心の水底に折り重なった、黒いマリンスノーの塊を、もし心と呼ぶのならば。
13話にわたり流れてきた三人の関係が行き着く先を、温泉郷の幸せな休日に削り出す、わたたべアニメ最終話である。
汐莉と比名子魂のぶつかり合いとしては前回で決着を迎え、あるがままの心をお互い晒したゆえに、極めて歪な繋がりに落着した彼女たちの”今”を、美胡ちゃん込みで描くエピローグとなった。
死にたい気持ちは消えないし、人でなしは人間なるものが解んないままだし、嘘が明かされても新たな嘘で塗り固められるし、それでも確かに何かが繋がっている。
世間様からすりゃ正しくはない…しかしこうなるしかなかった、彼女たちの結末。
それが三人の新たなスタートラインであるという、隠微で確かな予兆を最後に漂わせたのも含めて、大変良い最終回でした。
人の心が解らないからこそ、現世に置き去りにされた孤児が望む終わりを手渡せるはずだったバケモノは、かつて自分の魂を決定的に変えてしまった光に惹かれて、人の領域に上がってしまった。
本当は「私を食べたくない人でなし」だった汐莉が、「私を食べて欲しい人」たる比名子によって、その存在全部を”食べ”られていた事実が、今回極めて切なく綴られていく。
捕食者と生贄、守るものと守られるものの関係性は、人魚の秘めたる心情が暴かれて逆転し、手弱女が隠していた怪物性と幼さが、物語の終わりに鮮烈だ
”私を喰べたい人でなし”とは、一体誰だったのか。
人間の範疇をはみ出す怪物とは、一体誰だったのか。
最後にじっとり冷たい疑念を視聴者に突き刺すことで、人間定義を巡る物語最後の一擲として、重たいインパクトのあるエピローグになったと思う。
かつて手渡された優しさに応えたいのに、バケモノであるがゆえにやり方がわからない汐莉の脆さと哀れさが顕になると、それに応えきれない比名子の身勝手…それを生み出す幼さと心の傷がより鮮明になって、悍ましくも痛ましい。
みんなどう生きればい良いのかわからない人生迷子のまま、なんの羅針もなく大きな流れの中、必死に誰かの手にすがって流れているのだ。
そんな寄る辺ない歩みに、神様であり周りが見れる大人でもある美胡ちゃんは、どうにもコミットしきれない。
楽しさを装った温泉旅行、恋敵が想い人と本音を混じらわせるチャンスをわざわざ作って、そこに同席しない物わかりの良さが、正しくも哀れである。
美胡ちゃんはそこで身勝手になりきることを自分に許せないし、その正しさがすくい取るものは沢山ある。
そしてその大人びた姿勢が圧し殺しているものを、かつて汐莉は残酷に暴いて、今逆茂木に投げつけられたトゲがその胸に突き刺さってもいる。
「誰かを思うその建前を、思い切り投げ捨てろ」と告げた人でなしが、今度は公益性と正しさに切りつけられている。
なかなか出口の見えない混迷加減であるが、しかし三人がお互いに決定的に欠けているものを補い合い、あるいは傷口を広げて患部を切開しながら、ちょっとずつでも人間らしく…あるいは彼女たちらしく、生き方を変えていく歩みも、また感じられた。
壊れて当然の凄惨な過去、自身被害者なのに幼いままケアされてこなかった孤独ゆえ、生まれた比名子の陰り。
それに惹きつけられた人外どもが、どうすれば想い人と己の傷に手を添え、引き裂き、その裂け目から本当の気持ちを引っ張り出せるのか。
涙ながら汐莉たちはちゃんと挑んできたし、それはまだまだ途中だ。
多分それは人生そのものだから、終わることがない歩みなのだろう。
どうしようもなく死にたい気持ちが、陸に取り残された比名子の苦しさ…取り返せない愛の思い出に起因しているのなら、それを祓うには過去以上に輝く未来、あるいはそこにつながる現在を、心から実感するしかない。
不条理な残酷さに満ちた世界で、それは本当に難しいことであり、そういう喜びをナチュラルに感じられるよう自分を作り変えれた美胡ちゃんは、人間やるのがヘタクソな少女と人魚の暗さが、本当の意味では解らない。
その断絶は終わりではなく、前提として付き合い方を考える始点でしかないわけだが、優しい産土神のサポートを受けて、陰気の濃い女たちはどうにか、自分の中に浮かび上がる幸せと向き合うやり方を探っている。
それが淡く消える泡沫なのか、たしかに自分の中にある本当なのか、確かめるのはなかなか難しい。
しかし痛みに満ちた生の中凝り固まった「私はこうあるべき」というイメージを超えて、ちょっと幸せを感じてみたり、誰かを思う優しさを見つけてみたり、意外な発見が血まみれの出会い以降、確かに二人の間に生まれてきた。
お互いあまりに幼すぎて、お互いの願いを受け止めきれないと確かめ合って、凄惨な約束を血で結び直して。
新たに動き出す穏やかな日々は、表面上の穏やかさと、その裏に蠢く絶望に満ちて…一見、振り出しに戻ったと思える。
だが確かに、そこに変化はある。
嘘は暴かれ、思いは晒され、でも繋がりきれない。
そういう、十全な人間像では満たせない欠落を抱え続けたまま、比名子と汐莉は死を約束し合って、一歩ずつ未来へ進んでいく。
それがどのような場所に流れ着くかは解らないけど、確かに波は二人の間に生まれているのだ。
ここら辺の”人でなし”っぷりを強調するには、自身の獣性を暴かれてなお”人間”であろうと、己の力を毀損すらした美胡ちゃんの正しさが、鏡として大きな仕事を果たしている。
美胡ちゃんが陰気の女たちを解りきれないように、汐莉たちも美胡ちゃんのようには生きられない。
その断絶を前提にしたうえで、三人は確かに断ち切れない赤い糸でお互いを繋げている。
そういう生き方も、人間には在るのだ。
超常の力を宿した人外を話のメインに据えることで、世間一般では語るべきではないタブーとされている希死念慮…その足場となる理不尽な残酷へ、深く潜ることが可能になった、怪異ファンタジー。
その決着もまた世間一般の収まり良さではなく、歪なまま世界を漂う少女たちのあり方に嘘なく、間違いきって哀しいまんまだ。
でもそれが、そうなってしまったあの子たちの本当だってんなら、捻じ曲げず素直に歪んでいること…そこから始まって続いていくことが、一番嘘のない決着だと思う。
そんな風に歪んでいる自分たちに、涙雨に濡れそぼちながら向き合えたことが、三人をどう変えるのか。
見届けたい気持ちは、たいへん強い。
二期……本当にお願いします。




というわけで三ヶ月の物語を締めくくるエピローグ、演出の詩学もこれまで描かれたメソッドを堅実に踏襲し、豊かなリフレインを刻んでくる。
比名子の引き攣れた傷跡が、どれだけ海底に引きずり込まれた家族に繋がっているかを暗示する、顔のない家族たちの残影は、美胡ちゃん主導の明るい旅路にも、やはり顔を出す。
それを代返する生きがいに、一見明るく楽しい友達旅行はなってくれず、画面はどこか不穏な空気を、デフォルメ混じり幸せな日常に刻み込んでくる。
比名子は過去に呪われすぎだが、親兄弟皆殺しにされてんだから、そらまーそーよ…。
後に明かされる比名子の欺瞞は、明言されることなく着実に描写の中に織り込まれ、腰が落ち着かない不安感を見るものの心に積み上げていく。
美胡ちゃんは身を乗り出して、お互いの間にあるカップの結界を超えているのに、比名子はカーテンの垂直線をけして乗り越えることなく、一線を画しているところとか。
なんでもなさを装い微笑みすらする比名子に、違和感を感じ取って顔を暗くする汐莉との間には、ソファーの縁が境界線として機能してるところとか。
比名子が何かを明かさず、表向き見えているものとは違う深淵を心に未だ抱え込んでいる様子は、映像の幾何学を的確に操る技芸によって、適切に演出されていく。
ここら辺のカッチリした文法は物語始まって以来、ずーっと継続されたこの作品のイズムであり、「意図を持って描かれた絵」の連続としてアニメーションを見ている自分としては、カッチリした境界線を巧みに操り、少女たちの心理の機微を可視化してくれるこの物語の話法は、肌なじみのいいものだった。
徹底して構図で心理と関係を語らせる作風には、ある種ぎこちない人工性が宿るわけだが、それが嘘つきどもが不器用に生きて、触れ合ったりすれ違ったりする物語の空気と、よくマッチもしていたと思う。
結局”正しく”治せなかった、比名子の嘘と傷。
人でなしを演じつつ、人間性の光に強く灼かれた汐莉の嘘。
それが、精妙に構成された境目に映える。




ここら辺の堅実さは、物語の幕引きに運命が始まった瞬間を再演する手つきにも、如実に現れている。
女たちの親愛をディスプレイする、手垢のついた儀礼としてのプレゼント交換は、しかし比名子と汐莉にとっては奇跡のように出会った瞬間を再演する大事な儀式だ。
そこにかつてあった真心が再生しているのか、それとも取り返しがつかないほど死んでいて、ただ演じているだけなのか。
汐莉に確かめるすべはないし、比名子自身何が本当なのかわからないまま、温泉街の温かな空気に流されるように、海の宝をかたどった髪飾りをもう一度渡すのだろう。
かつてバケモノと幼子が出会った浜辺のように、汐莉から手渡されたものは比名子によって受け取られ、汐莉に向かって手渡し返される。
そこには真心の応答があり、自然と混ざり合う心の潮目があった。
しかし比名子が家族の死によって決定的に壊され、その残骸が陰気に地上を這いずっている今、かつてあった真心が未だそこで息をしているのか…誰にも解らない。
比名子自身、自分の心が生きてるのか死んでんのか、ハッキリしない境界に据え付けられているからこそ、自死を望みつつ自裁せず、誰かが終わらせてくれることに甘えた期待を叩きつける、幼い身勝手から抜け出せない。
ほんっとメチャクチャな女だよ…。
「そら汐莉もこんな顔するわ…」って話だが、俺は比名子をケアされるべき児童として見続けているので、断固彼女の勝手さを擁護してしまう。
仕方がねーだろ赤ちゃんなんだからッ!
かつてはよく笑い、色んな人を無意識にケアできる優れた人だったのに、安住の家も優しい保護者も生きる意味も、軒並み中途でぶった切られてその後補填がねーんだから!
生きたまま死に続けてきた比名子の時間は、あの時陸に置き去りにされたままとまっており、幼いままの自分を認識しない限り、彼女の世界は本当の意味では動き直さない。
…この静止性も、ある意味人魚不死伝説の変奏といえるか。
汐莉の方はこういう触れ合い/すれ違いに傷ついてる自分…そこにある人でなしなりの人間性に、結構自覚的になっている。
それは脆さと弱さ、それ故の渇望を表に出すってことで、ミステリアスな無敵のダーリンやり続けるのが、なかなか難しくもなってきてる。
でもそんな完璧さは、比名子が求めたから演じた嘘っぱちであり、地金は人間とバケモノの間でグラグラ揺れてる(つまり比名子や美胡ちゃんと同質な)”人間”なんだから、脆くなったのはいい傾向だと思う。
嘘の支えが無くなってきてるので、ふとしたことで倒れそうな怖さもあるが…いざってときは、比名子が時計の針を先に進めるしかねーだろうな。




海辺で出会い、海底に誘われ進んできた物語を収めるのに、山中でありながら温かな水が寄り添う温泉郷を舞台にしたの、マジ天才だなと思ったりもするが。
川辺に湧き上がる御霊に手を伸ばし、いつものように死の領域に惹かれようとした比名子を、汐莉はこれまたいつものように手を掴んで止める。
生きること、幸せになること。
人外が勝手に望む未来がぶっ壊れたからこそ、危うくフラつく少女の喉から、嘘を引っ剥がした本音が溢れ出す。
死にたい、過去に戻りたい。
それを聞かされた汐莉の掌も、一瞬堅く握りしめられる。
…比名子、「あなたが好きだから私のために生きて!」と叫んでくる女に対し、「オメーじゃダメだ」って言いすぎ。
僕はこのアニメを、掌のアニメとして見続けてきた。
なので13話かけて始発点に戻ってきたのだと、作品の終着を綴るこのカットにおいて、指先の詩学が大変豊かだったのは嬉しかった。
バケモノの懇願を置き去りに、勝手に死に満ちた水辺(汐莉本来の居場所であり、砕かれた過去が沈んでいる場所)に惹かれる比名子を、彼女の優しい怪物は必死に繋ぎ止める。
それでもなお死にたい気持ちと、それを知りつつ終わってほしくない願いを溢れさせる時、少女たちの掌は相手にではなく、自分の感情を守るように動く。
汐莉の堅く握りしめられた拳。
比名子の傷口を抑えるような仕草。
どれも、自分を守るエゴの発露だ。
その上で、汐莉はかつて/さっき贈ってもらった髪飾りを比名子に送り返し、海に装われて美しいあり方に、優しく(優しさを装いながら)手を伸ばす。
それはあの美しい浜辺で、まだ心から笑えていた幼い比名子が手渡してくれたもの…決定的にバケモノのあり方を変えてしまった毒だ。
自分によく効いたプレゼントが、もしかしたら奇跡のように死にたい女の子を活かしてくれるのではないかと、不器用に真似てる感じもある。
一見スマートに見えて、こういう人間の根っこが根本的にヘタクソなのが、汐莉の可愛い所…であり、痛ましく切ない部分でもある。
ポンコツのくせに才女ブリやがってよぉ…そのプライドと優しさが好き!
偽りを積み重ねていたら、幸せも人間らしさも、いつか本当になるのか。
押し付けられた形を百年単位で頑張ってたら、ガチで神様になれてしまった美胡ちゃんという前例があるので、比名子と汐莉の人間ごっこは、あながち嘘でも無駄でもないと思う。
「こうだ!」と決め込んだ自分らしさが、流入してくる愛とか痛みによって書き換えられ、気づけば嘘が本当になることも、人間が生きてりゃ結構ある。
そういう自分の外側にある自分らしさ、それが混じり合う不器用な営みを大事に思えばこそ、様々な水が流れ着いて混ざり合う”海”が、この作品の大事なモチーフに選ばれてんじゃないかな、とも感じるね。




物語のこの段階では、比名子も汐莉もお互い望む正しさにはたどり着けず、あるいは一瞬の安楽に自分を誤魔化すことも許されない。
諦めきって己を終わらせることも、既に変わり果てた過去に縛られてお互いを壊すことも、幸いにか不幸にか、選ばなかった二人のひとでなし。
何が本当で何が嘘なのか、もうさっぱり解んねぇ濁流に流されながらも、比名子は優しく己に触れたバケモノの手を取り、バケモノもまた少女の手を握る。
それが幸福への導きとなるか、破滅への道糸となるかは、続いていく日々の果てで判ることだ。
でもな~…変化への希望、壊れていたものが蘇る可能性のこの作品の描き方を考えると、あんまニヒリズムに屈した展開にはしない気が済んだよなぁ…。
俺がそういう軟弱なお話大っ嫌いって好みは置いておくとして、お互いの魂にふれあい、あるいは拒絶する掌の筆致を見ていると、表層のエグさはより深く温かなものを描くための前駆…だと思うんだよなぁ。
そもそも比名子は家族に愛されよく笑う子だったわけで、汐莉の望むかつての眩しさの再生は、死んだ家族が待つ(と思い込んでる)海底に沈むのではなく、新たに家族と思える誰かと陸で生きることでしか、果たされない…つうロジック、既に編まれてるよな作中に。
少なくともあの海岸での衝突を経て、お互い覆いのない思いを伝え合える距離感に二人が変じて、それでも手を伸ばし掴み合う意志が掌に宿ってるのを書いて話が終わるんだから、全部が全部絶望でもねぇだろ。
比名子が汐莉のエゴを受け入れきれない閉塞も、汐莉が比名子の幼さに優しくしきれない未熟も、そうなってしまっている彼女たちの現状として描かれ、運命の流れによって変化していく”水”として、やっぱ描かれているように思う。
それはいかにもライトでポップなきらら味を偽装する、嘘っぱちまみれのキャッキャウフフを繰り返す幸せの演技が、「生きてあげてもいいかな」と心から思える楔になるまで続く。
あるいは嘘っぱちは嘘っぱちなんだから、自分の全部だった亡き家族の代わりなんかにはならず、バケモンは人間のフリも出来ず、全部約束通りの終わりにたどり着くのかもしんねぇけれども。
でもなぁ…そう終わってしまうと、当人たちがあんま自覚してない献身とか善良とかを蔑ろにするので、自分としてはあまりに淋しい。
そういう眩いものが儚く砕かれてしまう残酷も、しっかり睨みつけて切る作品ではあるけども、比名子も汐莉も自分が凄く優しくて、つまりはもっと強く正しくなれる存在なのだと気付かないまま終わるのは、かなりツラいのよ。
そういう己の中の光に目を向けるのが、”人間”一番難しいわけだが!




かくして比名子は一話冒頭に戻ったように、生の岸に置き去りにされた孤児としての日々を、いつものように繰り返す。
相変わらず心の底から死にたくて、楽しさを演じながら自分を守って、でも新しく誰かが手渡してくれた海の宝が、微かに自分を彩っている。
それがかつて、よく笑う女の子だった自分がバケモノに手渡し、決定的に人生を変えてしまった返礼だと、比名子は未だ信じられないけども。
鏡の中で微笑む自分を写しつつ、愛しい遺影に「行ってきます」を告げて、比名子は光のある場所へと己を押し出していく。
運命の出会いを思い出し/思い出せられ、その証たる髪飾りがお互いの身体に戻ってきた…という変化/再生だけでなく。
この物語冒頭への帰還は、心も体もズタズタに引き裂かれ、死によって救われる未来を希いながらも、比名子が必死に生活を積み重ねてきたその意味を、最後に画面に刻んでいるように思う。
汐莉がやってくる前からずっと、(美胡ちゃんの助けを受けつつ)比名子は必死に痛みに耐えて、陸にへばりついてきた。
それが汐莉が飲ませた呪血の作用なのか、そこに込められた祈りが効いたのか…それとも本当に家族が望み、比名子自身願ったから生き延びているのか、作品は答えを出さない。
ここら辺、人間の記憶を容易に改ざんし、ガチの不死を与えられる人外だからこそ、話がこじれている感じもある。
これが生身ひとつでぶつかんなきゃいけない人間同士なら、色んな限界があってそれを認めたうえで裸一貫、腹固めて殴り合うことも出来るんだけども。
なまじっか人間の領分超えて色々いじれる強さが、それが出来ない定命と触れ合った時、何が本当なのか解らなくサせる煙幕として機能している。
そして汐莉は、力ある人外であることを止められない。
…そう考えると、自分の牙で力の証たる尻尾を噛みちぎった美胡ちゃん、マジで魂のステージが高いな。
そういう存在の欺瞞を初手で暴いておかないと、フラフラ陰気女どもの未来が危ういか…。
個人的な希望を交えて述べると、比名子に聞こえていた声には家族の祈りも、比名子自身の願いも確かに混ざっていると思う。
「自分自身が一番、自分の願いも形もわからない」ってのは、この作品に通底する一つの世界律だと思う。
だからこそ他者という鏡に照らされ、混ざり合って変わる…自分に見えなかった本当を見つけ合うのが、大事だって物語なのだと。
なのでポンコツ人外が勝手に押し付けた、「生きて」というはた迷惑な祈りの中に、自分由来の真実性は確かにあると思うんだよな。
それが完全にないんだったら、とっとと後追いしてただろうし。
というわけで、生きることと死ぬこと、幸せの意味を痛み混じりに探っていく物語は、その途中で一旦幕を閉じました。
凄く良かったです。
「どうせ”癖”ってやつでしょぉ~」とナメていた人外要素が、しっかり人間との断絶と魅惑として深く彫り込まれ、バケモノに照らせばこそ鮮明になっていく人間の形、その難しさが作品の真ん中に捉えられていました。
死にたいと願いながら生きてしまう矛盾と、そこに滑り込んでくる確かな幸福。
その複雑な色を描くうえで、幼い死にたがりと不器用な人でなしは、大変優れた物語機構だったように思います。
センセーショナルなテーマにどっしり腰を落とし、穏やかながら迫力ある筆致で挑んだことで、人間の大事な部分を弄ばない真摯さが作品に宿り、信頼しながら見ることが出来ました。
比名子はマージでサバイバーズ・ギルトに苛まれる犠牲者過ぎて、話が進むほどにそのヤバさが顕になってなお、「比名子はワルないよ…」と全面擁護してしまう魔性を、しっかり宿していました。
そんな比名子を超然と導くように思えた汐莉も、出会ってしまった人間性の光にぶっ壊されたポンコツ人外の顔をだんだん顕にし、お互い未熟な傷追いびと同士、お互い様で生きていく対等な感じが、13話かけて削り出されたのは素晴しい。
やっぱ、フェアな話が好きなんだ。
そんな陰気な女たちの対極に立ち、公平性と正しさを全霊で体現する産土神への描写も含め、人数を絞って心理と関係性の深い所まで潜っていく、ディープな筆致もたいへん良かったです。
女性であることよりも人でなし要素のほうが前に出ていると感じたので、このお話が”百合”なのか、実は結構判別難しいなと感じてもいるわけですが。
ナイーブで繊細な、簡単にラベルを貼れない感情と関係と取っ組み合うジャンルの真髄を、ド濃厚に味わえたのは嬉しかった。
これはメイン絞ったからこその深さと濃さだと思うし、そういうアプローチが大事なモチーフである”海”と呼応して、鮮烈で少し息苦しい独自の感触を生んでもいました。
そういうふうに作中人物にガッチリ向き合う話だからこそ、話の都合で動かせない難しさもあったと思うのですが、あやめという爆弾を最良のタイミングで力強く投げ込み、汐莉の嘘にヒビ入れて終盤戦へのトリガーを引いたのも、とても良かった。
ああいう仕事はぽっと出の外部者以外出来なかったと思うし、それをやるだけの存在感もちゃんと作れていて、大変良いワンポイントリリーフでした。
美胡ちゃんの欺瞞を汐莉に暴かせて、後のバランサーをスッキリ禊いでおいたり、お話を綴るうえで何が必要なのか、自作に深く潜りつつ広く見通す視力がしっかりしていたのは、とても頼もしかったです。
というわけで、大変面白い人外伝奇ロマンスでした。
俺は実際に在ってしまっているモノに蓋をして、禁忌と遠ざけ安心を得るヌルい態度が好きじゃないので、作中ど真ん中に希死念慮を置き、どれだけ愛されても死にたい主人公に深く潜るこの作品は、凄くいいと思えた。
そういう深度で死にたい気持ちに潜ることでしか、削り出せない生存の証ってのは確かにあると思うし、それに隣り合う存在として不器用な嘘つき人魚を置いたのも、素晴らしい配役でした。
彼女たちの道が、この新たな夜明けからどう続いていくのか。
素晴らしいアニメ化だったので、続きを見たい気持ちはありつつ、今はお疲れ様。
ありがとう、面白かった!