デリコズ・ナースリー第12話を見る。
ジュラスが斃れてペンデュラム事変が決着…という回だが、貴族サイドよりテロリストに気づけば肩入れしている視聴者だったので、愛ゆえの憎悪に塗れた復讐鬼がそのアイデンティティを甘い夢に拭い去られ、優しい幻影の中に死んでいく決着がなんとも哀しく、その無様さが彼らしく、結構面白い味わいだった。
何もかもが狂った世界で、真っ直ぐやり場のない怒りに狂っている彼が一番真っ当に見え、”ノブレス・オブリージュ”を自分たちに課して貴族社会の維持に邁進しているヴラドの男たちには、やはり極めて歪なものを感じる。
正気…と社会が定めるものを飲み干せる、恵まれた狂気、というか。
遂に追いすがったTRUMPには刃も通じず、心に踏み込む繭期も無駄で、地獄を生き延びてまで突き立てたかったものがなんの薬にも立たないまま、社会の仇敵たらんとした決意も完遂できないまま、何もかもが半端に終わったジュラスの戦い。
永生ゆえの倦怠という、最もヴァンパイア的な呪いに支配された生き神にとって、極めて人間らしい(と僕には感じられた)テロリストは塵芥の一つでしかなく、世間を揺るがした大犯罪は非常にあっけなく幕を閉じていく。
ヴラドの献身も、人生をかけた復讐も、神の前にショボクレた退屈しのぎでしかない、人間の証明を打ち立てるのがあまりに難しい世界に、正気を見出すのは難しい。
ジュラスの物語のエンドマークとして差し出された”しあわせな夢”は、怒り狂いもがいた彼の尊厳を完璧に奪い去る、見事なトドメだったなと僕は感じた。
こんくらいぶっ壊れた世界だと、保育所と殺人事件捜査本部を重ねて運用しようとして、見事にテロリストに本丸潰されたダリのイカれっぷり程度可愛いもんだな…と思ったりもするが、それに付き合わされて命がけの鉄火場に歩織り込まれた、ウルの災難を思うとまぁ免責も出来まい。
このあとウルの人生がどの程度歪み、吸血種社会を根本的に犯している狂気から自由でいられるかを、アニメからの視聴者である僕は知り得ないわけだが、真っ当に進めるはずもない悍ましい予感と、それでも微かな正気に守られていて欲しい願いが、不鮮明な霧の中で同居している。
赤子に罪はない。
だからこそ、罪なきものを不用意に死地に引き入れた大人は…という話になりそうなもんだが、ヴラドの貴族たちはなんか一見綺麗にまとめ、社会の要石たる重責と誇りに邁進する…みたいな顔してた。
終わってみれば内ゲバと甘さで自壊したペンデュラムが、ガチでTRUMPシステムの瓦解を狙うプロの暴力主義者じゃなかったおかげで、子ども達の命も社会の命運も幸運に守れたボケカス共が、何デカいツラしてんだ…という感じはある。
カウンターテロリズムモノとしては、敵味方ともにシビアな本気度が足りず、感情と幸運とノリにまかせて事情が転がった話だったなというのが、残り一話を残した段階での正直な感覚である。
もうちょい、人を殺すことに対してマジでいて欲しかった。
ここら辺、一番首尾一貫して狂った人殺しであったので、ジュラスに体重預けてるって話なのかもしれない。
ヴラドの連中が守りたいのは、家と血縁が及ぶ範囲の家族なのか、名前も顔もない成因を含めた社会なのか、不安定なTRUMPを神として続いていくしかない貴族制度なのか。
臓腑を抉るようなやり取りの中でそれを暴き立てるシーンが、(僕の感じ取れる範疇では)なかったので、事件集結を前に彼らが告げる言葉に正直、重さは感じない。
何を考えて、この根本的に狂って不安定な世界を維持しようとするのか。
彼らの言う”ノブレス・オブリージュ”は、全てを解決する万能薬とは、僕には響かない。
ヴラドの男たちが守らんとする家名がぶっ壊れるとどうなるか、示す意味でも子ども達の一人くらい死んでるルートもあったかも……。
とか思ったが、このトーンで託児所書いてる話でガチ死者出ると、不協和音どころの話じゃないので死なないほうが良かったかなぁ…。
守るべき価値を、吸血貴族既存の家に感じられないのは悩ましいところだ。
そもそもそういう歪さや不徹底、見識の不定を前提に動いている社会であり、褒められたもんじゃねぇ場所を主役の根城と定めている話なのかもしれないが、それは初見で堪能するにはあまりに苦い造りだろう。
狂った世界の中、必死に正気を演じ平和を捏造している不格好な歪さを、ヴラドの”善さ”として受け取るのであれば、そう思える場面がもう少し欲しかったかな。
やっぱ捜査序盤で見せた、テロの犠牲者(非貴族階級)への冷淡さが自分の中で棘になっていて、彼らが公権を以て他者を裁く権限がどこにあるのか、見えなくなってしまった感じはある。
まぁ、現代日本の価値判断を吸血種社会に持ち込むのが、そもそも良くないのだろうが。
永遠の倦怠に飽き果てる程度の、ごくごくフツーの精神しか持たない神様に支えられた、吸血種社会の歪さや狂気。
そこに我々の普遍を反射させて照らすには、彼らがいかにして狂い、その狂気の中に微かな正気があるかを、鮮明に描く構図と具象が少なかったように思う。
僕はヴラドの連中の、社会規範に従順な正気をこそ歪な狂気だと感じるけども、この感覚が作品世界において…そしてそれを俯瞰で見つめるメタ領域において、是なのか否なのか。
答えを探る足がかりを、上手く見つけられなかったのは僕の落ち度、視聴者としての能力のなさ、あるいは相性の悪さ…なのか。
判別する材料も、また見つけられない。

とはいえ、ジュラスが復讐の果てにたどり着いてしまった、TRUMPの心象は大変におぞましく驚異的で、彼がその本懐を果たせない結末を納得させられてしまうパワーが、確かにあった。
ここまで数多の人間の心に触れ、壊してきた異能者が及びもつかない、神なるものの虚無。
これをどうにかしなきゃ、吸血種社会の根本的な歪さ、狂いっぷりは修正されないのだろうけど、どう進んでいけば良いのすらわからない、異形の光景。
それが、TRUMPの精神に社会全体を乗っけて動いていく、この物語のハラワタなのだと、自分的に納得もした。
罪なく健気なナースリーの子ども達の未来を思うと、この狂ったパンテオンをどうにかする手立てをお貴族様たちには見つけて欲しいものだが、敬して遠ざけ恐れて触れ得ない距離感を、今後もヴラドは選ぶようだ。
その伝統踏襲主義と、そうして静止した時の中で何かが腐敗していく臭いも、ヴァンパイア的で悪くない…としてしまうと、凄くフツーに子どもだった彼らを、わざわざ選んで作中に描いた意味が見えにくくなるので、中々位置取りに困る。
こんな狂った世界、根本的に是正しなきゃガキどもの未来に地獄しか待ってないと正直思っちゃうんだが、崖に向かって突っ込んでいく様子を見守るお話なのか?
あるいはTRUMPに具象化される理不尽似、抗いつつ飲み込まれていく古典的悲劇の構図を、新たな装いで描く物語だったのか。
その総体を、1クールのアニメに付き合って感じ取れないまま感想を垂れ流したのは、中々に申し訳ないことであった。
もうちょい整理した、作品に前向きな言葉を紡げていたのならもっと良かったんだろうけども、ここまで積み上げてきた疑問と混乱が、結局のところ僕の終着点である。
それは次回、エピローグを見ても多分変わりがないと思う。
もうすこし作品の核心を分かりやすく削り出してくれる作風だと、自分としてはありがたく、助かったかな…。
かくして、テロリズムと育児が重なり合った奇妙な事件は幕を閉じる。
子ども達に犠牲が出なかったのはヴラドの男たちが優秀だったからでも、なりふり構わず必死に戦ったからでもなく、子ども達が大人の都合に物分かりよく”いい子”で、大いに幸運に助けられ、対手たるテロリストが情に脆い未熟者だったからだと、僕は思う。
ラッキーだったね、って感じ。
その無様に内省もなく、絹に飾られた社会の上位種の顔で、彼らは”貴族”としてあり続けるのか。
一足先に極めて無様な愚者のまま、己の物語を駆け抜けたジュラスの奇妙な潔さが、勝者たるヴラドの男たちからは遠く思える。
次回最終回、何が描かれるかを見届けたい。