イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ヴォイニッチ写本の謎

ゲリー・ケネディ&ロブ・チャーチル青土社。タイトルのとおり、希代の珍本「ヴォイニッチ写本」に関する書物。時間経過ではなく、暗号、オカルト、古書ビジネス、古書学などなど、さまざまな側面からヴォイニッチ写本にライトを当てるスタイルで記述されている。
1912年にウィルフリド・ヴォイニッチによって発見されたこの写本は、まずオカルトがらみで語られることが多い。ロジャー・ベーコン、ジョン・ディー博士、カタリ派カバラ錬金術占星術などなど、さまざまに胡散臭い陰智学の用語がこの本には絡み付いている。それはこの本が「読めない」から、というのが大きな原因だろう。
ヴォイニッチ・アルファベットと呼ばれる独特の文字で記述され、添えてある絵もまた一見意味がとおらないこの本は、発見された当初から怪しげなオカルトのにおいを漂わせて出現した。同時に、奇妙な魅力を放つこの本は世の暗号解読家の衆目を集め、しかし現在に至るまでヴォイニッチ・アルファベットは解読されていない。
この本はオカルトと暗号、そしてその両側面からこの書物に引かれ、間違う人々の話である。読むために書かれている本を読む際に、読みたいものを読み取ってしまう人たちの滑稽。方法が間違っている場合もあれば、意図が間違っている場合も、読解が間違っている場合もある。そして、結局この本は「発見」から一世紀を経て未だ「読めて」いない。
この本が何なのか、ということに、筆者たちは答えを出さない。ヴォイニッチ写本を取り巻くさまざまに豊かな切り口を、読みやすい(正直フランクすぎるきらいすらある)筆致で描き、その豊かな世界を描き出している。言及される領域は暗号、歴史、古書学、オカルトなどなど豊富であり、そのどれもがそれなりにしっかりした調査に基づいている。
最初から結論を決めてかかるのではなく、この書物が有する芳醇をそのまま受け入れる姿勢。オカルトが絡むと書物は何故か冷静さを見失いがちだが、冷静に、そして弾むような感性を持って丁寧に書かれた書物である。ヴォイニッチ写本は偽書である、という可能性まで含めて記述するそのスタンスの潔さは、読んでいて痛快であった。名著。