”花殺し月の殺人(デイヴィッド・グラン著、倉田真木訳、早川書房)”読了。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
1920年代、オクラホマ州オセージ。ネイティブアメリカンが石油権益を受け取る街で起きた連続殺人。腐敗と暴力が幾重にも積み重なる事件を、当時Federalではなかった捜査局が顕にする過程と結末…そしてその先にある忘却を書く
副題は”インディアン連続怪死事件とFBIの誕生”である。”インディアン”に眉をしかめる方もいようが、それが差別用語になる前の世界、”奴ら”を謀略で殺して白人の手に正しい権利と財産を取り戻すのが”当然”だった時代(と、その傷が長く伸びる現在)を思えば、適切かつ勇気のある言葉のチョイスだと思う
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
残虐、謀略、不正義、堕落。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
ノワール小説も真っ青の悪徳がみっしり満ちている物語だが、この本はルポタージュである。
章立てはクロニクルとして分割され、殺戮の嵐が吹き荒れる恐怖時代、そこに毅然と異端の捜査官が切り込み決着が付いた時代、その先にある現在を、連続して描いている。
探偵小説は秩序が擾乱され、回復される過程を描く。ありえない死人が出て、筋道だった推理により不明が暴かれ、裁かれるべきものが裁かれる(あるいは死ぬべきが死ぬ)。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
このお話も、そんな物語的起伏を内包している。そして、それで終わりきらない生っぽさがある。
歴史は探偵小説のようには終わらない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
街とネイティブアメリカンを襲ったドス黒い(というのすら生々しい、嘘と毒殺と暴力と買収の複層)事件は、”首謀者”を正義のレンジャーが逮捕・告発することで一応の決着を見る。
歴史は傷を塞ぐように、無残な殺人と奪われた権利、財産を忘れていく。
殺人の動員となった黒い血…石油も原油価格の下落を受けて枯れ果て、居住地は寂れ、しかしそこに人はい続ける。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
何故死んだのか。そもそも、殺されたのか。
それすらも実は顕になっていない混沌を放置したまま、打ち捨てられた生存者達が解決を待ち続けている。
そのかさぶたを、作者は丁寧に追う。
作者も万能の神ではない。歴史と、”奴ら”から血と一緒に金を搾り取ろうと共犯し、証拠を隠蔽し続けた白人共同体の謀略により絶えた足取りを、全て終えるわけではない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
何より、死人も時も戻らない。
パッと見回復された正義の奥には、全てを見抜けぬ人間の限界があり、諦めと消滅がある。
例えば事件に州と国の境を超えて切り込んできたヒーローの背後には、Bureau of InvestigationにFederalを付けたい若干30歳のエドガー・フーバーの策略がある。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
全米をスキャンダルに巻き込んだ事件を”制圧”することで、省益の拡大を狙う怜悧な官僚主義者は、その後数十念に及び隠然たる支配を続ける。
公式の見解では回復された秩序は、それが始まったとされるはるか前から、そして終わったとされるはるか先まで、ずっと傷つけられてもいる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
”奴ら”から石油の権益を正しく取り返すべく、積み重なる死体。その複雑な網の目を、正義は見落とし、もう完全な形で回復するのは難しい。
そんなあやふやで不完全な歴史を、この書物は丁寧に追う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
未だ西部開拓時代の気配を残し、国家規模の巨大な秩序に飲み込まれない辺境。スーツを着込んだ科学捜査と、タフガイが銃弾で秩序を作り上げていた時代の衝突点。
アメリカ史の結節点として、殺人の舞台・オセージは活写されている。
”インディアン”が彼らの故地を追われた後、どのように虐げられ、どのようにタフに立ち回ったのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
土地に付随する石油利権により、彼らが富豪足り得た時代があったこと。それが、凄まじい規模の不正義を呼び込んだこと。
不勉強にも知らなかったことが、生々しい質感で次々押し寄せてくる。
第2章のヒーローとして描かれるトム・ホワイトの限界点を冷静に指摘し、最良の義人すらも巨大な不正義を見落としてしまう摂理を、どこか寂しさを込めて静かに書く筆が良い。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
確かに、僕は読みながら彼をヒーローのように見ていた。許されざる悪を正し、秩序を回復してくれる主人公のように。
しかし、人が人である以上限界はある。歴史を後から見回せば、後知恵で色々指摘できることも、巨大なうねりの中では押し流されてもしまう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
そんな時の無情を書きつつも、確かに回復された正義と、その裏に凄まじく巨大な、強欲とはまた別種の怪物が潜んでいる世界を、この本は細密に追う。
国家規模の法秩序、全国家的な経済規範を適応しにくいアメリカの特質を、一つの場所、沢山の死体、いくつかの正義と不正義を通じて暴く歴史書としても、非常に優れていると思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
凄く良いのは、これだけ凄惨なルポを読んでも、オクラホマはいい場所なんだろうな、と思えることだ。
広大で美しい、のどかなる大地。それを想起させる豊かな筆は、同時にそこに刻まれた悪徳も、それが傷つけた長い傷跡も見逃しはしない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
贖われ、取り戻されたように見えるものが実はとても幽かで、長い時の中で見落とされ、埋もれていくものがあまりにも大きい、不完全な世界。その醜さと美しさ。
”インディアン”がどのような変遷をたどって、アメリカに市民(あるいは非市民)として在ったかを追うことも、また可能だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
とにかく沢山の知と美と残酷が、行き届いた調査と豊かな詩情、真実を一歩ずつ追う不屈によって、適切にまとめられている。さまざまなものが、そこにあるのだ。
暗黒小説よりもノワールなルポタージュとして、十分以上に興奮に値するものがたりだ。アメリカ探偵作家クラブ賞を受賞してもいる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2019年8月14日
その興奮の奥に、様々なものがある。読むものの向き合い方により、様々な顔を見せてくれる書物であった。非常に良かった。