敵は七人、全てが”百超え”の怪物たち。
幻想の修羅界に若き魂を試す、羅小黒戦記Web再編集日本語版・最終回である。
良かった…というより、凄まじかった。
ほぼ全編圧倒的な作画力が迸るハード仙侠アクションの極みであり、このシリーズがあえて遠ざけてきた生き死にの切迫感が、人知を超えた高速の殺し合いに鮮烈に映える。
ここまで12話、平和で穏やかな日々を描いてきたからこそ、ゲームの中とは言えそれが奪われ守れない辛さ、あの可愛いシャオヘイが獣相の修羅に変じていく苦しさが、強烈な圧力を持って迫る。
そしてその熱を浴びたからこそ、遂にムゲンが顔を見せ、シャオヘイに道を示すありがたみが染みる。
映画版で暴れていた人間と妖精の張り詰めた政治的状況も、異能を駆使して強敵に立ち向かう切迫感も、あえて遠ざけて進んできた物語。
それがこれまで異常の苛烈さと激しさで、ずっと見たかったはずのハードなアクションを届けた時、感じたのは興奮と同じ以上の悲しさだった。
力を失い、可愛いネコチャンとしてシャオバイに出会い、人の形と言葉を取り戻した後も、夏休みをのんびり過ごしていた(といい切るには、結構な偉業をちゃんと成し遂げていたわけだが)シャオヘイ。
10歳の子供でしかないあの子が本気になった時、どれだけ殺しの才能を発揮し、嘘っぱちのゲームですら戦う覚悟のないただの人間を、その殺気で飲み込むのか。
凄腕の凶手としての自分こそ、執行人になる資格…ムゲンとずっと一緒にいる資格がある自分だと思っていたシャオヘイの、朗らかな態度に隠した鉄臭い地金が、最終回に鮮烈だった。
ここまで12話積み上げてきた温かな手触りも、今回牙を向いた苛烈な顔も、両方”羅小黒戦記”なのだと思う。
これだけ殺せる少年が、生き死にが嘘っぱちで終わってくれるゲームでもなお、命を弄ばず獣に堕ちず、人であることを探りながら”遊んで”いた意味。
そうして闘いの現場以外、人間とともにある場所に身を置いたからこそ見えたものは、ムゲン(と制作者たち)がこの物語を通じて愛弟子に感じ取ってほしかったもの、そのものなのだろう。
あれだけ勉強を嫌っていたシャオヘイが、精根尽き果てて魂の奥底まで探られるような死闘の果て、心の底から望んだのが「シャオバイといっしょに勉強」なのが、強いメッセージとして刺さった。
ムゲンが微笑みながらそう望み、泣きじゃくるシャオヘイを抱きしめたように、子供が子供のまま学び、笑い、本当に大事だと思えるものと共に過ごしていく日々が、どんな暖かさを持っているか。
それはここまでの12話たっぷりと積み上げられてきた、大きな宝物だ。
その温もりを知っているからこそ、今回人知を超えた迫力で展開される殺し合いに、底冷えするような怖さと寂しさを感じもしたのだろう。
それは詠唱や力みといった”タメ”を一切挟まず、卓越した描写力で無言のうちに全てを描ききらんとする、羅小黒戦記特有の描線によって、よりクリアに描かれてもいる。
今回闘いの中、シャオヘイはほぼ喋らない。
それが熟練の戦士としての迫力を生み出してもいて、あるいは良く笑う今までのシャオヘイからかけ離れていて、なんとも寂しくなるわけだが。
一時が万事そんな感じで、このアニメは高度に練り上げられた仕草や構図、表情や吐息によって、濃厚に圧縮された情報をこちらに手渡してくる。
その高速で洗練された情報伝達が、独自のテンポ感を生み出し魅力ともなっている。
このようにして羅小黒戦記を”浴びた”三ヶ月、意識しないうちにシャオヘイは一人の少年として自分の中で生きていて、明るい笑顔の奥に宿っている苦しみや決意も、気づけば感じられるようになっていた気がする。
無論映画二作が生み出す補助線も大きいのだが、あの子がただノンキに笑っていたわけじゃないのは、どんだけ能力を付与されても結局平凡な子供でしかない…だからこそ守るべき価値がある、シャオバイちゃんとの対比以前に、しっかり感じ取れるものだった。
その答え合わせを、総力を振り絞らなければ生き残ることすら出来ない、”百超え”七人との死闘が照らす。
「なるほど、これを描くための”衆生の門”か…」と唸った。
今回のバトルはそれを駆動させているシステムに精通し、45レベルプレイヤーが知りもしないデバフを多重にかけ、慎重に戦いに挑む熟練者が相手だ。
「雑魚相手にやりすぎだ」という揶揄を気にせず、取れるだけの手筋できっちり詰めてくる、人間サイズの戦略兵器たちを相手取って、シャオヘイは半歩違えば勝ちを拾う所まで行く。
レベルアップ阻害がなければ、ログアウトできていれば…あるいは、文字が読めていれば。
様々な「たら・れば」が浮かんでくるほど、シャオヘイは”衆生の門”を知悉した強敵相手に、孤独な死闘を戦い抜き、しかしギリギリで力及ばず斃れる。
その敗北は、勝ってクエエストを達成し執行人になるより、もっと豊かなものをシャオヘイに教える。
そういう最終回だったのは、とても豊かで実りがあったなぁと感じた。
…まぁ映画三作目がやるのだと、ある程度今後が見えているから飲み込めてる部分はあるけども。
そして語らず描かれたもので伝えようとするこのお話の流儀を敷衍して、今回の”百超え”戦を見てみると、いつか来るかもしれない現実の戦争が覆い焼きされているような気がしている。
爆炎の矢、超絶の剣技でシャオヘイを追い詰める”百超え”たちは、兵器で武装し数を托む人間のやり方を、ゲームの中で戯画化した姿のようにも思えた。
映画二作目冒頭に描かれていたような、
仙道に匹敵する科学技術の力を借りれば、今回シャオヘイが立ち向かった以上の死闘が、彼の前に晒されるだろう。
そしてトップランカーが仕掛けてきた、文盲のシャオヘイが知るはずもない様々なシステムハックは、政治や経済といった「人間の力」を動員し、単独での力に勝る妖精を追い詰めるだろう、あり得るかもしれない未来に重なって見えた。
この闘いを終えてシャオヘイが”教育”を求めたことこそ、そうやって動員される得体が知れず、だからこそ強力な力に対抗しうる強さは、直接敵を殺せる能力ではなく、世界を見つめ仲間を増やす力にこそ宿るのだと、作品に語りかけられたような気がした。
戦士として卓越した力を誇るシャオヘイは、大きな力によって仲間を先んじて殺され、外部との通信を遮断される。
文字も読めず、世界を動かす大きなシステムへの理解も足りていないシャオヘイは、目隠しをしたまま怪物と闘い、単騎に備えた暴力のみで善戦する。
しかし、それだけでは勝ち切ることは出来ない。
レベル16で”百超え”三人を圧倒するムゲンが、一見デウス・エキス・マキナのように死闘を奪ってハッピーエンドにつなげていくのは、これまで培った絆と優しさこそが、シャオヘイを救ってくれたように思えて、僕にはありがたかった。
連帯を断ち切られてシャオヘイは窮地に追い込まれ、優しく強い(明らかに強すぎる)師匠の手助けで、死闘から学び取ったものを現実に持ち帰ることが出来る。
そんな話運びの中には、ゲームの中だからこそ描けた戦士(あるいは凶手)としてのシャオヘイの今と、あり得るかもしれない複数の未来が、鮮烈に展開されていたように思う。
そういう納得と発見のある最終回は、一見真逆に思える穏やかな12話あってこそ成立するわけで、平和と死闘を12:1で配分する、クールアニメとしての勝負の仕掛け方含めて、話を締めくくるに相応しいエピソードだったと思う。
あと「マジの超絶アクションやりきりてぇ…人間の領域を遥かに超えたバトル描きてぇ…」って”欲”が、アツく燃えてもいたね…。




というわけで、数を托んでナメてかかってくる相手を餌にレベルアップ連発、楽勝ムードが漂ったあたりで規格外の怪物どもが押し寄せてきて、シャオヘイの仲間はあっという間に”死ぬ”。
”衆生の門”は何しろゲームなので、それは取り返しが付く嘘っぱちなのだが、フーシーとの悲しい闘いと別れが魂に刻まれた少年からしたら、眼の前で大事な人が殺される体験は、自分の中の獣を解き放つのに十分だ。
シャオバイちゃんが効かないファイアボール打つ時、泣いてるのほんと耐えられないんだよな…こんな子も戦の申し子も、ガキ殺し合いの現場に引っ張ってきちゃダメだよ!
「狼に包囲される→牙が届かないので大人しく帰る→ワープで敵のど真ん中に転移する→数が脅威にならないくらいこっちが強い」と、ピンチと安心を繰り返して進んできた終盤戦。
ここで”百超え”七人同時襲撃の、リセットが効かないヤバさが凄い作画で襲いかかり、あっという間に三人殺す急展開を持ってくることで、幕引きに相応しいヒリつきが生まれてもいた。
今まで大災害に見舞われたり、ヤバい妖精集団に付け狙われたりする窮地も、深い情と理知的な対話でなんとかなってきた物語が、殺さなきゃ強くならない修羅界に舞台を変え、そこに適応しきった生粋の殺戮者を相手取る。
今まで通りの幸せな逃げ道を塞ぐように、凄いスピードで仲間が死に、シャオヘイは人の形を投げ捨てて一匹の黒猫へ…闇に潜み木々を飛び越えて、相手の不意を打つ生粋の暗殺者へと、自分を戻していく。
ここの絶叫にシャオヘイが何を思ったか、あえて内面のモノローグを入れこまんないのが羅小黒戦記の筆致であるが、花澤香菜一世一代の名演によって、彼を突き動かすものは鮮明に伝わる。
四年前脳裏に刻まれた痛みと、ここまで共に紡いできた安らぎが入り混じって、優しく可愛い少年を戦の化身へと変化させていく。
それはカッコよくて興奮して、凄く悲しい。
闘いとは、多分いつでもそういう匂いのする行為なのだろう。




パラメーターを戦闘に全振りしてるシャオヘイは、知恵を担当してくれる仲間から切り離されると相当に脆い。
結果として”百超え”は最善手を打ったわけだが、LV45相手に過剰な慎重さ、山盛り積み上げたデバフも含めて、そういうお膳立てが一個でもかけていたら、シャオヘイが皆殺しにして終わっていた公算は高いだろう。
見ていることしか許されない三人がいる現実と、超常の力がぶつかり合う戦場のスピードは、そこに漂う殺気を反映してズレる。
後腐れのないゲームだからこそ、爽やかに振るわれる本物の殺意を前に、シャオヘイは現実では禁じられた殺戮を研ぎ澄まさせていく。
序盤雑魚クラン相手取ってたときは、殺さず戦う余力があったわけだが、仲間殺されて”百超え”相手取る極限の中で、そんな優しさは剥がれ落ちていく。
殺しても蘇る異常な相手を、それでも殺し切る絶技を振り回す時、否応なくシャオヘイが「殺す側」に立つのが、なんともやるせなかった。
…この風景が痛ましいほど、現代科学の粋を集めた衛星レーザー照射すらしのぎきり、不殺で戦争一歩手前の状況を制圧しきったムゲンの凄まじさが、より際立つわけだが。
逆に言えば圧倒的世界最強にまで上り詰めなければ、殺さず王道を突き進む険しい歩みを、己の矜持と貫くことは難しいのだろう。




シャオヘイの空間制御と金属制御が、多彩な”殺し”を生み出すアクションの冴えが、無言のうちに彼の才能を語っていて凄まじい。
怪物相手の一対七、過剰なほどに対策を積んで挑んだハンディキャップマッチにおいて、シャオヘイは現実での実力をフル活用し…というか今まで見たことがない執念と殺意を剥き出しに、色んな殺し方をする。
腕が飛ばされようが、どれだけ不利な状況だろうが、身体を引きずって相手を殺し、自分が生き残るというドス黒い意志。
それに気圧されて、命を選択する重責に押しつぶされて、トッププレイヤーたちの魂が冷や汗をかく。
それを見るほどに、一切瞬きをしないまま最速で最適を選び続けるシャオヘイが、殺し合いにどれだけの才能を持っているのかが解ってくる。
…悲しすぎるので、ゲームでマジ良かった。
相手の治療を横取りし、蘇る死体を幾度も殴りつけ、一瞬も気を緩めることなく殺し合いに身を投げるシャオヘイの、肉食獣めいた集中力。
鍛え上げた武芸を何に使うのか、四年間の修業に勤しんだ成果が溢れ出しているとも言えるが、それがただ生きるか死ぬかを競う修羅の巷で燃えているのが、やはり悲しい。
そこに正義はなく、ひたすらに殺し合いを続けるゲームだ。
そういう場所でも、リセットが効く遊びを超えた凄みが求められ、普通の人間は生死の決断に迷い、震え、必死に勇気を絞り出して怪物に挑む。
シャオヘイには、そういう迷いやタメがない。
多分、そういうモノを見せたヤツから死んでいく場所の空気を、よく知っているからだ。




猫科の肉食獣のごとく、縦長の瞳孔が緑色に輝く修羅の顔をして、シャオヘイは精根尽き果ててなお相手を殺そうと、泥を蹴って立ち上がろうとする。
その殺戮マシーンのような自動的行動が、痛ましくてみてられないところで…来たぜ宇宙最強の保護者がよぉ!!
ゲームの中でも超絶インチキブチかまし、絶体絶命のピンチを颯爽と救ってくれるチートっぷりにもはや惚れ惚れするが、ムゲンの背中が見えた瞬間、シャオヘイが猫の瞳から子供の顔に戻るのが、とても良かった。
師匠は殺しの技芸や内なる修羅より、こういう強さをシャオヘイに手渡してくれる。
ここでシャオヘイを負けさせ、任務に失敗させたのなかなか凄い話運びだと思うけど、今まで緩い物語をまとめ上げ牽引する”答え”と示されてきたそれを手放すことで、一番大事なものが鮮明にもなってた。
まだ10才、学ぶべきものもやり直すチャンスも、負けたからこそ掴み取れるものも沢山ある。
そういうものをこそ受け取ってほしくて、ムゲンは自分の懐の中から愛弟子を巣立たせ、過酷な試練を課した。
そして師匠だ~い好きなシャオヘイはそれによく答え、傷ついても優しい人出会い助けられ、猫の姿のまま傷を癒やし、新たな冒険に飛び出していった。
そういう逞しさが、善き人には宿る…宿ってほしいと、物語は語る。




今、何がしたいのか。
13話の物語が主人公に生み出したものを問われて、シャオヘイの心に波紋が広がる。
そこで「友達と一緒に勉強したい」という答えが湧き上がってくることに、最強の執行人は心から微笑み、泣きじゃくる愛弟子の頭を撫でる。
13話、作中別格の存在感を誇る人気キャラをあえて舞台裏に抑え込み、最後の最後で最高の仕事を果たさせるロングスパンのメリハリが、長かった物語を最高の形で終わらせていく。
良いよな~本当に良い。
「怪物めいた力を持つガキを、未熟なガキのまま守れる強さが一番偉ぇんだ!」には、もう頷くしかないよ師匠…。
シャオヘイの一番柔らかい部分がどうしてもでちゃう、師匠との再開が三人から隠されつつ、帰って来るのを暖かく待っているのも好きだ。
秘密はあっていいけど、嘘はやめよう。
そういう繋がり方をしていた仲間だからこそ、全部を白日のもとに晒す凶暴さではなく、あえて影の中に一番大事なものを抱えることを許す、靭やかな絆が育めるのだと思う。
友達の前では…つうかどういう時でも基本、シャオヘイは「執行人になりうる立派な僕」でいたいと思っている子だから、泣いちゃう所を仲間に覗き見されるのは、あんまりに可哀想だ。
そういう所まで気持ちが回るムゲンが、世界最強でいてくれてマジで良かったと思う。
あるいはシャオヘイとの出会いによってそういう柔らかな優しさはより強くなり、四年前ムゲンと出会ったことで、凶暴な牙を生まれつき備えたシャオヘイは、優しくなるやり方を学んでいったのだろう。
映画一作目が旅路の中、何も知らぬシャオヘイがムゲンの助けと導きで世界を広げる(ことで、ムゲンの世界も広がっていく)話だったのを、負けて失敗しだからこそ最高の答えがわかった今回の話運びは、見事に再話していたと感じた。
強くなければ、勝ち続けなければ、大事な人の隣りにいる資格がない。
いつしかそんな考えに縛られつつあった少年を、新たに解き放つための13話だったなぁ…。
最後の決定打は急に空から降ってきた師匠がキメたけども、洒落にならない生き死にの際をゲームとして体験できる”衆生の門”があって、そこで一緒に遊べる仲間と日々を過ごして、色んなモノを見つめたからこそ、今回シャオヘイの世界が広がったと思う。
その馥郁たる味わいは、死闘と縁遠いところに物語の中心を置き、この最終話であえて全力、死闘に立ち戻った話運び故に成立している。
まーこれが現実に三人死ぬハードコアな展開だと、獣に堕ちて戻ってこれてない感じもあるので、ゲーム設定はマジ上手いことやったな、と思うわけだが。
作中一回もリアルな人死でてないのに、こんだけ生き死にが重いのは本当に凄い。
かくして大事なものを敗地に学び取って、シャオヘイの日々は続く。
それがどんなモノになるのか、見届けるにはまだ時間がかかるだろうけども、今回たどり着いた答えの眩しさ、それを導く様々な出会いが、シャオヘイの困難な旅を前向きに見据える姿勢を、僕の中に整えてくれている。
頑張れ、シャオヘイ。
負けるな、シャオヘイ。
そういう気持ちで一旦の幕引きを見届けられる、前のめりな熱を僕の中に宿してくれたのは、とてもありがたい体験でした。
それはこの最終回の卓越した仕上がりがもちろん大きいんだけど、今までの緩くて優しいお話が、それと同じくらいに大事で。
”衆生の門”で展開される迫真の嘘に飛び込むことで、今まで12話積み重ねてきた幸せが奪われ、砕かれてしまう怖さと、そうされた時シャオヘイがどれだけの”殺し”をやってのけるのか、慄きと納得が両立する描画が成立する。
もし取り返しのつかない悲劇が、この仮想を飛び越えて現実で起きた時、シャオヘイはどこまで行ってしまうのか。
そういう危うさをしっかり示したうえで、それを超えていける希望と可能性、それを生み出す社会と大人の責務を、最後にしっかり示してくれた。
そういう歯止めがあればこそ、まんまる笑顔で田舎を走り回り、最新鋭VRに興じる楽しい時間が、子供達に手渡せている。
そういう風景が、13話見届けたあと豊かに広がるのって、やっぱ凄いことだと思います。
羅小黒戦記、大変素晴らしいアニメでした。
妖精が実在し不思議な力が宿る世界で、ひどくちっぽけでありふれた出会いがどれだけ、子供達の世界を広げていくのか。
沢山の平和と、一つまみの死闘を絶妙なバランスで混ぜ合わせ、けして甘いだけではなく、哀しみだけが広がっているわけではない世界を、豊かに削り出してくれました。
あんだけ毛色違うように思えたWeb版が、設定面だけでなくテーマ性においても、ガチシリアスな劇場版と保管し合う形に収まったの、本当に凄いと思う。
表現面では縦横無尽にジャンルや舞台、テーマ性や雰囲気を切り替えながら、毎話バラエティ豊かに話が転がっていく展開を楽しませてもらいました。
基本ユルく可愛い筆致なんですが、時折妖精と人間が隣り合う世界の厳しさとか、生死が流転する不可思議だとかを、しっかり混ぜ込んで複雑な陰影を生み出してもいた。
この陰りが確かにあったからこそ、最終決戦でシャオヘイが見せた獣の顔に、衝撃と哀しみがしっかり宿ったのだと思う。
最終一話で一気に〆る緩急の付け方といい、日本のアニメでは感じることが出来ない独特の呼吸と魅力を堪能させてもらって、たいへんよかったです。
最新鋭のサイキックバトルとして見ると、力を発するのにタメやら詠唱やらがないスピード感、いちいち説明せず描いて駆け抜ける疾走感が、卓越した表現力に支えられ新鮮かつ鮮烈でした。
アイデア満載のアクションの作り方といい、大変刺激的な表現をたっぷり味わうことが出来て、体内のほんわか袋以外にも色んな臓物が、豊かに満たされた感じです。
そういう”動”の魅力だけでなく、可愛らしい日常や雄大な自然、不思議な仙境などなど、落ち着いた”静”の面白さもたっぷり描いてくれて、本当に豊かな視聴体験でした。
たいへん面白かったです
ここに続く物語を心待ちにしつつ、今はお疲れ様を。
本当にありがとう!