- ・はじめに
- ・魔法使いの約束
- ・異修羅
- ・空色ユーティリティ
- ・全修。
- ・RINGING FATE
- ・メダリスト
- ・君のことが大大大大大好きな100人の彼女
- ・UniteUp! -Uni:Birth
- ・BanG Dream! Ave Mujica
・はじめに
この記事は、2024年1~3月期に僕が見たアニメ、見終えたアニメを総論し、ベストエピソードを選出していく記事です。
各話で感想を書いていくと、どうしてもトータルどうだったかを書き記す場所がないし、あえて『最高の一話』を選ぶことで、作品に僕が感じた共鳴とかを浮き彫りにできるかな、と思い、やってみることにしました。
作品が最終話を迎えるたびに、ここに感想が増えていきますので、よろしくご確認を。
・魔法使いの約束
ベストエピソード:第12話『あなたの世界に祝福を』
ソーシャルゲームのアニメ化は、いつでも難しいなと思いながら見ていた。
僕は深夜アニメをオタクメディア摂取の基準に置いている人間なので、原作ではなくその文法に軸足を置きながら視聴することになる。
一話のアニメ、1クールの物語集積体としてどんだけ圧力と引力を有して、適切にお話を紡げるかどうか……というベーシックな課題と、アニメ化にこぎつけるまで作品を愛し支えてくれたファンの祈りを、ちゃんとすくい上げる仕上がりにする”アニメ化”の難しさ。
加えて物語に潜る媒体も視点も大きく変化する中で、あるアニメは大胆な改変を選んで作品のエッセンスを取り出し、ある作品はリッチな座組で原作通りに押し通っていく。
まほやくアニメは”原作通り”をベースにしつつ、ところどころにアニメならではの工夫と苦労が透けて見え、原作未見のニワカながら、様々大変だなと思わされる戦いの記録となった。
一番わかりやすく大変だと感じたのは、第1話では結構な時間を使って花守ゆみりに喋られせていた主人公のモノローグが、途中から一時停止しないと読めない高速テロップに変わり、それでもなお主役の内面を画面に焼き付けるのを諦めなかったところだ。
わざわざそんな歪な(と、見ていた僕は評価するしかなかった)演出を選んででも、主人公の語りを可視化しなければいけない一人称視点を、アニメという客観的三人称の媒体に落とし込む中で、取りこぼしたものはたくさんあったのだと思う。
21人の魔法使いたちがほんわか暮らしつつも、滲み出してくるロクでもない世界観と、過去と未来に埋め込まれた爆弾がいつ破裂するのか、ハラハラ期待しながら決定的なロクでもなさが遠い、焦らされるような視聴感。
時折描かれる広大で美しい風景と、そんな濁りを抱えつつもおっとり上品な魔法使いたちの生き方に、ファンタジーの淡麗な味わいを堪能させてもらいつつ、どこか一手届かないもどかしさを確かに感じていた。
長い序章になるしかない前提を踏まえた上で、しかしこの最終話でオズ様の助けを借りて主人公がたどり着いた、自分なりの物語の道行きは凄く素朴で力強く、最後にしっかり作品の背骨を真っ直ぐにしてくれる描写だった。
運命に巻き込まれ、なんの力もなく過酷な状況に投げ込まれてなお、異能の存在がもつ人間としての顔を見つめ続ける。
否応なく社会と乖離し、群れる動物としての本分を失っていく怪物たちと、社会の架け橋になることを己の使命に定めて、それぞれの心の奥底で疼いている優しさや痛みに、誠実に寄り添い向き合っていく。
当たり前といえば当たり前の善良なのだが、だからこそ普遍的な”答え”を主役と作品が選べた感じがあって、このベーシックな力強さはとても良かった。
21人からのイケメン回転寿司がすんごい勢いで押し寄せ、その”数”に圧倒された感じもあったが、美味しく食べれそうなキャラに注目しながらバクバク食べる体験は、なかなか楽しくもあった。
個人的にはオーエン、ミチル、リケ、ファウストあたりが好みの造形であったが、その中のひとりであるオズ様が物語の最後、最強たる所以をド派手にブチかましつつ、主人公が答えにたどり着くための導き役として、また自分自身魔王となった過去から抜け出そうと足掻く一人の人間として、強くフォーカスされていたのも良かった。
彼が現場に連れ出し、魔法使いが身を置いている危機を肌で感じられる距離に引っ張っていってくれなければ、賢者は自分なりの答えにたどり着けなかったと思う。
こういうアシストを果たしてくれるキャラクターはとても好きだし、王都を襲う危機を活かす形で、待ってましたの超人アクションのど真ん中に彼が立っていたのも、大変良かった。
僕は北の魔法使いたちが宿す、荒くれた嘘のなさが好きなんだが、オズ様もそんな性分をぶっきらぼうに抱えつつ、しかしどうにか人の中神の力を律して、アーサーとの出会いを大事に行きていこうと頑張っているように思えた。
その証明として、ゼウスの如き雷霆だけでなく、瓦礫と化した人間の世界を武器に変え、塔を蘇生させることで怪異を討ち果たすアクションがあったんだと考えている。
一番強くて一番ヤバい彼が最後に、しっかりと魔法使いであり人間でもある自分を戦いの中に証明し、長命者なりの責任と力の制御を果たそうとしている姿は、”魔法使い”という種族の過酷な定めを超えていけるかもしれない、希望に満ちていた。
そういうのを例えばアーサーのような希望に満ちた若者ではなく、最年長で最強なツンデレが担当するのが、多種多様な超人がそれぞれの痛みと決意を抱えながら、前へ進んでいこうとする足取りを最後に示しているようで、大変良かった。
そんな魔法使いたちの旅路は長く、だからこそ賢者の助けはかけがえないものになっていくのだろう。
願わくばアニメでその行く末を見てみたいものだが、今は”魔法使いの約束”という素敵な物語とで合わせてくれたこのアニメに、お疲れさまとありがとうを言いたい。
面白かったです!
・異修羅
ベストエピソード:第20話『不言のウハク』
16人の修羅がスタートラインに並ぶまでの、長い長い序章。
そう位置づけるのが一番適切な、2クールのアニメであった。
人によってかなり評価は分かれると思うのだが、自分は一般的な視聴態度の範疇を大きくはみ出して、身勝手な推察や妄想をこねくり回し、大変楽しく見させてもらった。
作品を観るときは、自分が見たいと思うモノを投影し感じ取りながら人間味わうものだと思うけども、派手なケレンやオタクのお約束、あるいはそれを裏切る想定外の一発を楽しみながらも、自分は極めて古典的な人間の物語を、この異形のチート群像劇に見ていた。
過酷で残酷な世界の描き方は、その理不尽に嘘をつかぬまま自分なり何かを言おうとしているからこそだと思えたし、今日の勝者があっさりと倒れ伏す無情は、無双の強さを作品の軸に据えつつ、それを裏切り改めて”強さ”を問い続ける姿勢と写った。
極めて真面目で、背筋が伸びた物語だとずっと思いながら、僕はこのお話を楽しませてもらったのだ。
そういう視座からすると、この第20話は極めて文学性が高く、一つの短編としての仕上がりが特別素晴らしいと思えた。
雪深い村での日々に、不言であることしか許されていない白紙の存在を、人食い鬼としての赤い宿命を刻み込んでいく筆致には、独自の美しさが鋭く宿っていた。
そんな怪物をあくまで人間中心主義を足場に受け入れ、コミュニケーションの神に人生を捧げた聖人との触れ合いとすれ違いが、この話数では描かれる。
あの老女が最後に見た残酷な真実は、所詮分かり会えない人と人、それが生きる世界に全く嘘をついていなくて、苛烈だからこそ優しく思えた。
そんな終わりを一つの始まりにして、ウハクは修羅が蠢く戦いに身を投じていく。
生きるかもしれないし、死ぬかもしれない。
言葉で誰かと通じあえる”人間”になるかもしれないし、この世界唯一の不言者として、不可知の原則を体現したまま終わっていくかもしれない。
どんな風になってもそれはとてもウハクらしい物語であり、”異修羅”らしい展開になるだろうと、僕は思い信じている。
そういう気持ちになれるエピソードが、24話のアニメの中にしっかりあるということは、とても幸せなことだと僕は思う。
その存在の根本からして、孤独な不言であることしか許されていない、詞術なき僕らの世界においても、そんな風に確かに繋がれたのだという錯覚を得れる奇跡を与えてくれて、とてもありがたかった。
・空色ユーティリティ
ベストエピソード:第9話『スペシャルなバズ』感想ツイートまとめ
lastbreath.hatenablog.com
「まぁまぁナメて見始めました」というところから、総評を始めなければいけないだろう。
アニメスタジオ初のオリジナルシリーズ、斉藤健吾監督初のTVシリーズ。
海のものとも山のものともつかない座組に、勝手に「まぁこんなもんでしょうよ」と天井を決めつけて見る姿勢がなかったかといえば、それは嘘になる。
美波の元気な浅はかを全面に押し出し、ポップで陽気な雰囲気で滑り出した序盤戦は、そんなナメをひっくり返すパワーがそこまで感じられなかったわけだが、第3話に漂うシリアスで湿った空気で「おっ」と思わされた後、後半からギアがしっかり入った手応えがあった。
それは空気がガラッと変わったというより、明るく楽しい日々の中、ド素人を鷹揚に受け入れてくれるお姉さんたちが微かに匂わせていた、年経ればこその苦労が表に出てきた感触だった。
美波が持ち前の明るさと元気を損なうことなく、思いっきり突っ走れたこと……それによってその純粋な輝きを失いかけていた人々の、まばゆい希望に知らぬ内になっている様子は、美波のことが可愛くて可愛くて仕方がない”姉”たちの振る舞いから、確かににじみ出ていた。
「そうじゃないかなぁ……」と思っていた陰りと痛み、それを年下の友達の前では出さないプライドと優しさがズズイと前に出てきて、作品自身が己が積み上げてきたものの答え合わせをしてくれる感触に、待ってましたの心地よさを感じることが出来た。
それは美波の目からは無敵に思える”姉”たちが、彼女たちなり陰を抱え、それに押しつぶされないようひっそり戦っているという、人間味の描写でもあった。
イカニモ美少女ドタバタ日常コメディに思える風景の奥に、微かに軋んでいた痛みがこちらの思いすごしではなく、確かにそこにありしかしそれだけに世界を支配されないよう、皆が当たり前に戦っている苦しみなのだと描かれたことで、キャラクターを人間として描こうとする筆に色が乗った感じがあった。
人間がやるスポーツだからこそ、”ゴルフ”には人それぞれの価値が宿り、様々な立場から楽しむことも出来る。
作品の真ん中に据えたテーマを回収し、誠実で自分らしい答えを返す意味でも、第8話で遥の、そしてこの第9話で彩花の弱さと痛みを掘り下げ、美波を助けることで自分が助けられていた、お互い様な関係性がグッと広がり、与えるだけ/与えられるだけで終わらない真の友情が、年が離れた三人を繋いでいるのだとしっかり解った。
序盤では軽薄な(に思える)”バズ”に踊らされるだけだった彩花が、自分が天職と選んだインフルエンサーが誰に、どうメッセージを伝えるか真摯に向き合う中、ゴルフと新たに関われる立場を掴み取って、世界を少し笑える場所にしていく手応えも、空っぽだからこそ答えを探していた女の子の自己実現として、優しく見応えがあった。
第3話では、美波が中身を見れないまま求めていた”スペシャルな特別”を体現するように思えた年上のお姉さんが、彼女なりの難しさ、虚しさを率直に吐露しつつ、年下の友達に出会えたからこそ、その絆を繋いでくれたゴルフあってこそ、自分を満たす答えを掴まえられたという、話数を重ねればこそ見えてくる応答も良い。
何かが動き出すまでは見えなかったもの、預けられなかったものを、しっかり見据えて手渡せる関係がしっかり紡がれたからこそ、ここで彩花は自分なりの”ゴルフ”を見つけ、そこに美波がどれだけ深く関わっているのか、感謝と喜びを込めて伝えてくれる。
それは彼女たちが出会ったこの物語が、一体何を求めて紡がれてきたのか、しっかりと答えを伝えてくれる場面でもあった。
僕は何より、そういう誠実なプレゼントをアニメが手渡してくれる瞬間を楽しみにしながら、アニメを見て感想を書いている。
そういう欲しいものが僕の手元に届いたから、僕はこの第9話が好きだ。
・全修。
ベストエピソード:第7話『初恋。』
全話ベストエピソード級の素晴らしいアニメだったので、選出はめっちゃ悩んだ。
しかし”全修。”が一歩高いところに抜きん出るにあたって、話の折り返しで綴られたこの話数が果たしている仕事はあまりに大きいので、選ぶならここだろうと思う。
無論この前に積み上げられていた、死に至るほどアニメを愛し呪われた女が次第に前髪を上げて、他人が食って戦って生きる歩みに己の身を前のめりに差し出していく物語も、ここから進み出していく絶望の運命、己と世界をを苛む虚無に挑んでいく戦いの記録も、圧倒的に素晴らしい。
「アニメーターのアニメ」として、滅びを約束されつつもあまりに美しい異世界を圧倒的な画力で作り上げ、そこで暴れまわる戦いを切れ味鋭いアクションで綴り、弾ける感情を明暗鮮やかに描ききる、絵の力がとにかく凄まじかった。
そのクオリティを最大限活かし、世界の滅びと個人の成長ががっちりシンクロする、手応えのある冥府下りをやりきってくれていたのが、大変に嬉しかった。
古典的な物語類型とメッセージを、最新鋭の装いで語り直し、また独自の熱量を入れ込んで駆け抜けていくことの意味は、時代の速度が上がる実感とともに増していると思う。
腰を落とし、堂々ファンタジーの王道を駆け抜けてくれたこの作品は、本当に素晴らしかった。
そんなお話の異質な折り返し点は、他人に興味がない主人公を他人の視点から描き、その圧倒的な才能と努力、影響力を可視化するエピソードである。
ここで四者四様の視点と描かれ方をもって、多角的に客観的に……そして”初恋”をナツ子に捧げざるを得なかった人たちの主観を交えて、彼女の存在が描かれたことで、僕らは彼女がどういう人間なのかを、より深く知ることが出来た。
それはこの後に続く絶望と希望の戦い、それを突破し再生する未来にしっかり繋がっていて、現世での彼女を知ることで異世界ファンタジーの足場が、しっかり整った感じがあった。
こういう物語全体での機能だけでなく、ナツ子に狂っちゃった四人の時代別オムニバスとしても大変優れていて、じんわり染みる情感あり、ハイテンションな笑いあり、彼女の才能と人柄が持ってる引力がどんだけのものか、心から楽しみながら味わうことが出来た。
現世において、これほど強く彼女の帰還を待ち望むファンが多くいると描かれたことが、ルークとの恋を鮮やかに駆け抜け、だからこそ自分がアニメを新たに描ける場所へと帰っていくナツ子の決断を、見ている側がなっ得できる足場にもなっていた。
最新鋭の冥府下りとして、ナツ子はたくさんの知恵と強さをこの旅から持ち帰り帰ってこなければいけないわけだが、そんな約束された運命を「定番だから」で怠けることなく、なぜそこにいたるのか丁寧に、熱量込めて描ききっていることが、この新たなる王道に逞しさを与えていると感じる。
折り返しのこの話数で一端、物語の視点を現実に引き上げ、ナツ子が第二の生を送る場所を客観視させたことで、より深く物語の没入もできた。
こういう巧さと、ワケのわからない熱と勢いでキャラとドラマが転がっていく力強さが同居していたことで、このお話は傑作になったのだ。
・RINGING FATE
ベストエピソード:第2話『パートナーとして、すごく不満!』
バトルの仕上がりが優れた話数も、サスペンスとして猛烈なヒキを持っている話も、ドラマの熱が高い話も、当然他にあるのだが、ベストはこの話数とする。
結局どういうエンジンでこのお話を見続けたかと自分に問えば、主人公である要ちゃんが可愛くも気高く、金勘定や損得に流されない真の心の強さをもった、愛すべきキャラクターだったからだ。
それを一番最初に示したのはやはり、ここで描かれる敗北であり、冥府のシステムが勝手に定めた勝ち負けを超えたところにある、人間の本当が悪徳に打ち勝つ物語の根本は、ここで示されていたのだなと改めて思う。
この冥府では他人を食い物にするのが当たり前というのは、気の良い案内人にメタキャラが最悪のゴミカスであると解る第一話の衝撃で既に鮮明だった。
たとえ敗北し記憶を奪われたとしても、誇り高き”負け”を選べる主人公がお話の真ん中に座るのだと、より深くテーマを示してくれたこの第2話があることで、これからどういうお話をやっていくのか、作品の見取り図を手渡してくれた。
やっぱり自分は、こういうアニメが挨拶してくれる話数が好きだ。
この主人公の凄みを見せる回に続いて、大熊師匠が死んでも貫きたかった不器用な愛が全速で突っ走っていく序盤戦、思い返すとマジでヒキが強い……。
ここで要ちゃんの心意気に惚れ込んで話を見通したわけだが、汲み出しても汲み出しても人間性の泥が湧き出してくるエデンくんとの対比で、要ちゃんの潔白な強さはより鮮明になっていく。
刃突きつけ体を乗っ取るほどにツンツンしていたサブローと隼風が、美しい志に脳みそ焼かれてメロメロになる過程も面白かったが、すんごいゲス顔で引いた後の第二シーズン、果たして要ちゃんは過酷な運命に負けず、清らかな心を保ったまま修羅界を進んでいけるのか。
心配になる心が半分、信じたい気持ちが半分で、大変いい感じだと思う。
先がどうなるか全く読めない……読んだつもりになると本編が創造を遥かに上回ってくる、ストーリーテリングの剛腕が、力強く駆動させた物語。
カンを巡る特殊な設定が全体的に良く効いていて、記憶を奪われ魂を賭ける亡者たちが、生前どんな業を積み上げて今戦っているのか、まさかの実写で見せる二層構造もしっかり機能していた。
ミステリもサスペンスも、ファンタジーも冥府譚も、色んな面白さを宿している物語が一体どこにたどり着くのか、是非とも日本語吹き替えで見届けたい気持ちは強いので、本当に続編放送、お願いしますッ!
・メダリスト
ベストエピソード:第4話『名港杯 初級女子FS(前)』
第6話とかなり悩んだが、エピソードとしての圧倒的な熱量と演出の強さ、描かれているものの(自分の中の)大事さで、この話数を選ぶ。
放送前は正直いろいろ不安もあるアニメ化であったが、蓋を開けてみるとアニメ独自の描き方、これを入口に作品に出会う人への工夫がしっかり形になっていて、第6話はその集大成として、とても好きだ。
あのタイミング、あの描き方で司くんと加護一家を掘り下げることで、司くんがいのりちゃんが見上げているような影のない太陽ではなく、未だ挫折の影に悩む若き青年であること、それでもなおいのりちゃんの信頼に応えうる自分であるために必死にあがいていることが、より鮮明に可視化された。
大人も子どもも、それぞれの尊さと強さを響き合わせながら自分たちの戦いを続けていく群像劇に必要な、もう一人の主役の明暗入り交じる表情を、しっかり描けていたのもこのアニメが成功した、大きな理由だろう。
そしてこの第4話は、また別の角度から大人と子どもの明暗を、感動のど真ん中を全力で撃ち抜くパワーでもって、見事に描ききる。
お母さんが真実いのりちゃんの夢を、それに挑める恥ずかしくない自己像を受け入れ、目の前にあったはずのそれを、一番受け止めなければいけなかった自分が跳ね除けてしまっていた事実に気づくこのエピソードは、本当に好きだ。
いつの間にか引きずり込まれていた誰かの視線が、自分と娘を縛る地獄の鎖でしかなく、今目の前で舞ういのりちゃんのジャンプ一つ、ステップ一つが、そんな影をぶち壊していく。
ずっと抱きしめてほしかった、大好きなお母さんを、必死に頑張って磨き上げた技と美が取り戻していく。
いのりちゃんが目指すメダリストへの道が、手に取れる具体的な勝利ではなく、形にならないものに打ち勝ち蘇らせるからこそ価値があるのだと、これ以上ないほどに鮮明に描くエピソードである。
司くんには人生変えるほどに響いたいのりちゃんの号泣は、第1話の段階ではお母さんに響ききっていない。
この第4話で、誰よりも頑張れる自分、もう恥ずかしくない自分、憧れたスケート選手になっている自分を、名も知れぬ子供の視線に受け取って背筋を伸ばし、震えを抱きしめて決戦に挑むことで、いのりちゃんはお母さんに自分の”今”を証明する。
ずっと何も出来ないままではなく、恥ずかしい存在でもなく、確かに貴方に愛されたからこそ高く飛べるのだと、強く強く美しい滑走の中で叫ぶ。
その咆哮に心を揺さぶられ、涙ながら娘を信じられる自分を取り戻せたことは、望みを叶えたいのりちゃんと同じくらい、お母さん自身にとっても幸せなことだったと思う。
お母さんだっていのりちゃんの心を殺す、無理解と諦観の冷たい塊になんてなりたくなかったのに、気づけば愛娘の叫びの意味も届かない、愛に報いられない存在になってしまっていた。
そんなお母さんが”本当”ではないと、母に恥ずかしくない自分こそが本当なのだと心から信じたからこそ、いのりちゃんは倒れても諦めず立ち上がり、勝利を信じて困難に挑んだ。
そしてその戦いは、母子の愛を蘇らせる奇跡を、確かに掴んだのだ。
そこに名も知れぬ他者の視線が決定的に響いていること含め、非常に優れたエピソードである。
決定的に作品の方向を固めるこの勝負回を、見事な力みと熱量でやりきってくれたことで、この先の話数も何も心配なく見届けられると、僕らに教えてくれた回でもある。
13話分の奇跡で己の力量を証明したアニメスタッフが、新たに挑む二期には期待しかない。
・君のことが大大大大大好きな100人の彼女
ベストエピソード:第23話『失われしツンデレ』感想ツイートまとめ
100カノアニメは二期も大変おもしろく、可愛く、いかれていて元気で、つくづく最高であった。
何かとぶっ飛んだ部分が強調されがち……というか実際メチャクチャぶっ飛んだ超多角的ロマンスではあるのだが、やり過ぎ感満載のオフザケを横においたシリアスへの向き合い方が実は凄くしっかりしていて、丁寧に丁寧にテンションの高さを維持して走りきった構成といい、「バカやりきるには真面目じゃなきゃダメ」つう、世の中の真理を改めて思い知る視聴体験だった。
ここら辺のフルスロットルな元気の良さは、超特大スケールで好き勝手絶頂走り切る第21話とかに大変元気で、ああいう大バカあってこその生真面目であり、極端から極端にギュンギュン走り回る振り幅の強さも、作品の魅力なのだろう。
これにタレだけで丼飯三倍はイケるほど味の濃い彼女が、わんさわんさと群れをなして襲いかかってきて、ハチャメチャながら妙に芯のある異様な体験を浴びることで、脳みそがどっかにぶっ飛んで大変気持ちいいというね……。
んでこの話数をベストに選ぶのは、メインに据えられた唐音がすっごく可愛いかったからだ。
ツンデレの宿痾から開放され、全てを素直に表し受け止めるNew唐音の意外な良さ……てのもあるけど、普段の破天荒からはあんま想像できない、ジメジメ自分に思い悩み他人を羨む暗く湿った部分が、表に引っ張り出されていて良かった。
ファミリー最高のツッコミ担当として、活き活きやれる居場所を手に入れた今は中々表に立たないが、ツンデレの具現だろうと己のあり方には思い悩むし、他人と自分を比べて傷つきもする。
そういう、記号に固めて人間の形にしたようなキャラに確かに流れている、熱くて赤い血潮をしっかり書こうとする姿勢と、これを全身で受け止めるからこそ100人のダーリンでいられる主人公の強さが、大変パワフルなエピソードだった。
Bパート、唐音の悩みや迷いや弱さを全部真正面から受け止めた上で、全肯定よりもっと善くなれる未来を、愛しているからこそ差し出す恋太郎の男前力とか、大変素晴らしい。
ああいう小っ恥ずかしいド級LOVEを、しっかり描くからこそどんだけバカやってもこの話の真ん中には、恋と愛がしっかり突き立てられている。
他の彼女もそうだけど、唐音にも彼女なりの生きづらさがあり、だからこそイカれた屋上の聖域で同じ人を愛した仲間と共に過ごして、ちょっとずつ自分を変え、より善くなっているのだ。
僕は世間でとても生きていけないような、ぶっ壊れ人間どもがなんとかお互いへの愛を支えに、ぶっ壊れたまんま自分らしく生き延びていくお話しが好きで、そういう味わいが一番濃いエピソードだったかなぁ、と思う。
リアリティを無視した大ボケコメディに見えて、親愛なる互助互恵なしでは簡単に道に迷ってしまい、でも愛の命綱でちゃんと生きていけるという、人生の難しさと希望に向き合った話だと感じてんだな。
そこら辺の腰がしっかり落ちた姿勢が、Aパート終わりに花畑に恋人を抱きしめる恋太郎に凄く強く滲んでいて、大変良かった。
なので、三期マジやってください。
動いて喋る山女が見たいです。
・UniteUp! -Uni:Birth
ベストエピソード:第8話『受け止めないと』
ソニーグループ肝いりのアイドルアニメ、二年ぶりの二期。
自分たちがどんな物語であるか、結構手探りな部分があった一期に比べ、ずっしり重たく湿った内省を全面に打ち出し、それで群像劇を掘り下げていく二期の手つきにはある種の開き直りがあり、自分の肌にはよりしっくり来た。
牛嶋監督のセンスが随所に滲む画作りからは、”アイドルアニメ”というジャンルから受け取る印象に相反する手触りが沢山あって、それが作品独自の味わいと、妙なしっくりこなさを同居させてもいた。
一期と同じように……あるいはそれ以上に自分の中、どういうポジションに位置づけるべきか悩みながらの視聴となったが、見終わってみると奇妙に爽やかな納得と、このアニメにしか描ききれない物語を手渡してもらえた心地よさがある。
世間一般(特にメインターゲットになるだろう、女性ファン)にこのアニメがどういう響き方をして、どんくらいの成功を収めているのか、僕は正直知らない。
だから(いつも通り)自分がどう感じたかを唯一の軸に作品を評価することになるのだが、「ウケねーだろうなぁ……」と思う要素が多々ありつつも、「俺達はこういう画角で、男子アイドルアニメをやるんだ!」という思いがこらえきれず溢れてくる繕いきれなさは、大変好きだ。
”ほつれ”にこそ魅力を見出す、アイドルという存在をそのまんま、自分たちの筆に焼き付け叩きつけている感じもある。
メチャクチャ湿った感情がじっとり後を引く様子を、意味深な構図で切り取り積み重ねて奥行きを造っていく手つきは、メインテーマとして貼り付けた”希望と絆”のピカピカ感とどうにもズレていて、しかし重苦しいからこその本気な探求を感じることもあり、どうにも噛み合いきらず貫き通せない難しさは、最後の最後まで残り続けた。
それでも、この作品は自分たちが描くべきだと選んで2クール紡ぎ続けた描き方、切り取り方、繋げ方でやりきって、見事に最後の一歩を未来へ踏み出した。
そんな戦い方が、俺はずっと好きだ。
同じ事務所でユニット同士で勝ち負けを競うことになった二期、「PRTOSTARが勝てる理由を積んでるな……」と感じる場面は幾度かあって、結果そんな予感の通りの展開ともなった。
読みとは重なっても期待以上の深度と精度で、何も持たない白紙の少年達だからこそ掴み取れるものを、丁寧に描いていく筆を積み上げられて、やっぱPRTOSTAR絡みのエピソードが二期ではいっとう好きである。
その中でもこの第8話は、単話としての仕上がりが図抜けて良く、主役になった千紘くんの時に思い詰めるほど生真面目さ(これはこのアニメの子、全員に共通の美質だけど)が深く深く、美しく描き出されていて素晴らしい。
小っ恥ずかしいほどに純粋無垢で、疑いたくなるほどに純情一途。
そういうPRTOSTARらしさを、譲ることなく描ききった結果、結末に描かれたものに納得できている手応えもある。
このエピソードはPRTOSTARが、ユニットバトルに挑むテーマを探り当てる回でもある。
二期は各ユニットがクリエーターとしてどんな難題に挑み、どんなふうに自分たちらしさを見つけるかを一個一個積み上げてくれて、創作者/表現者の物語として見ごたえがあった。
エピソードヒロインである極渋偏屈おじさんは、男性”アイドル”が取っ組み合うメインファン層とは全然重なっていなくて、だからこそ色んな場所、色んな人に響くよう……多彩な難しさに少しでも自分たちの光が届くよう、無垢に祈りながら進んでいるPRTOSTARの足取りを、感じ取ることが出来た。
先輩ユニットがどうしても、積み上げてきた過去との向き合い方に時間を取られる中で、一期でそこら辺の葛藤を既に終えていた優位もあって、ユニットや事務所の外側へと、爽やかに飛び出していける強みも色濃い。
日舞の名家に生まれた千紘くんが、長い長い歴史を踏まえたうえで新たな時代へ挑もうとする土地に共鳴し、キラキラした瞳で手を差し出す様子も、そんな波に乗り切れず寂しそうに取り残されていたおじさんに、あまりに真っ直ぐ向き合って答えを探す姿も、どれも眩しい。
聖地ビジネスも一般化し、地域密着型アニメの数も増えたが、こんだけ変わって生き残ろうとする流れと、それが置き去りにしてしまうものと、その狭間で過去と未来を結び合わせようと足掻く少年の姿を、美しく大真面目に切り取った傑作もそうそうない。
地域創生という現象に、誰よりも真摯に向き合ったアニメとしても、このエピソードは本当に良かった。
・BanG Dream! Ave Mujica
ベストエピソード:第10話『Odi et amo.』
さてはて遅ればせながら、Ave Mujicaの旅路を13話まで見届けて総評を書く。
……難しい。
未だ終わっていない途中であることもそうだし、観客の度肝を抜くことに全力過ぎて端っこのほうがピラピラ畳み掛けてない加減であるとか、ショックを生み出すために作中投げ込んだ爆弾の扱いが適切か否かとか、考えてもなかなか答えが出ないことも多い。
その全部が途中で終わるしかなく、それでもなお明滅する欲望と関係性の只中に己を投げ込んで、未熟なまま突き進むしかない青春を描く物語であったのを納得しつつも、それを八方破れな作風の言い訳にはして欲しくないという、なんとも落ち着きどころを見つけにくい感情が、見終わった今もジリジリ燃えている。
このハンパな答えの出なさ……というより、答えとして出されたものを飲み干して良いのか、心地よくなって良いものか、判然としない収まりの悪さが、作品の中核とたしかに結びついているからこそ、どうにもスパッと作品を両断できない痛痒さ。
この疼痛が、コンテンツ飽和時代にAve Mujicaを忘れされないために処方された毒薬だとすると、まぁまぁ仕事はしてんじゃないかな、と思う。
切実な痛みとままならなさを抱えた、青春の真摯な当事者であると同時に、お客さんを惹きつけ離さない強力な重力源であることを求められる少女たちに必要な、エグ味と衝撃力。
それを背負って露悪で残酷で、純情で未熟なボケナス達がたどり着いた答えは、一度壊したAve Mujicaであることにしかなかった。
その結末に至るまでの描写が適切であったか、足りていたかは……かなり出番がアンバランスな1クールを見渡して、なかなか判断が難しい。
例えば海鈴がオモロな信頼お化けと化し、己の求める願いを引き寄せるべくバリバリ動き出したことで一気に話は転がりだすわけだが、その起点がどこにあったのか、プライドが高い彼女は明瞭に語ることはない。
自分としては第7話での、プロ視点からすれば身内の傷の舐めあいでしかないCRYCHIC卒業ライブにおいて、涙ながら燈が絞り出した”人間になりたいうた”が凍りついた心を動かした……んだと思っているが、確証はない。
こういう事例がこのアニメとにかく多く、大量にバラまかれ積み上げられた描写の奥を想像し、繋ぎ合わせてそれなり以上の納得性で「こういうこと……なんだろうな!?」と飲み干さないと、描かれているモノ(しかもかなり決定的な要素も)を腹に収めるのが難しい。
そうして自分なり前のめり、ノイズをかき分け物語のカタチを探り当てるコストを使わせることで、どんどんAve Mujicaのことを忘れさせなくしていく仕掛けは、楽しいし疲れた。
なにしろ自分であることに一生懸命で(それゆえ結構な人に後ろ足で砂をかけることでしか、自分でいられない不義理も沢山あるのだが)可愛い連中なので、その心の奥やお互いの繋がり方を考えたくはなるのだが、加速した物語が要求する演繹は山ほど多くて、絡み合わせて何かを見つけるのも大変である。
自分はそういう作務が嫌いではないので、ヒーヒー言いながら自分なり見えるものを綴っては来たし、そうして自分なり嘘をつかず全力、見つけた何かを綴る行為は楽しかったが、終わってみるとやはり疲れた。
それはあんだけ生き苦しそうだったあの子たちが、たどり着いた立派なステージが安らかな幸せをあんまり約束してくれなさそうな、美しさの奥に不安を宿すモノだったからかもしれない。
完成しきらず危ういからこそ、今後も力強く律動する物語のエンジンがコンテンツに残るわけだが、僕だってあの子らが苦しむ所が、別に見たいわけじゃあない。
自分を偽れないからこそ答えを探り、安楽な結論に安住できず暴れ走って、ようやく見つけた居場所は極めて人間的に嘘だらけ罪だらけ。
いつか破綻する予感を楽園の守護者たるカミサマにすら感じ取られながら、悩める衆生を魅了する美しい輝きを放ち、星のように明滅している。
”スター”ってのはそういうモノなんだろうけど、華やかであると同時に寂しい結末であり、そのあやふやな危うさとAve Mujicaがどう取っ組み合っていくのか、未来が不安にもなった。
とはいうものの、最終話での”聿日箋秋”を聞き届け、祥子が置き去りにすることにした、涙が流れるほどに切望した”人間”であろうとする等身大を、彼女の優しさに誰よりも救われた燈が詩にして覚えていようと叫んでくれて、そこら辺の寂寥はちょっと収まった感じもある。
”天球(そら)のMúsica”で全てが忘れ去られていく儚さと、その定めが悲しみばかりに満ちていないことを見事に表現したAve Mujicaの、方向を定め真ん中に立つ祥子。
そんな彼女が決意を込めて愛しく道を分かった親友は、その決別にも関わらず自分たちのバンドにはいない祥子のために、カミサマたるオブリビオニスが置いていった人間としての弱さと優しさに、ラブレターを綴る。
それが最終話で描かれたMy Go!!!!!の到達点、最後の一曲としては選ばれず、今目の前にいる観客とともに、迷いながら進んでいく私達をポップに前向きに歌い上げる”焚音打”を選んだこと含め、祥子が置いてけぼりにすることでしか前に進めなかった荷物は、燈が持ってくれているんだなと思えた。
父への愛着と責任感も、失われた母の遺品である人形も、祥子は12話に置き去りにして未来へと進み出す。
自分が苦しみのあまりすがったからこそ、人生かき乱してしまった人たちへの責任を取るべく、傷つかず無敵であるロックンロールの神様になって、全力で突っ走る道を選んだ。
取り戻せないものはたくさんあり、完璧になんてなれない中で、その残骸に埋もれて沈んでいくよりも、振りちぎって進むことを選んだ。
その残酷な身勝手が誰を救うかは第12話と、それを経てドロリスとして開花した第13話のパフォーマンスが雄弁に語っているわけだが、何も取りこぼさず完璧な”いい人”であろうとする無理を、指弾し跳ね除ける結末なのかな、とも思う。
歩道橋の上の燈を勝手に死にかけだと判断し、心の傷に絆創膏を貼るおせっかいを、かつての祥子は果たした。
それは人間に背負いきれない余計な荷物を引き受けることで、後に過酷な運命に押しつぶされていく祥子から振り返れば、甘っちょろい夢でもあったろう。
しかしそうして手を差し伸べ、叫びは詩となりそれをバンドなら奏でられるのだと、信じ一緒に泣いてくれた祥子がいてくれたからこそ、燈はなかなかわかり易い言葉にはなってくれない自分の思いを、新たなバンドとともに世界に向かって叫べた。
そうして叫び、より広い場所へ対峙しようとする強さを祥子が守り引き出してくれた意味を、燈はずっと忘れない。
迷うことに迷わない、青く真っ直ぐな青春アマチュアパンクバンドであるMy Go!!!!! の燈がいてくれることで、祥子はオブリビオニスでありながら、人間になりたかった自分を世界の何処か……一番安心できる居場所に預けれる。
だから、カミサマになって自分の望みと、自分が生み出してしまったものを背負う道も選べたのかなと思うのだ。
そういう風に、真逆に離れてなお誰よりも近く繋がっている関係というものが在り、そこに併存して、それぞれ個別のバンド、かけがえない繋がりもある。
何かと己の思考と感性に溺れてしまいがちな燈に、眼の前の現実を告げて何をするべきか教えてくれる適応能力のアダプターとして、千早愛音が決定的な役割を果たしているように。
そうして燈の”一生”であることで、愛音は他人を便利に使うやり方で手に入れようとした世界の真ん中へ、極めて健全で正しい歩みでもってたどり着くことも出来る。
祥子と燈が向き合い直す決定的な機会を、現実の中で転んでしまう燈の代わりにバトン貰って突っ走る桃色アンカーがいたからこそ、二人はもう一度向き合い直し、大事なものを手渡し合い直し、別れて各々の道を進むことも出来た。
まぁそんな風に、色んなモノが背中合わせ絡み合いながら、各々の道を進んでいる……という物語ではあろう。
さて、その上でこの10話をベストに選ぶのは、モーティスが死ぬからである。
色んな人が未だ続く道の途上、完成され得ぬ未熟に各々のキャラ性を委ねているこの物語の中で、モーティスは自分が奈落に突き落とした睦を救うために身を投げて、死んで帰ってこない。
散々時間を使って描かれた睦のサイコな内面は、ここから一気に鳴りを潜め、睦はその胸の内の複雑な迷宮を教えてはくれない、当たり前に不可知な”人間”になっていく。
その不親切はモーティスの死を受けて確かに変わった睦と、そんな睦を取り戻すために死んだモーティスの尊厳を大事にしてくれているので、かなり好きでもある。
モーティス。
睦が置き去りにした幼さと社会性を引き受け、どんな経緯だろうと生まれ得てしまった一つの命として、極めてわがままで浅はかでやかましく、傷つきやすく身勝手だった女の子。
その必死の震えを家族よりも、自分よりも真摯に受け止められる所まで、長崎そよが強く優しくなっていると教える鏡としても、彼女のことは好きである。
そんな女の子が一番欲しかった睦ちゃんからの”愛してる”は、自分が奈落に落としてしまった(その事で、あれほど望んでいた人格優先権を手に入れた)睦を取り戻すことでしか獲られず、もし帰ってきても死んでるモーティスは、その言葉を受け取れない。
そうと解って身を投げた背後には、家族に与えられた若麦の名前を最後の足がかりに気力を振り絞り、プライドも夢もガタガタにぶっ壊されつつ睦への愛憎に向き合うことにした、にゃむの存在が確かにある。
「己自身を知る」という、最も大切で最も難しい旅にAve Mujicaメンバーで一番最初に深く踏み込んだにゃむは、モーティスが求める愛ではない。
でもそのすれ違いが生み出す摩擦熱は確かに、そよに抱かれて泣きじゃくっていた子どもが、己を捨てて真なる愛を取り戻す決断に火を付けた。
そういう風に、たった一つしか選び取ることが出来ない弱くて小さな私たちが、確かに何かを選ぶ中お互いに影響を及ぼし合い、傷つけ合い奪い合ってなお、死を生に反転させる奇跡だって掴めるのだという夢を、モーティスの死は描く。
それは綺麗で、とても寂しい。
劇的であろうがなかろうが、ご都合主義のそしりを受けようが、俺はあの子に生きていて欲しかった。
成し遂げた奇跡をそよに褒められて、もう一度お家に帰ってきて欲しかった。
しかしその夢は叶わない。
叶わないことこそが、モーティスが奈落に身を投げ、死を生に変えた奇跡の意味を担保するからだ。
ならば祥子が初音のドロドロに濁った思いを受け止め、美しい旋律に縫い留めた”Imprisoned XII”が彼女たちのテーマソングで終わらず、愛するものをこそ傷つけてしまうモーティスと睦と若麦の詩へと広がって奈落に身を投げるあの場面を、俺はずっと覚えている。
この10話は、美しい墓標でありAve Mujica再始動の記念碑なのだ。
あの決断であの子の物語は(この未達なる物語においておそらく唯一)完成し、その死の上に睦の生が花開く。
ここから先、早々簡単には己が何者であるか、何を望み何を欲するか(そんな”人間らしい”機能が存在自体しているのか)を睦は読ませないが、生きている以上そこに軌跡は生まれる。
不器用で凶暴な怪物の中に確かにあった祥子への思いが、モーティスの死以降どう変質しているかも未だ見えない中、Ave Mujicaとしてステージに立つ中で、カミサマへの信心は否応なく試されるだろう。
その明滅にこそ、モーティスの死と生にどのような意味があったのかが証明されるのならば、Ave Mujicaの物語を追う意味は大きくある。
どうかその終末を、無下にはしないでくださいとお祈りしつつ、いつか幕が開くだろう物語の続きを、心待ちにしている。
……多分また疲れんだろうな~~~~。