NieR:Automata Ver1.1a 第21話を見る。
燃え盛る炎と赤い狂気が、終わった世界を埋め尽くしていく。
さよなら希望、さよなら家族、さよなら愛。
目に映る全てにさよならを言って、なおそびえ立つ塔には何が待つのか。
大変に辛い、ニーアアニメ第21話である。
辛いよ、本当に。
というわけで、リリィもパスカルも村の皆も機械生命体のガキどもも、みんな狂って死んでしまった。
解ってはいたが、実際なんの救済も用意されていない、最初から終わり果てていたものが本当に終わっていく物語だということを思い知らされると、なかなかに辛い。
…サブタイトルはアーレントが”人間の条件”の中で使っていた、全体主義とニヒリズム克服のための決定的陣地としての”no man's land”のもじりかな。
だとしたら、そこはもう無くなってしまったのだ。
抵抗の余地なく感染し、人間…に似た形をした存在の尊厳を泥に汚し尽くし、何もかもぶっ壊して終わっていく、機械仕掛けのゾンビパニック。
パスカルの村やレジスタンスキャンプに、確かにあった小さな幸せや笑い声も全部滅びに飲み込まれて、A2だけが何かを託され続けて、物語は続いていく。
真珠湾降下作戦に続いて、かつての家族も新たに家族になったものも、何も守れなかったA2の眼前に唯一、『塔を登る』という”ゲーム”がそびえ立つ終わり方は、ゲーム原作作品であるからこその無情を感じさせ、なかなか虚無に響いた。
色んな人の物語が終わっても、クリアするべき目標だけは冷たく残り、残されたコマを惹きつけていく。
パスカルの村で紡いだ絆が最悪の結果を呼ぶとか、前回魂を燃やして戦士の顔を見せたパスカルの末期とか、仲間にせめてもの尊厳を銃弾で刻むべく最後の戦いに挑んだリリィとか、マジで何もかも儚く…というにはあまりに血生臭く終わっていって、かけるべき言葉はなかなか見つからない。
しかし第1クールで”敵”をぶっ倒した物語を、逆さにすればこの虚しさとやるせなさが多分あったはずで、ヨルハの戦士たちが眼帯に瞳を隠し、見ないようにして殺しの責務を果たしていたものが、逆向きに今更胸を刺している感じもある。
人間によく似た人形が織りなす、終わらない戦火と狂気の物語は、その虚しさを人間主演のドラマより、濃く伝えてくる。




定められた滅びと狂気が自分たちを捉えた時に、最後に何を人間の証明として残すのか。
2Bと同じようにリリィもパスカルも、狂って終わっていく家族にせめてもの愛を手向けて死んでいって、A2がそれを背負って一人取り残される。
バンカーには使い捨ての実験動物として捨て去られ、理不尽な運命に復讐しようにもその相手は地上の何処にももはやなく、ただただ定めだけが重たく積み重なっていく彼女の前に、塔がそびえ立つ。
そこを登れば、人生というゲームがクリアされるかのような、あまりに巨大で空疎なモニュメント。
村での平和と襲いかかる理不尽に身を浸して、A2もそこには何もない事を、多分既に知っている。
しかしそもそも大義なき戦いの道具として生まれ、終わらない戦争に投げ出された彼女にとって、儚く燃えてしまった絆を埋め合わせる道は、塔を登るゲームにしか残っていない。
愛するものを奪われた虚しさと悲しさに押し流されて、復讐の修羅に落ちた9Sが一足先に進んでいた道のりへ、ようやくA2も追いついて、二人は対等になった。
そういう言い方も出来るけど、本当に何も残っていないのかは、塔に惹かれた二人が顔を合わせた時に解るのだろう。
…嫌な予感しかしねーよ、あの2Bの遺言の跳ね除け方みてるとよー!
生きている証も家族の絆も与えられず、疾うの昔に消え去った造物主の呪いだけを引き継いで、虚しく生き続ける哀れな人形。
リリィもA2も2Bも、家族と言える特別な個体に記号ではない名前をつけることで、そもそも答えが用意されてなどいない虚無の世界に、自分たちが生きた証を必死に刻みつけようとした。
フリージア、あるいはナインズ。
せめて人間らしく生きたいと願って、残酷な運命に食われた者たちの思いを引き継ぐ機械が、物語の最後にいかなる墓碑銘を刻むのか。
惨劇が色濃いほどに、その重さがどんどん増していって、作品全部を押しつぶしかねない所まで来ていると感じる。
いやー…耐え難いね正直…。
やっぱ種族の壁を超えて、戦う以外の幸せをなんとか見つけれそうだったパスカル村&レジスタンスキャンプが、あれよあれよと全部ぶっ潰れたのがすげー効いている。
白い墓所だったバンカーが自爆すんのはまぁそういう因果として飲み込めても、村には「もしかしたら…」と思いたくなる希望が確かにあって、しかし話が転がってみると破滅は平等に、何もかもを押しつぶしていった。
その容赦のなさをむしろ爽快に思いつつも、それにしたって容赦なさすぎだろと、正直思っている。
パスカルが荒野を生き延びるワクチンとして摂取した”恐怖”が、子どもらのみならずキャンプ全部飲み込んで終わってたのが、あんまりにあまりでな…。
良かれと思って施した善意が、捻くれて破滅と狂気にたどり着いてしまうどうしようもなさは、一期機械生命体を主役に幾度か描かれもした。
幸せになろうとして地獄へまっしぐら、何もかも上手くいかないルールが作品を支えていて、それは敵だろうが主役だろうが区別なく平等に、何もかも飲み込んでいく…という話なのだろう。
そこで主役サイドを一切特別視せず、かつて爽快感すら宿して殲滅した”敵”と同じく、あるいはそれ以上に壮絶に滅ぼし切る姿勢は、自分たちが定めたルールの重さに誠実で、僕は結構好きである。
好きっつったって、やられてみるとキツいんだけどさマジ。
死に、狂い、愛は狂気に、祈りは呪いに書き換えられていく下向きの重力は、誰も例外にはしない。
そういう空しき世界の中で、唯一真実だと言えるものがあるとしたら、それは一体何なのか。
物語開始時から既に”人間”が終わりきっていて、その模造でしか無い機械たちが足掻くこのお話は、それを問うためにこそ戦士たちに過酷過ぎる定めと、容赦のない平等な滅びを差し出している…と思いたい。
悲惨なんだが、それを高みから見物する悪趣味が感じられず、号泣しながら機械人形たちの悲惨を作り手自身噛み締めて話作ってるような手応えを、勝手に幻視はしてるんだよな。
そこ信頼して、僕はこのキツい話を見続けてる。
3つ目の構造体には2Bの残骸が確かにあって、そこに残された真実の思いを、9Sはその手で刺し貫く。
幾人目かの姉妹をその手で解釈したA2が、”フリージア”という特別な名前をリリィに手向け、狂気の赤ではなく優しいほほ笑みとともに死ねるようにしたのに対し、彼はナインズと呼ぶ声に耳を塞ぐ。
ぶっ倒れるほどに苦しい歩みを、だからこそ止められないどん詰まりの先にある塔に、結局進んでいくしか無い二人の戦士。
彼らが継ぎ、あるいは断ち切り無に返そうとしている、地上をその足で進んだ愚者たちの思いには、なにか意味があったんだろうか?
そろそろ終りが見えてきて、そんな事を考える。
もし”継がれる”ことそれ自体に価値があるとしたら、狂いきって終わる最終走者がその歩みを終えた時に、A2と9Sの”次”がなくなった時に、その意味は消えてしまう。
種の存続が、栄光を求める戦いが、なんの保証もなく巨大過ぎる虚無に飲み込まれ、全て虚しく終わってしまいかねない身も蓋もなさが、がっぽり大きな口を開けている物語だからこそ、村もキャンプもこの結末だ。
そういう容赦のなさを匂わせつつも、思い出を振りちぎってどす黒い狂気へと沈んでいくものと、あまりに多くのものを引き継いで刃を握るものが、同じく塔を睨んだ。
あー…OP含め、あらゆる情報が超ロクでもない決着を示唆している状況で、毎度のことながら「楽しみです」とは気楽に言えないけども。
それでも理不尽に埋め尽くされた場所で必死に、何かを求めて足掻いた者たちの決着を見届けたい気持ちは、やはり嘘ではない。
だから、次回も楽しみです。