イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

人間の終焉

ビル・マッキベン、河出書房新社遺伝子工学とロボット工学による人間の変化を指摘し、テクノロジーの発展に警鐘を鳴らすサイエンス・ライティング。先日読んだ「テクノロジー21」とは真逆の方向性の未来学の本ともいえる。
筆者は腕利きのサイエンス・ライターらしく、非常に丁寧かつ堅牢に事実を追いかけ、自説をくみ上げていく。無理解に基づいた強固な否定はないし、事実として遺伝子工学やロボット工学が果たしたさまざまな利点も認めている。特に強力なのは、人間変化の技術が強力に経済と結びついており、経済は政治と結びついているために科学技術発展は抑圧しにくい、という点を指摘しているポイントだ。この現実認識はなかなか強力で、背骨の太い議論を支えている。
しかし問題もないわけではなくて、結局筆者がいうのは「ここで止めろ。止めれるはずだ(この本の原題は「Enough」である)」ということな訳で在るが、その論拠は、遺伝子工学・ロボット工学が現在の人間を破壊する、というものである。しかしながら、その大文字の人間は果たして何をしてきたのか、それに本当に価値はあるのか、というポイントが十分に掘り返されたとは僕には思えなかった。そこがこの本の論拠の弱いポイントの一つだ。
もう一つの弱点は、守るべき大文字の人間を筆者は「私たち」とイコールで結んでいる点である。しかし無邪気に明代の文化否定や日本の鎖国を、「十分だから止めた」事例として引用する姿は危ういものに映る。科学技術はなによりもまず軍事力として行使され、それを持たなかった、そして持っていない国は筆者が属する(アメリカ)白人/男性/異性愛者/富裕層に踏みしだかれてきた、という一つの歴史的読みもまた存在するからだ。その(僕から見れば)事実を見過ごして、「止めろ」というのは、すこし虫のいい、そして無神経な論の運びのように思える。
とはいうものの、筆の水準は高く、問題意識を喚起する意味でもこの本の意味は非常に大きい。強力かつ適切な本であると思うし、安易な飲み込みを自らに禁じて読めば、大きな思考材料になるだろう。良著。