薔薇王の葬列を見る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
柔弱なる夫に変わり、マーガレット・ダンジューはランカスター派を率いて、父王リチャードを打破する。
共に囚われたリチャードはその手を血に汚しながら死地を脱するも、心は打擲の果てに脆く揺らぐ。
茨の冠は、贖い主の頭上に輝く。
父よ、あなたこそ我が光…。
そんな感じの残酷史劇、神なる父の崩御を告げる第二話である。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
血みどろの内戦に人の弱さと残酷が踊る、悲惨すぎて滑稽でもある群像劇。
そのステージがどんな場所で、リチャードがどれだけそこに苛まれるかを、独特の演出と視線で炙り出していくエピソードとなった。
史実においても原典においても、随所で暴れ狂う様々な暴力。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
肉体を、魂を、尊厳を、あるいは性を苛むそれらは影絵に落とし込まれ、直接的な衝撃が和らぐよう…あるいはヴェールで包めばこそそのエグさが際立つよう、配慮されて書かれていく。
影が演じたとしても、それは確かにそこにある。
父王リチャードのえぐられる肉体、切り落とされる首。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
父を殺して父を探す、リチャードの血塗られた腕。
村を焼かれ暴漢となった村人が弄る、リチャードの乳房と性器。
暴力は人の秘密と尊厳を踏みにじり、その上に権力と王冠が成り立つ。
父王リチャードは男の名と口づけを息子に与え、妻にして母たるセシリーは束縛と呪いを重ねた。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
自分は愛された存在なのか、呪われた悪魔の子なのか。
分断されたアイデンティティは、王冠にその証明を求める戦働きの中で、さらに引き裂かれ血を流していく。
既に意志薄弱の資格なき王として、内乱の炎をイングランドに撒き散らしているヘンリー。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
無害な羊飼いでありたいと願い、誰も死んで欲しくないと祈ったことが、妻マーガレットの苛烈な台頭を呼び込み、一度は浮上した和睦の機会を踏みにじっていく。
過酷な世界で、優しく在ることは罪なのか。
王たるべきものが王たらず、王ではないものが王を望むことには、罰があって然るべきなのか。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
父王リチャードと、敵であり想い人でもあるヘンリー。
リチャードが慕う二人の年長者は、共に玉座の重さに押しつぶされる形で、その身体と心魂を傷つけられ、舞台から去っていく。
マーガレットは父王リチャードの尊厳を破壊するために、いばらの冠をかぶせる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
史実においては紙の冠で大逆者の野心を詰ったわけだが、この物語はそれをキリストの受難と重ねてきた。
OPにおいても、物語を駆け抜ける王権の虜たちはいばらの冠で装っている。
彼らは皆、王権の受難者なのだろう。
受苦者はすなわち贖い人でもあり、父王リチャードの処刑はいつか来るだろう魂の王国の復活、栄光のための呼び水と受け取ることも出来る。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
この敗走を跳ね返し、赤バラのランカスターを放逐して玉座につくヨークの祖、我らの父。
マーガレットの浅はかな侮蔑は、父王リチャードの未来の栄光を約束する…
のか?
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
素材が茨から黄金に変わったとしても、玉座は常に苦難の十字架であり、王とはつまり犠牲に過ぎないのではないか。
マーガレットの奮戦により王都ロンドンへと帰還していくヘンリー六世は、妻への感謝ではなく仇敵への謝罪を、延々と大地に垂れ流し続ける。
戦って、殺して、奪って、その果てに与えられる黄金の冠は、殺伐と心を苛む現世の狂気から、王を救いはしない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
父王リチャードが避け得た闘いに挑んだのも、王たらんと望み続けたのも、無垢なる末子の輝く願いに叶う己を、玉座に証明せんがため。
愛も栄光も血と苦痛を求め、地上の王国に安息なし。
そんな冷たく絶望した視線を、王冠を求めて争い傷つく人達を描く筆からは感じる。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
つまりは、世に満ちた苦難から逃れる光がどこにあるのか、探し求める物語ということでもある。
現状、刃と栄光に安らぎはない。
戦場はつくづく悲惨で、リチャードは初めての殺人…よりにもよって父殺しに傷つき泣く。
その涙を羊飼いヘンリーに癒やされようとして、父王に恥じない”男”であろうとするリチャードは拒む。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
人を殺して傷つかず、愛を殺されて泣かない。
そんな頑なさは王たるべきものの条件で、これを持ち得なかった結果ヘンリーは…彼が背負うべき国土は揺らぎ、いらない血が流れている。
では”女”ならば優しく正しいのかと問われれば、そうではないと物語が応える。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
母セシリーは悪魔の子とリチャードを罵り、その傷がリチャードをより苛烈に、頑なにもする。
宿り木の下のキス…贖い主の生誕の日の奇跡を、父と母に分け与えたかった優しい子の願いは、叶うことはない。
国父たる役目、エドワードへの責務を果たさない夫の代理として、マーガレットは戦場に立ち勝利する。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
父王リチャードの尊厳を踏みにじり、不遜にも王冠を求めた大逆者に裁きを与える。
その嗜虐は個人的であると同時に、軍と国の規律を守る公的な責務…男らしい残酷さの芝居でもあろう。
性別に関係なく、あるいはそれを乗り越え侵食する形で発露する残酷は、伝染性の狂気だ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
リチャードの秘めたる”女”(そして股ぐらに宿る”男”)を蹂躙しようとした悪漢達は、ランカスターが村を焼かなければ、善良な臣民なのだろう。
平和を、栄光を、愛を求め争う行為は、そのような変貌を生む。
リチャードもまた戦の苛烈に飲み込まれて、人を殺し己の弱さ、男にも女にもなりきれない危うさを厳しく暴かれていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
羊飼いの救いをはねのけ、ただ一つ光と求めたものは、いばらの冠を被せられ、骸と切り落とされた。
それを抱きしめ口づけする姿には、愛と狂気が宿る。
その区別など、もともとどこにもないのかもしれない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
ヤドリギの下、確かに心を繋いでいた二人のリチャードの運命は、ここに一つの決着を見る。
そしてそれは後の復讐、勝利、栄光の起点でもある。
甘き夢から醒めたリチャードは、唯一の光を奪われた贖いを求めるだろう。
マーガレットに、ヘンリーに、エドワードに、縁のあった全てのランカスターに死を。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
その呪詛が王冠を、のちのリチャード三世に与えるだろう。
父に再び会うために殺し、涙と血に塗れながら突き進んだ先に待っているのは、イングランド史上最悪の暴君という誹り…新たないばらの冠である。
そんな運命を約束されているリチャードが、しかし愛と救いを…父なる光を求め続けた贖い主でもあったこと。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
暴虐なる男らしさを演じ、胸甲の奥に柔らかな心臓を隠した人間でしかなかったことを、書きたい話なのかなー、と思う第二話であった。
戦場の苛烈、愛の血生臭さは、一切の容赦なく描かれる。
だからこそ、それを超えて楽園を求める切実も純粋も、理想と現実が擦れる受難の苦しみも、色濃く刻み込まれていくのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
そんな世界を彫り込む主人公として、男でも女でもあり、どちらでもなくどちらでもいなければならない境界線上の存在として、リチャードを据えたのは、やはり面白い。
男であること/女であること。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
父であること/母であること。
悪魔であること/人間であること。
苦しむリチャードをコマに、血みどろの15性器イングランドを舞台にして、世に当然と受け止められがちな境界が非常にあやふやで危ういことが暴かれていく。
母セシリーはリチャードを悪魔の子と呪うが、それを生んだ己を”悪魔”だとは思わないだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
自分の腹ではないどこからか来た、災厄をもたらす他人と扱われながら、リチャードは母の愛を求める。
求めて満たされぬ乾きを埋めてくれた父は、破れて野晒しに貶められた。
それを果たしたのは、”男らしく”なりえないイングランド王の代理として、”男らしく”軍を率いたマーガレットである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
様々なものは転倒し、錯綜し、混乱していく。
皆が必死に求める王冠がどんなものであるかは、今回明白に示されてしまった。
それは全て、苦難の源なのだ。
ならば打ち捨てればいいと、贖い主が既に示した正しい結論に進めないのが、凡愚の苦しみである。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
ヘンリーは荒野に自由に暮らす羊飼いを演じているが、王冠の責務、夫の努め、父の重責からは逃れられない。
マーガレットは彼に追いついて、彼が背負うものの実像を”男らしく”突きつける。
その苛烈の根幹にあるのは、女として唯一愛した”ウィリアム”への思いのようだ。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
シェークスピアは激情をこそ女の特性とよく描くが、果たして史実に悪女と描かれるマーガレット・ダンジューもまた、その炎に突き動かされているのか。
…あるいは、リチャードも?
それは今後、このウェイクフィールドの敗走を越えて玉座へと突き進むヨーク家…その先頭に立つ王弟リチャードの勲しを見守らばければ、なんとも判断がつかない。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
散々に傷つき血に塗れたが、これは序章も序章。
さらなる茨が、王たるべきものを待つのだ。
紙の王冠を茨に置き換えて描いたことで、自分なり作品を読む足場が固まった気がする。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
愛と受難の物語、必然と運命の物語として。
地上の王であり魂の敗残者にならざるを得ない者たちの物語としてこのアニメを見ていくのが、果たして適切か。
そこら辺も確かめつつ、今後の物語を受け止めていきたい。
愛は狂気と入り混じりつつ、父への思慕、異性への慕情、玉座への執念と、様々な顔を見せていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
そんな多彩で裏腹な顔を受け取る器としても、様々に引き裂かれ、何者でもあり何者でもありうるリチャードは適役だろう。
定まらぬ己を抱え、運命を走る物語は続く。
次回も楽しみです。
追記 みんな揃って修道院にでも引っ込んでいたら、色々平和だったものを……って言いたいところだが、原案は常に本来祈りの場であるはずの教会が最も薄汚れた欲望の中心となってる現実も、怜悧に書いているからな。楽園なんてどこにもねー!
サブタイトルにある定冠詞無し、大文字のFatherは父王リチャードであると同時に、残酷極まる地上に君臨する父なる存在でもあろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
それは眩き光であり正しき叡智でありながら、けして手の届かぬ場所へと去っていく遠い存在だ。
茨の定めを贖いにする祈りは、二人のリチャードから悲しい程遠い。
これは羊飼いでありたいと願いつつ、残酷な王、誠実な夫であることを望まれ果たせないヘンリーにも言えるだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2022年1月19日
あるいは彼を王冠の定めを当然約束する存在と見上げる、エドワード王子にも。
父なる存在も眩き光も、茨に囚われた”男”たちには遠すぎる。哀しい話だなこのアニメ…。