東島丹三郎は仮面ライダーになりたい 第2話を見る。




先週ラストにお目見えした、電波人間タックルが好きすぎて頭がおかしいムチムチ女教師が、異常ライダー愛好者戦線に乱入!
ツダケン声のヤクザの、異常ショッカー愛の匂わせもあるよ!!
…と思ってたら、ガチショッカーが深夜のコンビニに爆誕し、ただでさえ怪しかった虚実の境界線が一気にグチャグチャになる回だった。
なるほどなー…”サムライフラメンコ”が第6話までマッタリやってた部分を、一気に圧縮してテンション上げていく感じだ!(多分間違ってる理解)
40くんだりまでストイックに本気のライダー信者やってた丹三郎に比べ、ユリ子は教師という職業もあるしちったぁ人生のハンドル握れてる女かと思ってたが。
蓋を開けてみたら親子揃って相当なアレであり、仮面の戦士が放つ劇しい光に脳髄の奥までキッチリ焼かれた、だいぶヤバい人であった。
架空のキャラが死んで脱水症状になるほど泣くのも、それを永遠にするために自分がタックルに”成る”生き方を選ぶのも、まぁ尋常じゃないけど。
これ原作ヨクサルの漫画なので、「愛ゆえに狂いすぎているほどに強い」つうルールで動く以上、こういうクレイジーこそが強いのだろう。
先生にホの字な生徒をコミカルに使うことで、孤独ゆえに本気のライダーごっこに涙流して飛び込んだ丹三郎と、自分を好いてくれる誰かがいても路上で”変身”し戦いに身を投げるユリ子の違いが、面白く際立つ展開だったと思う。
ここまでは命までは取られないアマチュアのバトルごっこだったが、ガチショッカーが顔出してくると陰湿な殺戮も起こるだろうし、ギャグですんでる描写が全く洒落にならなくなってくる気配も漂う。
その一環として、今回描かれた「自分の正体を知っても信じてもらえるか、寂しさを交えて問いかけるヒーロー」の姿も、妙な重さを得ていく…のかなぁ?
この話、昭和の英雄神話にド本気であると同時に、結構現代的な物語でもあるなぁと感じていて。
ネットニュースや配信を通じて、不特定多数の誰かに”ごっこ”を認めてもらうことに、丹三郎もユリ子も大きな快楽を得てる様子に、特にそれが濃い。
一人でやってたらイタいなりきりでしかないものでも、強盗をぶちのめし正義を認めてもらえる社会的承認がついてくれば、嘘が本当になっていく。
同時にそのギラついた輝きに身をあずけることは、”ライダー”が体現する孤独な悲壮を遠ざけ、ブヨついた贅肉を魂にくっつけることになりかねない。
さて、SNS時代の正義はどこにあるのか。
…つう話になっていくのかと思ってきたら、稲妻とともに本家ショッカーが電撃参戦してきて、一気に話が変わってきたわけだが。
人間相手にぶん回すには、あまりに強烈過ぎるライダーパンチ(あるいは電波投げ)だが、実在した改造人間相手にどんくらい通じるのかとか、次回見えてくると思う。
となると丹三郎たちは「強すぎる思いゆえに、人間の範疇をはみ出してしまった半狂人半ヒーロー」から、「そういう異様な強さも所詮人間レベルのまま、超常の強さに挑んでいく弱者」へと、立場を変えてくるかもしれない。
いや、磨き上げた異様な愛はモノホンの怪物にもキッチリ通じる…つう話になるのかも知れねぇけどさ、ヨクサルだし。
とまれ丹三郎に勝るとも劣らない異質性を発揮し、ユリ子は念願の電波投げをぶちかまして黄金のエクスタシーに己を貫く。
その後ろ側、すげーシブい色合いで偽ショッカーの指揮を取ってるツダケンヤクザも、警官ぶちのめせるほど強いってことはまぁ、思いの太さが尋常ではないのだろう。
…体格や技量を横に置いて「感情の濃さ」を強そう加減のバロメーターに使っているあたり、もう相当異様なんだけども、常に精神が現実を凌駕し続ける過激なロマンティシズムこそが、やっぱこのお話の根本にはあると思う。
面白くもねぇリアリズムで、一人間の心から湧き上がるエナジーを否定されてたまるか! …的な。
とすればライダーが好きすぎて己自身をライダーにした、限界ライダー人間たちの前にモロっと飛び出してきた、ショッカーという現実がどんだけ強靭なのかが、やはり気になる。
それは具体化されたファンタジーであり、偽物のショボさに引きずり出さされてきたガチの悪であり、丹三郎たちの狂気を試すより硬質な狂気…のはずだ。
ネット配信を通じてより広い場所に引っ張り出された怪人が、丹三郎達相手にどんだけ無双するかで、作品全体のトーンが決まってくる気がする。
ユリ子参戦で狂人たちのクレイジー比べに突き進むかと思っていたが、成るほどこういう方向か…。
というわけで、思いがけず面白い方向へと舵を切った、リアルとファンタジーが入り混じる現代英雄神話でした。
人間の枠を捻じ曲げるほどの思いを抱えた丹三郎達が、待ち望んでいたはずの本物の悪と対峙して、どんだけ厳しい試練を背負うことになるのか。
狂っているがゆえにフツーの世界では無敵だった人間が、現実化した狂気を前にした時、どういう存在に変化していくのか。
メタ・メタフィクションとしても愉快なねじり方してきたけど、ちっぽけな人間の虚仮の一念こそ最強ってのも、このお話の揺るがぬルール。
実在する怪奇のリアリティと、夢想を信じ切った人間のファンタジー。
その激突を、次回楽しみに待ちます。