手札が見えない暗闇の中、狭く冷たい水槽を泳ぐゲームは続く。
「青春って外野が見てるほど、キラキラじゃねぇな!」という気分になる、氷の城壁第3話である。
「大丈夫だミナトくんッ! 自分の本性も他人の本音も見えてない、嘘つき野郎しかこの盤面にはいないよッ!」ということが、だんだん解ってくるエピソードであった。
現状一番手札が見えていない(からこそ安心できる相手と、視聴者が体重預けたくなる)ヨータを除いて、美姫も中学時代のトラウマを引きずって思いの外暗く、「かわいそうな子」を見捨てられないミナトの根っこは未だ不鮮明で、考えすぎてぎこちない小雪の無自覚な攻撃性もキツい。
いかにもマンガチックな激ヤバっぷりとかはなく、保健室というアジールに逃げ込む凸凹などもありつつ、一応普通の範疇に収まる高校生活を送りつつ、OPでキラキラしているアオハルっぷりがどんどん遠のいていく、ギクシャク軋む青春絵巻である。
あまりに多彩で、致命的に噛み合わない天敵すらいる人間関係のジャングルに、自分たちが立っていることを否応なく思い知らされる、高校生という年頃。
子どもらは周りが思っているより色んな事を考え、その多くが無駄な考えすぎと不適切な考えなさすぎが合成された、ミスコミニケーションの種だ。
青春…難しすぎるッ!
この難しさと踊ることから距離を取り、氷の城壁で自分を守ることにした小雪はしかし、幼馴染だけに拓いていた城門をするりと、優しいキリンに明け渡した。
つまりは徹底して他人を拒絶できる冷たさに耐えられるほど、心が凍りついた人間として生きられない…ってことなんだが、小雪自身にそういう自覚は現状少ない。
他人を立ち入らせず、立ち入らせさせないクールな距離こそが、中学時代さんざん傷ついた自分の楽園なのだと、思い込むことでギリギリの安定を得ている。
けどそれが、思春期の誠実で切実な自問自答により溶けかけているのは、前回夜の窓に写った自分の影との対話で、しっかり示されている。
一方誰にでも話しかけられるミナトの根源には、未だ描かれざる歪みが強烈に突き刺さっていて、軽薄で軽妙な「いい人」っぷりは、狙ったとおりには機能しない。
一人ぼっちにならざるを得なかった、不器用な人たちの心の鍵を開けてあげる錠前師が、本当に開けたいものはなんなのか。
ミナトの生存戦略が何処から来て、なぜ小雪に鍵が刺さらないかの根っこは、作中最大のミステリとして不鮮明な影に覆われたままだ。
ここを隠しているので、いい人オーラの奥でド外道サイコぶっこいてそうな不穏さが、あの子につきまとうな…。
みんなの最悪の予想より、全然いい子で”人間”ですからねッ!(原作ファンの、時系列を飛び越えた擁護)
ネタバレはさておき、友人たちの結構雑な扱い…それを引き出す軽薄な振る舞いに反して、ミナトは小雪のリアクションをじーっと見つめ続けている。
不鮮明な他人の心が、一体どんな”本心”を反映しているか冷静に探り、世間一般で間違いとされていない手札を明るく使って、どうにかかわいそうな人がかわいそうじゃなくなるよう、余計なおせっかいを投げかけている。
そこには小雪の氷の城壁が、極めて残酷に切り分ける「好きな人/そうじゃない人」の境界線を、どうにか踏み越えたいという願望が透けてもいる。




ではその過剰なまでの分析眼と、「愛されたい」という欲望は、何処から来るのか。
そして、皆を何処につれていくのか。
これはこっから描かれる物語であり、その一歩目として美姫の踏み込みがある。
小雪が推察する通り…あるいは視聴者が勘繰り期待するように、美姫は甘酸っぱい恋の牽制で「あの子に近づくな」だの言ってるのか。
作品全体のトーンを固定する描写が、チカチカ危うく瞬く光の先に待っている。
なぜかクラスのヒロインに祭り上げられ、その虚像に疲れている美姫が持つ、もう一つの重たくシリアスな顔。
堂々自分の前で、自分の悪いことを告げてもらって克服したい”男らしい”気質が、陰湿で複雑な”女らしさ”とこすれて生み出す冷たい摩擦熱に傷つけられた過去。
そういうモノが、今回顔を見せてくる。
その息苦しさからの逃げ口として、市外の塾とちょっとハイレベルな高校に未来を求めて、孤立した息苦しさに手を差し伸べてくれた「いい人」が、その実哀れみのナイフで優越感をえぐり取る簒奪者かも知れないと、思い至ってしまった瞬間の薄暗さ。
そういう場所に、憧れのお姫様とガサツなメスゴリラという、二つの仮面を使い分けて生きてる女の子は、確かに立ったことがある。
そこの延長線上に、切れかけの電気がチカチカ瞬く夕暮れがある。
毎回名曲”逆様”に繋ぐセンスが良いアニメだが、今回も一見幸せな青春景色がその実バチバチ切れかけだってのを、上手く示して次回に引いていた。
ミナトほど小器用に青春を泳げない美姫が、結構逡巡し不器用に表情を固めて、この火花散る決戦場へ踏み込んだことは、結構細かく描写されていた。
「なんも考えてない、天真爛漫なおバカ」という記号で処理されてしまいそうな…そうなるよう、かなり精妙に視聴者が得れる情報を制御されている美姫は、(他のあらゆる青少年がそうであるように)かなり複雑にいろいろ考え、多彩なペルソナを自分なり選び取って、社会性を取り繕っている。
そういう仮面全部引っ剥がして、真顔で素面な地金でぶち当たるだけの重たさが、小雪とミナトの接続点にはある。
美姫はそう考えてここに踏み込んだし、そうするだけの価値を親友に見出している。
ずっしり重たい青春サスペンスとしての味を、前面に押し出すように再構築されたアニメ化だけども、こと美姫が持っている複雑なシリアスさを描く画材としては、かなり正解だったのかな、と思う。
クソほど拗れた内面を、初手からモノローグでぶっ放せてる小雪唯一の逃げ場として、明るく朗らかでいることをかなり求められている美姫。
だが当然彼女だって彼女なりの重荷を抱え、彼女なりの考えでそれと向き合って闘っている。
そういう決意と軋みを描く上で、表面上の明るさをべっとり塗り尽くす重たさは、彼女が物語の本道に食い込めるキャラだということを、ちゃんと告げる足場になっている…気がする。
そこに瞬いてる明るさだって笑いだって、全然嘘じゃないんだけどさ~。(なので、飾らない日常の中で小雪たちが得ている、大事な幸せと救いの方もしっかりと描いて欲しい気持ち)




そういう場所に美姫が踏み込まざるを得なくなった、ミナトと小雪の噛み合わないミス・コミュニケーション。
彼女にフラれてもすぐさま次がやってくる、来る人拒まず去る者追わずなリア充ボーイは、これまでの経験から刺さりそうな鍵を探して、一人きり「かわいそうな」小雪に近めのアプローチを仕掛ける。
それは特大級の地雷を見事に踏み抜き、過剰に考えすぎるからこそ氷の城壁に全てを遠ざけようとしてる女の子を、冷たい自省に閉じ込める結果に終わる。
いや~…アンタが挑んでいる”氷川小雪”(あるいは”雨宮湊”)って難問、これまでの小器用なやり方だと突破できないんすわマジ…。
小雪もミナトも、お互いの手札や過去が見えない不完備情報ゲームの中、勝手に相手の心情や理由を推測して、自分に馴染み深い答えへ飛びついている。
そこで一旦判断を保留にして、虚心坦懐に相手を見つめる余裕を持てない季節だからこそ、思春期は思春期だ…って話ではあるんだけども。
お互い何が正解か解らぬまま、防壁を貼られた事は伝わってしまう冷たい時間の中で、ミナトは小雪の顔をじっと見つめ、小雪は深く鋭く自分の内側に入るのが、対照的で面白い。
二人とも真逆のものを見ているようでいて、お互い自分が本当は何を求め、どんな存在なのかは、高校生なり構築した自己像と世界観に邪魔されて、全然見えていない。
あるいは真実のカケラが見えかけているからこそ悩み、迷い、間違えていくものなのだとも思うけど。
他人を遠ざけて得る平穏が思いの外攻撃的で、冷たく誰かを傷つけてしまう加害性を宿しかねないこととか。
「可哀想な人」に施す優しさが、かなり濃い目に持つものの傲慢に汚れていることとか。
すれ違ったまま惹かれ合う二人は、自分が何を生み出しているか見えていないまま、勝手に相手の心情を推察し、適切な行動を探って間違える。
それを正面衝突ぶつけ合って、感情の爆心地にあるがままの己を見つけていけるような相互信頼も、出会ったばかりの二人にはない。
信頼がない、愛されない、「そうじゃない人」である。
そういう感覚に極めて敏感なミナトは、自分自身自覚していない欲望の根源を致命的に揺るがす小雪に、ズレたアプローチを繰り返す。
ツラ良くて爽やかな、スクールカースト上位のA級様が、学校で浮いてる氷の女王様に愛を恵んであげている構図…に見えて、欠乏と執着はともすればミナトのほうが濃い。
その異様さな行動の、表層だけが際立って奥が見えない状況だと、まーだいぶミナトサイコっぽくて怖いわな。
凄く特別にイカれたヤバボーイに見える書き方だけど、彼らの課題はめっちゃくちゃ普遍的かつ大事な、思春期の大問題に直結してる話だからなぁ…フツーだよ現状の印象より全然ッ!!
小雪が学び取った、氷の城壁に全てを遠ざける防衛術。
遠ざけられる側であるミナトにクローズアップしたことで、その加害性や間違いが解りやすくなってるのも、シリアス濃いめな語り口の利点かな、と思う。
小雪も誰かを傷つけて当然とふんぞり返るような、神経死んでるバケモンでは勿論なくて、むしろ誰もが思い悩む青春のナイーブさに、人一倍かじりついてる繊細ガールなんだけども。
しかし自分が選んだ生き方が、望まぬ傷を誰かにぶつける結果を生んでいることに、この段階の小雪は気づいていない。
「その無自覚はヤバいよね?」と、結構マジに傷ついてる気持ちを誰にもマジに受け止めてもらえない、ミナトの姿は良く語る。




職員室の大人は冷静に的確に分析しつつ、親身に踏み込んで解決してくれない(青少年が主役である以上出来ない)、冷たい線引。
お互いの柔らかく傷つきやすい人格が、過剰な踏み込みや冷たい拒絶、勝手な思い込みや思わぬ助け舟で、複雑な乱反射を生み出す現場で、”3+(←)1”の関係は奇妙なダンスを踊る。
恋だけが青春の駆動因だと割り切った、恋愛至上主義のシンプルな話なら、惚れた腫れただけが人間の繋がりにもなるんだろうが、この作品が見据ええぐり出すものは、もうちょい複雑でシンプルだ。
人間勿論恋もするが、そればっかりが青春の全部でもない。
むしろ加害的な恋の実装に、適切な準備もできぬまま飛び込んだからこそこうも複雑にねじ曲がり、上手く繋がれないままギクシャクもしているのだと、今後じっとり描かれていくと思うけど。
黒髪を強要されていた中学時代から、ちょっと環境を変え自分のあり方と髪色を変えて、その変化にまた縛られる、高校生という季節。
皆が羨む爽やかな王子様から受けたアプローチは、小雪にとって正体不鮮明な毒の刃に思えて、そこを開いた手のひらで庇ってくれるヨータの真意は、果たして全然見えない。
お父さんギャグで軽く流し、全てをぶっ壊すマジを遠ざけた振る舞いの奥、少年は何を抱え何を考えていたのか。
他人の心は、すべて見えない。
解っているつもりになってる、自分と世界のあり方も。
むしろその見えなさ、コミュニケーションという行為が背負う根源的な不可知性を認識する所から、氷の城壁を乗り越えて改めて他人と繋がっていく、青年たちの旅は始まるのだろう。
適切に手渡さなければ解ってもらえず、受け取る側にも嘘のない切実さと受け止める強さがなければ、より良く受け渡しされない柔らかな心たち。
それをどうにかしたいと願いつつ、どうすれば解らないからこそ、”3+(←)1”はここで他人に突き刺さる尖りを持った←を、お互いに投げつけ合う。
それは大間違いの無様なあがきで、とても人間らしい必死な闘いだ。
そこで散々に迷いまくったからこそ、イヤンになるくらい傷ついたからこそ、その先へと進み出せる自分の足を鍛えられる、出来ることなら向き合いたくない普遍の試練だ。
皆マジ頑張っているし、頑張って欲しいなぁと、僕は見ていて思う。
小雪は不器用な共感能力をフル動員し、一体何が正解なのか親友の表情を読もうとして…見つかるのは何も読み取れない無だ。
しかしそれは何も考えていないわけではなく、日常の何気ない風景に偽装されたコミュニケーションの中に、必死に何かを見出そうとする集中の現れだと思う。
美姫はとても考えている。
考えていることをあんま解ってもらえない不器用さは、張り詰めた冷たさばかりに注目されて、思いの外柔らかく笑う素直さを受け取ってもらえない、小雪の未熟に良く似てるな、と思う。
あるいはここら辺の生真面目な不器用さが似ているからこそ、お互い隠すもののない特別な友達として、長く続いているのかもしれない。
小雪には探りきれなかった思いを、ミナトにここでぶっ刺しておかにゃ気がすまないから、美姫は不格好な糖分補給の相棒として、ミナトを二人きり呼び出した。
そこで炸裂する思いが、グラグラ揺れてる四人の関係を別の場所へと動かしていく。
結構ハラ固めないと踏み出せない一歩だったと思うけど、踏み出すことにしたのは本当に偉いなぁ…。
それをアニメが選んだ筆致がどう描くか、とても楽しみだ。
ウェブトゥーンから紙の単行本、そしてアニメへとメディアが移ろい、そこに切り取られる物語の形も大きく変化しているこの作品。
アニメが選んだ筆運び独自の味わいに、ちょっと慣れてきた感じもあります。
ウェブトゥーン特有の変則ゴマをアニメ表現に落とし込むにあたり、かなり取捨選択し描写を補強しまくっているので、原作とかなり味が違うのも、個人的には面白い。
次回も楽しみ!