ジュレというアルター・エゴをぶっ込んだことで、トランスヒューマニティSFとジェンダーSFとホビー漫画の豊穣たるキマイラである作品の地金が、とんでもねぇ速度でぶっ飛びだした感じがあるな…。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年7月6日
加速の果てにあるものは、一体何なんだろうか……めっちゃ面白い。 https://t.co/sYzm8Kgxzt
ジュレの完璧信奉も、完璧であることと人間であることを=で結んでいることも危ういし正しいもんじゃないんだが、んじゃあ確固たる正解がない話だってのは、前半のカワイイ漫才で既に語られている。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年7月6日
脱ぐ/脱がない・男向け/女向けという/から既に外れたところに、靴になれるぷにるはいるのだ。
この/は大人と子どもの/に今身を置いているコタローがずっと気にしているもので、『大人の男なら女の子に恋をするものだから』きらら先輩に心を向けている部分が、結構あると思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年7月6日
色んな/に雁字搦めに固められて、自分を固定し定義していく時代/存在と、そもそも/がないホビーの物語。
ジュレが女・性交可能年齢・人間という多数の/を求めてしまっている現状、過剰な規範意識でぷにるを傷つけつつある状況は良くはないんだけど、でもスライムベースの自分が持ち得ない/に憧れ、外形ある己でありたいと願う気持ち自身を、けして否定してはいけないと思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年7月6日
それはぷにるが/のない、靴にも裸にもなれる(つまりは真実の意味でなれない)自分を、ナチュラルに幼く受け入れられているのと同じくらい、切実で意味のあることだと思うから。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年7月6日
定形と不定形を巡る衝突は、結節点であるコタローを欄外において加熱しているが、さてどう転がるのか。楽しみだ。
自由で幼くいろよとぷにるを肯定したくもなる流れなんだが、ジュレが炸裂させている何者かである己への焦燥って、コロコロがメインで見据えている読者が今まさに焼かれている炎そのものだと思うし、んじゃあその激しさ込みで、ただ否定するだけではない決着を引き寄せる必要があるよね、とは思う。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年7月6日
不定形であるがままの己をただただ認めれる境涯に、個人も社会も滅多に到達できない以上、社会は/を求め、その成員も/を受け入れることで何者かになっていく。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年7月6日
それが果たして、囚われぬから豊かな可能性を殺して、『子どもはホビーを卒業するものだから』という規範で引き裂く常識と重なるのか。
意志を持ったスライムと思春期の少年を主役にした物語が、それが内包しつつ滅多に埒を肥えない中身へと、予定通りに踏み出してくるタイミングなのだろう。
— コバヤシ (@lastbreath0902) 2023年7月6日
そういう化学反応を起こすべく投入されたジュレが、愛されるべき怪物なのは良い。
皮一枚向けば、あるはそれをまとえばこそ、人はみなそうだから