イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

テクノロイド オーバーマインド:第6話感想

 日差し厳しい黄昏の世界で、機械と紡ぐ未来の物語も第6話。
 今回は”芸術”にパラメーターを振ったネオンが自分なりの”好き”と出会い、それを表現する手立てを見つけるお話……を通じて、あの世界のロボ差別の手触りが生っぽく理解る回でした。
 まーあの世界、別にアンドロイドに人権ないし”差別”にはならないんだろうなあ現状……。

 グラフィティをメインに据えたお話で、犯罪と芸術の中間点にあるグラフィティを、機械と人間の間にあるアンドロイドがポジティブに描いていく物語が、妙に面白かった。
 他人の心を動かしうる強さが宿れば、無許可のアートも排斥のモットーも社会的な是認と指示を受けてしまう。
 ネオンが描いた壁の花は逆恨みにねじ曲がった一人の青年の心を動かしたけども、彼が世論に押し流されて描いたどす黒いメッセージも、あの世界に支持する人がいるからあそこに浮かび上がり、顔のない暴力として機能している。
 幾重にも塗り重ねられるどす黒いメッセージの上に、自分たちの絵と音楽を重ねていくこと、表現し共感してもらうことに、(おそらく世界で最初に)心を持った機械が挑んでいるのは、なかなか面白い。
 音楽に限らず、芸術表現の可能性を信じたアニメだなと思う。
 植松っつぁんらしい、というか。

 掲載の許可を学校に掛け合ってくれたり、仕事の面倒を見てくれたり、あきらか”いい人”である大学のおじさんが、すっげーナチュラルにロボ差別してるのが生っぽくてよかった。
 『別に差別してるわけじゃないけど、アンドロイドは信用出来ないと思う』という、ありがちで透明な言説には濃厚な”色”が宿っていて、その色彩に無自覚なまま世界に産卵している様が、何よりも厄介なのだろう。
 無自覚に噴霧してるスプレーで、透明な差別をどす黒く色付ける空気に対抗していくためには、自分たちがここにいて、何を望んで何を行っているかを知ってもらう必要がある。
 ネオンの絵がバズり、アンドロイド真実が暴かれる一連の流れには、人型機械の物質的な変化が心プログラムの発達を促し、それが受け入れられる社会的構造への変化につながっていく未来が繋がってもいる。
 エソラのように理解と愛情のある隣人が手伝ってくれれば、アンドロイドと人間が共に手を携え進んでいく未来も近いんだろうけど、それに抵抗する勢力は大きく根深く、なにより透明である……という事実も、じわじわ積み重なっている。

 ネオンは今回、行動リクエストなしに絵を書き始める。
 覆せない”従”であったはずの機械は自発性を手に入れ、自分のやりたい事を勝手に世に問い、”好き”を踏みつけにされると理由なく胸が痛いと感じだした。
 この不定形の感情こそが人間と、人間を模した機械を一番強く突き動かすものであり、自由と権利の足場でもあろう。
 そして”好き”は必ずしも、誰かの”好き”を尊重することを意味しない。

 幸運にしてエソラを見つけ、エソラに出会えたKNoCCはお互いの”好き”を大事にしあえる関係を作れたが、黒いメッセージを壁に書き連ねた側、平穏な日常の奥で蠢いている排斥主義者は、そんな正しさにちゃんと向き合えないから、暴力的な形で”好き”を描くだろう。
 溶鉱炉におじさん突き落としたロボットも、そんな風に”好き”を凶器にして人を殺したのか、はたまた自動的で機械的な反応の一部だったのか。
 ここら辺、特別に選ばれて幸福なKNoCCをはみ出して、世間一般のアンドロイドと人間を見据えないと解らない部分かと思う。
 今回も暇な美大生のコスプレかまして、KNoCCの心が豊かに花開くよう誘導してたノーベルおじさんが、何を狙ってちょっかいかけてるか……結構大事なんだろうな。

 それぞれのパラメーターに応じた物語と感情……それぞれの”好き”を手に入れ、それを歌に仕上げてバベルの階段を登っている、KNoCCとエソラ。
 かけて足りない部分をお互いへの愛で補い合えてる彼らの充足は、あくまで彼らだけの特別であって、世の中は真っ黒な逆恨みと差別に満ちている。
 その上で彼らがたどり着いている未来に嘘はなく、終わりかけの世界で人類が生き延びるためには、アンドロイドという新たな種とより良い”好き”でつながる関係を作り上げる必要があるだろう。
 段々と社会に認知されてきたKNoCCが、小さく満ち足りたシェルターからはみ出して自分たちの存在を、メッセージを伝える晴れ舞台はいつ来るのか。
 今後の話運びも楽しみである。

・追記

 ケイの個別回でも描かれてたけど、KNoCCには原型となった人間がいるようだ。
 彼らの心が”オリジナル”を模したコピーでしかないとしたら、結局人間優位の傾斜はひっくり返らず、”好き”の源泉たる感情も愛も機械には宿らない……という形になる。
 『模造品だろうが、生まれてしまった詩は死なない』という方向に持っていくのか、『人間種のオリジナリティは、あくまで”人間”に宿る』という方向に持っていくのか、アンドロイドSFとして人間定義をどこに置くか、ジャンルとしての時代性をどのくらい前のめりに持っていけるかは、個人的に気になるポイントである。
 あくまでアプリの前日譚だし、作品全体が追いかけるべき答えはユニゾンハートの方で出し切るべきだと思うけども、アニメの方でも今紡がれている物語なりの答えを、しっかり打ち出して欲しい所だ。
 ここら辺彫り込むためには、やっぱ”反・人間(あるいは真・人間)”的立場に見える、ノーベルおじさんの内情を早く知りたいんだよなぁ……。