乳母日傘の檻の中、湿った陰りが忍び寄る。
満ち足りているはずの御曹司の憂鬱を掘り下げていく、しゃばけ第3話である。
棟梁首切り殺人事件の方は新事実が明らかになりつつも劇的な変化はなく、やっぱじっくり腰を据えて太平お江戸の日々を追いかける感じの筆致。
現実世界のフラストレーションを解消してくれるかのように思えていた怪異の世界でも、若旦那は満ち足りた疎外に包囲されて、人が良いまま満たされない様子が削り出されていた。
この焦らない筆致で、凄く複雑な富者の屈折を積み上げられていくと、凄い独特な味が出てきて面白いな…。
お江戸のほとんどの人が望む「腹いっぱい銀シャリ食いてぇ」なんて望みは、座ってても叶う恵まれた立場にありながら、若旦那は木乃伊売っぱらって大金稼ぐ稼業にも、ままならない己の身体にも、何かを隠して自分を持ち上げる怪異にも、微かな不満を感じている。
でもそれを爆発させて何もかんも平地にするには、一人で生き抜くだけの逞しさが自分にないのはよく解っていて、豪華で優しい牢獄の中で自分にとって何が幸せなのか、じりじり自ら煮られていくように考えざるを得ない。
それもおまんま上げ膳据え膳してもらえる、恵まれた立場ゆえの寝言だと言われちまえば、まぁそれまでなんだけども。
おそらくは元禄の爛熟を過ぎて、幕末の動乱が未来に控える、江戸期の中二階みたいな平穏。
そんな日常の奥に潜むサスペンスは、陰湿で不気味だ。
籠屋の軒先で殺されていた猫、奇妙な売り飛ばされ方をしてた大工道具、容赦のない暴力性を微笑みに隠す怪物たち。
どれもすぐさま刃を突きつけてくるわけじゃないが、いつ牙を向いてくるのか解らない怖さを秘めていて、しかしその宙ぶらりんから本物の脅威へと飛び出すのは怖すぎる。
立ち止まっていても、先に進んでも恐ろしい半端な場所に、若旦那は据え付けられてしまっている。
立場的にも一応大人扱いで、しかし周囲の過保護が鬱陶しくもある。
一人前の商家だと示すだけの働きも出来ず、荒んだ本性を顕にした怪異を制するだけの貫禄もなく、自分を守ってくれる家の傘から出る勇気もない。
ないないずくしのどん詰まりで窒息しかけながら、若旦那の周りに生まれた謎はジリジリと解かれて、同時に何かをぶっ飛ばすだけの炸裂を見せてはいない。
キャラクターが置かれた中途半端な立ち位置と、サスペンスの途上な焦燥感が噛み合って、凄く独自の味を醸し出していて良かった。
ここに一見朗らかで優しく、日常の鬱屈を吹き飛ばしてくれそうなバケモノ共が、独自の暴力で規律を保っている事実が突きつけられる。
ぴりりと、いい塩梅に山椒が効いてきた感じだ。
屏風のぞきに立場を理解らせた、犬神と白鐸の峻厳な暴力。
それが自分の意とは遠い場所から発してると、想像できる程度には若旦那は聡い。
しかしその賢さが何でも解決するわけではなく、むしろ色んな息苦しさ、ままならなさが解ってしまうだけに苦しい。
自分を思えばこそ手渡してくれる、贅沢な甘味を交流の潤滑剤として使えてしまえる恵まれた立場から、意地一つで抜け出してみたら世間に一体、何が待っているのか。
木乃伊に何両も払う爛熟した狂気と、日々の飯にも困る普通人の困窮を目の端っこで睨みつけつつ、結局この絹の牢獄に身を置くしか無い自分の立場を、若旦那はよく見ている。
彼のニンが柔らかで穏やかであるほど、賢く優しい好青年であるほど、日常でも非日常でも満たされて息苦しい、なんとも複雑な屈折がよく伝わってくる。
恵まれた立場を傘にきて悪事に走れるのなら、間違えることでどこかへ転がっていけそうな気配もあるが、自分に向けられる優しさのありがたみをちゃんと解っている彼に、そういう道は開けていない。
善良であること、聡明であることを投げ捨てられない「いい子」であるがゆえの、どうにも生温い生き地獄の手触りは、確かに美しく優しいからこそ残酷で、非常にいい。
こっからどう抜けて、彼なりの真実を見つけていくか見守るのは、とても楽しそうだ。




今回は”食”というとても身近な事象が、若旦那がどんな場所に立っているかを語るフェティッシュとして見事に活用されていた。
鳥居の向こう側に立つ野寺坊と獺…提灯の明かりが届かぬあやかしの暗い領域に、若旦那は気前よく菓子を差し出す。
砂糖がたっぷり使われた贅沢品を、何の心配もなく蕩尽できる立場は、たくわんで飯かっこむ中流の暮らしからは縁遠い。
そういう贅沢がどこから出てくるのか…命養いの妙薬に何両も注ぎ込んだり、当然の面の皮で人の家上がり込んで袖の下啜る姿に隣り合えば、否応なく見えてくる。
でもそういう世間の汚れを、若旦那は嫌いつつ跳ね除けられない。
それこそが、一人では生き延びられない自分を包んで支えていると、解ってしまえるからだ。
現代人の感覚からすると、ミイラ男のほうがかわいい獺よりよっぽど「怪異」って感じはするが、埃及の木乃伊が怪力モンスターとして動き出すのは比較的近代だ。
舶来の万能薬として珍重され、死者の尊厳もクソもなく削って啜って金に変えられる、売ってる本人も効果を信じてないただのモノ。
そこに何の神秘もないことが、若旦那が身を置く現実と幻想の間に面白いリアリティを差し込んでくる。
上客のご機嫌を見て、随分浮かない顔をしている若旦那だが、その死体食いがお菓子まみれの自分の生活を支えている道理も、ちゃーんと弁えてはいる。
でも、敬愛する松之助兄さんがどういう飯を食っているのか、ホントのところは解ってねぇ。
この半端な空気感は、今の感覚だと高校で青春に思い悩んでいてもおかしくない歳で、一応魅せの鍵を預けられしっかり商売もしている、時代感覚とのミスマッチが一因かもしれない。
満たされているがゆえに不満を抱える若旦那の苦しみは、極めて青臭い思春期色してて、許さられるならモラトリアムの只中、存分に悩むべき課題だろう。
しかしこの頃の常識と、せめて差し出された優しさに報いようとする人の良さが、黙って無駄飯喰ってることを若旦那に許さない。
でも汚ぇ地面に足をつけて、しっかり稼ぐだけの足腰が備わっているかというと、んなことはないわけだ。
…ふわっと柔らかい筆致に見えて、異様に生臭い味するな時折。
ここら辺の生っぽい質感は、猫殺しを肴に朝飯食えてしまえる桶屋の倫理観からもうかがえる。
動物愛護の意識が全然違っている時代の住人が、気にかけているのはあくまで女将さんの機嫌であって、畜生が生きたの死んだの自体はそこまで大した話ではない。
んなこと気にしてるよりもっと切実な、おまんまのお話が塵寰には満ちていて、大概の人間はそのことばっか気にしている。
清七の親分だってそういう世間を解っているから、小銭集めに精を出すし、上客が木乃伊飲んで健康に気をつけるのだって、俗世を泳ぐための用心に他ならない。
そういう人間の当たり前が、どうにも若旦那には飲み干せない。




このままならなさを解放してくれる、俗世から離れた別天地に見えた妖怪の世界も、実は思いの外シビアなわけで。
長幼の序を乱した不届き者をフルボッコにし、闇の秩序を拳で解らせる佐吉と仁吉の目には、いつもの優しい兄さんではなく、バケモノ本来の異様な光が宿っている。
それは主であるはずの若旦那ではなく、お店に祀られた稲荷様の方を向いていて…一体どんなからくりが後ろにあるのか、新たな謎が顔を出す。
すっかりへそを曲げた屏風のぞきの機嫌は、お菓子程度では取れないと思い知らされて、今日も若旦那の憂鬱は深い。
ここまで素朴でニンがいいあやかしばっかが顔出していたので、兄さん二人の豹変には大層驚いたが、人間社会と同じく妖怪にだって色んな連中がいて、業も欲も当たり前にある。
それを制するんなら暴力だっているはずで、みんなニコニコお菓子食べてりゃ丸く収まるなんて、幼い夢は寝て見なさいよって話だ。
しかしまぁ、若旦那の人の良さはそういう、尖ったものなく色んなことが丸く収まっていく道が、一番居心地がいい。
それを自分の責任で作り上げていくだけのタフさは、養われているだけのボンボンには全然足りていないと、また思い知らされる夕暮れであった。
若旦那のままならない疎外感、そこに漂う純朴な青臭さが、多分話の柱なんだな…。
お話の最初にゃ暗いあやかしの領域に、朗らかに手を差し伸べお菓子を手渡していた若旦那が、終わりにゃ襖の向こう側に立ち尽くし、自分が立ち入れない暗い領域に踏み込めない冷徹を描かれているのが、エグくていい。
仁吉たちがブン回した暴力だけが通すスジってのが、確かにバケモンの世界にもあって、それを自分の代わりにやってくれているからこそ、人ならざるものに慰められる幸せが成立している。
なんてこたぁない。
家族が手渡す現実の軛は、別天地に思えたここでも同じように若旦那を縛っていて、どこでだってままならなさが、若者の背中を追いかけてくる。
まこと世間は息苦しく、富者も貧者もそれぞれの業を背負うのだ。
ここら辺、一応の平穏と繁栄を手に入れたからこそ、都市生活の鬱屈がじわりじわりと浮かび上がり、優れた戯作に写し取られていた時代の空気を感じて面白いわけだが。
そういう江戸期流行りの若い妖怪より、犬神も白鐸も由緒正しく旧いバケモンで、ここら辺の書き分けもまた興味深い。
野寺坊、鈴彦姫、家鳴、屏風のぞき。
軒並み、石燕の図画で初めて名前を聞く連中で、そらー基本ノンキで純朴なのも納得ではあるんだが、”三才図会”だの弘法大師だのに由来を求めれる古強者は、殴らなきゃ保てない秩序が世の中にあることを、よう解っているのだろう。
かくして妖怪たちの領分もまた楽園なんかじゃないことを思い知らされたわけだが、さて若旦那の憂鬱は棟梁殺人事件とどう絡んでいくのか。
仕事道具がバラバラに売り飛ばされていると解ったわけだが、これだけじゃあ謎を解くにはいかさま足りてなくて、もう一声ヒントが欲しい感じではある。
桶屋の朝を騒がせた、猫殺しとどう関係しているかも気になるしなぁ…。
ここら辺もこのお話らしい歩幅で、じんわり紐解いていくと思うわけですが、このテンポだからこそ積み上げられる恵まれた「いい子」の鬱屈と突破を、どう書いていくのかとても楽しみです。
結構しみじみと苦い話なんだが…俺好きだぜ、そういうの!