さぁ、次は何を釣ろうか。
ネガポジアングラー、最終回である。
男二人が釣りをするのに10分、雪の中心の中に閉じ込めていたものを解き放つのに10分。
どっしり腰を落とした…どころではない異色の最終回であるが、今どき主人公を貼るには暗すぎ後ろ向きすぎな常宏が、ようやっと前を見て笑えるようになるまでの物語の決着として、極めて誠実な最終回だったと思う。
もっとド派手にエモく、色んな人の人生に潜っていく話になることも出来たんだろうけど、この物語はあくまで貴明と常宏が本当の友達になり、お互いを光の方へと釣り上げてリリースするまでの、小さくありふれた…だからこそ大事な歩み寄りと別れに注力した。
それはしょせん趣味でしかない”釣り”を作品のメインテーマに選び、その一挙手一挙動を丁寧に積み重ねながらお話を作り、エブリマートに集ういろんな連中の人生に、軽く触れ合ったり深く身を乗り出したり、色んなグラデーションがある人間の繋がり方を描いてきたアニメに、相応しい筆致だったと思う。
たかが釣り、されど釣り。
下がるばっかだと何もかも諦めていた人生が、暗い海底に行き着くギリギリで手を差し伸べてくれた誰かが、自分と同じく逃げて逃げて逃げ続けてきた事実を知って、それでもなお「お前が教えてくれた”釣り”で、俺は救われたよ」と告げて、雪の夜に二人静かに泣く。
それだけの最終回が、ここまでの物語にまったく嘘をついていないから、つくづく染みる。
逃げてばっかのクソカス赤ちゃんが、目を開けて自分の人生に向き合い、それが光の方へ浮き上がる手助けをしてくれたありがたみに感謝を告げる。
常宏がそういうちっぽけで大事な成長を果たすのに、ほぼ”釣り”しか接点がなかったハナちゃんはしかし、極めて重要な仕事を果たしてくれててもいて、ツレないようでいて深く繋がってもいたその関係性を、最後の問答とルアー授受でサラッと見せる手際も、大変良かった。
人によってはもっと熱のある、エモーショナルな繋がりをドラマの帰結として求めるのだろうけども、俺はこの作品が人間を見つめる、ちょっとドライで優しい視線が、とても好きだった。
結局は”釣り”でうっすら繋がってるだけの、一時の宿り木で触れ合っただけの人たち。
しかし彼らとあの”お茶の間”で過ごし、釣り上げた食材を腹に収めた日々がなければ、常宏は下がるばっかの自分の物語を、それでも悪くないと思えはしなかっただろう。
そういう、あんま温度も湿度も高くなくて、サラッと冷たいようでいてたしかに繋がっているラインが、人間の魂を明るい方へと引き上げていくことだって、勿論ある。
アニメがあまり追いかけない、そういう微細な温度の繋がりを保ち続け、確かに人間二人が変わり得た奇跡を、しっかりした満足感で描き切る。
そういうお話を見届けられて、大変良かった。




物語はこれまでもずっとそうだったように、青紫の夕映えが夜の色に切り替わっていく境界線をなぞりながら進んでいく。
苦笑いで本音を噛み殺すのではなく、信じたからこそ傷ついた気持ちを思い切りぶつけてしまえる間柄で繋がった二人は、よそよそしい距離感で同じ場所へ進み、ラインを投げて段々と近づいていく。
頑なで遠い貴明との距離に戸惑いつつ、彼がいない時間で磨きをかけた”本気”が、キャスティングの所作に宿って目を引く。
ここら辺、ハナちゃんから常宏が受け取ったものを、貴明へと繋げている感じがあって大変良かった。
思えばランカーシーバスは長く追いかけてきたこの作品の聖杯であり、この後長く続くファイトシーンと同じように、釣り上げる前の空気感、共に”釣り”することで変化していく空気も、最終回とは思えないゆったりとした空気に転写されていく。
釣り道具の一つ一つがどういう手触りで動き、水面の底にいる獲物を狙うのか。
その張り詰めているようでいて弛緩し、だからこそ日常では通じ得ないものが繋がる不思議な空気を、丁寧に描いてきたこのお話は、最後の最後も慌てない。
貴明と常宏最後の”いつも通り”が、段々と戻っていく手応えを丁寧に積み上げてくれると、12話分それを見届けた自分の中に響くものが、確かにあるのを感じる。




水面を泡立たさせる大物との激闘を終え、心の底から歓喜を叫ぶ貴明。
ルアーが外れてしまっても、何かを確かに成し遂げた証を貴明がしっかり受け止めてくれる描写は、二人の関係を”釣り”に見事に転写した最後のファイトで、大変良かった。
自分がどこに落ちかけて、誰が救ってくれたのか。
そういう時は何をどうするべきなのか、ハナちゃんに教えてもらった常宏は、12話かけてようやく人生の恩人に「ありがとう」を言う。
男二人の到達点…というには、あまりにちっぽけで輝かしいものを見守る夜景は、ただ暗いだけではなく美しくも明るい。
美術と音楽の穏やかな美しさは、常宏がようやっと目を開けて見つめられるようになった、自分が今いる場所がそうそう悪いもんじゃないんだという事実を、無言で既に語ってくれていたようにも思う。
明暗入り交じる人生の中で、暗いだけじゃない未来を釣り上げ、引き寄せ、自分の手で投げ込む。
そう出来るだけの知識と技術を、一端のアングラーになった常宏は既に備えていて、時折気まずげに逸らされるけど肝心なところでは真っ直ぐ、相手の目を見て告げるべきを告げれる姿勢が、それを良く伝えてくれる。
こういう、所作で語らせる場面が多かったのも良いアニメだったな、と思う。
人生を切り替える最後のチャンスに、釣りの神様に導かれるように親友に再開して、待ち望んでいたランカーを釣り上げて、伝えるべき「ありがとう」を伝えて、家に帰る。
それが、この物語の主人公が12話かけてたどり着いた、人間の当たり前だ。
マイナスがゼロになっただけ、ダメ人間がようやくマトモになっただけ。
そういう見方も出来るだろうけど、それでも目をつぶって人生のネガばっか自分に引き寄せてきた人間が、親友が手渡してくれた光に助けられて顔を上げ目を開けて自分の物語を歩こうと決めれたことは、俺には大きな意味ある物語と思う。
そういうちっぽけで大事なことを語るのに、”釣り”は良いテーマだったのだろう。




俺は暗い場所から抜け出した主役二人が、闇世の中微かな灯火を朝日ではなく雪あかりに見出すのが、とても好きだ。
それはピーカン晴れのポジティブな色ではなく、あくまでネガティブ一色に微かに差し込んだ救いの光で、肌を着る冷たさと冴えわたる美しさで、街を写している。
そういう場所に彼らは生きていて、一緒にいて、これから離れていく。
急すぎる別れで、しかし二人が二人じゃなきゃたどり着けなかった出発点で、そこが降りしきる雪に照らされてとても綺麗なことが、俺には嬉しい。
そういう景色が、良く似合う連中の物語だったからだ。
おどけるように叩きつけた雪玉が、心の奥底に閉じ込められていた思い出と罪悪感を叩いて、常宏は大きく目を開ける。
自分がなぜ、生きていて良いこと何もなかったと呟いた、縁もゆかりも無いクズに手を差し伸べようと思ったのか。
逃げて逃げて逃げて、正しくない姿勢で人生の淵へ沈んでいこうとしている男に、どんな面影を見ていたのか。
キレイな姿勢で遠くへと、ルアーをキャストできるようになった常宏の、チャーミングな幼さを込めた雪玉が、いつだって正しく大人びていた青年のネガを叩き、切開していく。
それは貴明に絶対必要な痛みで、常宏はようやく、それを釣り上げれるようになった。




貴明は正しさの鎧を外し、自分の一番柔らかな部分から己の罪を引きずり出して、常宏に晒す。
自分が殺してしまったのだと、取り返しのつかないものを追い求めて空疎に握られた手のひらには、もうないリール。
弟への愛と後悔を語る時、貴明は自分を冷たい人非人として語る。
それは彼の中では真実であり、人当たりの良い兄貴づらは自分の罪を直視しないための欺瞞…というのが、当人の視点なのだろう。
だが、リールは消えてなくなってなんかいない。
それを握り、”釣り”を続ける貴明の手のひらは、ここまで幾度も描かれてきた。
偽善だろうと、嘘っぱちだろうと、常広の沈みゆく人生に親身すぎるほどに親身に身を乗り出し、必死に支えて釣り上げた事実は、確かにそこにある。
それに救われて、ようやく彼らしく笑えるようになった常広の笑顔が、暗く悲しい別れの瞬間だけでなく、明るい太陽の下心から笑えた弟との”釣り”を、ようやく貴明に思い出させる。
支えられるだけ、助けられるだけの赤ちゃん人間だったら、貴明の告白を受け止め、自分なりに手に入れた物語の成果を語って、恩人を、親友を、人生の明るい方へと向け直すことは出来なかっただろう。
貴明がいたからこそ果たせた成長が、常宏を一端の釣り人に育て上げ、ゆるぎようもない己の体験として、”釣り”が楽しくて、それだけで明日も生きてみたくなるようなポジティブな強さを、作り上げてくれたんだと伝えていく。
あの逃げてばっかのクズカスが、眼の前のあるモノにしっかり目を開けて、小さいながら逞しい一歩を踏み出して、ずっと哀しみの暗い淵に沈んでいた友達の手を引っ張り上げるところまで、ようやく来たのだ。
それは…やっぱりとても良い結末だ。




常宏がそういう人間になれるまでの、ダメっぷりとか迷走とか、釣ったり食ったりの面倒くささとか楽しさとか、コンパクトで確かな手応えのある描写を、小さく積み上げていく道のりが、選び取った一つの答え。
無敵の天使だった躑躅森貴明がようやく、人間としての涙を流す。
それを受け取って、ひたすら下向きに現実から目を閉ざしてばかりいた男が、涙のように降る雪を見上げて、闇世の中確かに光る絆を確かめる。
冷たく凍りついたと自分で語っていた心が、雪解けしたからこそ流れる涙が頬を伝う時、貴明が笑ってもいるのが、すごく”ネガポジアングラー”らしい明暗の同居で良かった。
全てをぶち壊しにしたくなる絶望に荒れ狂った時、手のひらに残ったマグカップに温かな日々を思い出して動きを止めたり。
魂の奥底から泣き腫らして、だからこそかすかに笑ったり。
人間そういうなんとも不思議な動物で、それでも暗く沈むのではなく明るく浮き上がっていく水面の上こそ、彼らが生きるべき場所なのだ。
そういう視点で、この世のどっかに必ずあるだろう浮き沈みを描いた物語は、ヒロイン立ち位置の女の子とも極めてさらっと、爽やかに別れていく。
つくづく骨の髄まで釣りキチで、同じような浮き沈みを抱えてはいたんだろうけど常広には立ち入らせなかったハナちゃんは、別れ際にもサイズ自慢をし、釣り問答をしかけ、ルアーを手渡して…とにかく”釣り”だけを共通言語として、貴明とサヨナラする。
その湿り気のない繋がり方とキャラ性が、俺は凄く好きだった。
”釣り”でしか繋がっていないハナちゃん(と、エブリマートの連中)との関係が、暗く沈むばかりだった自分を明るく楽しいところに引き上げてくれて、彼ら抜きじゃあこんな前向きに、まだ生きる方へと自分を押し出せなかったことを、常宏はしっかり解っている。
だからハナちゃんが釣り竿並べながら教えてくれたように、「ありがとう」をちゃんと言葉にして、またいつか何処かで一緒に釣りする未来を信じながら、気持ちよく離れていく。
このさっぱりとした描写は、ここまでの物語やそこで培われた関係性に全く嘘をついておらず、颯爽とスタイリッシュで、凄くこのアニメらしい。
そういう決着にたどり着けるアニメが、俺は好きだ。




そして名曲”承認欲求”を最後もちゃんと聞き届けた後、二年後の風景が描かれる。
常宏相手に思いを吐露して、背を向けていた家に戻り過去に決着を付けて、人当たりの良い仮面を嘘じゃなくした貴明が、訪れる先は一点の曇りもない青空だ。
二人が出会って、一緒に”釣り”したからこそたどり着けた、文句なしのポジティブ。
力強く握った自分の手で、思い出の染み付いた道具を操り、無邪気な笑顔で心の底から一緒に楽しめる仲間と、また釣りができる未来。
そこが、最終的にこの物語と常宏がたどり着いた場所である。
というわけで、ネガポジアングラー全12話、無事完結しました。
大変良かったです、ありがとう。
何かとノンストレスな作劇が好まれる昨今、あらゆる物事に目を塞ぎ現実を歪め、逃げて逃げて逃げ続ける常宏を主人公に吸えるのは、かなりの冒険だったと思います。
正直第3話までは僕も、彼が何に苦しみどういう状況にいるのか掴みそこね、つまりは彼を主人公とするこの物語が何を描くのか、把握しきれずにいました。
しかし目を塞いだ無明に苦しみつつ、誰の助けにもしがみつけず赤子の姿勢でネカフェでひとり寝る彼を…あるいは一心不乱に逃げじゃくる時、眼球が潰れそうなくらいまぶたを閉じて、何もかもを拒絶する姿を見た時。
この青年が置かれている、ありきたりで弱くて現実的な苦境と、そこから”釣り”で抜け出していこうとする作品の祈りが、自分の中で形を得たと感じました。
移りゆく時間を反射し、様々な色に変わっていく空と水の色合いを美しく描きながら、ゆったりと力強い筆致で積み重なっていく、”釣り”の描写。
餌がくせーだの色々面倒だの、そういう生々しい手触りにしっかり切り込みつつも、段々と文句ばっかブツクサ言っていた常宏が、釣りの面白さ、そこから生まれる人の絆に身を寄せていく変化も、じっくり染み渡るように描いてくれました。
そのコンパクトでよく染みる手触りは、”釣り”というしょせんは趣味でしかないけど、生きている意味にもなってくれる愉快な営為をテーマにしたからこそ、大上段に振りかぶるのではなく親しみを持って隣にいてくれるような語り口で、作品が描くべきものを届けてくれたのだと思います。
常宏が包囲された暗い死の手触りを、跳ね返すように魚を釣り上げ、捌き、調理して命の糧にしていく様子を、丁寧に描いてくれていたのも、”食”に強い関心がある自分としては良い描写でした。
見えない水の中、魚の様子を想像しなきゃ釣れない難しさを、コミュニケーションの暗喩として活用し続けた演出にも、一貫性があって良かった。
生粋のネガティブで沈み込むばかりのダメ人間に、必要なすべてを無償で与えてくれる無敵の天使。
躑躅森貴明がしかし、弟への罪悪感と愛から逃げて逃げて逃げ続けている、常宏と同種の弱虫であり、つまりは貴明と同じように常宏だって誰かを助けられる、ポジティブ野郎になっていけるのだと、男二人にフォーカスを合わせて描いた後半の筆も、大変良かったです。
俺はずっと、貴明が人間として泣ける瞬間を待ってこのアニメを見ていたので、最終話ちゃんとそこにたどり着いてくれたこと…泣かせる決定機をしっかり常宏が釣り上げれたことが、とても嬉しかった。
旅立ちの日に、常宏がいっぱい笑っていたのもね。
派手なことは何も起こらず、ドライでスタイリッシュな関係に終止しているように思えて、"釣り"というアナログで魅力ある趣味を描き切ることで、そこに反射する人間味の面白さ、明暗入り交じる人生を、しっかり捕まえてくれるアニメでした。
こだわりの”釣り”描写が、作中人物にとってこの行為がどんな意味を持つのか、独自の遠近法を持って活写する助けとして最大限活用されていて、素晴らしかったと思います。
ちっぽけながら人間を確かに飲み込む、絶望の暗い淵を扱いながら、そこを抜けて光に満ちた場所にたどり着く物語を、しっかり進めてくれたのも嬉しい。
とても素晴らしいアニメでした。
お疲れ様、ありがとう!