられる、心に届く絵を描ける人だったのだ。
ここら辺、イグジスト様でメメルンの人生書き換えたのに通じる描写だと思うのだが、ナツ子は前髪に隠れて解りにくいだけで、他人のことを大事に思えるし、それに報いようという心意気もある。
それを笑わす手段が絵しかなく、しかし絵を描けば伝わってしまう才能が確かにあること…狂ったような努力でもってそれを掴み取ったことも、今回見えてきた。
俺はナツ子が奇人であることよりも、義人であることに魅力を感じているので、そこら辺の匂いが仄かに甘酸っぱい思い出に燃えていたの、大変良かったです。
まぁアニメーターとして才能を尖らせていく内、どんどん他人の顔は見えなくなるわけだが…。
二宮くんの初恋はちょっとかわいそうな青春コメディ味だったが、ひたすら真っ直ぐに自分の喉仏を、残像の残る疾走を見つめるナツ子の視線に答えれる自分になるべく、アスリートとして開花してる様子に救われもした。
やっぱそういうポジティブな変化を、意識しないまま生み出せる引力がナツ子にはあるのだ。
今回選ばれた四人は幸せなレアケースというか、大概の人にその人となりを理解されないまんま突っ走ってきたんだろうけど、でも届く人には確かに届いている。
ナツ子自身はアニメにしか恋していなくても、ナツ子に気持ちを奪われた色んな人が、その影を追いかける中でドタバタ楽しく、気持ちの良い未来へ自分を運んでいるのだ。




その最たる存在が、蒼井先輩なのは間違いない。
何者かである自分を信じて創作活動に打ち込み、しかし圧倒的な結果を出力し世間を狂わせれる才能があるわけでもなく、それを掴み取るためのイカれた努力も出来ない。
ナツ子があっという間に置き去りにする凡人は、しかしその圧倒的な実力を誰よりも認め、惹かれ、狂わされるナツ子オタクでもある。
ロケットに突き上げられ宇宙にぶっ飛ばされるような、体験したことがない感動。
”ライバル”という体を取ることで、ギリギリ保っているプライドがいじましいが、そのヤリスギなりアクションがどんだけ、ナツ子のアニメに心震わされたか教える。
モラトリアムの獣たちがのたくる巣穴を、あっという間に怪物的作画スピード、圧倒的クオリティ、アニメ制作の全領域を制圧する万能性でねじ伏せたナツ子の速度に、先輩はついていけない。
それでも怪物に脳みそ焼かれちまったオタクとして…あるいは本物じゃないからこそ本物に衝撃を受けた青年として、画面の向こう側でのし上がっていくナツ子の飛躍を、幸せそうに見守っている。
その身悶えと熱狂は、僕らに一番身近な形で「広瀬ナツ子がどんだけスゲーのか」を教えてくれて、大変ありがたかった。
こんだけ濃いオタクを、こんだけ狂わせるだけのモノが作れるのって、やっぱ天才なのよ間違いなく。
減らず口を叩きつつも、蒼井先輩がナツ子の才を恨まず己を蔑まないのが、救いのある描き方だった。
圧倒的に本物な才能を目の当たりにして、本物じゃない自分を思い知らされる体験は、まー大変に苦い。
異様なテンションで張り詰めた自意識を笑い飛ばし、そんなもん問答無用に根こそぎにしていく才能の炸裂に押し流される、蒼井先輩の美しい独り相撲。
それはなんだかとっても楽しそうで、確かに人生狂ってはいるものの、いい感じに狂わせる引力がナツ子から出ているのだと、良く解った。
そうさせるだけの実力を、どう培ったかもAパートでしっかり描かれていたしね。
あの世界には数万人の蒼井先輩がいて、作画AMVで広瀬パート見て大声上げたり、初監督作品で場外までぶっ飛ばして「オレは演出の時点で、”来る”って解ってたけどね…」と言ってたりするのだろう。
そういう狂い方と、彗星のような速度で未来に向かってぶっ飛んでいく本物の速さに、ついていけないながら見つめていたい気持ちは、つくづくよく分かる。
そういう有象無象が投げつける、百億の夢や情熱や狂気を素知らぬ顔で、ひたすら”初恋”に突き動かされて突っ走れる所に、ナツ子の特異性がある。
しかし死によって足を止めてみれば、他人の顔をしっかり見て己を捧げられる人間味も、確かにあると解るからなぁ…。
ミドリちゃんも二宮くんも蒼井先輩も、ナツ子が放つ引力に引き寄せられ、人生を捻じ曲げられた。
若き天才としてあっという間に世に飛び出したナツ子のことを、彼女が自分たちを置き去りに駆け抜けていっても、まだ好きな人達だと思う。
そういう人たちがナツ子の死を聴いてどう思い、やがて来るだろう復活に何を感じるのか。
そこを、もう一度見てみたいなとも思った。
創作者がぶちかます影響力の波を描いてこそ、その存在質量のデカさも見えるわけで、今回描かれたそういう波紋の行き着く先は、ぜひもう一回見たいんだよな…。
蒼井先輩、このままナツ子死んだら立ち直れないだろ多分!




蒼井先輩は部室にのたくるモラトリアムの怪物として、業界ワナビーの視線で外からナツ子を見ていたわけだが、オムニバスの最後を飾る社長は”仕事”としてのアニメの現場で、ある意味対等な視線で天才を見る。
108回目の初恋には、確かに銭の臭いがプンプン漂っているが、それは平成最大の大爆死で会社沈みかかった古強者からすれば、当然の視座だろう。
ナツ子は稼がせてくれるアニメーターであり、魂を震わされる本物であり、未だ未熟だからこそ試練を与え、さらなる開花を期待したくなる若者でもある。
この複雑な立体感が、社会人としてのナツ子の顔を鮮明にしてもいた。
創作に思い悩めばこその奇行に、凡人たちがついて行けなくなったと訴えてきても、社長は「ぶつかってあげて。ナツ子の本気に答えてあげて」と頼み込む。
並ぶものも解ってくれるものもいないと、前髪の奥不鮮明に諦めかけている孤独は、創作の現場で生きてきた社長には馴染みが深い輝きを秘めている。
怪物クリエーターが迸らせる情熱と献身を、それ故の苦悩と孤独を、どうにかまとめ上げ一つの作品を世に問う闘いに、社長も肩を並べている。
そこに気づけぬまま、一人で”初恋”を背負って突っ走ろうとしたのが、ナツ子の哀しさだなと思う。
答えを差し出すより、自分で気づいてもらおうとした社長の思いやりが仇にもなったか…。
高校生での鮮烈なデビューまで、ナツ子は壁にぶつかることもなく怪物的な速度で疾走し、キャリアを積み上げてきた。
しかし”初恋”を問う映画に体当りしても、他人に興味を寄せてこなかった自分の中に答えは見いだせず、妖怪初恋泥棒として苦悩することにもなる。
そんなナツ子の奇行が、ひたすらアニメを愛し良い作品を作りたいという、”滅びゆく物語”にトゥンクしてしまった純情故の本気からだと、山積みの資料とどんどん伸びる前髪で見せてくれる回である。
コミュニケーションに難はあれど、ひたすらシコシコ手を動かし、燃え盛る愛に報いる己であろうとずーっと頑張ってるのは、やっぱ好きなんだよなぁナツ子…。




4つの視点で描かれた、ナツ子の軌跡。
それはあの時出会った大爆死作品に恋をし、その思いに突き動かされて突っ走った少女の、原点を語ってもいる。
愛する作品の中に飛び込み、運命を変えうる新たな登場人物として共に闘い、共に笑い食べる。
考えようによっては最もイマーシブな批評行為を、現在進行系で体験しているナツ子は、死に至るまでの前世を「怖い夢」と呼ぶ。
頼れる仲間がいて、一緒に未来を切り開いて笑いあえるこの場所が、私がいるべき人生だ。
それが、ナツ子の素直な現状認識なのだろう。
それはそれで悪くない。
前髪上げて笑うナツ子は、とても素敵だ。
しかし今回、色んな時代に触れ合った色んな人が、アニメーターとしての…そして人間としてのナツ子にどんだけ狂わされ、愛されていたかを描かれると、ここで幸せな夢に微睡んでいるのは勿体ないなとも、感じてしまう。
魔法のタップは特別な魔法を形にして、滅びゆく戦いを勝利に導いてくれるが、アニオタ待望の超絶作品を広く知らしめ、ナツ子のアニメを待ってるバカどもを狂わせてはくれないのだ。
ナツ子自身は興味ないのかもしれないが、しかしそうして生まれた波紋と感情は、凄く意味のあることだと思う。
それを投げ捨てて、第二の人生であり自分の原点でもある物語を幸せに”全修。”するのは、果たして正しいのか。
ギョロ目の鳥がニヒルにNOを突きつける中で、物語は折り返しを迎える。
進むか、戻るか、あるいは行きて帰るか。
どっちに進んでいくにしても、広瀬ナツ子という人間が特別級の奇人であり、夢を追うために全てを捧げられる怪物であり、色んな人を否応なく巻き込む引力の持ち主であると、良く分かる現世編でした。
他人を頼り、頼られる自分を、ファンタジックな戦い…推しと肩を並べての第二の生で確認したナツ子には、確かに帰るべき場所がある。
ならばこの冥府下りに何を持ち帰り、何を生み出すべきなのか。
後半戦はファンタジー論、創作論のさらに深いところにも踏み込んでいきそうで、大変楽しみです!