堕ちて壊れてその脆さを知り、思いがけず壊れきれない頑なさに、未だ続く地獄を識る。
戦争の道具で青春を突破しようとした少女たちがたどり着いた、一つの結末が描かれる、ジークアクス第7話である。
世界を新たに革命しうるRevolutionなどではなく、失敗しうる謀反を意味するRebellionがサブタイに選ばれているように、今回マチュが企てた犯行計画は軒並み頓挫し、サイド6もジオンも思ったより堅牢な外殻を保ったまま、謎めいて巨大なシステムは運行を続ける。
サラッとコロニー上層部がクランバトル運営に噛んでいた事実なども暴かれ、MSがここではない何処かへ青年たちを導く、自由の騎馬ではないことが改めて明かされる。
かつては話の主軸とも思えたクランバトルはその推進力を失い、それを隠れ蓑にキシリア暗殺を企てた連邦過激派も、そこに夢と友情を預けたマチュとニャアンも、そんなことはもうどうだっていい。
かつて月すら救った謎めいたゼクノバは、くっそ面倒くさい愛憎に挟み込まれた少年が、愁嘆場から逃げ出す一次避難装置のように機能して、コロニーに孔を開けることもない。
別の世界では全てを炎に焼いていたサイコガンダムは、シャリア・ブルとキケロガが操る圧倒的な暴力の前に一瞬で粉砕され、連邦極右主義者は”ティターンズ”と名付けられるほどの、組織的成果を手にいられないままに退場していく。
懐が苦しい戦勝国は内乱の予感に軋んでいるが、かつての敗北を認められない連中のテロルを、暴力的現状変更への狼煙として叩きつけられるほどには弱体ではなく、MSという暴力をインスツール・デバイスによって制御しうる、生殺与奪の権を握った支配者の力は、現実的で巨大だ。
せっかく盗み出した新型主役機も、世界全部をひっくり返してくれる程の異能を発揮はしてくれず、フツーを塗りつぶすキラキラを生む特別な男の子も、女の子たちを顧みぬままに消えていく。
大嫌いだったフツーを軒並み壊され、求めていた友情や居場所の代わりに”ジオン”と書かれた首輪を手に入れて、大きすぎる政治の波が少女たちを飲み込んでいく。
それは先行放送分が終わった第4話以降、だんだんと僕らの目の前に醒めた手触りを示してきた、ジオンが勝った戦後のリアル…その延長線上にすっぽり収まる。
時代に適応できなかった亡霊を薪に、見えない胴元に鎖をかけられながら命を金に変える、クランバトルのロクでもなさ。
衝動に任せて殺しの道具に乗っかり、かといってその本道に染まって魂を血の色に塗りつぶすことも出来ず、きな臭いヤバさが遂に炸裂して捕らえられるマチュ。
逃げて逃げて、虐げられる側から奪う側へと、傷つく側から安らぐ側へと、淡く夢見た果てにまた一人に戻ってしまったニャアン。
シュウジは…底が見えない、ガンダムの妖精のまんま消えたわな。
第4話以降ジワジワ忍び寄ってきた「なんか…思ってたのと違って、結構ヤバいかもな…」という予感が、ようやく炸裂の瞬間にたどり着いた感じはあって、中々に心地良い。
これは前回、あえてバトルを抑えて溜め込んだ「なにかが起こってしまう」という期待感を、それを超キモカッコいい異形変形まみれの新時代MS戦と、遂に本領を発揮したシャリア・ブルの圧倒的な技量…それを刃に辿り着こうとしている、ザビ家壊滅の未来のカタルシスが、脊髄から引っ張り出してくれたものなのだろう。
こっちが想像してた地獄より、冴えて最悪な現実で上回ってくれると、プロの物語を食っているという感じがして良い。
マチュが軍警に踏みにじられる街に憤って、ジークアクスと繋がったことも、可哀想なニャアンとそれでも、確かに響き合う友情で繋がっていたことも、嘘ではないのだと思う。
しかし箱入り娘の浅はかな反逆の夢を、上回り裏切る理不尽と過酷さが世界には詰まっていて、それは視聴者の客観からは結構鮮明だった。
クランバトルのロクでもないきな臭さ、根本的なところで他者を尊重できない主役の性質、あるいはニャアンを孤独な場所へと引っ張り出した”戦争”なるものへの無理解。
でもそんなモノ顧みれる視野の広さがあるなら、ヤバすぎるロケットで何処かに飛び出さなきゃいられない、青春の導火線に火なんかつけようとは思わない。
他人を殺してでも掴みたい、曖昧模糊な(あるいはその当事者だけに鮮明な)キラキラを見れるのは、酷く狭く呪われた視界だけだ。
大人びた冷静さと圧倒的な実力で、(テロルの権限すら連邦極右とは違って)世界を差配する権利を声高に叫んだシャリア・ブルも、やがて来る空位の玉座に誰を据えたいのか考えると、そんな隘路に身を置けばこそ強いのかと思う。
「見たい、掴みたい」と願っただけでは何も叶わず、それを掴み取るためには酷く残酷な実力精査と、不本意な束縛と、心地よい不自由に己を投げなければならない、残酷な世間。
その手触りが、「何もなかった」というには死にすぎ、「何かが起きた」というには壊れなさすぎる、政治的事変未満の闘争から感じ取れた。
同時に政治的アクターの誰も気にしていない、少女たちの小さなリベリオン未遂は、現実がちょっと身動ぎした刃にざっくり切り落とされて、詰め込まれた夢を溢れさせる。
そもそも何かを受け入れるにはあまりに脆い網であったが、それでもマチュやニャアンが見たキレイな夢を、反射するキャンバスだったクランバトル。
そこはそもそもにおいてアウトローや敗残兵が唯一自由でいられる反抗のグランドではなかったし、MSが(第2話に示されたような)兵器の本領を発揮する現場に巻き込まれれば、全てを飲み込まれてしまう脆い足場だ。
シビアで堅牢な、政治と戦争を孕んだ日常は。少女無しで続く。
軍警が取締に本腰を入れ、まさかの未成年実名報道で首輪をつけられたマチュは、もうクランバトルに戻ることが出来ない。
アマテ・ユズリハではなく姓なしのマチュでいて良かった舞踏会場は、本来の薄汚れた血生臭さと政治の気配を取り戻して崩れ、特別でいることを保証してくれるドレスはそもそも、別の誰かも着れるものだった。
それでもオメガサイコミュを起動しうる特別な装置であると、自分の戦いで証明してしまった彼女たちは、戦争と政治の軛をつけられ、軍という大きな装置の中に組み込まれながら、別の名前を名乗るのだろう。
反抗は頓挫し、現実は続く。
それが嫌だから、ここではない何処かに堕ちていきたかったのに。
マチュ自身どうでも良かった、ジオンが君臨すればこその中立とフツーの平和を、大きくかき乱すテロル未遂。
彼女がやったのはアンキーへの裏切り返し(未遂)と、三人での地球逃亡(未遂)と、非合法なMS戦による結果としての殺人(未遂)でしかないが、無縁だったはずの状況はジークアクスという戦争の道具を接続具にして、彼女と政治…大嫌いな大人たちの都合に繋ぎ合わせる。
エグザべくん自身寄る辺ない境遇からすくい上げられた、キシリア様の恩寵に望まずすくい上げられる形で、ニャアンもまた期待のニュータイプとして、思わぬ未来へ放り出される。
シュウジはそんな少女たちの漂流から、離れた場所を彷徨っている。
二人の間を引き裂く、致命的な楔の役割を果たしておきながら、シュウジは何を考えてるか解らぬままの途中退場となった。
シイコを殺した時、譲れぬなにかがたった一つ彼の芯にあることは示されたけども、オメガサイコミュやゼクノバ現象、複雑怪奇なジオン政治と同じく、強大な力を秘めたシステムはさっぱり形が解らぬまま、状況をかき回していく。
彼の不在が何を生み出すのかはさっぱり読めないし、まったく悪い予感しかしないけども、見えないからこそ憧れたものに裏切られた(と、ガキらしく勝手に思い込み傷ついてる)マチュは、シュウジとキラキラ亡き世界をどう生きていくのか。
ニャアンの今後と合わせて、大変興味深い。
一見真の家族めいた雰囲気を出すキシリア周辺が、身内だけを大事にできるからこそのヤバさを秘めていそうなのは、「ソーラレイで地球環境改善!」という、最悪の計画からも透ける。
マチュもガンダムも投げ捨て、すがったシュウジすらも多分どうでも良くて、ひたすらに己を辛く苦しい”ここ”から出してくれる何かを求めていたニャアンに、その承認は毒薬のように良く効くだろう。
もしかしたら、かつてエグザべくんがそうしてもらったように。
となるとシャリアがマチュに何を差し出し、どう使うかって話にもなってくるわけだが…そこは赤いガンダムに置き去りにされた同志、嫌な絆が生まれそうでもある。
どっちにしても、人殺しの道具に青春を預け、ロクでもない殺人賭博に未来を見出したバカどもが、当然の帰結にたどり着いたエピソードではある。
それでもキラキラした何かが確かに見えてしまったから、あの子たちはなりふり構わず突っ走って、足元に開いてたシビアな現実にズッポリハマって、痛い目見てなお物語は続く。
コロニーに穴は開かず、ジオンと連邦が殺し合う戦争に世界が飛び込むこともなく、あるいは世界平和のためにこそ謀略とその道具を必要としている世界は、脱落者を置き去りに進んでいく。
そんな連中に用意されているのは、誰かの利益の薪にされた、クランバトルの亡霊たちと同じ末路だけなのか。
凄惨な折り返しを過ぎて、状況は加速(あるいはロクでもない人間の原始へと、力強く後戻り)していく。
今回いかにも”ガンダム”的に、コロニーに穴が開いて日常がぶっ壊れ、戦争が始まる展開にならなかったことが、不思議で面白いなと思う。
バスクという厄種を引っ張り出してきて、なんもかんもが終わりになる予感(あるいは期待)を煽って、鎧袖一触、「戦勝国はジオンだ」と改めて告げる描写の先には、ギレン派とキシリア派とシャリア・ブルが三つ巴に、覇権国家の舵取りを争う未来が待っている。
静かで悍ましい、生っぽい手触りの戦後政治…パックス・ジオニカ。
ヘボコロニーのアングラ殺し合い未満を飛び出して、その中核に切り込んでいくしか無くなったことで、”ジオンが勝ったからこその戦後(あるいは戦争準備期間)”が見れると思うと、ちょっと興奮もする。
そこに、友達にちゃんと謝ることも出来ぬまま、ギリギリに追い込まれて何もかも奪われ、あるいは望まぬ金の鎖を得た女の子たちが投げ込まれるのは…寂しいもんだね。
あんだけ無くなって欲しかったフツーを奪われ、望んでいたフツーが遠のいて、あの子たちがどう変わっていってしまうのか。
あるいはそんな激浪の中でも、何を変えることが出来ないかは、見届けたいと思う。
…巨大な暴力装置に若きニュータイプたちが飲み込まれるこの展開、結局人の革新とやらに接続できる資格がその概念にあるのか、改めて問う流れではあるか。




かくしてコロニーの日常に破裂しそうなきな臭さを詰め込み、発火直前の情勢化で、色んなモノが破断のフラグを立てる。
穴だらけの逃走計画に身を沈め、相手の気持を確認しないままニャアンを共犯者に選ぶマチュの姿は、とても好意はよせれないエゴに満ちてて生臭い。
「かわいそうな難民にも手を差し伸べてあげる私」というセルフイメージは、ジークアクスに乗って自分ができない殺しもやれるニャアンの実像を叩きつけられてヒビだらけだが、マチュはそれを補修する気もない。
自分がフツーと切り捨てるものが、どれだけ代えがたい価値を持つか。
年と立場相応(より、結構下か?)な想像力の欠如は、ニャアンの私室がどんな場所か考えもしない、冷たさにも繋がっていたのだろう。
そもそもそんなモノを与えられず、サイコガンダムの心臓である己をポジティブに肯定するドゥー・ムラサメの壊れ方と、日常から弾き出されて流れ着いた場所で、ようやく取り戻せると思って既に壊れていた絆を思い知らされた、ニャアンの視線は真逆に見える。
でも戦争に翻弄され犠牲となり…その自覚すら剥奪されて、連邦様が一発かます火種に選ばれた子どもと、故郷を奪われた難民は良く似ていると思う。
その繋がりが見えないし、見ようともしないお嬢様が見るのは、年相応に肥大化した己のエゴだけだ。
…と切り捨てるには、押し流され自分から飛び込んでいった状況がキツいかな、とも思う。
当たり前のはずの平和が、一部社会上層の特権でしかない状況の中で、それを忘れればこそ贅沢に退屈も出来るフツーの外側、渦巻いてる戦争の匂いを凝り固めた、人殺しの道具。
それに出会ってしまったばっかりに、こんな愁嘆場にも身を置くことになったが、そのど真ん中に新たな火種を投げ込み、「地球環境改善装置」とラベルをはろうとしている女の顔は、妙に人情味に溢れて見える。
この世界線のキシリア、人によって色々見え方変わるキャラだと思うけど、自分は「ヒトラーもポルポトも”いい人”だったそうだし…」って感想。




クランバトル初のコロニー内戦闘は、キシリア暗殺のお膳立てでしかなく、サイコガンダムはとっととそのお題目を投げ捨てる。
その裏で仲良しポメラニアンズの欺瞞が発火し、あの時屋上で心を響き合わせたはずの女たちは、お互いを殺しも出来ないハンパさで決別していく。
そんなマチュの代わりとして、怖いのに戦いに身を投げていたニャアンの心も限界に達して、ここではない何処かへの道連れに、シュウジにすがりつく。
果たしてそれが恋なのか、戦争に奪われた平穏と居場所を仮託し、そこで安心するための代用品なのか、判別する手段が僕にはない。
二人共問の刃を投げ合うばっかで、相手の質問に答えてくんないから、何考えてんのか見えきらない部分があんだよなぁ……その不鮮明、かなり嫌いじゃないけどさ。
サイコガンダムが容赦なくメガ粒子砲ぶっ放す中、銃すらまともに撃てないマチュの普通さと、そこに滲む切実な痛みに冷酷を維持できず、顔を歪めてしまうアンキーの対比がエグいな、と思った。
戦争の道具であればこそ安住を得るムラサメの子どもと、待ってましたなはずの平凡の放棄にこんな顔する恵まれたガキ、両方が”ガンダム”に呪われて死んだり、死ぬよりひどい目にあったりする。
そこでもママとは違う温度感で体重を預けられる、かっこいいお姉さんに恋の相談をして、背中を押してもらったと思える/思い込める日々が一瞬あった。
それは薄汚い殺人ギャンブルの皮層、砲撃で崩れる邯鄲の夢だったが、確かにそこに在った。
そして銃と金という、極めて面白くない非キラキラな金庫の奥現実を引っ掴むことで、マチュは手ずからそれをぶっ壊していく。
最初にマチュとシュウジを売ろうとしたアンキーの、現実的で大人な対応が弾いた引き金だとも思うけど、そこら辺詰めて語り合える関係性は、あの屋上では仕上がらなかった。
一方的に運命の共犯者を押し付け、そのクセ自分より下の泥棒猫という視線を隠せないガキには、まぁ土台無理な話だったのかもしれない。
んじゃあ爆炎と決裂の中、否応なく自分が何もできない子どもなのだと思い知らされた後、彼女たちは優しく強い本当の大人になっていけるのか。
いやー…なかなか難しいね。
極限化する状況の中で、ニャアンはガンダムとマチュを捨て、シュウジと何処かへ逃げる未来を選ぶ。
それは難民になるしかなかった彼女が身につけた生存戦略に、極めて忠実な選択肢で、贅沢な日常に包まれつつそれを疎んでいたニャアンと同じ、世界の狭さだなと感じる。
お互い目に見えないなにかに押しつぶされて、否応なく狭くなってしまう視界に一瞬、キラキラな友情を見つけて繋がれたはずの二人が、そもそも抱えていた繋がれなさが、クランバトルという制御された暴力のお題目を投げ捨てる、サイコガンダムの猛威に暴かれていく。
まぁ元々そうだったんだから、そうもなるわなぁ…。
なって欲しくなかったけど!




すがるニャアンの手を振りほどいて、シュウジはゼクノバの彼方へ去っていく。
サイコガンダムぶっ倒すでなし、一緒にキラキラの向こうへ連れて行ってくれるでなし、コロニーに穴開けて日常を終わらせるでなし。
極めてショッボイ青い花火の、穴埋めをするようにサイコガンダムも暴れるが、コロニーごとキシリアの命を役には足らない。
金と後悔が足かせになって。シュウジの消失にマチュは間に合わないし、軍警が照らす強いライトに目をくらまされて、ガキがもぎ取った薄汚い明日へのチケットも、虚しく風に吹かれて行く。
なんもかんもスッキリしない!
シュウジはそもそも何考えてるのか…”考える”という機能があるのかも解んない何かなので、ここでの逃散にどういう意図があるかも読めない。
彼の消滅が深い傷となり、フツーに謝ればフツーに繋がり直せたかもしれない二人を、サイコミュ駆動のぶっ殺し兵器に変えていく痛みを生み出すわけだから、解んないほうが良く機能する…って話かもしれない。
この不鮮明だからこその機能は、ジオン主導で回転する政治とか、その大事な道具たるオメガサイコミュとかにも、影が伸びてんのかなと感じる。
解んないからこそ知りたくなる、ミステリの駆動系を上手く組み込んで、圧縮率を上げて展開してるお話しだよなぁ…。(なお全てがしっかり収まる解答がロジカルに用意されてるとは、尺的にも作り手的にも思ってない)
マチュとの友情がニャアンを繋ぎ止める鎖たり得ないから、彼女はシュウジにすがった。
それが最後に身近にいた誰かに手を伸ばしただけで、シュウジじゃなくても良かったかどうかは、僕には分からない。
ニャアン自身も年相応に全然解ってないと思うけど、だからこそ切実に自分を一人にしてほしくなかった情勢で、シュウジはガンダムとゼクノバを選ぶ。
その離別の裏にどういう、どうしようもない事情や性格があるのか。
マチュを削り出す生臭い刀跡に比べて、やっぱシュウジは判らん。
あの子がシイコぶっ殺してでも欲しかった、ニャアンもマチュも置き去りにしてでも掴みたかった、たった一つが知りたくはあるな…。




主役を全く置き去りにして、一年戦争の悲劇を改めて描き直しかねないキシリア暗殺計画は、灰色の亡霊によって阻止されていく。
平和より自由より正しさより、己が望む狭い世界の渇望だけが真実な思春期戦士たちの思惑は、巨大な政治の装置からすると、一層さらにどうでもいい。
キシリアの騎士としてその本分を鮮明に示したエグゼべくんの、頭上を駆け抜け一人でMAVを演る…というかシャア以外の存在が全部どうでもいいシャリアの、怪物的な技量。
それは自分たちの暴力で世界を動かそうと、コロニーに乗り込んできた勇士を出落ちの愚者に変える。
選んで進化した真のニュータイプ(自称)が、いちいち目視でIフィールドの隙間を確認している間に、キケロガはオールレンジ攻撃の真骨頂を見事に発揮し、宇宙世紀を揺るがす脅威を排除する。
ハンブラビに至っては変形する暇もなく、一瞬で爆発四散されていたが、このやや肩透かしな圧倒が、今のジオンと連邦の差なのかもしれない。
敗戦国の立場から己の意地を吠え、改めて戦争やって情勢を再定義する抗議権限を、血で書き直すほどの実力もなし。
ならば戦後世界の状況は、は連邦VSジオンではなく、ギレンVSキシリア…+αで書かれていくのだろう。
ここで圧倒したことで、シャリアが第三極背負う説得力は出たな~。
ハタから見れば忠義の士、腹を割って見れば獅子身中の虫。
穏やかな態度の奥にザラついた残酷を匂わせていたシャリア・ブルの、力量と心中が鮮明になったのは、大変いいと思う。
今回の活躍でエグザべくんは、謎めいた元上司に納得できる仮面を被せたわけだが、それが嘘だったことは後々、謀略の火が燃えてきた時に解るだろう。
その時彼は、ナイーブに「裏切られた!」と叫ぶのか。
自分のドレスを奪った(と思い込んだ)思春期少女とは、ちょっと違ったオトナなリアクションを期待したいが、さーてどうなるか。
戦争と政治の大きな装置は、歯車になるにしてもある程度の実力を要求してくると、サイコガンダムの残骸が語ってる。




100人死んでも日常は壊れず、コロニーの外壁に穴は開かなかった。
莫大な死が薪となり、何かが大きく変わるカタルシスが全てを奪うよりも残酷な、続いてしまった日常の破綻。
愛したシュウジにではなく、自分を独房に閉じ込める嫌いなオトナにお姫様抱っこされて、嫌いだったフツーを全部奪われたマチュは獄に囚われる。
同じく騎士道物語の色合いを宿しながら、善意100%で伸ばしたギャンの手のひらが、ニャアンをキシリア側にすくい上げる。
こんな都合悪いタイミングで死んでもらっては困ると、嘯くシャリアの暗い瞳には、冷たい本意が滲んで良い。
優しく思える人、ステキに思えること、特別だと感じられる何かが、蓋を開けてみれば制御不能な理不尽に満ちて、何もかもをぶち壊していく。
そうやって奪われて見て始めて、自分が蔑ろにしていたものの価値を知る…ってほど、僕はアマテ・ユズリハがこちらに都合よく賢い主役だとは、あんま思っていないわけだが。
どっちにしても、彼女を柔らかく窒息させていた学校も進路も、口うるさいままも、厳しい政治的現実の中結構な抑圧を敷いて、日常を維持してきたサイド6に取り残されていく。
そこに戻ってくる道があるのか、ないのか。
それよりもキラキラを追いかけきって、宇宙の彼方へ飛び出していくのか。
読めない!
マチュ周辺の退屈な日常(と、彼女が判断するもの)は、僕らが一応親しんだフツーと似通った匂いがして、しかしそれには特別な高値がついている。
出会った友達に偏見なく、敬意をもって接したり。
自分の衝動に巻き込んで便利に使うのではなく、ちゃんとコミュニケーションしながら好意に報いたり。
何もかもをぶっ壊していく衝動を少しは抑えて、バカじゃない未来を立ち止まって探したり。
そんな正しいフツーが、結構高望みだというマチュの転落とも響き合う、危うい平穏…その、ハンパで致命的な崩壊。
主役にとっては一大事だが、一歩引いた政治の距離感で見つめてみると、小さな花火で収まった騒動の先に、お話しは続く。
これまでマチュ個人を包んでいたものは決定的に壊れたが、それはあくまで彼女たちの世界で留まり、世間は穴もあきゃしない。
そんな頓挫したリベリオンの隣で、自分のために戦ってくれた誰かのために震えながら人を殺し、奪われるだけじゃない己を掴んで、赤本と餃子にホコリまみれの夢を見てた女の子の居場所も、消えてしまった。
それがとても寂しく悲しいのも、全く嘘ではないのだ。
何が本当に欲しいのか、見えてんなら世話ない狭い視界の暴走青春特急は、戦争と政治にレールを乗り換えて、まだまだ走る。
途中下車は効かないこの断絶の先、三人が辿り着く場所にキラキラはあるのか。
あったとして、それは呪いの種子ではないのか。
ミステリを残して、夢見がちでシビアな物語は続く。
ありがたすぎて吐き気がするが、見届けさせてもらおうと思う。
次回も楽しみだ。