イマワノキワ

TRPGやアニメのことをガンガン書き連ねていくコバヤシのブログ

ES細胞の最前線

クリストファー・T・スコット、河出書房新社。タイトルのとおり、2000年以降のES細胞(胚性幹細胞)医療問題に関する入門書。2005年、韓国で起こった論文捏造スキャンダルまでしっかりと書いている最新の書物である。
入門書、という立ち位置をはっきりさせ、ES細胞とはなんなのか、どのような原理で利用されるのか、それを利用すると何が直るのか、ES細胞にまつわる政治的・倫理的難点などなど、さまざまな問題を幅広く扱っている。それでいて豊富な図版としっかりとした理解、わかりやすい書き口を併せ持ち、可読性は非常に高い。
ES細胞は胚から取り出されるため、生命倫理の領域に足を突っ込むことになる。それを回避するための体性幹細胞の利用とその限界や、ES細胞研究をめぐるホワイトハウスの政治力学など、直接的にはES細胞に関係ないように思える部分にまでしっかり踏み込んでいるのは評価できる。最新の生物科学医療は「人間」の定義に足を突っ込むことが多いので、ただ技術や原理を紹介しただけでは入門書足りえないことが多い。
そこにおいて、この本はしっかりと入門書なのである。もはや科学技術は単独で存在するわけではない。政治的圧力まで含めた倫理的決断を背後に(もしくは中心に)負って議論される問題なのだ。たとえばES細胞の近接領域である遺伝子医療や培養医療もそうだし、バイオではなくサイバネによる神経治療もそうだろう。
この本においては主にアメリカ議会と大統領、各議員の政治活動がクローズアップされ、細かくレポートされている。入門書とは思えない細密さと美雲量であるが、事実関係がしっかり纏められていること、賛成/反対両面の意見を丁寧に救い上げていることから、ES細胞をめぐる倫理/政治問題の理解を深めるには十分である。
生物学だけではなく、経済・政治の中心にある問題としての「人間」定義。それを書き換えてしまう、驚異的な医療技術の発展。それは今起こっていることだし、すぐさま終わって別のことにとり変わってしまう問題だと思う。それほどまでに生命医療技術の足は速いのだ。それに追いつくための、もしくはせいぜい横並びするための助走板として、この本は最適だろう。名著。