イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

私を喰べたい、ひとでなし:第9話『焼け付いた祈り』感想ツイートまとめ

 二口女が吐き出した波紋が、二人の海を揺らいで乱す。
 溺水と渇死の間で揺れる、希死念慮ガールズラブ…伊藤然一郎のコンテが冴える、わたたべアニメ第9話である。

 

 歪な三角形で落ち着いちゃいそうになった主役に、唐突に降って湧いた下総の刺客。
 千羽あやめがその物語的役割をしっかり果たし、汐莉が無敵のカウンセラー様から痛みと歪みを抱えた一生物へ、ずっしり重たい歩を進めだす回となった。
 これまでの関係性を放置していると、汐莉が人でなしな本性を微笑みで覆い隠したまま、比名子だけが一方的に救われるアンフェアな繋がりで固定されそうだったので、つくづく良い爆弾投げたなぁ…と思った。

 雨降って地固まるというか、傷口抉って患部に触れるというか。
 美胡ちゃん相手に汐莉がブッ込んだ荒療治を、今度は汐莉自身が投げかけられている感じもある。
 ブーブー文句言いつつ、人外の気持ちがわかる同志として…あるいは本音と牙を見せあった友達として、汐莉が世界で唯一本当のことを話せる相手がいてくれるのは、やっぱ良い。
 汐莉の希死念慮にしても、美胡ちゃんのカミサマ芝居にしても、嘘なんだけども存在に深く食い込みすぎて、正しく取り除いたら自分が消えてしまうような、厄介な病根。
 それを汐莉も抱えていて、空気に触れるとひどく痛むこと…人でなしの人間味が、改めて暴かれる回でもあった。

 

 「貴方を食べる」という汐莉の約束は、家族から理不尽に引き剥がされ死にたい気持ちを抱え続けていた比名子にとって、降って湧いた僥倖だった。
 美胡ちゃんがどんだけ光の側から生の希望へ、眩しく輝いても満たせない虚無を、死の約束が満たしてくれたから、比名子は後ろ向きのままちょっとずつ前へ進んでいく、彼女なりの足取りを積み重ねられた。
 しかしあやめが、汐莉当人は絶対に明かそうとしない嘘を暴いた結果、比名子は救済を取り上げられる。
 その喪失は、暗く息苦しいからこそ安らぐ水底が、今まで自分を包囲していた家族亡き荒れ地と同じだと、比名子に感じさせる。

 光と影、湿り気と渇きの対比/融和を、重要な映像言語として描き続けてきた物語。
 今回真実を暴きたてられることで、汐莉は比名子が求める溺水の安らぎを与える側から、生き苦しい陸に引っ張り上げる嘘つきへと立場を変える。
 その変化は真実への到達というより、本当に大事なものを見落とした揺らぎに思えて、しかしその迷妄こそが、悩み苦しむ少女にとっては大切なのだろう。
 それはずっと比名子の傍にあって、しかし「私たちはこれで良いんだ」と見過ごされてきたもので…「そうじゃないよ」と、二口のバケモンが告げたから、改めて目を向けられた傷口だ。

 

 陸でしか生きられないのに、水底を希う人間のなり損ないと、陸の命をただの肉塊としか思えないのに、陸に上がってきてしまった人でなし。
 元々歪に釣り合っていなかった二人が、全然満たされも繋がれもしなかった自分たちを見つめ直すためには、微笑みの仮面を引っ剥がして、本当のことを全部吐き出させるしかない。
 状況がこう転がってみると、あやめとの闘いで悍ましい正体をあらかじめ晒しておいたことが、善き導きとして立ち上がっても来る。
 どうあがいても人非人
 それでも何かを希って血を分け与えた過去が、己の身と魂に刻まれているというのなら、その醜悪も失態も、全部曝け出した上でどこへ進み出したいのか、軒並み切り裂いていく他に道など見えないだろう。

 

 そういうスゲー苦しい闘いに、かつて汐莉が獣身を暴かれた美胡ちゃんがブツクサ文句言いつつ、真逆なところも通じ合うところも嘘なく確認しながら隣り合ってくれてるのは、大変ありがたい。
 顔合わせりゃ憎まれ口なライバルは、クールなエゴイストッ面を維持しつつ、特別な誰かをケア出来る気質がバリバリ滲んでいた汐莉が、ようやく吐き出せた己の全てを、打ち明けてもいいと思える相手なのだ。
 そういう繋がり方がアリなら、嘘つきの人でなしが死にたがりの女の子の友達であっても、多分良いのだ。
 不安定に揺れる物語の中、ほつれかけてる絆とは別の場所に、未来への約束がしっかり刻まれているのは、見ていてとても心地良い。

 汐莉がどういう難しさに引き裂かれて生き、比名子に祈りを手渡したかは次回語られるだろう。
 そうして患部の奥が暴かれて、今までの行いが裏側から照らされた時、本当と嘘、生きることと死ぬことを隔てる壁が、パッと見より捻れて薄いことが、また一つ明かされていくと思う。
 陸にいながら海を希い、水底から岡へと引きずり出された二人の愛を描く物語は、常に境目の上を歩き続けている。
 私と貴方、人間とバケモノ、死にたがりと人でなし。
 それを隔て…つまりは境目を越えて混ぜ合いたいと願う気持ちが、どこから湧き出してくるのかを、怪奇譚と青春譜を混ぜ合わせながら綴っている。

 

 その筆が、結構笑う子だったのに一人陸に取り残され、ずーっとションボリしてる比名子だけでなく、そんな女の子の望む残酷な死神を演じつつ、たった一つの祈りを抱え続けてきた汐莉にも向いたのが、僕には嬉しかった。
 比名子の生きたり死んだりに関わる人たちを、特定の役割に押し込んで固定してしまう、安楽な描き方をしないんだと思えた。

 「かわいそうな犠牲者を救済する、人外スーパーダーリン」という構図に安らぐことは、比名子を無力な存在として閉じ込める以上に、汐莉を無敵のバケモノに押し込める。
 でもそういう揺らぎのない存在なら、生きたいからこそ死にたいと願ってしまう生身の矛盾に、真実寄り添い向き合う事はできないだろう。

 

 愛する人と引き裂かれてなお、生きてしまう無惨さ。
 死にたいと願ってる人を、生の側へと引き寄せてしまう勝手さ。
 そういうどうしようもなさを、人間の薄皮ギリギリ一枚に秘めながら、なんとなくいい感じ風味に落ち着こうとしていた時代は、二口女の暴露で裂けた。
 その破綻から改めて、本当のことが溢れ出してくるのなら、そこから始めなおす以外に道なんてないのだろう。

 そういう爆心地に今、比名子と汐莉が立てて、美胡ちゃんが隣で見守ってる。
 1クールの物語の最後を始めるに当たって、凄く良いセッティングが整ったと思う。
 陸と海が出会う場所に立っていたのは、別に比名子だけじゃなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は”私を喰べたい、ひとでなし”第9話より引用

 というわけで、あやめがかき乱すだけかき乱して去っていった後、生まれてしまった気持ちを、光と闇が出会う場所で叩きつけるシーンである。
 クッキリ別れた明暗の狭間、人間と人外が向き合う構図はこれまでも多用されてきたが、ここに晴天から降雨へと移り変わる時間的変化…そこに覆い焼きされる感情と関係性の変化が重なって、非常に良い陰りが生まれていた。

 今までは汐莉が引っ張ってくれたから、その寄る辺なさを自覚しなくてすんでいた比名子の掌も、行き場を喪って虚空をさまよい、暗く湿ったバケモノの領域へと、意を決して踏み込む。
 理不尽な運命の潮に押し流されて、フラフラ人生を漂ってきた比名子の手を、汐莉はしっかり掴んで、死を約束したからこそ生に向き合う、ひどく歪でそれしか答えじゃない道へ導いてきた。
 その自発性のなさが、水底の暗さを地上に呼び込む曇り空に導かれて、ぐいと間合いを詰める。
 己の傷口…二人が出会っていた過去を薄布とともに暴いて、引っ張られる側から飛び込む側へと立場を変えた比名子が、暗い影へと踏み込んでいく。

 この自発性こそが、比名子が自分の物語を進む上で決定的に重要であり、汐莉が手を引かれなければ進めない弱さをさらけ出す条件なのだろう。
 そこに半ば強引に道を作った、あやめの物語的な仕事はやっぱデカい。

 

 手をこまねいていても汐莉は自分の領域から出てこないし、行き場を喪った掌を掴んでもくれない。
 知ってしまった事実はそういう場所へと比名子を連れてきて…あるいはずっとそこに自分が立っていたことを、改めて突きつける。
 食べて終わらせてくれる約束に感じていた安心に、幸せを祈る輝きが混ざって腐り果てさせるなら、冷たい死神がいてくれることで得ていた幸せも、砕かれて嘘になってしまう。

 そういう危惧(ようやく絞り出されたエゴイズム/生きる力/人でなしからの魂の輸血といっても良い)に突き動かされて、自分の懐に切り込んできた比名子に、汐莉は体重を預けて縋る。
 今まで比名子が、彼女へそうしていたかのように。

 

 ここで支え支えられる関係は鏡像反転し、誰かにすがり手を引かれなきゃ前へ進めない弱さと脆さが、汐莉にもあることが暴かれていくわけだが。
 この傷と祈りを、嘘なく伝える汐莉の真心を真っ直ぐ受け止める強さは、家族を海底に引きずり込まれたまま、時間が止まっている今の比名子にはない。
 その萌芽は美胡ちゃんが根気よく育ててきたが、未だ目覚める日を待っていて、そこにたどり着くためにこの曇天の下、複雑に距離を測っている。

 自分に救いを与えてくれるカミサマが、真逆の呪いを垂れ流す悪魔だった。
 あやめが切開した傷口を抉って広げ、見えてきた真実…の一部が、裏切りとなって比名子の視界を塞ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は”私を喰べたい、ひとでなし”第9話より引用

 降り出した雨に明暗の境が不鮮明になる中で、開示された断絶そのままに、二人が同時にフレームに入るこむことはなくなる。
 ここまで同じ画角に移り、掌と心を繋げてきた二人が印象的だからこそ、ここでの離別は鮮烈に機能する。

 しかし二人の表層を取り繕ってきた、歪なまま安定しかけていた死の救いを引っ剥がしてみると、陰りと湿り気という人魚の属性が、より深く画面に近づいてくる。
 心象と現実は共鳴しながら裏腹で、本当のことは時に主観的な世界の外側にこそある。
 比名子が感じた、渇ききった陸に放り出された衝撃は勿論嘘ではない。
 だがそういう認識の外側(あるいはより深い内側)に、人魚の存在感は既に満ちているのだ。

 

 死を救いと希う比名子を汐莉が裏切って、「生きて幸せになれ」と告げる家族の声を奪っていたと分かる断絶のシーン。
 しかし、その嘘が暴かれるほどに、場面は汐莉を象徴する色合いに染まっていく。
 それは涙ながら、友達になりたかった存在を「人でなし」となじる女の子が、確かに嘘つきなバケモノと通じ合う何かをもっていることを、裏腹に示していると思う。

 嘘の奥に確かに本当があって、死にたい気持ちの奥には確かに生きる理由があって、眩しい綺麗事だけじゃそれを暴けないからこそ、人間の領域を外れた人でなしの恋が、自分を見つける導きになると思えた。
 そんな物語が嘘ではないことを、画面が告げている。

 

 この物語における海は非常に多彩な描かれ方をしていて、豊穣と溺水、美麗と死が同居する、複雑な場所として描かれている。
 これだけ多彩なイマジネーションで象徴的に描かれつつ、実際に海の中に入るシーンが一回もないのも、そういう多彩さの一つだろう。

 そこは比名子の家族が奪われ、彼女の笑顔と時間が壊された現場だからこそ、それを抱えて生きている今の自分が…それと繋がった誰かとの関係が、真実どういうものであるかを見つけるまでは、生身の体で海と出会うことはないのだろう。
 比名子がもう一度海に入る/汐莉が己の領域へと戻っていく行為(自分たちの目で、あるがままの海がどんな色と臭いをしているか確かめる行為)は多分、二人が自分を探しきった末期にたどり着く、青春の結末なのだろう。

 

 なので雨が降ったり空が曇ったり、擬似的に暗さと湿り気という海底の属性を現世に呼び込みつつ、二人の青春は踊る。
 そうやって人とバケモノが近づくほどに、嘘が裂けて本当が溢れ出してくるわけだが、死を救いとして手渡す比名子のカミサマがここで暴かれたのは、渇ききって行き苦しい現世の孤独だ。

 超越的で理性的で、進むべき未来を既に知っていて、そこへと導いてくれる保護者が、実は忌避していた生にすがり、祈り、幸せを希う陸の動物だった。
 そんな裏切りは、比名子の世界から愛しい水底を奪う。
 だがそれに涙する時、比名子はこれまでで一番湿って人魚的だ。
 大変甘やかな、矛盾の描き方だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

画像は”私を喰べたい、ひとでなし”第9話より引用

 あやめがぶっ放した物語的爆弾によって、光と生に満ちた陸地に自分が元々立っていたと暴かれた汐莉は、ひどく頼りない両足で動物園にふらつく。
 生き神様として、人間以上に生きることの愛しさを自分に引き寄せられる美胡ちゃんは、この渇きと震えを自分の側には引き寄せられない。
 (この断絶を、柱や陰影といった静物ではなく、かつての八百歳家を思わせる人間で描くのが、マジキレてる描写で良かった)

 そこにある断絶を嘘なく、率直に暴き立てればこそ見えてくるものが、陸と海の宿敵を隣り合わせ、支えていく。
 身勝手な願いを都合良く叶えてくれない、厄介な他者であるからこそ、解らないまま解っていける、フラついた道のりはなにも、美しい恋だけで舗装されているわけじゃない。
 やっぱ”ある”よなぁみこしお…。

 

 バケモノの本性とカミサマの性根を覆い隠したまんま、人間演じて比名子と一緒に生きようとした嘘を、汐莉は許さず暴いた。
 だからこそ強さを求める妖怪の性を乗り越え、己の牙で人間の赤い血を引きずり出して、隣に立ち続ける証を立てた美胡ちゃんを、汐莉はマジで信頼していると思う。

 比名子相手にはスパダリ人外笑顔を崩さず、冷たく薄暗い影に沈んでいくのを見守っていたのに、美胡ちゃんだけに包み隠さず、自分の過去も本性も吐き出せる。
 どんだけ皮肉を言い合おうが、そういう魂の泥を預けられる相手ってさぁ…もう”マブ”なんじゃねぇのって話なんだけども。
 どうなんでしょうか学会の方々…。

 

 汐莉が割って入らなければ、生と正しさを己の根本とする美胡ちゃんが踏み込めない、暗く湿った汐莉の陰りは暴けなかった。
 美胡ちゃん自身が隠していた獣相に、食い殺したい欲望と、それを噛みちぎってでも共に行きたい切望が、同居していることも伝えられなかった。
 そういう、本当のことが暴かれてしまった爆心地からしか伸びない、本当に深く傷ついたりそれでも生き続けたりする、存在の芽が確かにあることは、既に美胡ちゃん主役で描かれている。
 だから主客を変えて、バケモンの本当を暴けばこそ見えてくる人間性が綴られるのは、前向きで良いことだなと思う。

 「カミサマになれ」と押し付けられた嘘を、全霊賭けてやり抜いてきた美胡ちゃんは、命の尊さを感覚できない汐莉の世界とは、隔たれた場所で生きている。
 しかしその解らなさを取り繕うことなく、率直に告げることで、二人が同じ岸で語り合える繋がりが、改めて確認もされる。
 それは比名子が赤子の姿勢で夢想する、家族が待つ暗い水底に自分を戻してくれる未来より、もうちょい現実的で優しくない現在地だ。
 そこに自分たちが立っていることを、汐莉はふらつきながら確認し、美胡ちゃんは隔たれたまま隣り合う。
 水辺を遠くに映す動物園、明暗が混ざり合うことはないが、その断絶にこそ足場がある。

 

 優しい嘘つきが仮面を引っ剥がされて、その奥にある微かな真実が暴かれる姿。
 美胡ちゃんにしてもあやめにしても、それはこの物語の一番大事な傷として描かれ続けてきた。
 親切な死神の仮面が引っ剥がされて、大事な誰かに生きてほしいと両手を添える当たり前の人間性が、人魚の鱗から滲んできたこの状況。
 比名子にとっての救いだったクールなエゴイズムが、見る影もなく揺らいでいるようでいて、それがどこから溢れていたのかを直視できる、またとないチャンス到来である。
 俺は汐莉が好きなので、そういう場所を見せてくれるのはありがたい。

 ふらつく死にたがりがウロウロ足踏みして、お節介な誰かに触れ合う中止まってた時間を進めて、ちったぁ自分と他人と世界の本当を受け止められる足腰が育ったから、ようやく汐莉の傷に触れれた…とも言えるか。
 そうなるくらい比名子が回復したのは、間違いなく嘘つき人魚のおかげなので、たっぷり迷って傷つけ合って、そういう奇跡をもう一度ちゃんと見つめてほしいな、と思う。
 本当に魂こめてその掌を掴んでくれる誰かが、隣りにいてくれるのって結構基調…てのは、そういう温もりを与えてくれる”当たり前”が、理不尽に奪われた比名子が、一番良く知っとるわな。

 

 「ならそういう奇跡の価値を思い出して、汐莉の傷口に手を伸ばし返してやれよ!」って、上から正しくがなり立てる気力は、あの子らが好きな俺には当然無い。
 前の前にすでにある奇跡に目が行かなかったり、積み重ねた嘘で本当が見えなくなったり。

 愚かで間違ってるけど、そういう風にしか生きられないってんなら、それが人間の本当なのだろう。
 だからそういうものがそれぞれの陰りと輝きを宿して、複雑に純粋に隣り合う場所と時間を、丁寧にすくい上げようとするこのお話が、俺は好きなのだ。

 

 迷ってばかりのあの子たちが、自分たちの本当へと立ち戻れる兆しは、既に画面に豊かに満ちている。
 それを吸い込みつつ安心しつつ、刻まれていく彼女たちの足跡を見守る。
 とても豊かで、ありがたい体験だ。
 次回も、とても楽しみです。