イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

前橋ウィッチーズ:第11話『……どちら様ですか?』感想ツイートまとめ

 かくしてムネモシュネの雫を頬に受けて、ペラペラおバカが黄泉帰る。
 涙と笑いと感動と…最後の最後まで色んなモノが入り混じって、とんでもない速度でかっ飛んでいく魔女っ子最前線、前橋ウィッチーズ第11話である。

 

 良かった…とにもかくにも、本当に良かった。
 このお話が自分たちが積み上げたものを裏切れない、本物の物語を積み上げていることはすでに皆さんご承知であるが、先週ラストの簒奪があまりにも見事で、「もしかしたらこのまま…」というハラハラ感を、ずっしり見ているものに与えてきた。
 しかしそれもこのお話らしいサービス、予定調和に流されることなく、魔女見習いたちがあの花屋で紡いできたものが、本物だったからこそ、遅咲きの奇跡が皆を蘇らせ、魔女であることにしがみつくよりもっと大事なものを思い出させた。

 ここでユイナに遅刻させないと、あの子があんまりにも正しく人間の真実を掴み取れてしまうカミサマになりかねないので、ギャフンとトホホが飛び交うダイナシドタバタ劇をやってくれたのは、大変良かったと思う。

 

 失えばこそその意味が解ったのは、なにもユイナという存在に親友たちが抱く思いだけでない。
 栄子が被害者意識バリバリでしがみつく、魔女への執着に完璧な肩透かしを決める、五人の本当の願い。
 それもまた、魔法を奪われればこそもはや願いは叶っていたのだと、

ならば最後に取り戻すべきは、この物語がずーっとやってきた「魔女が客の願いを叶えることで、魔女自身の苦しみや痛みに向き合える自分を手に入れる」という、鏡合わせの構造なのだろう。
 ユイナたちはもはや、お客さんの願いを手助けする特別な存在ではない。
 しかし魔法が使えるか否か、店を持っているかどうかが、人間の意味を決めるわけではないことは、思い返せば第2エピソード、紫毒吐きハリネズミの暴言を優しく抱きとめてくれた、あの人の勇姿にすでに示されている。

 これは第9話、最強無敵なアタシらとそれを支える地元に溺れ、新しい仲間の顔をちゃんとみれていなかった、かつての魔女見習いの姿を越える決断でもある。
 その心地よさにしがみつくことで、本来見据えるべきいちばん大事なものを見落とす鎖にもなってしまう、特別で素敵で閉鎖的で身内主義なワタシたちを、「魔女はもういいかな」な五人の境涯は解体していく。
 第9話でチョコちゃんの弟妹たちが、誰よりも優しく魔女の笑顔を望んだように、今五人が見据えている願いは出会ってしまった誰かの苦しみに、手を差し伸べ一緒に進んでいくことなのだと思う。
 それを叶えたからこそ再生の奇跡は彼女たちに訪れたし、それは枯渇(Wither)を店の特徴にしてしまった栄子が今、一番必要としている潤いなのだと思う。
 第9話の最後、追い出されつつユイナは栄子に、その手を伸ばしてたわけでよ…。

 

 あの時は後ろから不意打ちだったアズちゃんの「無理!」肘打ちが、今回は正面から堂々愛を込めてぶち込まれていたり。
 あの時は溶けるままにするしかなかったアイスを、チョコちゃんがちゃんと口に運んで自分を労っていたり。
 あの時は「やる気ない人は帰っていいよ」だったキョウカちゃんが、「ユイナがいないなら意味ないよ」だったり。
 あの時は70点でまぁOKだったマイちゃんが、どうにか五人揃って百点の奇跡を掴み取れないかと、必死にもがいていたり。
 ここまで積み上げた話数の欠片を、とても上手く描写に反射させることで、四人がどんだけ己を育て上げたか…そこに赤城ユイナがどれだけ寄与したか、読み取れる回だった。

 空っぽになったユイナが、もうちょい自分を好きになれるよう足掻く旅路をドタバタ追いかけるメインに、しっかり過去エピの欠片を混ぜ込むことで、すっかり”前橋ウィッチーズ”に夢中なマニアたちが、アレはあの瞬間の残響、コレはあのときの思い出と、自分たちでラベルを張って意味を見いだせる構図を最後に持ち出してきたのは、巧いし凄いし偉いなと思う。
 それはさー…見てる人たちが、どこに思い出の欠片、ダメダメだったからこその成長があるのか、見つけてくれると信じたからこその筆致で、それを自分の指でなぞるからこそ、ユイナがスゲーやつだと叫ぶダチの言葉に、俺等もマジ共鳴出来るわけですよ。

 

 素だとボッチだし陰気だし、”いつも笑顔のチョコちゃん”と同じく、ユイナが魔女見習いの前では必死に理想の自分を作っていたことも、改めて分かる。
 凸凹の大きな四人の問題に、がっぷり四つに組んでペラッペラな自分のまんま、フラットな視点で解決してない解決を手渡してきたあの子は、主役の中で唯一、問題解決の主体になっていない。
 だから今回の東京ウキウキツアー…その先で見覚えないマブダチに鬼詰めされる友情コメディは、店の外で行われる赤城ユイナのカウンセリングであり、記憶と力を取り戻しつつある四人が”クライアント”を前に、もう一度自分たちを見つめ直す営為なのだろう。

 正直ユイナは偉過ぎ凄過ぎの倫理的超人なので、一人だとこんくらいダメダメな”素”を見せてくれたほうが、そういう等身大のダメ人間が必死こいて生々しい人生課題に挑み、自分なり手渡せるものを探して足掻いてきた記録として、ここまでの11話と次回最終回を受け取れる感じもある。
 ここまでも浅はかだったり幼かったり、他の子たちが見つめる世の中の難しさがどうしても見れない危うさを、仲間に補って進んでもらった道だったけど。
 前橋ウィッチーズ涙の大復活を前に、特大級のギャフンをぶん回してくるダメダメ加減が見れて、とても安心した。

 

 その欠損があればこそ、補ってもらえる誰かのありがたさも、同じく補える自分の価値も、より鮮烈に瞬いていく。
 歪さや正しく無さ全部ひっくるめて、ユイナにあるがままの己を肯定されたからこそ、先んじて大事な思い出を取り戻せた連中が、一人だと自分をダメダメだと思い込みがちなピンクの救世主に、「オメーはまじスゲーって…」と言ってくれるのは、本当に嬉しかった。

 一番聞きたかったことだし、言ってほしかった言葉だかんね俺等が…。
 それが遅咲きにしっかり届いて、前回あんだけ爆エモぶっこいたのなら当選たどり着くべき奇跡へ、ちゃんとたどり着いてくれて良かったです。
 心の奥に燃えた本当の光は、何があろうと消えやしない。
 そういう古臭い希望を、改めて自分らしく研ぎ澄ませて、世界に突き出すお話よ。

 

 芹澤優の歌唱力をラスボスオーラに変換し、恨み節満載でバチバチ黒い雷放っていた栄子は空回りの形だが、彼女が言いかけていた「救う側の残酷」は、最後に向き合うのに相応しい重たいテーマだと思う。
 第1話、異様なスピードとテンションで深く掘り下げることもなく駆け抜けて、いい感じの救いとエールを投げ渡してしまったあの子に、何があって店を乗っ取ろうと思ったのか。
 顧客に寄り添うことなく、冷たい現状維持と自己閉鎖を押し付けるWitherスタイルの奥に、どんな痛みがあるのか。
 やっぱそこにしっかり向き合わなきゃ、話も終わらないだろう。
 だから「もういっかな」なお店に、「忘れ物を取りに来た」んだろうし。

 どっしり人間の深いところまで潜って、人生の真珠を取りに行く二話以降のスタイルと比べると、異様なスピードで駆け抜けていく第1話は極めて異質だ。
 その前橋ウィッチーズらしくなさを、最後に向き合うべき”敵”として回収する構成は、やっぱ凄いなぁと思う。
 栄子だけ魔女たちが自分を投影し、真摯に向き合って他人ごとじゃない距離感で取っ組み合う、安全圏がない親密さから遠ざけられてるんだよな…。
 ここで栄子と向き合うことは、そんなメタ的な”忘れ物”を回収する行為でもあると思うので、次回最後の魔法をどんな方に紡ぐのか、大変楽しみです。
 高まった期待の遥か上を、軽やかに飛び越えて俺達のもとへ戻ってきてくれる、素敵なアニメだったよ…。

 

 

 

 

 

 

画像は”前橋ウィッチーズ”第11話より引用

 というわけでソロで魔女やる栄子のお店、マジ暗いしマジ枯れ果ててる!
 初手許可なし読心で顧客の秘密は暴くは、立ち向かいたいという以降に寄り添わず忘却と諦観と現状維持を押し付けるわ、前任者が禁じ手にしてたこと全部盛りで凄い!!

 …やっぱなまじっか一人でやれてしまう才能があるから、「コレが正しいのだ」と心を閉ざし、独善で自分を守る殻が他人の意見でぶっ壊れない危うさがあるな。
 人間である以上必ず過ちはあるのに、それを認めて足りない部分を他人に補ってもらう選択が、孤独だと選べないからな…。

 

 アズちゃん以来、「このお話で他人に飛び出させてる棘は、大抵自己言及」というルールで、このアニメ進んでいると思う。
 心を閉ざし全てを諦め、花に水をやるより枯れ果てさせてしまう”Wither”は、顧客の願いをを見ず、栄子自身へ投げかけられた歌なのだろう。
 これは身内のウェイ感をこっちの顔も見ず叩きつけられた”MATSURI day PARTY!!”の、回をまたいだ変奏ともいえるが、とにもかくにも今のお店は暗いしヤバいし良くない。
 でもお店にたどり着く道は封じられてしまっていて、さーどうなる! という現状ではある。

 高らかに諦念と静止を歌い上げるステージを前に、女の子が見せた表情が印象的だ。
 あの子はかつて店を訪れた栄子が(あの時は)求めていたのと同じ、前向きなエールを求めて扉を開けた。
 それこそが自分の力で自分の望みを叶える、真の魔法を皆に手渡すわけだが、栄子は自分が今正解だと思っているWitherを、強制的に手渡す。
 そんな魔女の答えにしょんぼり傷ついた記憶すら、魔法は奪っていってしまうわけだが、この閉鎖した独善を殴りつける他者はここにはいない。
 あー…この枯れきった冷たい世界に、ハチャメチャなパワーをもった五人組が、始まりの電車で思いっきりツッコんできてくれたらなー!!

 

 

 

 

 

 

 

画像は”前橋ウィッチーズ”第11話より引用

 そこにたどり着くまでに、一番遠い回り道をするのが、我らの主役である。
 他の連中が、他でもない赤城ユイナから受け取った魔法に導かれて思い出を蘇らせる中、ウザいと跳ね除けられたクラスの端っこ、なんかアンニュイに窓の外など見ている。

 これが魔法と出会う前のユイナの日常であったのなら、そらー空回りするほどにオシャエモにしがみつくだろうが、それはもう消えてしまった。
 その喪失から、ユイナは自力で立ち直れない人である。
 「んじゃあ彼女を大事に思う誰かが、二万円ポンと手渡して憧れの東京襲撃じゃんねぇ!」と、話は元気に動き出す。

 

 ママの乱入がなかったら、大事な行動計画表(現在白紙)もゴミ箱に捨て去って、復活の奇跡なんて起きてなかったのが、俺は好きです。
 ユイナはそういう、自分ひとりだとなんか凄く大事なものを無意識に取りこぼしてしまう星に生まれついていて、親身に手伝ってくれる誰かを、いつでも必要としている。

 友達やってくれたお爺ちゃんや、娘のぼんやりとした陰りをしっかり見てるママや、覚えてないけど色々助けてくれた誰かのおかげで、そんなポンコツの奥にある可能性を、豊かに花開かせもした。
 常識やら世間が押し付けてくる、面白くもねぇ正しさをスルッと乗り越えて、魔法みたいな答えを引き寄せ、手渡せてきた。

 

 

 

 

 

 

画像は”前橋ウィッチーズ”第11話より引用

 なので一人でもそこそこ楽しくはある東京観光に、魔法の扉を力強く輝かせて、思い出の結節点に周回遅れ、力強く乗り込んでいく。
 なんか全部解決してくれそうな先輩魔女の居場所が、地に根付いた花に満ちているのが、あの子らが”お花屋さん”やったのは正解だったんだなと思えて、大変良かった。

 魔法を奪われ漂白されたはずの記憶の中で、それぞれ別の形で優秀なみんなは一足早く記憶を取り戻し、現実の中で願いを叶える。
 執着を超え、自分を不自由に縛る鎖を解き放ち、しんどい時はしんどいと告げ、夢に向かってひた走る。
 あそこは、たしかにそういう魔法の揺りかごだった。

 

 そうしてくれた友達への感謝と、取り戻したい願いがエモエモに渦巻く中、ユイナはどーしても思い出せず、きょとん顔で知らない人の前に立つ。(キョトンかわいい)
 そういう子だけど四人の奇跡は間違いなくユイナ起因で、そういう子だから自分の生み出した魔法にすら追いつけなくて、そのダメダメも素敵さも、全部ひっくるめてみんな、赤城ユイナが好きだ。

 今回の記憶を巡るドタバタ友情コメディは、「涙返せ!」と言いたくなるダイナシ感とトホホな笑い、ちょっとのハラハラ…色んな色と味わいが全部混ざって、だからこそ面白い物語の良さを、改めて思い出させる。
 あるいはそれを作る人達が、人間と世界を見つめる、優しく靭やかな視線を。

 

 

 

 

 

 

 

画像は”前橋ウィッチーズ”第11話より引用

 というわけで遅れ馳せ、アズちゃん渾身の激重感情浴びせ倒しに記憶を蘇らせ、前橋ウィッチーズ大・復・活ッ!
 出会ったときにはトガッた敵意ばかりが外に(そして自分に)出ていたアズちゃんが、ユイナへの迸る思いを真っ直ぐ伝えるべく、コンビニ行くのもキツい自分で外へ這い出していった意味が、報われないならそら嘘だろ…。
 ここで舳先に立ってユイナに体当りするのは、やっぱアズちゃんの仕事だと思うので、メッチャ濃厚な感情を浴びれて大変良かった。
 いや、平静装ってる他の連中も、ブルブル震えながら笑ってんだけどさ…。

 

 ユイナが独力だとどうしても取り戻せない、最高にエモエモな思い出をアズが抱えて、四人だけど五人じゃないから意味がない夢をキョウカちゃんがもっているのは、彼女たちらしいポジションだなと思った。
 その一つと四つ、どっちも大事…というキラキラな建前を、本気で信じて全力で突き進んでくれるバカだったからこそ、賢くなりすぎた子ども達も魔女修行の日々の中、自分を抱きしめられた。
 そこから離れると、赤城ユイナは中々自分を信じきれない女の子で、そんな顔知らないダチ達は、自信なさげなキョトン顔に納得なてできない。
 アズちゃんたちが知ってるユイナは、バカで元気でキラキラで、無敵に優しいピンクの救世主なのだ。

 それが”本当”なんかじゃないことを、今回のドタバタ迷い道はよーく語るけども、んじゃああのお店でようやく求めていた夢と出会い、それを必死に輝かせようと、まんじゅう蒸したりビラ配ったりしてた日々は、嘘だったのかよって話である。
 取り繕った嘘にも、自分を包囲する日々の中なかなか形になってくれない祈りが混ざって、そこにこそ譲れない願いが瞬いてたりする。
 そういう虚実定かではない…むしろ境目に切り分ける行為自体を無化するような、騒がしく愛しき日々。
 ユイナがそれを取り戻せたのは…ずっと欲しかったエモエモな写真を撮れたのは、やっぱ彼女が一人じゃなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

画像は”前橋ウィッチーズ”第11話より引用

 というわけで覚悟しろよな”六人目”!
 苦しい日常の現状維持に息詰まり、クローゼットの奥の魔法の国に逃げ込む栄子に、明日行きの列車がリングイン
 颯爽登場! 前橋ウィッチーズ!!
 いやー…やっぱアガるわな、この流れは。

 

 なんだけども、やっぱ見るべきはオレンジ色に塗られた栄子の孤独…なんかなぁ、と思う。
 思い詰めて悪ぶって、諦め凍らせ自分を守ることこそが正しいのだと、相手の顔を見ずに自分の理想(だと、自分に思い込ませてしまっているもの)に縛られたあの子は、多分色んなモノを隠している。

 己の性傾向を他者や社会に明らかにしていない(出来ない)状況を表す隠語たるClosetに、母からの歩み寄りを拒絶して栄子が進み出すのは、だいぶ示唆的だなと思う。
 別にセックスとジェンダーにまつわるアイデンティティを特権化しているわけではなく、そういう魂と肉体の生死に関わる領域と、彼女が陥ったWitherな独善が、深く隣り合っている手触りがあった。
 多分誰かに聴いてほしくて、たっぷり恨み節溜め込んで五人の帰還を、栄子は待っていた。
 「現状維持の何が悪い!」と吠えつつ、「悪くないけど…もうちょい色んな人が苦しくない道ってない?」と、自分では叫べない答えを待ち望んでいた。

 

 第1話、栄子が店から去っていった電車こそが、閉ざされたクローゼットの内側にぶち込む破城槌になるのも、また面白い。
 あの”夢よ、咲け!”に確かに背中を押されたからこそ、栄子は迷いの先に進み出て、店に来る前より傷ついた。
 そんな痛みの奥にあるものを、ちゃんと見て手を伸ばすミッションをやりきれななかったから、魔女見習いは記憶を奪われた。
 でもその簒奪も、凄く意味があるものだと今はよく知っている。
 立場や状況によって見えてくるものは違うし、それによってあらゆる価値は可変する。
 なら”敵”が向き合うべき自分の鏡で、救うべきお客さんであっても、別によくない?

 

 

 

 

 

 

 

画像は”前橋ウィッチーズ”第11話より引用

 黒い感情の雷を迸らせているようでいて…つうか店乗っ取ってるし実際ぶっ放しとるのだが、栄子は泣いている。
 お店を苦しい現実からの逃避、魔法を停滞のための鎖に使って、それが正しいのだと歌い上げても、全然満たされない苦しさが溢れているように、僕には見える。

 でもまー、一人だったらそういう苦しい場所に追い込まれて、出口も見えず沈んでっちゃうのも、まーしゃーない。
 そういう泥沼から抜け出せない自分たちと、一時保留でどっしり向き合い、場所にも魔法にも執着しなくなったユイナ達は、元から栄子の”敵”じゃない。
 それも、奪われ忘れ思い出したからこそ気づけた、世界とワタシたちの真実なのだろうか?

 

 このお話は当人が「こうあるべき、こうなるしかない」とガチガチに思い込み、それに苦しめられつつ執着する意識を、色んな角度から緩め、ぶっ壊し、繋ぎ直す過程を幾度も描いてきた。
 そこから解き放たれて自由で正しければ何よりだが、ルッキズムも個人への執着も”良い子”であることの呪いも、意識高いからこその無自覚な独善も、すぐさま魔法で”解決”されるわけじゃない。
 そういうモノを否応なく背負ってしまって、無理に消してしまえばもう自己同一性(自己肯定感の根本)も失ってしまうような、愛すべきカルマを、この物語は苦笑い混じり、優しく見つめてきた。

 五人それぞれのヤバさや至らなさに、このお話はフィクションゆえの都合のいいヴェールをかけなかったし、そういう輩でも滲み出す魂の善さや、それを取り戻させてくれる誰かの尊さも、クリアな視線でしっかり描いてきた。
 みんな傷と過ちを抱え、完璧なんかなれないまま、ちょっとでも善くなろうと必死にもがいて、間違えたりやり直したり、人生をゼイゼイのたくっている。
 そんな正しくも美しくもない足掻きは、結構悪いもんじゃないよと、花に飾って教えてくれたお話は、栄子が悪辣に絞り出した自己言及も、ちゃんと向き合ってくれるだろう。
 それが出来なきゃ、魔女卒業なんて出来ませんよホント!

 

 二話以降、クライアントの問題に向き合うことと身内の苦しみに対峙するのが=で結ばれて、安全圏からエールを送るだけでは終わらない、ヒーヒー喚きながらの人生マラソンを、一緒に走ってきた。
 栄子が「客だけ幸せになんて!」という恨み節を叩きつけるのは、店が手渡した祈りが呪いに変化してしまった結果だと思うけど、二話以降の魔法修行は相当に双方向で、かなり人のふり見てChange my mindであった。
 そんな歩みが何を生み出してきたのか、確認したからこそユイナ達は、栄子がしがみつき必死に自分を守っている、停滞と諦観のClosetから巣立っていける。

 その力強い羽ばたきは、どんな願いだって叶う非日常を描けばこそ、自分のあり方が全てを決めていくありきたりの日常を描き直す、”魔女っ子”という物語がたどり着くべき正統に、しっかり乗っ取っている。
 第1話でユイナが時間を止め「それでいいのかな?」と疑問を呈して以来、ジャンルが紡いできた問いかけと解答に今この令和、新たに自分だけの答えを刻みつけ続ける姿勢は、常に真っ直ぐだった。

 

 

 魔法が夢を叶えるのではなく、私が夢を形にする。
 血の通わぬ言葉なら、心も動かぬ題目だが、あの子たちは全員、自分たちのしょーもなさと取っ組み合いながらこの祈りを、自分に引き寄せてきた。
 だから次回、凄く暗くて冷たい場所に己を閉じ込めてしまった(どころか、同じ苦しみに縛られてる仲間にその解決を押し付けてる)栄子に、あの子たちが花色の卒業証書をちゃんと手渡せてくれたら、凄く良いなぁと思う。

 身勝手でどうしようもない、でも確かに痛くて苦しい栄子にだって、前橋ウィッチーズが魔法を手放しても消えないと信じられた答えを、手渡してくれるのならば。
 同じくどうしようもねぇ俺にだって、魔法の欠片くらいは掴めるかもしれないと、少し夢見れるだろう。
 そういう小さな希望を、画面の奥から手渡してくれるアニメって、本当に凄くて偉いから。
 次回最終回、心の底から楽しみです。