イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ワンダンス:第3話『オーディション』感想ツイートまとめ

 相変わらず息苦しい海の底から、夜空の高さを知っていく。
 音を食べて育つ青春の一歩一歩を刻む、ワンダンス第3話である。

 

 相変わらずカボくんのナイーブな内省に、素人離れしたスピードで踊り手になっていく身体が追いついてきて、物語の少し勢いが出てきた。
 やっぱ主役の才能と努力が手応えを得て、周囲に認められるだけの結果が出てくるとグッと面白くなってくる。
 周りを伺いながらフツーに部活している同級生に比べて、カボくん達が独自の視座と態度でダンスに向き合ってる様子も、ここまで描かれてきたわけだし、オーディション合格は素直に嬉しい。

 海を翔ぶには抵抗が大きい独自のフォルムで、それでも溺れず生きてるタツノオトシゴが、カボくんのトーテムであることも示された。
 それはいつか空を高く翔ぶ龍になれる可能性でもあり、語りたい言葉を沢山自分の中に閉じ込めてきた、彼らしいヴィジョンだと思う。
 自分が口を開けば場の空気を淀ませ、スムーズでナチュラルなコミュニケーションを崩してしまう後ろめたさが、彼に周りを見させ海の中に放り込むわけだが。
 それでも彼は、色んな人がいる海に自分の位置を見つけたいと願っているし、ワンダちゃんの特別な輝きは、そんな願いを高い場所へと導いてくれる。
 その特別さに、羊宮さんの声は説得力をくれるぜ…。

 

 部内オーディションを通じて、顧問と部長を兼任している恩ちゃんの凄みも削り出されてきた。
 第1話冒頭では肥大化した自意識に邪魔され、ちゃんと見つめることが出来なかった”先生”の凄さを、カボくんも二週遅れでようやく目に入れられる。
 卓越したスキルと観察眼、何が「良いダンス」を成り立たせているかという認識と言語化
 自分だけが巧いことを価値とせず、ド素人からダンス巧者までしっかり視て、しっかり伝えられる高校3年生がいればこそ、カボくんも才能を開花させていく。
 そんな恩ちゃんもワンダちゃんと同じく、カボくんの背負ったハンディを気にしてない。
 大事なのは眼の前の個人が生み出す、たった一つのダンスだ。

 同時に基本的な技術を身に付けずに、個性が形をなすことなどあり得ないシビアなルールで、このお話は動いてもいる。
 カボくんは恩ちゃんが教えてくれるダンスの基礎を、自分なり咀嚼しながらシコシコ練習し、手持ちの武器を組み合わせながらオーディションにて表現する。
 音を聞き、音に動かされる根本に飛び込む体験は、彼が地道に練習を重ねたからこそたどり着けた高みだ。
 喉の奥で絡まる音声言語の代わりに、ようやく見つけた自由な言葉を身につけるための切実さに背中を押されて、カボくんは常人以上の努力を積み重ねて、どんどん成長する。
 そう出来るのは、ともすれば横に広がりすぎる視界を一心不乱に狭めてくれる、かけがえない仲間がいてこそだ。

 

 オーディションの最中、あるいは目を瞑ってのヒットの練習において、二人のリズムは狙わず重なっていく。
 場の空気を読み、合わせようとして合うディレイドな重なり合いではなく、手前勝手なセンスと欲望が、同じ音に乗っかって動き出した結果のユニゾン
 それは何かと周りを見すぎてしまうカボくんが、手に入れた自由を濫用するのではなく、誠実に使いこなした結果の共鳴だ。
 カボくんはずっとそこに行きたくて、周りの顔色や空気を必死に伺い馴染めなかったが、ダンスは彼に身勝手であることを要求し、肯定する。
 隣り合う人、見つめる人との共鳴は、鳴り響く音楽が勝手に生み出してくれる。

 それもエゴから生まれた思い込みで、自分の体が生み出す言葉を濁さなければ…の話ではあって。
 真っ白なド素人だったからこその純粋さが、練習して解ってくるからこそ削れていく中で、また見えず聞こえずの深海に引きずり込まれていくだろう。
 そうやってままならなさに潜り、踊ることで自分の体と…それを見つめる誰かのリズムと対話して、新しい舞踏を見つけていく。
 カボくんの甘酸っぱい青春と、ダンサーとしての語彙の拡張が重なっているのは、やっぱ良いなと感じる。
 部活モノとしての勝負論をちょっと遠くに離して、カボくんが自分のダンスを探すウロウロを丁寧に書く筆致もね。

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は”ワンダンス”第3話より引用

 今回もカボくんは深い海の底で息苦しくしていて、緊張で音を遠ざけていく。
 それは自分のままならなさに苦しめられ、周りをよく見て口ごもる生き方を続けてきた、彼なりの生息域だ。
 そこで空に飛び上がったり陸を駆けたり、海以外の場所に進みだそうとするのではなく、龍の子になってどうにか海で生きる道を探ろうとするのが、とても生真面目な少年らしいと思う。

 そして泳ぎ方も息の仕方も、今は思い出させてくれる人がいる。
 あの時約束させてくれたように、ワンダちゃんだけ見て踊れるなら、カボくんは音の海で自在に泳げる。

 

 頭と言葉でこねくり回した「あるべきダンス」に縛られると、音を聞きそびれて早取りが起こる。
 何も考えられないくらいに緊張して、何も考えなくて良い所までたどり着いたカボくんは、自動的かつスムースに流れる音楽と繋がり、それが同じ音を聞いているワンダちゃんとの共鳴を生み出す。

 それは防音扉の向こう側、ひょいと覗き込んだホトにも届いていて、踊りを知るものだけにダンスという言語は届くわけではない。
 ダチがハマりかけてたクソダサさを突き放し、飛び込んでみた新しい領域で溺れかけ息をして、生み出した鮮やかな波紋は、確かなメッセージを知らず発している。
 そういう強さが、身体表現には確かにある。

 

 カボくん独自の音の食べ方を、ちゃんと見ている恩ちゃんもそうだけど。
 自分だけ見る特別な狭さを手渡されて、一心不乱であるがゆえに無意識で自由になれているカボくんの動きは、知らない間に二人の外側へ波紋を押し出している。
 カボくんとしては自分自身とワンダちゃんだけで手一杯かもしれないが、部活という小さな社会に身を置き、閉ざされても中の様子は伺える扉の向こうから、「ダンスと出会ってしまった小谷花木」を誰かが見ている。

 ずっと繋がりたくて、でも上手く泳げなかった海は、確かに彼の前に広がっているのだ。
 だから彼が何かを掴んだ時の表現が、美しい飛沫が舞う水の中だったのはとても良かった。

 

 

 

 

 

 

 

画像は”ワンダンス”第3話より引用

 カボくんを見つめる視線は双方向に開かれたもので、カボくんもまた先輩に声をかけられて輪に混じり、つっかえつっかえながら言葉を交わす。
 アニメになってみると、カボくんが言葉を補うように身振り手振りを会話に交えていたり、相手や状況によって吃音の度合いにグラデーションがあるのがよく見えて、面白いなぁと思ったりするけど。

 無心になれた時に彼の言葉はスムーズになって、ワンダちゃんはそういうカボくんをよく引き出すのが、声と動きがついてみると目立つ。
 そうでない時の、難しさやぎこちなさも。

 

 ワンダちゃんが家庭の事情でこれなかった練習で、カボくんは空が見えない狭苦しい場所に閉じ込められる。
 苦手なはずの電話で、ずっと待っていた言葉が届いた時、ワッと視線が上に上がり、美しい星と開放感が世界に宿る。
 ここの演出は、カボくんが一人だと身を置いてしまう場所の息苦しさと、そこから連れ出してくれるワンダちゃんの特別さを、上手く演出したなぁ、と思う。
 前半水底のイメージが強かったからこそ、カメラがグイッと上に動いて空に動き、星を捕まえる流れも対比でよく聞いた。
 海だけが、己と他者と世界のあり方に悩む青年の周りに在るわけじゃない。

 知り合いにすぐ捕まってしまう、息苦しい牢獄として田舎を描くこのお話が、牢屋の壁にしている山嶺はとても綺麗だ。
 カボくんが感じている息苦しさと真逆に…あるいはそれに寄り添いながらそびえる、青い揺り籠のような山間の町。
 そこで出会ったダンスの妖精は、病弱な父一人抱えて当たり前に不自由で、だからこそ一緒に隣り合って歩ける生身の人間で、色んな難しさと自由を抱えている。
 カボくんとは違ったリズムで、でも同じ足取りで。

 

 その一個一個に思い悩みながら、身体でぶつかっていくことで拓けていく道。
 悩み苦しんで探りあてた動きの一つ一つが、生み出す自分だけの舞踏(ワンダンス)

 「タツノオトシゴのアイコン、ウケて良かったね」と思える回で、とても良かった。
 次回も楽しみだ。