MARS REDを見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
深く暗い死地で、前田義信は死にかけていた。
薄れゆく意識に去来するもの。
それとは関係なく、もう取り返し得ないもの。
中島岬が人としてどう生き、死んだのか。
それを看取った旧きものが、立ち上がり進めと急き立てる。
約束を果たし、終わるべきをその手で終わらせろ、と。
そんな感じの哀しき回想編である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
狂女に落ちる前の岬がたくさん出てきて、彼女が好きな僕はとても嬉しかったが、同時にそれはもう取り返しがつかない過去の話でもあり、彼女の手紙(だけ)を受け取った前田さんは同じく、デフロットの抱擁を受けてヴァンパイアになっていく。
サロメが彼女のヨカナーンと求めたものが、洗礼めいて水に腰までつかっているのはなんとも皮肉な姿であるが、この夜を境に生者としての前田さんは死に、吸血鬼としての新しい夜が始まる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
洗礼者を洗礼するもの。
祝福なき新生に、怒りの声を上げるもの。
永世者デフロットがどんな思いで、岬と一年を過ごしたかが良く見える回でもあった。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
役柄も性別も感情も一瞬で飛び越えて、劇的なる空間をその演技で呼び込める役者としての凄みを、沢城みゆきが見事に演じていた。やっぱ先輩スゲーな…。
油の乗り切ったベテラン勢の、本意気の芝居が見れるのは良い。
第1話段階では謎に包まれていたものが次第に解ってきて、完全に取り返しがつかない状況に追い込まれて、はっきりと真相が見えてくる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
前田さんがどんな思いで、吸血鬼となった岬と対峙していたか。
どんな傷を、あの東京駅で刻まれていたのか。
人間として血を流す心が見えたところで、彼は鬼に変じる
夜と昼、生と死を越境する超越者でありながら、近代化する社会のうねりにけして抵じ得ない弱き存在。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
その変化は不可逆であり、鬼に関わったものは皆外道に落ちていく。
葵ちゃんが可愛らしく日々を過ごす東京が、この震災を契機に、決定的に様相を変えるように。
今回前田さんが縛り付けられる井戸の底、あるいは展開する回想からは、大震災下の惨状は見えない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
しかしそのダメージは決定的に日本を包む空気を変え、奈落に引きずり込まれるかのように国の、人のあり方が変わっていく。
日常を噛み砕き、戻り得ぬ聖痕を刻む変質の儀礼としての災害。
暴虐と悲惨へ突き進む…ある意味"吸血鬼化"していく時代の先触れのように、あるいはそこに抗するために、前田さんは鬼になっていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
血親は旧きデフロット。
一瞬触れ合った女に約束を果たさせるために、その血を分け与えたのと同じ姿勢で、その想い人を抱擁する。
それは望まれた奇跡ではなく、あくまで己が美しいと思ったもの、死を超えて果たさせれるべきと信じた宿命のための、血の滲むエゴである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
超越者然としていたデフロットくんが、岬との日々を描かれ、白皙に体温と譲れぬ意地を宿すエピソードでもあったかな、と思う。
彼もまた、痛いほど”人間”であるね
回想は一年前から、淡々と進んでいく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
その静けさが、戦争や吸血鬼とは縁遠い女達の日常をよく伝えて、逆に寂しい。
手紙に託す思い、泣かない女との約束。
全ては虚しく、既に取り返しがつかないほどに壊れてしまっている。
(画像は"MARS RED"第7話より引用) pic.twitter.com/X8nPPer9CN
だがこの時の彼女たちは、その儚くも切実な想いが砕けるとは思っていない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
死に満ち、望みどおりとは行かない世界を知ってなお、それでもなにかを信じられる大事な縁。
葵ちゃんと秀太郎が交わした約定は、シベリアに儚く砕けた。
岬が思いを込めた手紙の受け取り手は、今まさに死のうとしている。
だが生死の常理を超える吸血鬼となることで、彼女たちの思いを男達はそれぞれ、背負い夜に生きることになる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
なんということのない日常の、儚い温もりを冷たい身体に忘れず宿すことで、鬼は外道に堕ちることを避けられる…のだろうか?
夜の防人達が、背負う荷物は静かで重い。
それは激しい闘争にクローズアップしては見えない事実で、そういうものを切り取るエピソードとして、ここで過去に、既に死んだ女に視点が映るのは良いな、と思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
思いを筆に託して、顔も知らず手紙で通じ合う恋。
岬の恋はあまりに古風であるが、正しく可憐である。
彼女の人徳は前田さんだけに及ぶのではなく、人との関わりを拒絶する演劇の先輩にも及ぶ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
屋根裏をセットに、二人の心の距離が上手く可視化された横長のレイアウト。
構えず、さり気なく、デフロットの心に近づいていく一人の女。
(画像は"MARS RED"第7話より引用) pic.twitter.com/WGZlwyXA8i
それは多分恋ではなくて、しかし確かに人の生きる意味を伝える大切なもので。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
秀太郎と葵ちゃんの関係にも通じる、なんとも名前をつけにくい尊さが屋根裏の二人にはあって、とても良かった。
恥じらいながら差し出す、白詰草の押し花。
あるいは、流行り物のシベリア。
デフロットは岬の手を時に跳ね除けながら、張り巡らせたバリアーをスルリと乗り越えられ、同居人としてその真心を見つめていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
幾百の年月を超え、永遠の子供、歴戦の役者として嘘を演じることでしか、もう存在できない永世者。
その心の氷が、乙女の体温で融けていく。
そこにベタついた同情ではなく、役者として家を離れ独り立ちする岬の覚悟と、儚き者の確かな成長に微笑むデフロットがあるのが、僕には嬉しく、また寂しい。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
多分、どんどん上手くなっていく岬を見て、デフロットは嬉しかったはずだ。
最初は拒絶の色が強くあった声が、段々と硬さを無くす。
それは目の前の若木が力強く伸びる頼もしさ、自分にはもう掴み取れない生のアリアが、デフロットの空虚を満たしたからだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
幼気な風貌に擦り切れた魂を宿すデフロットが、役者として化ける一瞬を、沢城みゆきは見事に演じる。
その劇的とはまた違う、染み入るような日常の変化もまた。
岬が差し出す”シベリア”が、カステラに羊羹を挟んで氷原の鉄道を表した菓子なのが、死地に出兵してく秀太郎と重なって、なんとも時代であるけど。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
皆己が流されていく場所など知らぬまま、微笑みながら日々を進んでいく。
そこに、ひどくあっけなく死は降り立つのだ。
その湿り気のなさが、僕は好きだ
岬は冷たき家に帰り、父に断髪の決意を見せる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
温かいはずの我が家は冷え切り、時代劇の悪役めいた扮装の吸血鬼が、父と密約に嘲笑う。
観客席で見ているしかない、遠い遠い残酷は境界を超えて、サロメの上にのしかかる。
(画像は"MARS RED"第7話より引用) pic.twitter.com/wEUY0Xfyz0
なにか決定的な破滅が進行しているのに、そこに手が伸びないもどかしさ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
舞台と客席の距離を、相手を変えて岬とデフロットは共有している。
吸血鬼として過ごす長い夜の中で、儚い定めが砕ける瞬間は幾度も、少年吸血鬼の前を飛びすぎていったと思う。
岬もまた、国家と戦争というあまりに大きな荷物に呪われた父に手が伸びない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
もしかしたらこの時代に住まう様々な人達が、客席から奈落に滑り落ちていく運命に指を伸ばせず、只々見ているだけだったのかもしれない。
あるいは、今の僕たちも、また。
僕はこの作品を、大正から昭和へ揺れ動いていく時代に翻弄された群像の物語として見るようになってきている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
客席と舞台に分断され、人の…あるいは鬼の手の届かない運命にそれでも手を伸ばす姿にも、そういうもののメタファーを感じ取ってしまう。
同時に観客席に置き去りにされたデフロットの思いは彼一個人のものであり、岬との静かな日々が上手く描かれていたからこそ、とても切ない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
田舎の三文芝居から、手ずから水を注いで開花させた若き才能が、今まさに血に塗れて死のうとしている。
その痛み、その切なさ。
吸血鬼は覆しようのない生き死にを、抱擁で覆すことが出来る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
だがそれが幸福を呼ばないことは、デフロットも知っていよう。
それでも、岬の末期を聞き遂げて観客席に座っていることは、彼には出来なかった。
悲劇が待つとしても、それでも高貴なる血を分け与える
(画像は"MARS RED"第7話より引用) pic.twitter.com/szO27nboau
その決断が、サロメが焦がれたヨカナーンにも及ぶ所に、岬と前田さんの死してもなお切れぬ縁を感じたりする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
死の宿命に倒れ伏した人間に、吸血鬼は高い場所から血を落とす。
女には祈りを、男には叱咤を込めて、人でなしへの変成を後押しする。
結果として、岬は狂った。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
前田さんにどうしても見てほしかったサロメを、壊れたレコードのように演じ続け、人を殺さず共に踊って、陽光に消えていった。
そこに強く、人であった時の心が残響していたのだと知ると、第1話は更に痛い。
サロメがヨカナーンを殺すと、定められた台本。
狂える吸血鬼の血に抗って、岬は愛する男に思いを託した。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
デフロットもまた、死せる前田の前に姿を表し、台本に定められた借り物のセリフではなく、己の激情を滾らせた血を託す。
彼は『僕らの晩節を汚すな』と言っていた。
ヴァンパイアが近代に適応出来ない、滅ぶべき種だと認識しているのだろう。
戸籍に駆り立てられ、都市に居場所なき超越種。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
その異才を現代戦に解き放つ中島の計画を、止めうるのは前田だけだ。
岬もまた、末期にそれを祈った。質を前に微笑んだ山上さんもだ。
吸血鬼はあくまで傲慢に、高いところから血を垂らす。前田が望んだわけでも、拒む権利があるわけでもない。
ただ、それを果たすべきだと己が感じたから。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
デフロットは死にゆく女に呪いをかけ、死にゆく男に祝福を撒き散らす。
その身勝手が、熱くて良い。
大義、大望、希望。
そんな大きなものがどんな怪物を生み出すかは、中島と金剛鉄兵を見ていれば判る。
ならかすかに触れ合った美しいものを、散るままに任せられないというエゴで。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
託された約束が、半端に終わっていくと認められない身勝手で。
正しくない終わりを拒絶する、呪いの当事者ゆえの血潮で。
あくまでたった一人の登場人物として、己の意思で流れに抗う。
時代の流れ、死の流れ、狂気の流れ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
吸血鬼の血はそれに抵抗する武器となり、それを加速する凶器ともなるだろう。
岬、山上、そしてデフロット。
沢山の人達の温もりと、身勝手なエゴを受け取って前田さんは、ついに人を止める。
永遠の夜に生き、絶大な力を得る。
鬼の力を、どう使いうるのか。どう使うべきなのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
それは、この深い穴蔵を抜けて、震災で砕かれた街を見た時に判ることなのだろう。
あの時東京駅で…あるいは遠い戦場、もしくは始めて岬と手紙を交えた時に、刻まれた聖痕。
前田義信は、血を浴びる前から既に鬼であった。
彼の名前に刻まれた”信”は、中国語で”手紙”を意味する。つくづく、遠くから思いを込めて届くものと、縁が深い男である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
夜は明け、昼が来る。
人間たちが瓦礫の中、もう取り返しがつかないものを嘆く時間。
鬼たちが心から守りたいものを、人間たちが投げ捨てる時間である。
山下さんを失い、前田さんが吸血鬼となった”零”は夜陰に身を隠しながら、何処へ駆けていくのだろうか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2021年5月19日
物語は続き、時代は激浪のように流れ出す。暖かく、懐かしき日々はもう帰り得ない。
それでも、鬼は征く。思いでに背中を押されながら。
次回も楽しみですね。