イマワノキワ

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古代エジプト文明社会の形成

高宮いずみ、京都大学学術出版会。シリーズ「諸文明の起源」の2。エジプト文明でも、取り上げられることの少ない前王朝文明(BC10000〜BC3000)にスポットを当て、さまざまな側面から詳細に記述した本。
選書であるが、時代を徹底的に前王朝時代に絞ることで深い記述を可能にしている。考古学的な発掘資料と、初期王朝期の文字資料を多数使い、地理図版、資料図版も豊富である。その大量の資料におぼれることなく、適切な記述で手綱を握っている。全般的に切れ味鋭い筆であり、推測の範囲内のことには丁寧に「不明」と書くスタンスにも好感を覚える。
前王朝文明はいわゆるエジプト学で取り上げられることの少ない、ある意味マニアックなテーマである。が、文明の人為的側面ではなく、自然的側面に注視する姿勢は非常にユニークであり、それだけでも興味をそそられる。特に第一章「古代エジプトの自然環境」第三章「古代エジプト生活様式」は、なかなか取り上げられることのない地理的・農業/狩猟学的側面からエジプト文明の起源に切り込んでいく力作であり、非常に楽しかった。
文明と文化は同一ではなく、砂漠に残るピラミッドとスフィンクスだけがエジプト文明の残滓ではない。砂漠ではなくナイル川周辺の「黒い土地」に生まれる緑に重点を置き、そこでの衣食住という非常にじみ、かつ基本的な部分から文明を論じる視座は、選書の枠を超えた鋭いものを感じさせた。名著。