イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

プリンセス・プリンシパル:第7話『case16 Loudly Laundry』感想

因縁と陰謀が渦を巻く闇の中で、嘘まみれの天使たちが羽を失ってもがくアニメ、今週は少女たちのフォーディズム
親が死んだり人を騙したり、ずーっと暗い調子で進んできたこのアニメもクール折り返し、珍しく明るく前向きなお話が飛び込んできました。
アンジェの嘘、プリンセスの社会的立場、ベアトの機械いじり、ドロシーの色仕掛けにちせの実直さ。
これまで人の命を奪うために発揮されてきたプリンシパルの個性が、どん底洗濯工場を明るい希望で満たす『きれいな嘘』として機能するのは、ここまで重たいお話をたっぷり食ってきた分、爽快でしたね。
ここで腹筋を緩めさせておいて、更にヘヴィな地獄がドーン! ってのも十分ありえますが、今は女の子たちが汗まみれ泡まみれで掴んだ一瞬の夢を、素直に祝福したい。
そういう気持ちになるエピソードでした。


というわけで、Caseは巻き戻って16、引き続きロンドン最下層のお話です。
第1話から第2話で『話数的な始まりから、物語的な始まり』が、第5話から第6話で『父親の死』が継承されていたように、今回は背景となる社会階層が共有している感じですね。
輪唱(あるいはヒップホップのサイファー)のように、時系列をシャッフルしつつも放送順はなんらかの要素を引き継ぎ、そこからまた別のお話を展開させていくスウィングは、なかなか気が利いていて面白いです。
Case的には前回の破滅の前段階、来るべき地獄を知らずに陽気にはしゃいでいるとも取れるし、スパイの暗い因業こそが『嘘』で、今回ホコリまみれの工場で少女たちが見せた明るさが『本当』とも取れる、面白い配置ですね。

今回はおそらく作品初めて、死人が直接的に出ない話であり、殺して騙して奪ってと非生産的な仕事ばっかりしていたプリンシパルが、誰かの為になる仕事に勤しむエピソードでもあります。
異色ではあるんですが、彼女たちが軒並みスパイに向いていない善人だと、お辛いエピソードで思い知らされている視聴者にとっては、盲亀の浮木優曇華の花、非常にありがたい息継ぎでもありました。
小彼女たちの知恵や特技が、他人を騙し命を奪うためではなく、経営と工場の環境を改善し、どん底ぐらしで下を向いていた女たちに希望を与えるために使われてる姿からは、小さな希望が感じられた。
先週ラストであまりにも残酷な運命を強調していた『歌』も、今回は労働を誇り、日々を乗り切る活力を引き出す『労働歌』に変わっています。

先週との響き合いという意味では、広川太一郎似の借金取りが再登場して、2つのCaseにブリッジをかけているのが、面白くてやがて哀しい。
あの時は親父を破滅に追いやる、抗いがたい資本主義の走狗だった彼が、今回は明るいコメディ調子とプリンセスの社会的特権に助けられ、克服される。
悲劇と喜劇が紙一重であること、幸福と破滅に見た目ほど大きな差がない世知辛さを強調するのに、良いリリーフだったと思いますね。

残酷から希望へ、鮮明な変異が印象的なエピソードですが、差異は共通部分があって初めて強調されるものです。
今回プリンシパルが使っている『力』は、これまでのエピソードで確認された彼女たちの個性、そのものだったりします。
マッドサイエンティストに身体を改造されたベアトは、生まれを活かして洗濯装置を修理し、工場に安全を呼ぶ。
立ち回りと殺傷のために使われていたアンジェのCキューブは、『重たい荷物を動かす』というあまりに牧歌的な目的のために使われる。
ドロシーの色仕掛けだって、情報を盗み出すのではなく、新しい顧客を手に入れるために活用されます。
父の命を奪ったちせの武芸は、刀ではなくアイロンを手に、殺すのではなく無力化し守るため。

こうして絵にされると、僕はまるで普通の小娘のように、当たり前に自分の能力を活かし、陽のあたる場所で彼女たちに活躍して欲しいんだなと、強く思い知らされます。
『スパイは嘘をつく職業、人を殺す職業』とうそぶきつつも、彼女たちは誰一人望んで地獄に身を置いているわけではない。
10年前のロンドン分割という大きな流れに翻弄され、あるいは日本を割った戊辰戦争に飲み込まれ、父と別れ、身分を捨て、スパイにならざるを得なかった女の子たち。
今回のお話は、そんな彼女たちが誰かのために、血ではなく汗を流し、後ろめたいことなく笑顔で戦える、一瞬の綺麗な夢でした。
こういうのをあえて見せてくる筆運び、残酷だなぁホント……。


そんな状況の中、プリンセスは『財力』という強みを活かし、あっという間に社長になってしまいます。
労働力を使い潰し、女を踏みつけにするしかない男の経営者/借金取りから、女たちが自分らしく活躍し、日々の糧を得、プライドを獲得していく場所へと。
コントロールが苦い顔をするプリンセスの道楽は、『より善く生きる』という視点から見ると、文句の付け所がない善行です。
何しろ、善行を施しているプリンセスの懐まで潤っちゃうんだからねぇ。

元々ウーマンリブの気配がある作品なんですが、今回は特にその傾向が強い。
金と権力を握り、理不尽を押し付けてくる世界は『男』が手綱を握っていて、女たちは厳しい状況に追い込まれつつも、お互い支え合い、少しずつ理解し合って、健全に対抗の牙を研いていく。
そもそも洗濯工場自体がロンドンの最下層、堂々と声を上げて権利を叫べない場所にあるわけで、労働災害を避けるために怠けるしかない貧者の知恵は、その象徴と言えるでしょう。
そしてその無言は、プリンセスの介入とプリンシパルの努力、それを受けて変化した女たちのたくましさで、多分変わっていく。
妙にキャラが立った従業員が蠢く洗濯工場は、もう一つのプリンシパルと言えるでしょう。

例えば『女』を武器にするドロシーは『化粧』という女の領域を活用することで、男を誘うだけではなく、女にプライドと活力を与えもする。
外面を装うのは、惨めな服と顔で下をむくのではなく、世間に堂々と顔向けするための武装でもあるのです。
洗濯工場という『外部化された家事労働』が軸になるのも、ちせが『アイロン』という家庭的装置に親しみ、窮地を脱する武器にするのも、『女』である弱さを強さに変える、プリンシパルらしい戦いだと思います。

そして、これはプリンセスの内面が公開されないと断言できないところでもあるんですが、工場はスチームパンク・ロンドンの縮図でもあるかもしれない。
先週のどん底モルグ(そしてシリーズ全体の薄暗いエピソード)を通して、今のロンドンが楽園ではなく、様々なものを踏みつけにして進む制御不能のジャガーノートであることは、僕らに示されています。
その車輪に踏み潰される形で、プリンセスとアンジェは引き裂かれ、再会した。
アンジェは第3話冒頭で『カサブランカの白い家≒私的領域』への撤退を進めるのだけども、プリンセスは『私たちがてらいなく向き合える世界』を実現するべく、玉座という公共領域の頂点を目指し、撤退を拒否しました。

そこにどんな思いがあるかは、おそらく作品最重要の謎なのでまだ読みきれませんが、『私たち』の範囲がアンジェとプリンセスという狭い範囲で収まらず、同じように巨大な政治経済の歯車に噛み殺された犠牲者全てを含むものだったのなら。
王冠を手に入れたプリンセスが目指すのは、上層が下層を踏み潰して生き血をすする、サイバーパンクロンドンの社会構造、それ自体の転倒かもしれません。

女の、労働者の、公害病患者の、身体障害者の、あるいはスパイの。
華やかな舞踏会場からはけして見えない、薄らぐらい世界の中で苦しんでいる人の中に分け入り、その痛みを己で引き受けるため(だけではないんでしょうが)に、プリンセスはスパイとなり、洗濯女となったのではないか。
個人的希望も込めてこういう読みをすると、このアニメはちょっとした革命譚、あるいは世界で最も見捨てられたものたちのための救世主物語という色彩も、帯びてくる気がします。

適切なメンテナンス、非効率系な構造の変革、経済構造の健全化。
今回プリンセスが、プリンシパルの力を借りて成し遂げた工場の変化は、国家に敷衍する事もできます。
先週残忍にドロシーの肉親を奪った、スチームパンク・ロンドンの苛烈さを改革するモデルケースとして、今回の工場があるか、ないか。
それは先の話見ないと分からんのですが、国盗りを明確に口にしている以上、このくらいの大望は抱いてほしくもあるんだよなぁ……さてはて。


今回の話、マッドガッサーと切り裂きジャックをあわせたような敵はあくまでマクガフィンであり、プリンシパルが洗濯工場と、後ろ暗いスパイが明るい希望と接触するための、一種の理由付けに収まっています。
これまで『敵』と正面から刃を交わし、死体の山を築くことでドラマとしてきたお話なんですが、今回はむごい犠牲者は巧妙に隠され、画面に映らない。
可愛い崩し顔がたくさん見られるのも含めて、作品のルールからちょっと外れた、でも待っていましたの、面白い塩梅でした。

自爆寸前に上げた「王国万歳!」という叫びからしても、毒ガスジャックは王国と何らかの繋がりのある『敵』。
そこを正面から捉え、陰謀の編みを解きほぐす語り口でも作れたはずなんですが、今回の主眼はあくまで洗濯工場です。
スパイとして騙し、奪い、殺す顔ではなく、どこか境遇の似通った女たちのために力を使い、陽のあたる場所へとにじり寄っていく少女たちの表情を、今回は切り取りたかったのでしょう。
キャラへの理解と愛着が深まり、陰鬱な話に少し疲れてきたこのタイミングで出してきたのは、構成の妙味だなぁと思う。

番外だからこそ、闇の中の光は強く感じられます。
『日本人である』という異物性を、排他ではなく融和の象徴として、鉢巻で繋がったちせ。
あるいは変声能力を一回も使わず、小さな体に秘めた技術力だけで状況を変えたベアト。
血なまぐさいスパイ仕事の奥でチラホラ見えていた、年頃の少女としての笑顔が今回は多めで、ホッとする話でした。


そしてそれは、あくまで一時の夢。
アンジェが常に呟く『スパイは嘘をつく』は世界の残酷な真実でもあり、そうやって飲み込まなければ生き残れない闇と汚濁が、ロンドンにはみっしり満ちていることを、彼女たちも僕達も知っているはずです。
そして今回見せた女たちの絆と輝き、闇から這い上がるタフさもまた、けして嘘ではない。

踏みつけにされた日陰者の洗濯女たちが、どん底で光を見つけて己の人生を歩き直したように。
プリンシパルの優しいスパイたちが、血と陰謀に絡み取られる嘘の世界から抜け出し、明るい場所に漕ぎ出していく未来はあるのか。
はたまた、蜘蛛の糸のように細い希望が途切れてしまう結論を強調するべく、あえて一筋の光を見せたのか。
全く油断ならない、でもすがりつきたくなるような、洗濯女たちのポジティブ・ワーキングコメディでした。

この番外をどう活かして、次回以降に話を紡いでいくのか。
既に疑いようもないシリーズ構成能力、太いテーマ性、仮想世界構築能力を持ったこのアニメが、どこにたどり着くのか。
来週以降も、非常に楽しみです。