イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない:第8話『秘密と約束』感想ツイートまとめ

 小夜啼鳥が森に帰っても、思春期症候群は続く。
 マイステューデント編が静かに開幕する、青ブタアニメ大学編第8話である。

 

 大学編も3エピソード目、相変わらず序盤は静かな立ち上がりながら、咲太が #ユメミル の当事者になったり、ミニスカサンタと直接接触したり、ジワジワ核心に近づいている感じはあった。
 とはいえ梓川咲太という人間の”核心”には、高校時代の奇妙な冒険でたどり着いてしまった感じもあり、大学編自体が長い長いアウトロという感覚もある。
 ここら辺の遠さを、どう活かして大学生だからこその話を作っていくかが、青ブタ最終章の大事なポイント…なのかな?

 もう一つの世界から届いた、麻衣さんの危機を知らせる預言に振り回されて色々調査しつつ、小悪魔テイスト漂う教え子との距離が縮まっていく今回。
 思春期症候群を携え、咲太に好意を持ってそうな姫路さんの定番ヒロイン力は大変なことになっているが、しかしそんだけのポテンシャルを持っていようが、桜島麻衣の牙城は崩せない。
 人生の伴侶として一人の女性と出会い、共に困難を乗り越え支え合って前に進むという、成人のスタンダードを咲太はここまでしっかり進んできて、もはや揺らぐことはない。
 それは古き良きギャルゲの構造と雰囲気を借り受けつつ、”ヒロインレース”なるものを成立させてこなかったこの物語の、基本ルールだ

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は”青春ブタ野郎はサンタクロースの夢を見ない”第8話より引用

 他の場面じゃヘラヘラヘラヘラ、どんなタフな問題も軽薄に乗り越えていく姿勢を見せてる咲太も、麻衣さんの生き死にが話題に上がった瞬間にこの顔である。
 そうもならざるを得ない地獄を一度二度…あるいはそれ以上に体験しているからこそ、ブタ野郎に似つかわしくない(あるいは最も似つかわしい)マジ顔を見せるのは、やはり桜島麻衣なのだ。

 マジになったほうがいいヤバさが迫ってくると、ちゃんとヤバい顔するところが、このブタ野郎を僕が愛している、沢山の理由のひとつなんだけども。
 根本的に優しい男である。
 つまり真実タフガイってことだわな。

 

 このタフで優しい在り方は、思春期症候群を撒き散らして厄介事を増やしている、ミニスカサンタにも向いている気がする。
 思わせぶりでこっちを翻弄する態度を引っ剥がしてみると、霧島透子を名乗るサンタは誰にも認識されず、モンブランすら自分では食べれない。
 麻衣さんにどういう危機が迫るかは未だ解んないけど、その中心にいる(と思われる)サンタもまた、自己を透明化する災厄の犠牲であり、誰かが寄り添うべき亡霊…なのではないか。
 窓越しの雪景色は、麻衣さんとの甘々誕生日デート(後に自宅で補填)をほっぽりだしてまで、咲太がその哀れさに寄り添った結果とも取れる。

 まぁエピソードタイトルは”マイステューデント”なので、こっからの攻略対象は姫路さんになると思うんだけども。
 謎めいた思春期症候群の中心として描かれてる存在をヒロインに据えて、ミニスカサンタでも霧島透子でもない彼女自身に向き合った時、何が見えてくるかは気になるところだ。
 というか彼女が自称する”霧島透子”自体が、匿名無名のネットの「空気」に覆われた謎めいた存在であり、その真実は凄く不鮮明だからな…。
 この得体の知れなさを、楽曲と纏う雰囲気の良さで誤魔化し、視聴者にも引っかかりなく飲ませてしまっているのは、面白い演出だと思う。

 

 #ユメミル が誰の思春期症候群なのかとかもひっくるめて、大学編全体を覆う大きめな謎が結構ガッチリ設置されてて、ブタ野郎がそこに巻き込まれた女の子たちに向き合う中で、段々と核心に近づいていってる、その途中。
 今紡がれている物語は、まぁそんな感じの作りなんだとは思う。
 この構造の真ん中にいる(ように現状思う/思わされている)ミニスカサンタの問題さえ解決すれば、不安定な揺らぎに満ちた騒動は終わるのか。
 あと二三枚、ドンデン返しがあってもおかしくはないかなぁ…という状況ではある。
 ちまちま描写があるのに、メインステージに上がってこない美東さんが、どういう仕事を背負ってるか次第…かなぁ?

 ミニスカサンタが霧島透子と=だとすれば、彼女の正体を探り当て、ファーストエピソードを再演するかのように透明な幽霊をただの女の子に戻せれば、騒動は収まり話は終わるだろう。
 しかし誰にでもなりえ誰でもない、正体不明のネットシンガーの多重性・匿名性をトリックにして、ミニスカサンタの更に奥に「本当の霧島透子」がいてもおかしくない構造だとは思う。

 

 これは「咲太の話」としてはランドセルガールでほぼ決着を見ている物語を、わざわざ大学まで引っ張って何を描き切りたいかという、テーマとの向き合い方に関係してくる部分だけども。
 既に優しさを正しく、強く使える男になった咲太が今、かつての自分に似た思春期の迷子たちに手を添えて、抱えた問題を解決してやっていることにどういう意味があるのかを、暴くために霧島透子と彼女が引き起こす騒動があるんだと思う。
 そこで描かれるブタ野郎の肖像画は、高校時代のダイレクトな筆致とは少し違って、鏡合わせの誰かと向き合うからこその遠さと客観性、そういうモノをこそ必要としている、大人へと羽化しかけている存在のスケッチになると思う。
 同時に他人事ばっかり書いてちゃ物語に手応えが欠けるので、段々と思春期症候群は、麻衣さんを的にかけてきているわけだが。

 意味深な言動で自分を翻弄するミニスカサンタに、文句言いつつ向き合い、モンブランを食べさせる咲太の、地に足がついた優しさ。
 それはクラスの空気に馴染まないブタ野郎がずーっと持ってる美質であり、思春期症候群にモミクチャにされる側から、モミクチャにされてる人を助ける側に回っても変わりがない。

 

 前回同窓会で、戯けた仮面を被って「なんちゃって」にした痛みをずーっと覚えているから、自分以外誰にも見つけられない騒動の中心に、糾弾するだけでなく、ちゃんと対峙してやる。
 透明になってしまう辛さと、透明になりたいという願いの切実さは、自分も恋人もかつて引き裂かれた刃だしね…。

 ミニスカサンタに向き合うことで、世界を歪ませる”霧島透子”という謎にも踏み入るし、彼女が狙っている麻衣さんを守る戦いも前に進む。
 お人好しな咲太であるけども、根本的なモチベーションは伴侶である麻衣さんにガッチリ根ざしていて、その偏った肩入れがむしろ、好ましくもある。
 特別な誰かを強く強く思えばこそ、普通の人なら見過ごす痛みに目を向けて、わざわざ身を乗り出して優しく出来る強さが湧いて出ても来る。
 「優しく生きる」という難問にどう向き合っていけば良いのか、ブタ野郎のスケッチを通じて読者にレッスンと祈りを捧げている野心が、僕がこの話好きな理由だったりする。

 

 とはいえ姫路さんをヒロインとする脇道こそが、こっから(多分アニメの最後まで)向き合うでこぼこ道であり、恋の悪戯で周りを振り回す小悪魔っぷりが、なかなかヤバくて怖くもある。
 咲太と麻衣さんを繋ぐ愛は、マジで生きたり死んだりしてきたガチ中のガチなんで、小娘にウィンクされた程度で揺らぐもんじゃないと思うが。
 「私の思春期症候群を、治さないでくださいね」という姫路さんとの約束が、なかなか気になるスタートでもあった。

 

 咲太は青春探偵として、思春期症候群の真実を暴き、騒動を収めていく特権を確かに持っている。
 姫路さんとの約束は、それを縛る面白い鎖だ。

 でも思春期症候群は現象である以上に心象でもあって、自分が何者なのか、世界がどんな形なのか不鮮明な季節の子ども達の、心と深く繋がっている。
 時空間移動や因果超越、読心に透明化と、様々にSF的な事象が引き起こされているように見えて、その駆動原理は極めて心理的なものであり、あるべき心を当事者が見つけることで、自然と治まるものでもある。
 咲太は思春期症候群という現象のエキスパートではなく、一人間としてそれぞれ個別の、異常事態を引き起こす心に向き合って、強く優しく触れ合えるだけだ。

 

 人間としての当たり前を、傷だらけになりながら貫ける男だから、クソボケどもが見もしない思春期症候群と取っ組み合える。
 なら姫路さんの思春期症候群は、(これまでと同じく)咲太が「治す」のではなく、彼女自身が「治る」ものなのだろう。

 同時に自分では出れない檻にハマり込んで、SOSを発しているからこそ、咲太はヒロインと出会い、その心へと踏み込んでいく(そして桜島麻衣という、彼の愛しい故郷に戻る)
 姫路さんともそういう道を進んでいくんじゃねぇかな…って感じであるが、さてどうなるか。

 なまじっか大人となり教師となり、色ボケ学生のアプローチ一発で色んなモノが砕けかねない立場になってしまった今、明らかピンクのオーラを放つ小悪魔が怖いッ!
 純愛ブタ野郎の明日はどっちだ。
 次回も楽しみ!!