イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

舟を編む:第4話『漸進』感想

俺たちスーツがユニフォーム! 地道にコツコツ人生経験値を積み重ねる青年たちのワーク&アンビシャス、今週はアイツの背中。
大渡海編纂停止という大ピンチを前に、編纂部一の現実対応能力を持った西岡が猛回転を始め、馬締は編集要綱の作成でそれをアシストする。
仕事も恋も、一筋縄ではいかない気配をまといつつグイッと先に進む、手応えと落ち着きの両立した回でした。
じっくりとした語り口ゆえに、西岡が馬締の背中に憧れつつ焦れ、香具矢がゆっくり恋を育てていく様子を身近に感じることが出来るのは、このアニメの特長だなぁ。

というわけで、今回は馬締よりもその周辺を重視した回だった気がします。
辞書編纂をするために生まれた男の背中を見ることで、同僚は、将来の伴侶は一体何を感じるのかという、ちょっとクッションの掛かった感情描写をじっくりやっていて、このアニメらしい角度から人生を掘っていくな、と感じました。
西岡の変化や心情、日常を丁寧に描写することで、そこに食い込む馬締の存在感、馬締によって評価され直した辞書編纂という仕事の価値がグッと浮かび上がるのは、立体感のあるキャラ描写だったと思います。

驚異的な集中力と熱意を持った馬締の影として、西岡には辞書編纂部随一の現実対応能力があります。
大渡海取り潰しの危機を回避する奇策を思いつき、実行し、足場が危うくなっても自分に言い聞かせながら進んでいく姿は、自分の決意を口にするのも上手くいかない馬締には、けして出来ないもの。
お互いの長所と欠点を噛み合わせつつ、一つの目的に走り抜けていく姿にはチームワークの快楽がたっぷりあって、個性の強いキャラクターが単独で走っているだけではない楽しさを感じることが出来ました。

そこを強めていくためには、初見のインパクトを越えて辞書編纂という『仕事』にディープに潜る必要があります。
馬締と西岡のチームワークは一体何のために必要とされ、それが乗り越えるべき障害はどれだけ高いのか。
それを明確に視聴者に示すべく、『金食い虫すぎるんで、潰す』という会社の意向があり、編集要綱発注という新しい仕事に馬締は向かい合う事になります。
『辞書編纂って、だいたいこういう仕事』というメッセージがあらかた消化できたタイミングで、新しく興味を惹かれるネタがスッとお出しされるのは、作品世界に夢中になる大事な誘引で、段取りの組み方上手いなぁと思いました。

休日もなく辞書に潜っていく馬締の背中を、西岡は羨ましく感じつつもしっかりはたき、時には息抜きも必要だと香具矢とのデートを提案する。
自分の中に生まれた焦りを悪い方向に発露するのではなく、言い聞かせるように『俺には俺のできることがある、やりきってやる!』と吠えて、馬締に代表される変人なアルティザンをフォローする西岡の姿は、青年の鬱屈と大人の余裕を同居させていて、好感のもてる表情でした。
ただポジティブなだけではなく、『アイツにはなれねぇ(つまり、アイツになってみてぇ)』という諦めの表情をしっかり写し、キャラの持つ陰影を濃く描いているのが、非常に良い。
部屋の丸い電灯が、第3話で馬締と見上げた満月にかかっているところとか、非常にポエジーのあるいいシーンでしたね。

そういう西岡の影をニコニコしながら受け止め、休日の癒やしを与えてくれている彼女さんは、スゲーいい人だなと思った。
斎藤千和の軽めの演技がいい感じですが、頭空っぽのようで『仕事の愚痴、少なくなったじゃん』と西岡をよく見守ってくれているのも分かって、相当なアタリだこの子。
社会人を主役にすることで、甘酸っぱい恋愛とはまた違った男女の諸相を盛り込み、人生の妙味を色んな角度から演出できるのも、この作品の強さだなと、彼女さんが教えてくれました。
今回西岡は色々プレッシャーのかかる立場なんだけども、彼女さんのソフトな対応でうまく空気が抜けて、最終的な印象が前向きになっているのはありがたいところです。


西岡だけではなく、香具矢が馬締の背中を見つめる視線も、今回じっくりと描かれていました。
今回感情や状況が動くのは馬締以外なんですけど、作画のリソースは相当量が馬締に回されていて、ラーメンを台所で作ろうとする所の影のかかり方や、休日玄関に出てくる時の面白い動きなど、地味な物語に油を乗っける芝居が活かされていました。
こういう人間味が映像から感じ取れるからこそ、西岡や香具矢が真面目に感情を動かされるドラマにも、隣り合うかのように感じられるのでしょう。

今回は西岡の作戦に従い、時間を軽妙に飛ばしながら物語が進んでいきます。
それは仕事人としての馬締の成長や信頼感を積み上げると同時に、その背中をじっと見つめる香具矢の変化を丁寧に追いかけるシーンでもある。
馬締は何しろあの性格なので、真正面から好意を積み上げるようなスマートな恋は出来ません。(そういうのは西岡の仕事)
しかし実直に成果を積み上げていく姿と、それをじっと見つめている香具矢の視線をしっかり切り取ることで、小さく積み上がっていく二人の恋を視聴者はスマートに理解できるし、期待も高まるわけです。

その土台となるシーンが、『馬締が手ずから作った温かい食事を、香具矢と香具矢の保護者とともに食べる』と言うものなのは、食事とそこに込めらた物語的意味を大事にするこのアニメらしいと思います。
第1話から欠かさず『食べる』シーンを積み上げ、人間の営みとそこに篭もる感情を大事に話を勧めているこのアニメにとって、『馬締の恋』という一大イベントが進展する場面も、食卓でなければいけなかったのでしょう。
料理人ではない馬締にとって、ヌッポロ一番味噌味はネギを添えるのが精一杯の誠意であり、香具矢もそれを快く受け止め『消化する』ことで、彼らは真心をお互いにやり取りする。
不器用な男の恋を描くにあたり、こういう非言語のやり取りで気持ちを積み上げていくのはスマートだし自然な演出だと思います。

そして二人は観覧車に向い、いい雰囲気なんだかよく分かんねぇ感じでデートをします。
作中言われているように『観覧車』は香具矢が、そして馬締が取り組む地道で果てがない仕事のメタファーなんですが、同時に辞書編纂そのものも象徴しているように感じました。
遠くからは動いているのか、止まっているのかわからないけども、内側に入れば独特のリズムで稼働し、沢山の人に喜びを与え、別の景色を見せてくれる。
そんなフェティッシュに馬締と香具矢が共に乗り込み、同じ景色を見たというのは、彼らの関係が決定的に変化し、未来に繋がる道が生まれる瞬間として、なかなかに鮮烈でした。
……先に『一緒に同じものを見る』というエモさを使ったのが西岡ってのが、馬締の物語の奇妙さを強調するね。

そんな二人の恋路は当然正攻法で進むわけではなく、西岡のおせっかいやババァのアシストがあって、初めて成り立つ恋です。
これもまた一種の『チームワーク』といえるわけで、人との関わりの中で己を成り立たせ、社会に足場を気づいていく馬締の生き方は、今回色んな方向から光を当てられ、強調されます。
おばあさんの『みっちゃん』という呼び方が香具矢に感染することで、彼らの関係性が一歩進んだことを見せるのも、定番ながら自然で、色んな人がお互い関わり合いながら生きている世界を巧く描写できていると思います。


というわけで、時間的には結構進んだけれども、相変わらずの落ち着いた足取りでじっくり、馬締とその周辺を描いていくお話でした。
ゆっくり進むことに囚われすぎず、仕事や恋愛面での着実な変化と成長を、実感を込めて見せてくれるのが、非常に面白いですね、やはり。
馬締自身には一本気に己の道を歩ませ、西岡や香具矢がその歩みに影響され、彼との距離(つまりは己自身)を変えていく今回の見せ方は、これまでと少し風情が変わっていて、なかなか面白かったです。

プラスの方向の変化だけではなく、西岡の策の危うさも強調されていた今回。
出る杭は果たして打たれてしまうのか、非常に気になるところです。
こういう仕事のサスペンスと、馬締の不器用な恋の行方を同時並列・相互影響的に描いて、ドキドキを強めていくドラマの組み立てはやっぱ上手いなぁ。
彼らの青春がどこに向かって走っていくのか、来週も目が離せませんね。