光が死んだ夏 第8話を見る。
前回覚悟の一撃に存在の半分を返し、異様な事件に巻き込まれた二人の青年は新たな局面へと進みだした。
今回はそういう、二人だけの世界の外に広がっている(広がっていた)場所がどんな景色なのか、色んな角度から描く話だったように思う。
世間のマトモな間尺からすれば、個人の感情を押し殺して守らなければいけないような公益や倫理、あるいは同じ個人が抱える感情。
土地に宿る秘密に踏み込みつつ、確かに広がっているケガレに襲われつつ、そういうモノと向き合い直す回だった。
田中との接触もあったしな!
”会社”マジクソっぽいが、どうなることやら。
朝子ちゃんの聴覚が半分”あっち”にもっていかれてったり、ケガレに入りこまれた人間が学校で堂々自己斬首キメたり、ゆうたがケガレにイカれさせられた先輩に襲われたり。
自分一人で人食いの怪物を背負おうとして果たせず、その怪物が自分に突き立った覚悟を受けて生き方を変えた一連のやり取りを経て、青年たちは自分たちの外側に広がるものを改めて見つめる。
そこでは思いの外色んなモノがもう壊れていて、自分という存在やそこに絡む土地の因縁を知らなければ、この破綻をせき止めることは出来ない…らしい。
為すべきことも為したいことも為せることも、何もかも不鮮明ではあるけども、運命が二人を選んでしまった以上、何もしなければ色んなモノが壊れていく。
これをちゃんと解っていたからこそ、前回ヨシキは家族に別れを告げ、自分なりダチに包丁ぶっ刺して責任を果たそうとしたわけだが、相違う終わり方は怪物になってしまったヒカルには通じないし、殺されて逃げることも出来なかった。
地道に情報を集め、自分たちの感情と能力、責任に向き合いながら、己を知り世界を知り、未来を選ぶ。
前回二人が共に進むと選んだ道が、険しいからこそ正しいジュブナイルの本道に接続されてきた手応えがあった。
それは安全に悩めるシェルターの外側…恐怖が闊歩するヤバい場所にも繋がっている。
ここで颯爽登場キメて、マジで怯えるただのガキを助けてくれるのが霊感主婦のオバサンなのが、このお話の面白さだなぁ、と思ったりするが。
暮林さんの生活感と正しさの同居は、「オメーがちゃんとしろよ!」と怒鳴るにはあんまりに脆く、あんまりに可哀想なヨシキを導く存在として、凄くちょうどいいラインにあると思う。
かつてヨシキと同じく山から帰ってきた死者と対峙し、正しく在れなかった後悔ゆえにヨシキに近づく、生身の体温。
たった一人では、あまりに一般的な倫理観(どんだけ腹キメても、ヨシキがなかなか離れられない場所)から逸脱した怪物を背負いきれない子どもに、手を差し伸べてくれる大人のありがたみ。
この安心感は、今回思わぬ接触を果たした松浦さんの娘さんとも、明暗反転しつつ繋がっている。
いかにも因習村ホラーの鶏鳴を告げる、イカれて後腐れない犠牲者のように描かれてきた松浦さんだが、彼女の狂気(に見えるもの)は娘の死と繋がっていて、その血縁は当たり前に隣に立ってもいる。
ヨシキが大事にしたいヒカルの存在、光との思い出と同じものが、ヒカルが壊してしまうものにも確かにあって、ホラーと日常はお互いを侵食しながら隣り合っている。
簡単に切り分けられず、だからこそ難しくて、小さな光明もある、僕達の外側の世界。
そこに踏み込むことを決めたから、司書さんの顔も鮮明に見えてくる。
隠微でエモい青春の主役じゃない人でも、確かに生きているし、自分たちと同じものを抱えているし、大事にしなければいけない。
誰かが押し付けてくる”べき”とはちょっとズレた、実感としての他者尊重の手触りと、眼を開けて世界を歩くことにしたヨシキとヒカルは改めて出会っていく。
そんなモンどうでもいいと思えないから、ヨシキは思い詰めたあまり自分と親友を一人で殺そうとしたし、その生き方は貫けなかった。
どんだけ難しくても、二人は生きることと死ぬこと、その只中にいる自分たちとそれ以外の全てに、しっかり目を向け何かを選ばなければいけない場所に、自分たちを進めた。
目を塞ぎ、二人きり終わっていくより、よっぽど厳しい道だと思う。
ここに田中と彼のクライアントがどう絡むか…なんだが。
遂にヨシキと田中が接触したわけだが、”会いたかった”が微かなコミカルを連れてきてくれる出会いは、「キミは僕と似てるよ」と告げた口調の柔らかさと合わせて、どこか救いを宿してホッとした。
あの胡散臭い退魔師が、体張って超常現象と戦ってる様子は既に見ているわけで、田中には田中なり背負うものが確かにあると解っている。
それはヒカルを大事にしたいヨシキの思いを、残酷に引き裂く別のルールで動いている気もするし、寄り添って一緒に解決策を探してくれそうでもある。
ここ全然読めないの、巧い作りだなぁ…。
松浦さんの妹の失踪に、武田”髭面未亡人”一が関わっている描写もあったし、今は大人になってしまったかつての子どもが、ヨシキたちと同じような理不尽に振り回され、その因縁が今でも引きずられている感触がある。
子供らの知らん所で、謎めいた因習をぶん回しているように見える大人もまた、感情と命を持って難しい決断を迫られている、背が伸びただけの子ども…なのかもしれない。
忌堂父の謎めいた死もあるし、やっぱSide武田に踏み込まないとこの話ウラが見えてこない感じもあるが、アニメの範囲でそこまで進むんだろうか…。
チラ見せしてる謎が気になるので、目鼻付くところまではやってほしいね。
前回自分を貫いたヨシキの覚悟に、ヒカルは自分の半分を差し出し、簡単に人が殺せない存在に己を劣化させた。
このことで今まで一発制圧できてたケガレに対処しきれず、オカルティックな危機がグイと間近に迫ってきた感じもあるが…俺はこれ、逆に良かったと思うんだよな。
ヒカルが圧倒的な異能で何もかも解決できてしまうと、例えば暮林さんみたいな外部の協力を引き寄せる必要もなく、閉じた世界で何もかんも制圧出来てしまう。
そうやってケガレを消し、ヨシキだけが大事な生き方をしてても、人の世界で生きることになった怪物の問題は解決しない。
窓を開けて、外側を見て、時に頼り入りこまれながら、自分たちなりどうにか、果たすべき責任と成し遂げたい夢のバランスを取っていく。
そういう人間の当たり前をこっから進んでいくにあたり、ヒカルが「弱く」なったのは悪いことじゃないな、と思った。
いやまぁヤバさをどんどん増し、被害者も増えてるオカルト災害のことを考えると、無敵の怪物でいたほうが安心なのかもしんねぇけどさぁ…。
でもそうやって「強い」ことが、ヨシキが心を預ける人間の倫理がヒカルに真実染みるのを邪魔する殻として機能し、それに覆われて彼らの関係が窒息するなら、外側に風穴開いてたほうが未来もあるかな…と感じる。
多分話の根本に関わるので、最後まで見守んねぇと分かんねぇな、ここら辺…。




というわけで、殺したり死んだりして終わらせるルートが潰れた二人は、自分たちなりに目を開いて世界を見、謎を追うことになる。
それは単純な事実の収集に留まらず、自分たちが解決できるかもしれない事件がどこから来て、誰を傷つけ、何が出来るかを直視する旅でもある。
感情の地固めが落ち着き、話が調査フェイズに入った瞬間、不鮮明で意味深な因習鳴き声を忌堂祖父が上げ始めるの、ちょっと面白かったな…。
「ヒチさん」って何なのホント…そこを探っていくのが、今後の二人の焦点になるんだろうけどさ…。
ヒカルに障られて聴覚半分”あっち”に持ってかれちゃった朝子ちゃんに、崩壊寸前の微笑みで強がるヨシキが、マジで見ていられないわけだが。
目を開けて周りを見回してみたら、どんどん異常事態が拡大してる待ったなしの現状で、ヒカルは命の軽重をなかなか解ってくれないオカルト赤ちゃんのまま。
これを背負ったまま、自身守られ導かれるべき弱った子どもであるヨシキは、誰にも相談できないまま必死に頑張っている。
他人からかけがえないものを奪う意味が、全然響いてくれないヒカルを前に頭を抱える姿も、なかなかに痛ましい。
この辛さには、あまりに異常な状況に巻き込まれ、ヨシキが事情を説明できない孤独が影を落としてる。
それは偏見が濃く残る田舎のクィアとして、親友への愛を押し殺し隠して生きてきた(それをクローゼットの外に出す前に、光に死なれてしまった)ヨシキの、個人的な荷物とどこか繋がっているように思う。
言えない苦しさ、仲間がいない厳しさという接点で、ヨシキを苛む非日常と日常は繋がっている。
否定されるべき異物かもしれないが、確かにそういう存在である日陰者の自認。
それが、一人きり人間の世界に産み落とされてしまったヒカルに、頭抱えながらも見捨てられない足元を、静かに支えているのかもしれない。
だとしたらヨシキは自分が苦しいからこそ、理不尽に己を振り回す嵐の中ですら、目の前で苦しみ助けを求める誰かに手を差し伸べようとしている、とても強い人だ。
じっとり伸びた前髪の一人称に、陰気で内にこもる性格をしっかり演出しつつも、そういう魂の輝きをちゃんと書き続けているのは、このアニメの良いところだなと思う。
そういう本当の強さを持っている子どもだからこそ、一人で抱え込みすぎて極端な決断をしてしまうし、それで深く傷つきもするし、誰かが助けてやって欲しくもなる。
そこから簡単に抜け出しすぎると、ヨシキが戦っているものが軽くなりすぎるので、オカルトで縛りかけてギッチリ重くするってのも解るけどね…。




あんまりにも異常事態が続きすぎて、ヨシキは現実の学校に闖入してきた不審者を、霊的な存在だと思い耳をふさぐ。
しかしその自閉は防衛行動としては適切ではなく、ケガレに憑れた犠牲者は赤い血を撒き散らし、異常者として死んでいく。
ヒカルの受肉に伴い、日常と非日常が崩れた…あるいは既にその境目が怪しい場所を故郷としているヨシキは、非常に危うい境界線の上で、現実と幽世両方を見つめなければいけない。
…改めて厳しいって!
陰気で感じやすい少年が一人で抱え込むにはさぁ!!
首切って果てた犠牲者は、異様な地名に彩られた村落の覆い焼きかも知れず、つまりは改名前の土地から長く受け継がれてきた因習が、現代に溢れた結果のケガレ…つうことだろうか?
ここら辺のバランスを、人間に都合よくコントロールしてきた司祭役が忌堂家…つう話だと、光の死によってそこら辺の記憶と継承があやふやになり、というか交渉相手であるノウヌキ様そのものが死体に入ったのは、なかなか皮肉だ。
おまけに光に成り代わった怪物は、目の前で己の胸の内を語ってくれる被害者の家族に、あまり感じるものがない様子。
古ぼけた家族の肖像画は、「ギャハハ、因習アラームなったぜ~」と消費した老婆の死体に、確かに血が通っていたことを暴く。
こういう感じで見ているものの罪悪感を擦って、フィクションと現実の境目も巧妙に消えていくあたり、巧い物語だなぁ…と思ったりもする。
閉じていた目を開けさせられて、蔑ろに無視しかけたモノの重たさを思い知らされるのは、別にヨシキだけの傷じゃないって話よね。
謎めいた地名と、不気味な地形。
溢れ出したケガレをせき止める、ヒロイックな責務。
ヨシキたちがより深く世界を知ろうと進みだしたことで、物語は二人の内的な冒険から、地域社会全体に視点を拡張しつつある。
なんだけどもそういう謎解きとヒロイズムの快楽の中に、娘の死を契機に壊れてしまった母、それに向き合いきれなかった自分の苦しさが、痛ましい体温でしっかり宿ってもいる。




そういうものが他人の中に宿っていて、生きるの死ぬのは本当に重たいことを、ヨシキは実地で学ばされている。
そういうモノに顔面ぶっ飛ばされ、色んなモノを学ぶのが思春期だとしたら、何があってもヒカルとともにあると赤光の中宣言したヨシキは、まさに青春ど真ん中である。
この赤い風景が、かつて子どもだった…し、今も厄介な父の息子であることから逃げられない、武田さんの過去と繋がってんじゃないかと、僕は疑っている。
光が死んだ時の演出を見ても、この物語において「大人が背負うべき領分/子どもは身を縮めて静かにしているべき場所」は明瞭に区別されている。
今回司書さんの回想の中、障子越しにその真実を知らぬまま通り過ぎていった一大事は、その境目を改めて…時を超えて刻む。
ヨシキたちが身を置いている、否応なく大人と子どもの境目をかき乱さえれるような事件は、エモい話の本筋と無縁なモブにもしっかりあって、大人ぶってる人もみな、誰かの子どもであることから逃げられない。
そういう人間生身の領域に、ヘラヘラ笑って不意打ちをカマしつつ、「お守り」を差し出す田中…お前の生身も、かなり体温あるんじゃねぇの?




ここら辺の削り出しは、ヨシキとの接触を遂に果たした後、警戒しつつ彼を守ろうともしてくれてる感じの田中が、どう動くかで見えてくるだろう。
頑なにサングラスを外さないアイツが本心では何を考え、所属する「会社」 とどういう関係なのか…二つの線がいよいよ交わってしまったこの夜から、いよいよ解ってきそうだ。
なんか生贄とか辞さないヤバ気配が「会社」からは漂ってきてるので、提示連絡サボってる田中の感性が逆にマトモだと、改めて見えてきてんだよな…。
頼むよ~世界のほうがヨシキにキチーから、お前は優しくしてやってくんない?
田中が何考えて上に「問題ないっす」と報告したのか、イマイチ読み見れないのは面白い。
明らかな異常を感じ取ってる…どころか、霊的防衛のために内臓一個捧げているわけで、その感覚はヨシキと直面してさらに強まったと思う。
なのに「会社」に嘘つくのは、個人の裁量でこの事件を片付けたい思惑(なり情なり)があるんじゃないかと、すっかり田中が好きな自分としては思いたくもなる。
それがヨシキやヒカルを助ける方向に行ってくれれば良いんだが、ヘラヘラした態度の奥でかなり苛烈な「正しさ」を持ってそうな気配が、この男からは漂っとるからな…。
正しいか間違いかで言えば、まーヒカルは間違ってる側なんだよなぁ…。
この明暗の境目に立ってる感じは、ヨシキやヒカルを描く筆先にも常に宿っているものだし、田中が胡散臭い目で見られながら必死に守ってもいる集落自体、そういう曖昧さの只中にあり続けている。
何もかもが相生し相克する黒白の螺旋の中、お互いを跳ね除け混ざり合いながら、様相を変えていく。
ここに、忌堂家が背負っていた土地の習俗が親子ともに死んでしまったことで断ち切られ、その旧き影響が彷徨いだしている、時間的境界線の乱れを加えてもいいだろう。
どーも、古い形で継続されてきた地域共同体が、コンビニや電車がある都市性と混ざり合う中で決定的な何かを置き去りにしてしまったという視線が、作品にある気がする…。
この旧きものと新しきものの橋渡しを、地域史に密着した宗教関係者ではなく、胡散臭い「会社」の一員が背負ってるのが、また面白いけど。
この話の神社、オカルト防衛技術や古い知識の集積所としては機能しておらず、祭りという俗界のイベントが行われ盛り上がる場所でしかないの、面白い示唆だなと感じる。
ヒカルたちが身を置いている場所は、まぁそういう空気感と近代性をリアルに刻んでいて、しかし山の中に在る存在はケガレとして、街に染み出してきている。
それと付き合っていくためのノウハウが、世代間で断絶しちゃってるから、今あらためてヨシキ達が探ることにもなってるわけだが。




そういう郷土史再発掘を通じて、ゆっくり自分と世界の距離感を探っていく大事な旅は、ヨシキたちにはあんまご用意されてない感じで。
一瞬にして異界に飲まれたファミレスで、ヒカルはケガレを飲もうとして逆に傷つけられ、ヨシキは混乱の中で赤子のように怯える。
つーかこのビビった表情とか、司書さんを前に言葉を探ってキョドってる様子こそが、ヨシキの「生身」って感じはする。
責任感と愛しさで必死に鎧ってはいるけど、根本的に図々しくは生きれない感受性の高い子が、こんな災難に巻き込まれちまってよぉ…。
暮林さんマジで頼んますよ!!
人間の領域と禁足地を分ける、旧い結界。
それが気づかれぬままに壊れ、異常の真ん中にいる子どもは異変に飲まれていく。
そうして踏み越えたからこそ、生き死にのルールを超えて再開できた存在もいるし、踏み越えているからこそ伝わらず、難しさを抱えたまま共に進むしかない。
そういう悩ましさが、時に真紅の凶暴さで牙を剥いてくることもあると、教える新章第一幕でした。
そういうヤベー状況に踏み込んだガキどもを、気にかけてくる霊能オバサンがいてくれることのありがたさが、改めて浮き彫りになる回でもあったな…。
暮林さんにとっては、ズタズタにされた過去のリベンジマッチなのかもしんねぇけどさ。
古老の話を聞き、地誌を読み、己の所業と向き合う。
ヨシキたちが自分たちの部屋を出て、自分たちを取り囲むモノに踏み込むべく進みだした先に、幸せが待っているのか、絶望に終わるかは解らない。
でも自分たちなり社会への責任や、社会を成り立たせている生き死にの重さや、良くわからない倫理をそれでも知ろうと思える特別な存在と、確かに向き合おうとしている。
どういう結末になるにしても、そうやって自分たちなり頑張ろうとした子どもらの想いは、やっぱ大事だし尊いなと感じる。
そうあることが、一番自分たちらしくあれると思い知ったから、ヨシキ達は正しくあるための知恵や心と取っ組み合いを始めた。
偉いことだ。
そうして踏み出した先には分からないこと、ままならないこと、苦しいことが沢山あって、しかし一人だけで背負わなくてもいい…のかもしれない。
起こっている事象が尋常ではないので、解決への道筋もまた常理を超えたものになるかもしれないけど、「生き死に」つう人間の根幹に踏み込んでいる話だからこそ、すげー普遍的な価値を諦めず、話を進めていってほしい気持ちもある。
めっちゃエモいのであんま注視されてない印象だけど、この話凄く「公平であること」を問いながら進んでいる感じがあって、そこが好きなんだよな。
今回ヨシキたちの視線が外に向いて、共同体の闇にも踏み込んでいきそうですが。
負けるな、頑張れ、次回も楽しみ!