イマワノキワ

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小市民シリーズ:第21話『黄金だと思っていた時代の終わり』感想ツイートまとめ

 かくして獣たちの始まりと終わりは繋がり、破綻の先へと物語は続く。
 怒涛の真相開示から残り二話、小市民シリーズ第21話である。

 

 名札と時計、小鳩くんが口に含むものに異様にクローズアップして展開してきた、陰鬱で息苦しい入院生活描写の意味が、ようやく像を為すエピソードである。
 他人踏み台に好き勝手絶頂、全くはた迷惑な”黄金時代”が素人名探偵たちを置き去りに終わって、獣たちが小市民を志して上手くいかなかった、その先。
 小佐内さんと小鳩くんは、こしゃまっくれたドヤ顔の知識開陳や、怯えゆえに他人を支配する唸り声以外の、凄く真っ直ぐ相手を心配し、感謝する言葉でようやく手を繋ぐ。

 病室での、手のひらだけのストイックな抱擁を描くためにずーっと小佐内さんは顔を見せなかったし、恋人たちは出逢えなかった…と、思わず納得する、見事な作品の到達地点だった。
 二人は相変わらずロクでもない人でなしだが、互いの次善と必要として長い回り道の果て、お互いを求めてあそこにたどり着いた。
 それがどんな意味をもっているのかは、三年の思春期を歩いた彼ら自身と、それを見守ってきた僕らが感じるべきもので、セリフで語るものではないのだろう。
 たい焼きより大事なものに手を添えれるようになった狼と、その温もりに泣けるようになった狐。
 彼らが物語を通じて手に入れたものは、ただ綺麗で無垢なだけではない。

 

 その生っぽい質感をえぐり出すために、三年前の傲慢で人生メチャクチャにされた復讐者の、やり過ぎで身勝手で不格好な正義が…同じく”人間らしい”からこその憎悪が、今必要なのだろう。
 三年越し、どうにか取り戻せないかと心のどこか悔やむ、踏み込み過ぎな過ちは、勝手な殺意を焚きつける程度には”現役”で、犯人が臆病に作り上げた停滞が破綻する寸前、名探偵コンビは事件に気づき、車椅子で走り出す。
 極めて人間的な思いやりと繋がりの先にある、恨みと殺意と迷いに満ちた、事件と復讐の本質。
 それが最後に襲いかかってくるのは、推理と復讐に自分を特別にしてくれる夢を見ていた、醜悪で眩しい思春期の決算に相応しい。

 やり場のない復讐心にかられ、破綻が約束された脆い密室を病院内に急造した英子は、主役たちの歪な鏡として面白い造形をしている。
 あの時自分たちを、白雪に特別な足跡を刻む(それを消し去ることすら許されれている)黄金な存在だと思い込ませてくれたもの。
 未解決なまま自分たちを追い抜いていった事件に、己の文を思い知らせ、小市民を志す日々の中我慢できず、幾度も啜ったもの。
 それが持っている生々しいシャレにならなさを、車体と睡眠薬とハンマーでぶん回しながら、英子は半端なモラトリアムを擲って、自分を”犯人”へと駆り立てていく。

 

 親切な専属ナースとの、何かが奇妙に制限された平穏。
 強制されていた微睡みが、共犯者からのメッセージによってドライフラワーの糧として投げ捨てられて、小鳩くんはようやく探偵としての冴えを取り戻す。
 それは自分が人生めちゃくちゃにした被害者を前にしても、興味深い謎をまず追いかけてしまえる他人ごとではなくて、自分がしでかした罪をハンマーで殴りつけてくる、命がけの当事者性を宿している。
 ここに来てようやく、小鳩常悟朗の事件は己の生存のためのもがきに変わった。
 …夏の離別で彼が糾弾した、相手を潰さないと安心できない怖さに、小鳩くんが追いついた…ともいえる状況か。

 あるいは三年前、自分の頬を張って魂を殴った小阪くんの痛みと、同じ立場にようやく立った…ともいえる。
 他人を慮り、知恵に溺れる気持ちよさよりも眼の前の相手に、手を差し伸べること。
 持ち前の知恵を活かして、自分や誰かを活かすための道を切り開くこと。
 頭でっかちで言葉しか使えないミステリマニアが、ギリギリ命がけな”日常の謎”に向き合う資格を手に入れたのだと、終わってなかった小市民たち始まりの事件、それが生み出す二人最後の事件はあぶり出す。
 このくらい生死のギリギリに立たないなら、他人の人生踏む資格はやっぱ手渡されないんだろうなぁ…。

 

 そういう推理と人生の中枢に足がかかったからといって、”恋人”だった人たちにあんだけロクでもねー応対しちまうボケ共が、急に真人間になるわけでもない。
 どこまでいっても獣は獣で、でも甘く小市民の夢にその牙を包まれることを確かに願って、春から夏、秋から冬へと続いてきた物語があった。
 その総決算を次回、どう刻み込むかはとても楽しみであるが、やはり待ってましたの小佐内ゆき、圧倒的ヒロイン力でその存在感を爆裂させた病室のシーンが、大変素晴らしかった。
 ホント溜めに溜めたからなぁ…だからこそ、それだけのことはある狼少女の人間卒業証書だった。

 いわば作品の一番甘いスイーツとして、フードポルノ的色彩も宿しつつこのアニメを照らしてくれた、小佐内さんが甘味に舌鼓打つシーン。
 「たい焼きなんてどうでもいい」は、当人がそれをぶん殴るセリフなわけだが、だからこそ残り二話の大詰め、彼女がたどり着いた場所をよく語っていたと思う。
 入院生活で眠剤入のボンヤリを共用され、まーったく知恵働きに走れない(足が折れてて走れない)小鳩くんのように、己を己たらしめる甘味の誘惑、復讐の美味を”どうでもいい”と捨てれてしまうところまで、小佐内さんはやってきた。
 それでも過去は追いすがって、ノーブレーキで彼女と恋人をぶっ飛ばしにかかるわけだが…さて、どうなるか。

 

 じっとり重たい質感で積み上げられてきた入院生活が、英子が己を殺人者にするかナースにするか、決めかねていたモラトリアムであったことも今回暴かれる。
 川底に疾走する凶器を投げ捨てようが、暴かれてみれば稚拙なトリックで己の出自を隠そうが、迸った殺意は消せないし、諦められない。
 狐の推理と狼の口撃に煽られて、殺人者(候補)であることを結局選んだ英子もまた、己の本性から逃れられなかった小市民未遂…なのだろう。

 所詮はホットミルクしか飲めない子どもが、美しくも息苦しい地方都市に閉じ込められ、肥大化した自意識を持て余し、どこにその置き場所を見つけるか。
 ここまでの21話はそんな、凶暴なモラトリアムのスケッチだったと思うけど、ナースと殺人者の狭間でウロウロしていた英子もまた、そんな檻に囚われ、自分でぶっ壊す獣の一人だ。
 そのトリックが極めて稚拙に取り繕われた、結果として上手くいってしまった狐の檻だと今回解って、なんだか妙に納得する。

 本格ミステリにそびえ立つ、謎と知恵の大伽藍のような壮大なトリックより、燃えきらない動機と稚拙な弥縫策が組み合わさった、ブリコラージュ的犯罪未遂が、小市民を夢見た獣最後の事件だ。
 ずっとそういう話だったし、そういう世界だったし、そういう人たちの話だったのだ。

 

 キラキラ充実した青春も、冴えた謎解きも、ホッコリした日常の甘さも。
 ジャンルとヴィジュアルが生み出すイメージを裏切って、より生々しくショボく…だからこそ血が滲むような実在感で、ままならない思春期を描き続けたお話に相応しい、最後の事件だと思う。
 トリックがショボかろーが、英子が振り上げたハンマーにこもった殺意と恨みは本物で、こしゃまっくれたガキが自分を特別にしてくれる遊びとして、踏みつけにした他人の尊厳はそういう鋭さを、いつでも宿している。
 さんざん青春を転がり、痛い目も見てきた今の小鳩くんたちには、その重たさと取り返しのつかなさを、思い知るだけの足腰を手に入れてる。

 それを素直に飲んで己を改めるには、尖りすぎてる獣の牙も当然残っているが、まぁ人間そんなもんだッ!
 他人を侮り、知恵に溺れるどーしょうもない自分を思い知ってなお、終わってくれない青春の先へと、少年少女は進み出していく。
 何かを中途半端に保留してくれていた、息苦しくいらがっぽい時間は終わって、折れかけの足、浪人確定の身の上で、小鳩くんはまた来る春へと飛び込まなければいけないのだ。
 そうして流れていく定めに、小佐内ゆきはどんな牙を突き立てるのか。
 次回事件を決着させた、その先の描写をアニメがどんな風に描ききるかが、今からすごく楽しみだ。
 本当に、良いアニメ化だった。

 

 

 

 

 

画像は”小市民シリーズ”第21話より引用

 というわけでやや駆け足気味に、過去と現在の事件が並走進行していく。
 今まで四話、かなりじっくり小鳩くん周辺に漂う空気を切り取ってきたカメラは、事件の終焉を前にテンポを早める。
 その早足が、三年前の事件と現在の事件が深く繋がっていて、あの時中途半端な敗残に終わった推理を完遂しなきゃ小鳩くんの命が危うい、過去と現在の連動を顕にもする。

 いかにも小市民的な直球を、張り紙に投げつけて事情が外部に漏れ、中学生には気圧されるホテルのロビーで、大人の圧力を受け取る。
 知恵働きに夢中なドヤ顔の限界点が、真実を取り逃がしていく様子は、眠たい今に繋がってるのだ。

 

 排泄すら介助がなきゃ出来ない苦境で、小鳩くんは外部からの助力がないと、睡眠薬で作られた密室を突破できない。
 自力で謎を解き状況を打破する名探偵は、すっかり牙を抜かれて無力であるが、病室探偵の停滞を補う行動力ある相棒が、病室の外で散々暴れてもくれる。
 小佐内さんにはちょっと不似合いな、それこそ小鳩常悟朗的に冴えた知恵でもって、彼女は狐よりも早く、彼を捕らえる密室に気づいていた。
 ようやく遅れ馳せ、恋人の速度に引っ張られ追いついて、小鳩くんは自分がナースに一服盛られ、強制的に周囲を知覚できない状況…生殺与奪の権を誰かに握られている苦境に気付く。

 誰かが助けてくれればこそ、どん詰まりを脱していける現在の描写に対し、二人が出会ったばかりの過去では、狐はたった一人で大きなモノに挑み、飲まれるしか無い。
 日坂くんの父親に向き合う時、大人が飲み干す苦いコーヒーと、ガキが頼んだホットミルクの対比が、本当にエグかった。
 根本的に焦点を間違えた推理、自分を気持ちよくしてくれる都合のいい情報に、誰かさんみたいに溺れた結果、小鳩くんは自分の存在を学校の外へ暴く張り紙に、突破口を見出す。
 そこから飛び込んできたのは事件を解決に導き、彼を特別にしてくれるヒントではなく、強制的に捜査をへし折ってくる大人の理屈と、社会の重圧だ。

 

 秋の事件の胡乱な乗りこなし方を思い出すと、ここで名探偵が大人の陰険な圧力に屈服させられた描写が、小鳩くんなりの成長を際立たせもするわけだが。
 中学生時代はただただ相手のフィールドに引きずり出され、「テメーはミルクでも飲んでろ」と殴り飛ばされた場所で、子どもの火遊びじゃ済まない炎が立った時、小鳩くんは彼なり動員できる全てを利用して、謎を解き火を収めた。

 それはここで何も出来ない自分を思い知り、それに相応しい小市民的応対を心に決め、結局その檻じゃ収まらない性分を噛み締めて、掴み取った未来だ。
 ホットミルクの屈辱にも、ならば多分意味はある…はずだ。
 そう思わなきゃ、飲めんだろこの苦み…。

 

 

 

 

 

画像は”小市民シリーズ”第21話より引用

 食い物に出来る弱者だと思い込んでいた相手に、推理で上回られ。
 自分を興奮してくれる謎を提供する、餌だとしか思ってなかった相手にぶん殴られ。
 事件は名探偵を置き去りに勝手に終わり、獣たちは自分たちが思っていたほど特別でも卓越してもいない、ただの子どもだと思い知らされる。

 その痛みは三年間ずーっと頬に宿っていて、だからこそちったぁ他人の気持ちがわかるらしい”小市民”に、自分を作り変えようと小鳩くんも足掻いた。
 それで仲丸さんにあの応対!?
 ほんっとどうしようもねぇなぁ小鳩常悟朗ッ!(この罵倒には本気の呆れと、嘘じゃない好きが混ざってます)

 

 獣たちは犯人が誰であるかも、映像密室のトリックも、同行者が誰であったかも、何も解らない。
 事件は警察という、自分の外側にある大きな装置に取り上げられて、そこに繋がり得たのは見下していたはずの麻生野さんだ。
 狐の知恵も狼の脅しも、自分たちが思ってたより完璧なものじゃなくて、その思い上がりが猛烈な足払いをかけて、彼らに分を教える。

 ああ、ままならない己を抑えてどうにか、小市民を志さなきゃ。
 そう思えるくらいにはこの未解決は、獣たちにとって痛い教訓を確かに与えた。
 そこで真っ直ぐ反省し、きれいな真人間に己を漂白しきれないのが、小鳩常悟朗と小佐内ゆきなわけだが。

 

 青春を引き立てる小道具なり、感情と尊厳を持ってると伝える日坂くんのビンタと侮蔑が、激情にかられた強く激しいものでなく、心底呆れヨレヨレ疲れ果てたものだったのが、大変良かった。
 そこには相手を押しのけ自分を守ろうとする加害性はすごく薄くて、本当に小鳩くんの無自覚な共感性の無さに、振り回され疲れている様子が強く滲んでいた。

 この呆れを頬越し痛感したからこそ、彼は結局人間の本当の意味では(例えば堂島健吾のように!)痛感できない、目の前に尊厳と意思がある人間が立っている事実に、向き合おもうと思った。
 車を体にぶつけられるより、力なく言葉と頬で殴られたほうが、魂が揺さぶられるときだってあるのだ。

 

 

 

 

 

画像は”小市民シリーズ”第21話より引用

 そんな小市民の始発点から三年、再開を阻む眠り薬をドライフラワーに擲って、獣たちは久々に出逢う。
 ここは本当に小佐内さんがどこにたどり着いたのか…小鳩くんがその手をどう導き、導き返されたかを活写していて、最高のシーンだったと思う。

 あえて手のひらを抜き出すが、羊宮さんの芝居、飛び切り冴える表情の演技と同じくらい、目の前にいる誰かに手を伸ばし、その存在(あるいは自分の中にある優しさと恐れ)を包み込もうとする身体の表現が、雄弁に彼女の現在地を語っていた。
 その温もりに、素直に泣けるようになった小鳩常悟朗が、己の顔を隠す腕の表情も、またいい。

 

 長い回り道を経て再び出会い直し、互助から恋人へ関係を変えるときですら、シニカルな皮肉を交えて知的に何処かへ飛び出さなきゃいけなかった二人が、今回は現実に己を繋ぎ止めたまま、ひどく無骨に思いを語る。
 その面白くもない飾らなさを自分に叩きつけても、当たり前に誰かを大事に思う自分と向き合っても、壊れない程度には三年間の迷い道は、名探偵たちを鍛えていた。
 そういう”答え合わせ”としても、とてもいいシーンでした。
 当意即妙に洒脱な言葉を選び取り、即座につなげて相手の力量を測る獣のやり口を、二人ともようやっと引っ込めれるようになったんだなぁ…。

 たい焼きへの執着ひっくるめて、一年恋なるものに身を浸しても変わんなかったものが投げ捨てれるのは、やっぱ愛ゆえで。
 ここで小佐内さんがようやく出会えた恋人に、素直に恐怖と感謝を伝えるのが、まず小鳩くんがなんにも考えねぇフィジカルな領域に、ひき逃げの瞬間自分を投げ出したから…てのが好きだ。
 死と痛みを間近にしつつ、守りたかったなにかのために歯を食いしばる強さは、ドヤ顔推理でメチャクチャに踏みにじった、あのときの日坂くんと同じなわけだが。
 そういう意味でも、”他人の痛みが分かる人”のなりかけくらいには、小鳩常悟朗も育ったのだ。
 その変化が、小佐内さんも変えたのだ。

 

 耐え難い鈍さで自分を退屈させた、かつての恋人たちをバカにしながらたどり着いた、二人だけの特別なキャッキャウフフ。
 随分趣味の悪い、とうてい正しくはない彼らの結論が、確かに育んだものがある。
 それが全部を許しはしないから、三年前のツケがノーブレーキで突っ込んできて、小鳩くんの足を折ったわけだけど。

 でも英子の殺意と復讐心が、獣たちが流れ着いた人間の土地を全部否定するわけでもない。
 そういうひどく中途半端で、誰もが身を置く当たり前に小鳩くんたちはずっと身を置いていたし、そこの水で自分たちを潤し合うところまで、己を引っ張りあえたのだと、しっかり解るシーンでした。

 

 

 

 

 

画像は”小市民シリーズ”第21話より引用

 でもまー殺意は殺意、やらかしはやらかし、犯罪は犯罪なんで、車椅子でぶっちぎるぜ生きるか死ぬかの瀬戸際ッ!
 ナースに行く先を委ねていたときにはたどり着けなかった、ひどく身近な真相の光へ、小佐内さんに背中を預け、小鳩くんは突っ込んでいく。

 それは傷の痛みと薬の作用で、強制的にぼんやり知性の光を鈍らされていた小鳩くんが、名探偵へと戻っていく旅だ。
 そのエンジンでありナビゲーターが、小佐内ゆきであることがやっぱり嬉しい。
 彼らの推理は犯人を前に加速し、凶暴な知性の牙は三年前たどり着けなかった真相…そこから未だ伸びる悪意のツケを、劇しく照らす。

 

 三年前の真相解明…というか、自分たちが何を見落とし、何を踏みつけにしたからひき逃げされるほどの恨みを買ったのか、改めて洗い出していく作業。
 これまでも獣たちの結びつきを特別なものへする、不可思議な知的旅行は鮮烈に美しく描かれてきた。
 先週、制服用品店でお互いを値踏みする二人が飛び込んだ、とびきり思考が加速する場所は、物語が終わるこの局面でも、彼らを包みこんで特別にする。
 結局この景色が顔を出してしまうところに、推理の悦楽・復讐の愉悦から逃げられない獣たちのしょーもなさと、長い話の真ん中に居座った”謎解き”の魔力が、大変元気だなと思う。

 結局二人は時を飛び越え真実を探り、他人の弱みを握ってドヤ顔で踏みつける特権を、この期に及んで手放せない。
 そこで物分かりよく、眼の前の現実とそこに在る体と心…等身大の自分たちだけを認められるのなら、あんな回り道も恋の破局も、歪んで間違っててでも楽しかった青春も、存在していない。
 小鳩常悟朗も小佐内ゆきも、この美しい旅を忘れられず、捨てられず、そんな自分たちのままなんとか、”日常”にあるために二人でいることを選んだ。
 耐え難く退屈な日常を加速して、自分たちが生きている実感をくれる”謎”を求めた。
 ”日常の謎”というジャンルへの、極めて凶暴で真摯なアンサーだと思う。

 

 

 

 

 

画像は”小市民シリーズ”第21話より引用

 ドヤ顔で超気持ちよく、名探偵やってる時は小鳩くんが前に立ち、理性の光の中にいる。
 でもその明朗だけが世界と人間の全部だったら、小鳩くんはあの時日坂くんにビンタされていない。

 ハードボイルドな行動派、人間心理の闇を誰よりも知る小佐内ゆきが、そういうドロドロがハンマーに宿って前に出てくるタイミングでは、濃い影の中恋人を庇う。
 この行動こそが極めて雄弁に、ミステリアスに可愛らしく己の心を語らなかった、小佐内ゆきという他者を語っていると、僕は思う。
 賢いだけの狐では、突破できない局面があるって話よ!

 

 同時に狼が嗅ぎ分けられない謎も世の中には埋まっていて、狐がそこを睨みつけてくれているからこそ、獣たちの視界は重なり合って、色んなモノを見れる。
 ハンマーを振りかぶる直前、修羅の顔で睨みつける英子の”人間らしさ”は、その最たるものなのだろう。

 まぁ相変わらず、人間にいちばん大事なものを取り落とす事も多いけど、それでもお互い欠けた部分を取り繕い合い、補い合う気持ちよさに満たされつつ閉じず、ゴロゴロ転がってたどり着いたのがこの場所だ。
 じっとり息苦しい入院描写の中、小鳩くんが自分を助けてくれる色んな人をちゃんと見ているのだと、アニメが描いてくれていたのが僕は好きだ。
 まぁ眼の前の情報をドライに収集せざるを得ない、狐の定めのスケッチでもあるんだけど。

 

 

 それでも彼は自分が一人で生きていないことを、感謝を込めて他人の間で息をすることを、三年間でちゃんと学んだ。
 「一人で生きてねーから、三年前の因縁がハンマー握って襲いかかってくるんだろうがッ!」て話でもあるんだが、まぁ色んなモノが背中合わせ、簡単に切り離せないのが米澤穂信ワールドではあろう。

 そんな愛しくやっかいなしがらみに、追われ守られ次回、最終回である。
 苦く甘いチョコレートのような、捻じくれて眩い二人の青春がどこにたどり着いたのか。
 どこへ行くのか。
 この素晴らしいアニメがどんな色合いで描いてくれるのか、本当に楽しみです。
 ありがとう、アニメ・小市民シリーズ。