イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

デリシャスパーティ♡プリキュア:第39話『お料理なんてしなくていい!? おいしい笑顔の作り方』感想

 フィナーレへ向けて加速するデパプリ、クッキングダム関係のお話を一旦お休みして、ゆいちゃんと彼女が背負う物語についてしっかり考え直す、第39話である。
 個別回ラストラップ+αとして、実は一少女としての悩み成長する機会があんまりなかったゆいちゃんに、しっかり”自分”ってものを考えさせるエピソードをここで与えられたのは、とても良かったです。
 前回ヤバいくらい濃厚に”継承”って物を書いた筆が、ただそのまま受け継げば良いってもんじゃないカウンターを今回与えられることで、良い感じの立体感を手に入れてもいた。
 お祖母ちゃんを最善のロールモデルとして人生進んできて、その言葉を借りて色んな人を助けてきたゆいちゃんが、より善くなっていくために必要な一休みを、しっかり叩き込むエピソードでした。

 

 というわけで作品のメインテーゼ、『ごはんは笑顔』に真っ向カウンターをぶち込む、手作りの不可と料理下手の救いにまつわるお話。
 わかなちゃんの親父さんが、魂燃やして完璧なお弁当を作るシーンの陰影があんまりに生っぽすぎて、ゆいちゃんがおばあちゃんから無批判に引き継いだ生き様が取りこぼすものを、大変丁寧に彫り込んでいた。
 親父さんなんも間違ってない、むしろ清く正しく強い人なのだが、それ故に苛烈な生き方しか自分に課すことが出来なくて、愛する人の重荷担っているの、めちゃくちゃ難しい立ち位置だったな……。
 敵役であり、『ごはんは笑顔』テーゼを飲み込めない敵対者でもあるセクレトルーとの対峙含めて、今までハッピーに安楽に回避できてきた重た目の課題を、ゆいちゃんにぶつけて鍛える回と言える。

 親父さんが自分と娘を追い込む完璧さの追求は、それを追い求めなきゃ生き延びられなかったと吠えるセクレトルーにも通じる部分で、フツーの人間のフツーでシリアスな人生の問題と、非日常を闘うヴィランの課題が、面白いかみ合わせを見せてもいた。
 ゆいちゃんはおばあちゃんから継承した言葉で親友を救えず、心が腹ぺこになって満たされず迷う。
 この描写は結構唐突に出てきたけども、その言葉で悩める仲間を力強く導いてきたゆいちゃんがこの最終盤、ようやく牽引役から青春に悩むひとりとして、役割を変えた結果出せた表現だとも思う。

 僕は第12話で、苦しむジェントルーに適切な言葉を届けて、その前進を助けたゆいちゃんを見たときから、このアニメに前のめりになったと思う。
 お祖母ちゃんから引き継いだ強い言葉を、適切なタイミングで差し出し咀嚼してもらうことで、ゆいちゃんは色んな人が未来に進んでいく心の栄養を給仕してきた。
 しかし偉大なお祖母ちゃんの生き様を疑わず、継承するだけのコピーとして、和実ゆいがいるわけではない。
 秘伝のレシピが時代に応じて変化していく(事でしか、継承されたものは生き残れない)ように、和実ゆいは彼女だけの時代、彼女だけの人生をその主体として生き残りながら、自分だけの言葉を探っていく必要がある。
 その鏡役として、ゆいちゃんの差し出した言葉をそのまま飲み下せない、わかなちゃんの存在は適切かつ大事だった。


 ”言葉”は”ごはん”と並んで……時にそれ以上に大事なテーマとして、デパプリの中で幾度も題材に選ばれてきた。
 ”バカ”で”変”なので言葉の選び方に難しさを抱え、しかし自分の”好き”をどうにかして他人に伝えようと模索し続けてきたらんや、大人びた視力の良さで空気を読みすぎて、自分の気持ちを言葉にするのを”わがまま”だと飲み込んできたここね。
 皆が先んじて悩み、取っ組み合って特に間違って獲得してきた、自分らしい”言葉”。
 物語が始まる前からお婆ちゃんの知恵を継承し、ある種の言語的アドバンテージがあったゆいちゃんは、皆の欠落を埋める立場にあったといえる。
 しかし物語も終盤に差し掛かり、各キャラの問題にある程度の答えが見えてきたこのタイミングで、そうして引き継いだ遺産が本当に万能の切り札なのか、疑うタイミングが来た。

 ゆいちゃんの言葉は身近な友達だけでなく、敵役であり頑なな憎悪と偏見に凝り固まった、セクレトルーには(まだ)届かない。
 むしろ頑なな拒絶に見える完璧主義、苛烈なサバイバル主義にこそ、ゆいちゃんは新鮮な学びを得て、自分を前に進めていく。
 そこにはたしかに強い実感があり、譲れないセクレトルーだけの現実があり、けして頭ごなしに否定されて良いものではないと、悪役の仮面から滲む人間味ににじり寄る。
 ここでどポジティブに、『お前の魂の言葉と、そこに刻まれた人生の重さと、がっぷり四つに組ませろ……』と迫ってくる和実ゆい、聖女としての凄みが一段回分厚くなった感じがあったな……。
 そんな怪物性に慄きつつも、目の前にいる相手と食卓を囲んで、お互いの”人間”を交流させていく可能性……それを繋ぎうる自分だけの”言葉”に、ようやく悩んで腹ペコになれた和実ゆいは貪欲である。
 このかじりつきが今後、物語がクライマックスを迎えるにあたってセクレトルーにどう刺さるか……非常に楽しみだったりする。
 ナル公の”使い切り方”がめちゃくちゃ良かったので、セクレトルーにも同じくらいの気持いい炸裂、つい期待しちゃうね。
 

 デパプリは『家族は一緒、ご飯は手作り、いつでも地元』という、ある意味時代遅れで負担過剰な価値観を、主人公に据え付けて始まったお話だ。
 そこに超現代的な機能不全家庭である芙羽家を間近に配置し、一年かけて愛ゆえに難しくなっていた家族の再生物語を走りきったことが、上手く一方的な価値の押し付けから、身をかわす足場の一つになってるとも思う。
 そこに今回、完璧であろうとする過負荷をどう切り崩し、お祖母ちゃんの時代とは時計の進み方が否応なく変わってしまっている現代に、魂のエッセンスをどう繋ぐかという課題が、ずずいと迫ってきた。

 ここで『家で全部抱え込まず、外食とか活用してより善い形で、思いを伝えよう』つう、バランスの良い結末にたどり着けたのは、ゆいちゃんの新しい地平を切り開くだけでなく、作品全体を現代と未来に接合する上で、結構大事な一手だったと思う。

 ゆいちゃんが自分だけの言葉、自分だけの人生に踏み出したとしても、おいしーなタウンの土の匂い、祖母から継いだ思いは消えてなくなりはしない。
 しかし時は必ず先に進み、様々に新しい課題が生まれ、どれだけ大事なものを引き継いだとしても、和実ゆいは和実ゆいでしかない。
 その事実を無常や孤独ではなく、むしろ楽しい定めなのだと微笑みながら手を取れる所まで、今回の物語を通じてゆいちゃんは自分を引っ張り上げた。
 それは彼女を主人公とするこのお話が、自分たちが掲げたテーマをしっかり疑い、より実効ある形で堂々掲げる上でも、かなり大事な一歩だったと思う。
 この一筆があることで、悩みつつ成長していった他のプリキュアと同じ所にゆいちゃんを連れていけたし、彼女を特権的に正しい女神にしない、ある種の公平さを獲得できたようにも思う。

 今回主人公と物語が果たした大きな一歩を、クッキングダムとその戦士たちを巡る終盤戦の物語、どう活かして話を決着させるか。
 そういう今後の活かし方も含めて、とても良いエピソードでした。
 ゆいちゃんが”人間”セクレトルーを視野に入れたのは、確実に良い布石だと思うんだよな……あの真っ直ぐな目に捉えられたら、根性ネジ曲がり人間は絶対逃げられんぞ!
 俺は和実ゆいの、ある種暴力的な正しさとエネルギーが荒れ狂い、世界が善良に舗装されててしまう有り様が結構好きなのだなぁ……などと実感しつつ、次回のたっくん回も大変楽しみです。
 おばあちゃんの影響が大きすぎるのと同じくらい、たっくんの思いに鈍感で残酷なのがゆいちゃん玉に瑕なんで、そっち方面の決着も楽しみなんよな……。