機械と狸の旅籠には、色あり酒あり涙あり。
グラスの中で氷と踊る琥珀色の夢を、飲み干して去りし人の営みを思う、アポカリプスホテル第5話である。
前回サンドウォームをぶっ殺して喰らい、”死”と”食”のカルマを描いたシニカルSF連作は、今回「触手だったら、ネトネトのゼロ距離接触描いても大丈夫やろ!」で”色”を掘り下げ、「宇宙人だったら、どう考えても児童がウィスキーゴクゴクもイケるやろ!」で”酒”を扱う。
人類の遺産を客として蕩尽するだけだったクソ狸が、末娘を追いかけるように機械が人を擬する営みに参加し、皆で額に汗して海を越え、納得行く逸品を作り上げる、本格酒造一代記であった。
タヌキ星人共があんだけ痛飲して何を忘れたいのか、理由は描かれなかったが、まぁ種族間対立で星ぶっ飛んでるので、トラウマは売るほどあるんだろう。
劣化することも腐敗することもなく、オーナーとの良き思い出を宝石のように保ち続けれるヤチヨの、鉱石的な生命にも、夢は喪わず溜まり、酒だって飲めてちょっとエロティックに体が切り替わる。
触手愛人が待ち疲れた恋と愛と性が、100年をひたすらに酒に注ぎ込める一途な機械に同じように燃えているかは解らないが、しかし確かに、ヤチヨとタヌキたちは力を合わせ、”銀河”の名を冠した新たな酒を…それに付随する文化と夢を、蘇らせ作り出した。
第2話で精一杯応対した緑の客人が、新たな客を連れてきて動き出した、100年計画のおもてなし。
それは時にも色があり、ヤチヨたちがそれを消費するだけでも、待機するだけでもない存在であることを、酒造りの中で教えていく。
古名にaqua vitae…”命の水”と名付けられたウィスキー作りは、たとえ人や触手と同じようには酔えないものだったとしても、永遠をただ待ち続ける健気な機械が、彼女なりの命と夢、変化と可能性に満ちていることを証明する。
畑作りからガッチリやりきる、汗塗れの酒造奮戦記の手応えにも後押しされて、異質ながら確かに尊厳を輝かせる生命としての、ホテリエ・ロボットの顔が見える回だった。
前々回ヤチヨが落とした雷に打たれ、ポン子はクソたれて飯食うだけのお客から従業員となり、生きるための糧を殺して手に入れる生命体の業を学んだ。
そんな末娘に手を引かれるように、タヌキ星人たちは酒の味も解らぬまま飲んだくれる消費者から、丹精込めて全てを手作りする生産者へと、その立場を変えていく。
銀河レベルに測り知れぬ、心に溜まった憂さを黙らせるための祝宴の道具は、額に汗して作り出した苦労を飲み干して色を変え、愛着と前向きな変化を、酩酊に添えてくれるようにもなる。
オーナーの遺品を飲み干して、”銀河”を新たに生み出したヤチヨの時計も少し前に進んだが、それに一家総出で付き合うことで、タヌキ星人たちもちょっと変わったかな、と思う回だった。
まーなにしろ自堕落な本能のままに生きる禽獣知性体なので、何事もなかったかのように次回好き勝手絶頂愚鈍ぶっこいてるかもしれないが。
百年が瞬きの間に過ぎるこのトンチキなワイドスクリーン・バロック、長い時を生きる人間以外が、凄く切ないものを時の流れに学び取って、己の魂に特別な色を付けることは、凄く大事にしている匂いがある。
それを象徴する営みとして、製造時は透明ながら時とともに樽の色合いが映り、様々に混ざり合って滋味を深める、ウィスキー作りは最適だったなぁと、終わってみると思う。
旧人類から継承した資源が尽き、ヤチヨが自力での酒造を決断する前、酒…とそれに狂奔し加熱する性は、ひどく刹那的で退廃の色を帯びている。
時折凄い勢いで狂う(その事で、有機生物が持つカオスに親和性を示している)ホテリエ・ロボットであるが、基本的には冷静沈着品行方正、飲酒もしなければセックスもしない、ヤチヨは清く正しい存在だ。
だが彼女が向かい入れる客は、必ずしもそうではない。
ほんっっと、良い声帯付けたウネウネ生命体でなら、かーなりネチッこい性愛描写をぶっこいても大丈夫だろうという、冷静な計算が映える回だねッ!
触手にも婚礼の規範があり、許されざる恋とネトネトな混ざり合いがある。
マミーが告げるとおり、酒によっての過ちがかけがえない何かを創ることだってあるわけで、重苦しい正気を奪い去ってくれる悪魔の水は、永遠の重たさに耐えられない有機生命体にとっては、時に救いだ。
まぁその結果望まぬ方向に運命が転がりもするんだが、マミーがポン子のことを”かけがえない”と言ってくれてたのは、自分としては結構大事な救いだった。
そらー故郷を追われ種族最後の生き残りとして、ホテル一個しか生き延びてない宇宙の辺境に流れ着いたんなら、家族のことは大事だよなぁ…。
だからこそ、忘れたいことも多かろう。
酒は浮かれはしゃいで全てを忘れる、宴の楽しさを加速してくれる。
道ならぬ触手達の恋にも、そういう非日常なハレの気配があり、酔いから覚めてみれば待っているのは、イラガっぽいケの日々だ。
機械生命体にこういうメリハリは必要ないのかもしれないが、程よく話が分かるヤチヨは特別のコールをぶっこみ、飲まなきゃ(抱かれなきゃ)やってらんないボケカスの憂さ晴らしに付き合ってくれる。
そんな”もてなし”を成し遂げられるのも、人類が残した酒あってのことだったわけだが、それもいつかは尽きる。
それでもなお、銀河楼が「美味しいお酒を出せるホテル」であるためには、もう新たに作るしかない。
というわけで長い長い命の水への一歩を踏み出す時、ヤチヨの中には何百年過ぎ去ろうと消えない夢が、去りし霊長類から受け継いだ思い出が、静かに熱く燃えている。
同じ志を継いだ同輩が鋼の死に倒れても、与えられた使命のため、引き継いだ夢のため、最高級のおもてなしを維持し、あるいは発展させる。
温泉発掘とか新メニューとか、ヤチヨがここまで頑張ってきたことがオーナーの思いを継いだものだと描かれて、ちょっと泣いてしまった。
永遠に耐えうる優秀な機会は、忘れるという機能を積んでないんだなぁ…。
健気で正しくて、呑みたくなるほど寂しいよ。
そんなヤチヨの夢に引っ張られ、また一足先に”従業員”になった末娘にも助けられ、タヌキ共は人のすなる酒造という文化を、ただ座って餌待つだけじゃない労働を、自分の居場所と定めていく。
美しいモンタージュで描かれる、ウィスキー作りの悪戦苦闘には、皆で力を合わせて何かを生み出していく手応えがあり、そうして出来上がった努力の結晶じゃ満足しない、貪欲な夢追いの色があった。
僕は単純なので、こういう感じに汗臭く共同体が形成されていく描写に、とことん弱い。
前回ポン子が世紀末バトルの中、掴み取り繋ぎ合わせたものが、家族レベルに拡大された感じもあって良かった。
環境チェックロボさんも仲間に加え、海越えはるか北海道、待ち望んだ複雑な琥珀色が、100年の年を宿してグラスに瞬く。
それを”銀河”と名付けたのは、もちろん愛すべき我が家を誇ればこそなのだが、空の彼方に去っていった人類と同じ場所に在るのだという、ヤチヨの夢が籠もった名前な気もする。(あ、また泣いちゃう…)
飲むほどにトンチキセクシーに変形することしか出来ないロボットが、揺れる琥珀色の液体を通してみているものは、ともにこの一杯を追い求めた仲間と…あるいは美酒で忘れたい憂さを抱えた客と、同じ景色なのだろう。
素晴らしいロマンティシズムだ。
今回タヌキ星人と力を合わせることで、ヤチヨはオーナーの遺品を飲み干して、新たな…旧人類の世界にはなかった”銀河”を作った。
そこにはエイリアンとロボットの夢が宿り、色も味も新たな可能性に満ちていて、ただ飲み干して酔うだけではない、感慨を喉奥に広げていく文化の味わいが、確かにある。
滅びに追い立てられ、退廃と狂気にいつ沈み込んでもおかしくない銀河楼の連中が、精神を変容させる悪魔の水を前にして、極めて透明度の高い夢をそこに込めたのが、僕には凄く嬉しかった。
宴に騒ぎ一瞬現し世を忘れる道具から、自分たちの汗と祈りを注ぎ込んだ美しい結晶へ、エピソードを通じて”酒”の意味は変わった。(気取った言い方をすると、樽の中でエイジングされたんだと思う)
そうやって、一面的で不変なはずの物質の諸相を塗り直し、新たな価値や可能性…オーナー言うところの”夢”を生み出せることが、文化なるものの大きな力だと思う。
そこに皆でたどり着けたからこそ、シンデレラの魔法が解ける十二時の時計が、その先へと針を進める描写があるのだろう。
手触りのあるなにかを生み出し、誰かが遺した名残を消費するだけでは終わらない、未来への可能性を蒸留していく営為が、トンチキなタヌキとイカれたロボットにも、確かに可能なのだと、今回の酒造奮戦記は描いてくれた。
それは人ならぬ存在を、人ならぬ時の刻みの中描くこのお話が、中核に見据えるヒューマニズムの雫に思えたのだ。
かくして時は巡り、かつて二人で訪ねてきた客が、今度は一人で迷い込む。
時を無駄に溶かした悲しさと、待ち人来ぬ苦しさを、芳醇なウィスキーに溶かして飲み干す、愚かで豊かな人の営み。
100年の苦労をメモリに焼き付けて、ヤチヨがそれを受け止めもてなす仕草には、確かに揺るがぬ実感があった。
微笑みの奥、機械が表に出さぬ”逢いたくて死にそう”な待ち人への、揺れる思い。
それを反射してからり、グラスの中に琥珀が踊る。
その美しくて寂しい姿は、100年を瞬く間に夢見るロボットたちの似姿過ぎて、愛しくも切なく、深く深く酔えた。
愛人触手の発泡性の身体が、どこかカクテルめいた色を宿しているのが、エピソードテーマと見事に共鳴するデザインで、本当に良かったと思う。
有機生命のようにアルコールには酔えないヤチヨは、しかし置き去りにされた女の憂鬱を確かに飲み干し、その苦みと甘さに口づけした。
タヌキ星人との共同作業を経て、そこに刻まれた汗と年輪を背負って、飲めない酒を呑めるようになったのだ。
その変化が愛人触手の心を開き、微笑みの奥に秘めた狂いそうなほどの慕情を、静かに共鳴させる。
そんな哀切と芳醇の後に聞く”カプセル”…あまりにも名曲すぎる。
たっぷり豊かに酔わせてくれる、素晴らしい一杯でした。
次回も楽しみ