後発性の九龍城砦で、亡霊は愛を夢見るのか。
謎が謎を呼ぶレトロSF恋物語、九龍ジェネリックロマンス第3話である。
相変わらず作品全体は謎めいているが、「鯨井Bの後発品である令子が世界全部に揺さぶられつつ、自分を探していく物語」だという、作品の芯はハッキリしてきたと思う。
禍々しく工藤を睨みつけるヒマワリの呪い、どこにも出れない金魚たちを飾る美しい檻。
懐かしく愛おしくて脱出できない、時と因縁の檻の中で、32歳のアリスは何も理解らないまま、自分だけの本当を追い求めて九龍に惑う。
その歩みが、過去に呪われた男を解き放つのか。
作品の眼目は、畢竟そこにある気がする。
不気味な蛇男と思えたみゆき院長も、露悪的な態度の奥に深い傷と事情を抱えている様子が描かれ、彼の愛人たるグエン(グエンB?)も顔を出してきた。
描写を統合すると、どうやら九龍の外側では当たり前に時間が流れていて、令子たちは永遠の夏を幽霊のように過ごしている…感じなのかな?
九龍の中と外で時間の流れが乱れ、因果の逆転が発生しているため全体像を把握しにくいが、鯨井Bが死んでしまったまま残酷に時が流れていく九龍外の現実と、令子という形で時を巻き戻し死者の思いでが自分の足で歩いている九龍の中の夢という、二層構造で成立してるんだと感じた。
…やっぱ真夏の幽霊譚じゃねーかッ!
工藤が令子を求める(そして憎む)気持ちと、男性を性愛対象とするみゆきが令子を求める基準は違うのだろうが、彼が意識して表に出している”何もかも丸呑みにする蛇”という姿が、みゆきの全部だとも思えない。
なぜジェネリックな令子が九龍にあることをあれだけ喜んだかは、彼がひどくつまらなそうに冷徹に進めている、謎めいた計画と結びついているのだろう。
彼自身、死んでしまった実子の後発品として蛇沼に囲われ、そのトーテムを全身に刺青されている犠牲者…って感じもある。
好き勝手絶頂ぶっこいてる悪役に見えて、みゆきちゃんなんか痛ましいんだよな…。
仮面で顔を隠し九龍を歩くグエンは、鯨井Bが死んだ現実を知ってて、令子に悪しざまな態度を取る。
それは九龍を覆う夢から既に醒めて、取り返せないものを既に飲み込んだ大人の顔だ。
記憶もなく、何もかもが借り物でありながら、工藤への慕情にすがって必死に己を確立しようとする令子の、幼気な健気とは真逆である。
しかし彼の苛烈な態度は、令子があくまで後発品でしかなく、既に死んだ鯨井Bの思い出を否応なく貼り付けられ、愛する人に己自身を見てもらえない宿命を、しっかり暴き立てる。
その事実をちゃんと見据えなければ、令子は自分の足で進み出すことも、己を掴み取ることも出来ない。
僕はこのお話が、九龍”ジェネリック”ロマンスという名前を持っていることに感心している。
それは確かに後発的だけど、コピーでも粗悪品でもなく、誰かを助けうる意味ある存在を表す言葉だ。
それは鯨井Bを絶対のオリジナルとして特権化せず、白紙だからこそ無邪気な令子だけが掴めるかもしれない、自己像と未来を既に祝福しているように思う。
既に去った時代の思い出にまみれ、愛すればこそ心のなかに閉じ込めてしまう、懐かしさという毒。
それを振りちぎって、真夏の幻影であっても揺るがぬ己を掴むために、迷宮を駆けていく一匹のアリス。
そういう主人公像が、だんだん鮮明になってきた。
あるいは30のおぼこい工藤クンが、翻弄され夢中になってしまう鯨井Bのセクシーな陰り…それを生み出す重たい記憶がないからこそ、令子は純粋で真っ直ぐなのだろう。
鯨井Bの死の真相は工藤の後悔と深く結びつき、あるいは出口のない時の迷宮たる九龍の成り立ちそれ自体にも、深く絡んでいるかもしれない。
鯨井Bと重なりつつ、その在り方はやはり違っている令子のイノセントな魂が、一人では抜け出せない愛憎の牢獄に囚われてしまった工藤を助け出す、アリアドネの糸足りうるのか。
猥雑で美しい九龍の景色は、そんな問いを幻想的かつ身近な手触りでもって、上手く削り出していく。
今回ぶっちゃけ、作画が結構荒れ気味だったわけだが。
むしろだからこそ80sの味わいが色濃く出て、僕らが過ごす2025においてとうに消えた九龍が、SF世界に再生されその亡霊がゆらゆら夏に揺れている姿が、より生っぽくこちらに迫っても来ていた。
油彩画っぽい美術が本当に独自の味わいを出していて、枠に入れて飾っておきたくなるような独自の美と、それが”絵”でしかない非実在の寂しさ、だからこそのノスタルジーを現出させてもいる。
この複雑な情感が持つ毒に、このお話は凄く自覚的な作品でもあると思う。
工藤を生贄に鯨井Bの檻に閉ざす危うさを入れ込むことで、ノスタルジーを万能の特効薬にしない姿勢が刻まれている。
令子は九龍以外を知らない城砦の幼子として、鯨井B在りし日の残影を繰り返す工藤が認めない(認めたくない/認められない)新たな九龍を、己の生に見つけ続けている。
工藤以外の友だちもいるし、彼に焦がれ依存する自分以外の、それをぶち壊して二人で新しい場所に進み出せる己を、苦しみながら掴もうともしている。
そんな若々しく新しい無垢な視線が、謎めいた九龍…それを包囲する複雑な因縁を切り裂いた時、一体何が飛び出してくるのか。
少し怖くて、とても楽しみである。
ここにみゆきちゃんの思いも絡んできそうで、ロマンスもまた複層的だなぁ…。
もろにトレンディドラマな構図なんだが、ゲイカップルがもう一人の主役に据えられている、時代感が交錯してる面白さ。




繻子の向こうに思い出が揺れ、冒頭描かれるのは鯨井Bがまだいた頃、天にジェネリックテラがない頃、工藤発が後輩だった頃である。
カーテンと窓ガラス、二重の半透明に遮られて鯨井Bは、若き工藤にひどく謎めいて、魅力的に映る。
それは今、工藤を見ている令子の視点でもあり、鯨井Bの死を折り返し点にして、男と女の立場と感情は入れ替えられている。
時は流れ確かに鯨井Bは死んでいるが、同時に巻き戻って同じ慕情と運命を繰り返し…より広い場所へ出ていくことがない。
この象徴として、ガラスの中の金魚を選んでいるのは、極めて適切な詩学だ。
みゆきは自分が見つけた夢の原石の味を確かめるべく、蛇めいたスプリット・タンで直接、令子のリップをまさぐる。
それは令子にみゆきの味を教える行為でもあり、”EDEN”と名付けられたりんご味の口紅を、蛇が無垢な女に届けてきた意味は露骨で明白だ。
ここは楽園、九龍城砦。
蛇が来たのならば女は知恵を授けられ、己が裸であることを思い知らされて、男と一緒に罪を重ねて、楽園を追放されていくていく…はずだ。
神への反逆者たる蛇の役割を、露悪的に自覚的に背負うみゆきちゃんがなんで、令子を特別に思うのか。
ここら辺は、まだまだ見えきらない因縁の先である。
ともあれみゆきちゃんが”悪役”やってくれることで、工藤が鯨井Bだけでなく令子も大事に思っていることは理解った。
…と、シンプルに言えないのが難しい所で、工藤自身自分が既に死んだ鯨井Bの残影を同じ顔の女に押し付けているだけなのか、令子という個人に惹かれているのか、答えは見えていないと思う。
何しろ愛する人との死別も経験した”大人”なので、「理解ってるさ…」って態度は崩さないと思うが、時と因果が囚われ逆巻く九龍に囚われ、マトモに泣くことすら出来てないだろう工藤は、自分の中の哀しむ子どもの解放も対峙も、未だ果たしていない。
今の彼に必要なのは、ガキのように本気で泣くこと……その悲しみを誰か一緒に抱きしめてもらうことなんだと思う。
果たして令子の真っ直ぐな純真が、愛する人にかけている”子どもっぽさ”を補うのか。
そんな自分へたどり着くための旅へ、蛇の口づけはどういう仕事を果たすのか。
まだまだ運命は動き出したばかりだが、「オッス嫌味な最悪です」みてーな顔作ってるみゆきちゃん自身が、複雑怪奇な因縁に囚われ、自分の中の子どもと上手く付き合えてない、救われるべき犠牲者の顔を少し、チラつかせてもいる。
つまり令子と工藤とみゆきは似た者同士で、どっちか悪役にして片方救われる、あるいは犠牲に使って幸せになるような決着は、片手落ちなんじゃないかなぁ…などとも感じる。
みゆきちゃん、かなり好きな造形なんでもっと目立って欲しい。




過去と未来がねじれて錯綜する九龍の、真ん中にいる二人の女。
工藤がベランダの向こうに見る令子と、顔のない亡霊としてあらゆる場所に偏在する鯨井Bの影は、同じ顔で重なり合いながらも違っていて、確かに繋がってもいる。
令子はノスタルジーを束縛と紐づけた(この定義に、工藤がメッチャ縛られて生きてるのが痛ましい)が、そうして思い出を己の中に/思い出の中に己を、閉じ込めて生きることが真実、懐かしきものを慈しむ行為なのか。
金魚に新しく広い水槽を用意してあげた令子の部屋に、置かれた人形、置かれていない冷蔵庫の中の水。
情景は無言の問いを投げる。
本来自由で広い場所への解放をイメージさせる空は、壁に囲まれてひどく窮屈に描かれる。
無邪気な好意を示すはずのヒマワリは、呪いめいた花言葉を宿して亡霊の住処になる。
一般的に流通するイメージを裏切って、ひどく生々しい愛と生の実装を削り出していくのが巧い作品であるが、九龍という舞台の強みを活かし、日常の隙間にサスペンスを埋め込む手腕も鋭い。
鯨井Bの視線は工藤を過去に捕らえ、彼から目を離せない令子もまた”オリジナル”との反射に囚えていく訳だが、しかしこうして永遠の夏に彷徨うことを、鯨井Bは望んでいたのだろうか?
工藤が見ている漆黒の悪霊が、鯨井Bの”本当”だったのだろうか?
死者は語らない。
だからその真意を、確かめることも出来ない。
確かめてしまえば進み出すことしか許されず、時の流れに抗えない人間の当然に飲まれて、愛しさを手放す事にもなっていく。
鯨井Bへの後悔は、肉体が死んでも九龍に残る彼女の思いでに溺れて、愛しき思い出を手放さなくてすむ特権を、工藤に与えている。
記憶の虜囚であるのなら、死人と離れ離れにならなくても良いのだけども、それは”生きている”と言えるのか。
恋に紐付いたグロテスクな葛藤を、永遠の夏を繰り返す九龍の亡霊という舞台に踊らせて、普遍的な問いかけが陳腐にならぬよう叩きつけてくるこのお話は、やっぱり凄く正統なSFなんだと思う。
ジェネリック九龍、工藤の精神世界だよなぁかなり。
停滞し繰り返しているように見えて、鯨井Bに仕事のやり方を教えられていた工藤が、今は令子に不動産仲介業のイロハを教える側にもなっている。
そして教えられた令子は、誰かの幸せを手助けできる存在に、確かに変わっていく。
工藤がどれだけ永遠の停滞を望んで、九龍に刻まれた”八”に裾を汚しても、鯨井Bは帰ってこない。
目の前に在る令子は誰かの記憶を背負った後発品で、しかし彼女と無縁な鯨井Bの人生を、尊重してくれる優しさと強さがある。
”ここ”なんだよなぁ…令子は自分の足場がないバブちゃんなのに、被害者ヅラもしないし、他人の大事なものを蹴飛ばしもしない。
誰よりも”少女”なのに、人間が出来てる主役だ。




とはいえ余りに異様な運命を受け止め切るには、な~んにも持ってない令子は”人間”過ぎて、夏の熱気にやられもする。(「工藤もそうだよ!」と、冒頭の回想で描いているのがズルい)
みゆきちゃんがセクシーな呪いを僕らに開示する中、彼の愛人は憎々しげな態度で令子に真実の一端を告げ、真心の花はしおれて捨てられていく。
それでも令子は涼しい顔で自分を否定する愛しい人の前に立ち、一個一個自分だけの宝物を叫んで、思い出に追いすがろうとする。
け、健気だ…どんどん主人公が好きになっていくので、このアニメ良いアニメだと思うよッ!
「お前が嫌いだ」と告げ、さっぱりとジェネリックな令子と一線を引いているようでいて、工藤は令子からのヒマワリが長く生きられるよう、水を差し出してくれた。
花瓶に閉じ込められた花はしおれてしまうけど、それを活かそうと手を伸ばしてしまう自分の優しさを、工藤は止められない。
その気持は百万のヒマワリに睨みつけられ、過去に縛られ動けない心と背中合わせで、未来を求める思いと逆行のノスタルジー、両方が工藤発にある。
その矛盾が衝突して生み出すスパークが、この男をとんでもセクシーにしてんだよなぁ…。
「とっとと割り切れよ~~!」って気持ちと、「分かるよ、切ないよね…」って気持ち両方ある~~~!
矛盾とギャップがキャラを際立たせるのはみゆきちゃんも同じで、令子に向けていた蛇男じゃあ収まんない、コクと傷が蛇の刻印焼き付けられた背中から、セクシーに溢れ出ていた。
グエンくんがどんだけみゆきちゃんに一途か次第で、彼がもう一人の主役として分厚い物語背負って、作品のメインストリームに飛び出せるかも決まってくると思うけど。
九龍から去ったボーイのグエンくんと、仮面付けて内情を探ってるグエンくんとの関係次第ではあろうけど、どんな不可思議や理不尽が間に横たわろうと、みゆきちゃんへの愛だけは揺らがず本物であってくれると、超好みの純愛でありがたい。
ロマンスも二層構造となると、こらめっちゃ面白いわな…。
グエンくんが九龍の食べ物口に入れてない描写があって、ヨモツヘグイで命をつなぐ亡霊たちの物語だという印象が、より強まりもしたが。
ジェネリック九龍がどんな場所だろうと、工藤がどれだけ自分に死んだ女の影を重ねようと、令子は自分の中に燃え上がる思いだけを信じて、必死に自分であろうとする。
その一途な戦いは、観ていて素直に応援したくなるパワーに満ちている。
それこそが作品の柱であり主燃料なのだと、改めて教えてくれる第3話でした。
世界の謎も明かされては増え、どんどん物語に引きずり込まれている感じですけど、キャラとドラマがシンプルに強いことで、サスペンスだけで引っ張る空疎さが薄いのは偉いね。
令子と工藤のトレンディーな恋愛模様…というには、生死にと因果が深く絡み合っていて、独特の陰影と重さがあるわけですが。
そこにみゆきちゃんの複雑な面白さがグイと顔を出してきて、作品がより多角的になった感じもあります。
彼は九龍の外に出れる存在なので、そっから観測して明かされていく真実も沢山あるだろうし、グエンくんから工藤&鯨井Bへの感情がデカいんで、それに導かれて令子サイドにもしっかり響きそうだしね。
大変良い感じに、ミステリもロマンスも加速しております。
永遠の夏を閉じ込めた、ノスタルジーの美しい牢獄。
そこから進み出すための鍵がどこに在るのか…次回も楽しみ!