かつて分かたれた星の命運が、残酷な結末に集約する。
サヨナラそばかすダウナー少女、”想星のアクエリオンMoE”第2話である。
いやー…死んだねぇ!
「二話で殺す」という手法自体はもはや定番というか古典というか…ではあるが、量子力学と超古代文明をオカルトで煮込んだ背景設定が今回明かされたことで、第1話冒頭で既に死んでいたはずのサヨが、あるべき決着に”修正”された感じが奇妙で面白かった。
いや面白くねーんだけどさ…サヨちゃん、かなり好きだったのに…(小原好美ボイスに、根本的脆弱性を抱える人間)。
彼女に体重を預けて別れを迎えたことで、サッコくんの絶望と憤怒…主人公たるべき資質に共感できたのは、結構良かったと思う。
全体的に湿度高く、陰気で胡散臭いこの物語。
思春期バリバリ、パイロット全員心欠けまくりの歪な物語の何処に芯を求めるかってのは、結構難しいと思う。
親に売られて救世主候補に選ばれ、仲間がぶっ壊れる中たった三人生き延びて、ふとしたきっかけでそれが崩れて終わって、自分の気持ちを取り戻せたのは相手が死んだ時。
そんなままならなさに翻弄され、涙ながら過酷な運命ってやつを抱きしめるサッコくんの姿は、キャラデザからして飲み込みにくい(だからこそオリジナリティを感じる)このお話に、必要な素直さを体現していた。
電波飛び交う陰謀論的終末世界が舞台だろうが、前世からの因縁が戦いを押し付けようが、友達が死ねば悲しい。
そんな人間の当たり前が、撫子の弔花を第1話で手渡してから第2話でヒロインが死ぬという、因果のねじれと隣り合っているのは、中々不思議な感覚だった。
死という結末と生存の願いの狭間、幽霊のように漂っていたサヨは結局、既に花を差し出した決着へと”修正”されていく。
今後戦いの中世界規模の”修正”を拒絶しなきゃいけない立場にあるサッコたちは、二度目の…そして決定的な”修正”を乗り越えるだけの強さと戦う理由を、掴み取ることが出来るのか。
敵は倒したが実質敗北な苦さたっぷり、全然アガらない初陣は”アクエリオン”っぽくなくて、そこが良い。
キモくて暗いよーこのアニメ!(歓喜の叫び)




というわけで、全ての説明をすっ飛ばしてとにかく状況を転がしていった第1話の補足をするように、過去回想とか世界設定とかが飛び出してくる第2話である。
サッコくん…いかにも熱血赤髪ッ面してるのに、マジで過去がロクでもなく重い!
もっと思い込みで突っ走っても良さそうな立ち位置なのに、「売られたと、勝手に俺が思ってるだけ」とか「どうせ拒否権無いんでしょ?」とか、自分を客観視出来てしまう妙な賢さがあるのが、かなり寂しい造形だ。
デザインむっちゃ子どもなのに、冷えてヒネた嫌な大人びがあるの、良いミスマッチ。
そういう存在が馴染みある江の島の情景を歩いている様子は、やはり奇妙な異化作用を伴って面白く、「あー江の島からモノレール駅まで結構歩くんだよなぁ…。467号のあのカーブ、異様にキツいんだよなぁ…」などと、実体験を自分の中から出してきて描写を味わえた。
これは神奈川県民の特権なので、めぐり合わせに感謝である。
静謐で離人的な演出で、なんか超然としたものを延々積み上げていく物語が、行こうと思えば一時間で”そこ”にいける現実を歩いている手触りは、妙な酩酊感があって愉快だ。
このシュールなゾワゾワ感に襲われつつ、エレメントも学生と救世主の二重生活を送ってるのかなと思う。
見慣れた江の島周辺の風景に、パカッとワープゲートがあいて秘密基地への道が開くの、一般人が明らかな異常事態をのんびり受け入れてしまっている”修正”の異常さと合わせて、大変キモくて良い。
当たり前のはずのものが壊れてしまっている怖さは、主役が軒並み感情ぶっ壊れてる造形と重ねて、作品の結構大事な部分にあるのだと思う。
既に世界は正気を失っているのに、人々は”日常”なるものからはみ出さずに芝居を続け、真実にたどり着かない。
もう一つの世界がどうの、宿命の戦いがどうのという狂った真実は、そうやって保たれた”日常”に染み出して、何かを奪い作り変えていく。
穏やかで美しい、破滅の描き方だ。
世界を書き換えぶち壊す”敵”のやり口が、味方であるはずの宇宙保全機構の、一見子どもたちの選択を優先しているように思える”人道的”な強制/矯正に匂っているのも、不安定で良かった。
ロボットの暴走という異常事態を、通り魔の犯行に”修正”して、サッコが本来しっかり受け止めるべき後悔や贖罪を奪ってしまう、世界の在り方。
それは敵から押し付けられ跳ね除けられるべきものであると同時に、自分たちの運命を預ける味方の内側からも滲んで、作品世界を満たしている。
このフワーッと気持ち悪い修正と同調…もう一つの”合体”が、MoEを貫通する一つのイマージュなのかなぁと、第2話段階では感じている。
太古の粘土板に刻まれた宿命と、最新鋭の物理学的知見が融合する、いかにも大風呂敷ぶち上げた誇大妄想的な世界の真実。
マッドなテンションでそれブチ上げられても、自分たちの在り方に悩む中学生たちには「はぁ、そうっすか…」であり、彼らの興味は合体によって生じる心の補完、そこから生まれる快楽にこそある。
欠けていたものが埋まってしまう違和感を、結局「気持ちいい」と感じてしまう流れには、ちと危ういものを感じたが…今後、彼らの欠損がどう拡大し、補填されていくかには注意をはらいたい。
タイトルに”Emotion”を関する以上、おそらく感情の揺れは作品もう一つの柱だ。
そういう意味では、妙に冷めた視点で自分の死を見つめてたサッコが、その冷淡さ故にサヨの自己犠牲を呼び込んでしまって、既に描かれた結末へと”収束”してしまった展開は良かった。
パルクールに興じても、真心を届けるためにフリークライミングに挑んでも、サッコの心は恐れない。
前に出過ぎる歪さを、変わりに怖がって補ってくれるように思えた女の子は、結局約束された死から逃れることが出来なかった。
それはサッコ個人(あと俺)としては心の底から悲しいことなのに、俯瞰で見ると既に描かれた描写を後追いして、物語が”正しい”道へと進んでいるだけだ。
その主観と客観のズレが、収まらない感情が、キモくて良い。
サヨちゃんという外付け畏怖装置を失ってしまったサッコは、仲間を殺しかねない自分の欠落と、もはや自分一人で向き合うしか無くなってしまった。
そういう人間当たり前の戦い方で、どうにかなる欠落なのかも含めて、今後赤毛の主人公が自分の感情と、それをかき乱す喪失と、悲しみすら許さない”収束”と、どう戦っていくのか。
この作品らしいキモくて落ち着いた筆致で、物語の今後を照らす第2話だったと思います。
いやー…レトリックの扱いとしては妥当かつ適切で褒めたいんだけども、やっぱサヨちゃん好きだったからな俺。
好きな人が死んで「上手い上手い!」とは言えない気持ちが、主役とシンクロするのオモロイわ。
サッコに欠けた恐怖が何を生み出すかは、サヨちゃんを生贄にしっかり描かれたわけだが。
共感に欠けた爬虫類人間と、好奇心に欠けた後ろ向き人間の物語をどう削り出していくかは、今後の楽しみと言える。
アイツラも大概な壊れ方と、中学生等身大の純情を同時に抱え込んでそうで、残酷で不気味な刃先でそこら辺切開すると、かなり美味しい汁が出てきそうなんだよな…。
今回そこら辺を触る手つきのテストケースとしてかなり良かったので、個別エピは楽しみだ。
過剰な自己犠牲ゆえに生の実感を得られなかったサヨちゃんが、「死にたくない」という真実を補完して本当の自分にたどり着けたのが、終わる瞬間ってのはやっぱ悲しい。
そこで感じた「死にたくない」を、先取りして事実として刻んでいた世界は不気味な穏やかさを保ったまま、運命の戦いを続ける。
せめて、撫子の花を捧げられたことが救いとなるのなら、命と運命を賭けた戦いとはなんとも慎まやかで、残酷に過ぎるのだろう。
「このアニメ…かなりキモいぞ!」と、自分好みのグルーヴを感じて興奮もしておりますが、行く末を楽しく見守りたいと思います